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2013年9月18日水曜日

軽度認知機能障害は病気なのだろうか…。

高齢者の記憶障害に関して近年、軽度認知機能障害(Mild Cognitive ImpairmentMCI)という言葉を良く聞くようになりました。今まで僕が、あまり意識していなかっただけかもしれませんが、高齢化社会が進む今日、認知症の早期発見という言葉がいたるところで聞かれる中で正常加齢と認知症の境界領域に存在する軽度認知機能障害という言葉が目に付きます。東京都では、地域において認知症の人とその家族を支援するため、認知症の早期発見・診断・対応のシステムづくりを行う新たな事業を開始するといいます。

こういった取り組みは、認知症と診断される人はもちろん、軽度認知機能障害といわれるような人たちも薬物治療のターゲットとなる可能性を秘めています。早期発見、早期治療、とても良いことのように思えますが、認知症の治療薬、代表的なコリンエステラーゼ阻害薬は認知症の進行を改善するというエビデンスは存在せず、その進行を抑制することのみにとどまります。
これはかなり重要なポイントで、たとえばある種の高血圧治療薬は脳卒中を先送りする効果がありますが、コリンエステラーゼ阻害薬は認知症の罹病期間を延ばしているに過ぎないとも言えるかもしれません。

今年に入り、アルツハイマー病にコリンエステラーゼ阻害薬を使用することで、死亡リスクが減少するかもしれない、という観察研究がEur Heart Jに掲載されました。

The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.

コホート研究で傾向スコアマッチングをしています。総死亡の調整ハザード比は0.64, 95信頼区間:0.54-0.76となかなかインパクトのある結果でした。
認知症への介入が、認知症の進行を遅らそうが、死亡リスクを減らそうが、必ずしも患者本人のQOLを改善するかどうかは良くわからない、ということを僕はあらためて認識したいと考えています。もちろん、周りで支える家族やその患者さんを取り巻く環境というのは薬剤エビデンス以上に重要なものとなるでしょう。多種多様な価値観の中で熟慮されるべき問題です。

認知症への介入ですら熟慮が必要と思いますが、軽度認知機能障害への薬剤介入はさらに意味のあるものかどうか慎重に考えなくてはいけません。軽度認知機能障害へのコリンエステラーゼ阻害薬の投与で認知症への移行を抑制することはなかなか難しいというのが現段階でエビデンスが示していることであります。
Cholinesterase inhibitors for mild cognitive impairment.

ランダム化比較試験のメタ分析で、1年目、3年目のいずれにおいても減少傾向にあるものの、明確に認知症への移行を抑制することはできず、死亡も変わらない、副作用が有意に多いという結果になっています。ちょっと物忘れが気になる、医療機関へ、早期発見、早期治療、そして薬剤を使用した結果、こんなことになっている可能性もあるかもしれません。軽度認知機能障害というのは病気としてカテゴライズすべきなのか…。薬物治療の対象として考えるべきではないような気もしています。本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬は現在この軽度認知機能障害に適応を持ちませんが、このような早期発見・早期治療という構造が、安易な薬剤使用を促す可能性を危惧します。

厚生労働省のホームページにも「早期診断、早期治療が大事なわけ」というような記載が掲載されています。「認知症はどうせ治らない病気だから医療機関に行っても仕方ないという人がいますが、これは誤った考えです。認知症についても早期受診、早期診断、早期治療は非常に重要です」「アルツハイマー病では、薬で進行を遅らせることができ、早く使い始めると健康な時間を長くすることができます。」本当に健康な時間だけが伸びているのかどうか、そういった根拠が不足しているようにも感じてしまいます。
また、認知症の早期とはどのような状態を指しているのでしょうか。こういった啓蒙そのものが軽度認知機能障害への薬剤投与を促している可能性もあるかもしれません。

CMAJから最新の報告です。
【文献タイトル・出典】
Efficacy and safety of cognitive enhancers for patients with mild cognitive impairment: a systematic review and meta-analysis
コリンエステラーゼ阻害剤およびメマンチンのようなCognitive enhancer認知症を治療するために使用されるが、軽度認知機能障害における効果は明らかではないとされています。軽度認知障害へのCognitive enhancerの有効性と安全性を調べるために系統的レビューを行った論文です。Cognitive enhancerという言葉をはずかしながら初めて聞きました。新手のカテゴリはメーカープロモーションにも使われる可能性があり、注意したいところです。

【論文は妥当か?】
研究デザイン:メタ分析[統合した研究数:8
[Patient]軽度認知機能障害を有する患者(平均年齢66歳~73歳、女性42.4%~65%)4711
[Exposure] Cognitive enhancer(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)の投与
[Comparison]プラセボの投与
OutcomeMMSE Mini–Mental State Examinationスコア、ADASAlzheimer's Disease Assessment Scale
■評価者バイアス:2名の調査者が独立して評価
■元論文バイアス:ランダム化比較試験のメタ分析
■異質性バイアス:I2統計量を表示
■出版バイアス:15554タイトル1384フルテキストをスクリーン
【結果は何か?】
アウトカム[統合した研究数]
(対象薬剤)
フォロー
アップ
平均差
(もしくは相対リスク)
I2
統計量
MMSEスコア[3
(ドネペジル)
36
0.14-0.220.50
0
ADAS5
(ドネペジル・ガランタミン)
24
-0.07-0.160.01
31
総死亡[3
(ドネペジル・ガランタミン・メマンチン)
156
1.840.418.20
80.15
吐き気[4
126
3.042.623.66
21
下痢[4
126
2.331.743.13
55
嘔吐[3
208
4.403.216.03
0
頭痛[2
152
1.271.041.53
18

【結果は役に立つか?】
異質性は高い可能性もありますが、この報告では軽度認知機能障害において抗コリン薬やメマンチンは認知機能を改善することはなく、総死亡も変わらず(むしろ多い)、副作用が有意に多いという結果でした。


軽度認知機能障害といわれる人たちへの薬物介入は、現時点において、少なくとも認知症への進展予防効果、あるいは認知機能への有効性を期待できるようなものではない可能性が高いということは知っておく必要があります。本邦では抗コリン薬やメマンチンに軽度認知機能障害への適応があるわけではありませんが、認知症の早期発見、早期治療という構造の中で、十分に注意しないと安易な薬剤投与につながりかねない可能性を秘めていると感じます。

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