今回のお話は、地域医療の話題でもなく、臨床論文の話や統計の話は抜きにして、少し自分のことを書きながら、今、薬学部を目指している方や薬剤師を目指している薬学生に、何か参考になればなぁなんて思っています。本当に個人的な話なので、参考になるかどうか甚だ疑問ですが、まあ、こんな薬剤師もいるのだなと軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。
高校への入学は、幸いにも中高1貫校だったため、中学からそのまま進学した私は高校受験というものを経験しておらず、中学3年間で完全に怠け癖がついてしまったようです。高校1年の時、主要5科目でほとんど赤点という最悪の成績でした。その当時、大学への進学など全く考えてもいなく、将来の進路など全く意識せず、遊び呆けていました。そもそも大学とか卒業後の進路など考える前に、中間・期末ともにテストで赤点をつけてしまった私は、高校2年への進級すら危うい状況でした。当時の担任の先生のおかげで何とか期末再テストでぎりぎり挽回し無事に進級することができました。なんとか進級できた高校2年の時、友人と見に行った映画(邦画です。)のワンシーンが、大学受験を決めたきっかけの一つです。その映画の冒頭で、ある大学の講義場面がありそのシーンにくぎ付けになりました。主人公である大学の講師(教授だったか忘れましたが・・。)が講義をしているシーンで、その講義内容がとても衝撃的でした。こんな勉強してみたい!なんて思ったのが大学を意識したきっかけです。どんな内容かというと“ロイコクロリディウム”という寄生虫のお話です。
ロイコクロリディウムは鳥の体内で卵を産み繁殖する寄生虫でえす。産んだ卵は鳥の糞とともに排泄されます。運よく卵入りの糞が葉っぱなどに付着すると、葉っぱを食べているカタツムリにその葉っぱごと捕食されます。カタツムリに侵入したロイコクロリディウムの卵はカタツムリの消化管内で孵化してそのままカタツムリに寄生します。孵化した無数のロイコクロリディウムはやがて集合し細長いチューブ形状へと成長しカタツムリの触覚(つの?)へ移動を始めます。カタツムリの触覚は膨れ上がり脈動を始めます。そしてカタツムリ自身がこのロイコクロリディウムで膨れ上がった触覚をぐるぐる回転させるのです。さらにこの触覚は緑色に変色し、あたかも“芋虫”のようになります。このような状態で通常であれば日中あまり動き回らないカタツムリが日中に活動するようになります。動き回るカタツムリを空から発見した鳥は芋虫と間違え捕食します。鳥の体内へ再度ロイコクロリディウムが侵入し成虫へと成長し、そして卵を産むというサイクルを繰り替えします。
ここで興味深いのは鳥が捕食する生物をロイコクロリディウムが認識していて(しているかどうかわかりませんが・・。)さらにロイコクロリディウム自体がそれに擬態するすべを身につけていることです。またカタツムリを操り(操っているかどうか、これもわかりませんが、そのように見えますよね!)夜行性というカタツムリの習性まで鳥が捕食しやすい昼行性へと変貌させ、何よりカタツムリの体組織の一部を乗っ取り捕食者の好物へと擬態化させるという芸当を一体どの時点で小さな寄生虫が身につけたのか。生物学の行動本能をプログラムしている遺伝子か、それとも何なのか・・。生物学や寄生虫学、分子生物学という分野、まあ当時はそのような学問があることすら知りませんでしたが、そのような分野に興味を持ったのです。
あまりにも衝撃的で映画を観終わると、すぐさま本屋に駆け込み、原作本を手にします。そしてその著者が薬学部出身の方であることを知ります。当時薬学部がどんな学部なのか、さらに言えば薬剤師がどんな職業なのか全く分からないまま薬学部へ行こうと決めたのでした。
しかしながら大学への進学となると、受験という大きな壁が立ち塞がっています。私の学力では完全に不可能な話でした。なにせ高校1年の内容すら理解していない私が高校2年の授業についていけるわけもなく、これはまずいと本気で考えました。とにかく授業を聞いていても時間の無駄なので、同級生が数学ⅡAの授業を受けている間、私はひそかに数学ⅠAの入門参考書を開き、2年生にして1年の勉強からスタートしたのでした。また薬学部の受験情報も収集しました。幸いにも受験科目に数学ⅢCが無く、これは間に合うかも!なんて考えていました。現実はなかなか厳しかったのですが・・。
独学にも限界があるので予備校にも行き始めました。そこで化学の講義がとても印象的で化学が好きになったのです。私はもともと文系で、特に歴史が好きで、社会人になっても歴史検定という試験を受けたり歴史小説などを読みあさっているのですが、特に物理や数学が苦手でした。(さらに英語も得意ではなかったです・・。)化学も理論化学が苦手で、参考書を開いても、全く理解不能でした。そんな中で予備校の化学の講義は私を大きく変えました。
化学の教科書、おそらく一番最初の見開きに元素の周期律表が載っているかと思います。“スイヘーリーベなんちゃら・・”みたいな。そんなん覚えて何になるんだよみたいな。この周期律表を最初に作成したのがロシアの化学者、ドミトリ・メンデレーエフという人です。メンデレーエフが生きていた時代にはまだまだ未発見の元素がありました。周期律表を作成するに当たりメンデレーエフは将来発見されるだろう元素をあらかじめ予想して空欄を開けながら周期律表を完成させます。電子や陽子の組み合わせから、ここには発見されていない元素があるだろうと考え、そこを空欄にして表を作ったのです。その周期律表は現在のものとほぼ変わらないものだったというから驚きです。この講義で元素というものの性質と周期律表の関係が本当によくわかり理論化学が理解できるようになってきました。理解できるとその科目が好きになり、化学はいつの間にか唯一の得意科目となっていました。
そんな感じでスタートした受験勉強ですが、なんとか成績も人並みまで伸び、受験はぎりぎりで薬学部に合格できました。薬学部に入ってから期待の寄生虫の話は全く出てこず、、授業への興味もあまりなかったのが正直なところです。化学は好きでしたが、大学の有機化学はもうほとんどマニアックで、これは自分には向いていないなあと勝手ながらに思っていました。そんなわけで受験勉強が終了した反動で大学時代、特に最初のころはろくに勉強もしませんでした。学年が進むと、生化学や分子生物学など興味のある科目もありましたが、薬剤師国家試験対策に追われ、受験勉強ばっかりしていた気がします。そんなわけで薬剤師という仕事自体にも特に興味を持てずにいました。
大学4年の時、同級生が就職を決め始めていましたが、私は特に進路も決めていなく、大学院で勉強したいことも特になかったので進学も考えず、とにかく学生時代は貧乏でしたので、それなりにお給料が頂ければどこでもいいかななんて考えていました。薬剤師国家試験は無事に合格し、調剤薬局に就職しました。薬剤師になった時はそれなりに、医療とか患者さんに貢献したいという思いはありました。ただ具体的にどうすればよいかわからず、日々の業務に追われていた気がします。それなりに出世できて、まぁうまくやっていければいいかななんて考えてました。
私の薬剤師人生が大きく変わったのはやはりEBMとの出会いだったと思います。正確にはEBMのワークショップへの参加がきっかけです。薬剤師人生はまさにここから始まったといっても過言ではないでしょう。ここではEBMについては触れませんが、薬の本当の効果を考えるようになったきっかけでした。(ちなみにEBMについてはこちらを参照してください。http://syuichiao.blogspot.jp/2012/09/ebm.html)
一般の方に薬の効果についてお話しするとき、私は薬の効果は2種類あるのですと説明します。語弊があるかもしれませんが薬には“2つの効果”があります。
一つは今現在起きている症状を改善する効果です。たとえば痛みがあっればその痛みを緩和する。咳が出ていたら咳を止める。血圧が高ければ低くする。そんな効果のことです。風邪をひいて、熱が出て咳が出て鼻がでて、そんな状況で皆さんは何を期待して薬を飲みますか?いま起きている症状に対して薬はある程度効果があります。咳止めを飲めば少しは楽になるでしょうし、解熱剤を飲めば熱は少し下がります。鼻水に効く薬は眠気が出るものの、多少は効果があると思います。でも結局風邪そのものが治るには何日か寝ていないと置けませんよね。薬のもう一つの効果とは、その風邪で寝ている時間に対する効果です。どういうことかというと、風邪の症状に対しては薬である程度症状が緩和できることがありますが、では風邪で寝ている時間は薬を飲んだほうが短いのかどうかということです。風邪薬を飲むのと飲まないのを比較して早く風邪が治るのかどうか、おそらくそれを証明した風邪薬は存在しません。でも一番患者さんが知りたい事だとは思いませんか?
なんとなくお分かりいただけたでしょうか。たとえば血圧の薬などはもっと慎重に考えるべきだと思います。血圧が高いといわれている人が血圧を下げる薬を飲めば血圧はさがります。これが今、目の前の症状を抑える効果です。ではもう一つの効果は血圧が下がったとしてそれから10年・20年後、薬を飲まなかった人に比べて本当に寿命は延びたのか、患者は健康的な生活を手に入れることができたのか、幸せになれたのか。このような効果を薬の“真”の効果なんて呼んだりします。血圧を下げる効果が“代用”の効果です。薬を服用したその後の成り行きの様なものを薬を飲んだ結果=“アウトカム”ということもあります。すなわち薬の効果には代用のアウトカムと真のアウトカムの2つの効果があるということです。
実は僕ら4年生薬学部のカリキュラムではこのような概念を教えている薬学部はほとんどなかったと思います。薬学部はもともと製薬・創薬分野の研究者を養成する側面を担っていたため、その授業カリキュラムは有機化学など基礎科目の比重も高く、臨床薬学にかんする授業の比率はそれに押されているような感じでした。さらに現場の薬剤師としての実務教員も少なく、臨床経験のある教授陣は不足していたように感じます。例えて言うならば航空力学をひたすら教えて、明日からパイロットになれみたいな感じで、臨床的な考え方を養成するというよりは研究者を養成するようなカリキュラムであったと思います。僕らの世代のカリキュラムでコアの授業が薬理学です。これは薬の作用機序を勉強する学問ですが、実際の患者を目の前にして多くの場合作用機序などはどうでもよい話であり、実際に効くのか効かないのかということのほうがしばしば重要です。しかしながらそのような勉強をする機会が少ないまま薬剤師として現場に立つようになっていたわけです。現在薬学部は6年生になりそのカリキュラムも大きく変わっていると聞いています。特に臨床に強い薬剤師の養成に期待しております。
実際の臨床で薬が効くのか効かないのか、そのようなものを学ぶには臨床疫学や薬剤疫学というような分野に医学統計知識が必要となってきます。例えそのようなカリキュラムが学部になく、勉強できる環境に無いにしても、薬剤がどの程度目の前の患者に有効なのか、薬物治療のその先にあるものを学生のうちから意識してほしいのです。薬理学や生理学から得られる情報はあくまで仮説であり、実際に臨床で確立された知見ではないのです。ここを意識するだけで薬との向き合い方が変わります。「薬を飲んで寿命が延び、健康になり幸せになれるのだろうかという問い」を忘れないでほしいのです。そして薬剤師を目指す皆さんに、全てのことを当たり前と思わず、あえて調べてみてほしいと思います。血圧が高ければ下げればいいじゃないか・・。ではなく下げることが本当に良いことなのかどうかという思考を常に持ってほしいのです。
きっかけというものは実はすぐそばにたくさん転がっているものなのかもしれません。クライマックスでも何でもない映画のワンシーンから、眠たい化学の授業に半ば義務的に出席し化学が好きになり、なんとなく薬剤師へたどり着き、当たり前の日常業務からEBMに出合い、薬の本当の効果を意識するようになりました。常に当たり前だと思い込むことによって多くのチャンスを逃しているのかもしれない、自分が知らなかったということを知るだけでも、とても素晴らしいことなんだと。気付いてほしいのです。そこから得られるものの多さに驚くでしょう。
夏も終わり、受験シーズンが近づいています。大学受験は2月でしょうか。薬剤師国家試験は3月です。受験される皆様、体調には十分気をつけて頑張っていただければと思います。