薬剤師にはなじみの薄い、感度(sensitivity)、特異度(specificity)、そして尤度比(Likelihood Ratio:LR)について勉強したことを整理したいと思います。背景的な部分の知識不足から間違った認識があるかと思いますが、誤りなどありましたらご指摘いただければ幸いです。
[感度と特異度]
感度と特異度を簡単に言えばおおよそ以下のとおりであるといわれています。
■感度:有病者群のうちの陽性所見者の比率
■特異度:無病者群のうちの陰性所見者の比率
病気がある人のなかで病気であると認識できる割合が感度、病気の無い人の中で病気がないと認識できる割合が特異度と整理しておこうと思います。
疾患あり
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疾患なし
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所見あり
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80人
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30人
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所見なし
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20人
|
70人
|
上の表で疾患がある人100人のなかで所見がみられるのが80人だとすると、その所見の感度は80%であり、疾患が無い100人のうちで所見がみられなかった人を70人とすれば、その所見の特異度は70%となります。感度が高い、特異度が高いということはどういう事なんでしょうか。EBMの創始者Sackett先生が以下の記憶術を提案しています。
■感度が高いと病気の見逃し率が減り、所見がなければその疾患を除外できる可能性が高くなります。(SnNout:a sensitive test,when Negative rules
out disease)
■特異度が高いと、間違って病気と診断する確率が減り、所見があれば確定診断できる可能性が高くなります。(SpPin:a specific test,when Positive,rules in
disease)
実際には感度と特異度は連動しており、その意味合いを解釈するのは僕にはかなり困難な作業です。感度も特異度も両方とも高い検査や所見が疾患の有無を判断するに当たりとても有用なのですが、多くの場合はどちらか一方が高いという感じのようです。
感度と特異度は母数が、疾患ありと疾患なしという現実にはあり得ない母集団を想定しており、現実に臨床現場では目の前の患者で陽性になったらどの程度の確率で診断が予測できるのかというのがよくわかりません。そこで的中率というパラメータが有ります。
陽性的中率PPV:検査が陽性の人の中で病気のある確率
陰性的中率NPV:検査が陰性の人の中で病気のない確率
疾患あり
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疾患なし
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所見あり
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80人
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30人
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所見なし
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20人
|
70人
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■感度:80/100=80%
■特異度:70/100=70%
■陽性的中率:80/110=73%
■陰性的中率:70/90=77%
陽性的中率とは検査が陽性になった患者のうち真の疾患保有者の割合を示しており検査後確率に近いものと考えられます。しかし、陽性的中率は感度、特異度のほかに疾患の事前確率、すなわち存在率によって大きく左右されてしまいます。
人口一万人の都市があったとして、疾患をスクリーニングするための検査(感度80%、特異度70%)を行ったとします。この都市の疾患の存在率1%と10%で比較したいと思います。
■疾患存在率(有病率)が1%の時の陽性的中率
疾患患者数=100人、疾患にかかっていない人=9900人
感度80%→100×0.8=80人で陽性。20人で偽陰性
特異度70%→9900人×0.7=6930人で陰性。2970人で偽陽性
陽性的中率=80/80+2970=2.6%
■疾患存在率(有病率)が10%の時の陽性的中率
疾患患者数=1000人、疾患にかかっていない人=9000人
感度80%→1000人×0.8=800人で陽性。200人で偽陰性
特異度70%→9000人×0.7=6300人で陰性。3700人で偽陽性
陽性的中率=800/800+3700=18%
このように、的中率の関しては、地域における疾患の存在率に影響を受けるので、ひとつの文献に報告されている的中率がそのまま実臨床に応用できるわけではありません。
ではもう少し、感度80%、特異度70%。これが示すことの意味をもう少し考えたいと思います。
疾患あり
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疾患なし
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所見あり
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80人
(陽性)
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30人
(偽陽性)
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所見なし
|
20人
(偽陰性)
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70人
(陰性)
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■偽陽性
疾患がないにもかかわらず所見があったというのを偽陽性と言います。特異度が70%の検査、所見であれば30%の人で偽陽性が出ることになり、病気が無い人100人のうち30人が本当は病気ではないのに病気かもしれない、という感じになります。
■偽陰性
疾患があるにもかかわらず、所見がみられないというのを偽陰性と言いますが、感度が80%の検査、所見であれば20%の人で偽陰性が出ることになり、病気があるひと100人のうち20人が本当は病気なのに見逃されてしまう、と言う感じになります。
これはかなり重要な問題だと思います。たとえば感度99%、特異度99%という素晴らしい検査があったとして、この検査を10万人にしたとします。偽陽性が出る確率と偽陰性が出る確率は両方とも1%ですが、10万人に対する1%というのは1000人ですから、病気があるのに1000人は見落とし、病気がないのに1000人は病気というレッテルを張られてしまうかもみたいなことになっています。
[尤度比(Likelihood Ratio:LR)]
この感度99%、特異度99%というのが万人にも使用できるかどうかは分からないという事がポイントでしょうか。的中率でもふれたように、事前の疾患の存在率という要素は重要です。インフルエンザの検査を考えてみたとき、流行シーズンであれば検査で陰性が出たとしても、それは偽陰性の確率が高い、また夏季シーズンでインフルエンザが流行していない時期であっても陽性が出ることがあるが、これは偽陽性の確率が高いといえそうです。検査前の疾患存在率、事前確率は軽視できません。明らかに病気っぽくない人たちを集めて検査をしても、陰性だらけか、陽性が出てもほとんどが偽陽性でしょう。検査検査と勧めるまえに事前確率というものを考慮せねばと思います。
事前確率が五分五分の場合、疾患ありかもしれないし、疾患なしかもしれない、そのような状況で検査は威力を発揮することがあります。検査前疾患ありの確率を50%とすれば、検査後はどうなるのでしょうか。検査後の確率を算出するために強力な武器となるのが尤度比(Likelihood Ratio:LR)と呼ばれるものです。事前確率とLRを用いることで検査後確率を算出することができます。LRには陽性LRと陰性LRがありますが、疾患がある群で病気っぽい患者の比率を陽性LR(所見ありの場合のLR)といい。疾患がない群で病気っぽい患者の比率を陰性LR(所見なしの場合のLR)と呼びます。LRは診断の重みづけとして非常に有用です。ここでは簡単にLRは病気っぽさ(Likelihood)
の指標と覚えてきます。LRは感度と特異度を用いて計算が可能です。
■陽性LR=感度/(1-特異度)
■陰性LR=(1-感度)/特異度
例えば感度90%、特異度90%の検査であれば、
■陽性LR=感度/(1-特異度)=0.9/1-0.9=9
■陰性LR=(1-感度)/特異度=1-0.9/0.9=0.11
LRは1でニュートラルな状態です。検査前、検査後で確率は不変ですLRが1の検査は実施する意味があまりありません。LRが1を超えると検査後確率は高くなり、1を下回ると検査後確率が低くなります。では確率はどの程度変化するのでしょうか。検査前確率をオッズ比変換しLRをかけて、その値を確率に戻すと得られるのですが、計算がめんどくさいですよね。診断のエビデンスとして有名な書籍マクギーの身体診断学にはLRとベッドサイドでの算定値として便利な表があり、日常的にはこれを目安にすれば効率が良いと思います。
LR
|
確率変化の近似値
|
事前確率50%としたときの検査後確率
|
0.1
|
-45%
|
5%
|
0.2
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-30%
|
20%
|
0.3
|
-25%
|
25%
|
0.4
|
-20%
|
30%
|
0.5
|
-15%
|
35%
|
1
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変化なし
|
50%
|
2
|
+15%
|
65%
|
3
|
+20%
|
70%
|
4
|
+25%
|
75%
|
5
|
+30%
|
80%
|
6
|
+35%
|
85%
|
7
|
||
8
|
+40%
|
90%
|
9
|
||
10
|
+45%
|
95%
|
事前確率を50%とすれば感度90%特異度90%の検査では検査後の確率はおおむね以下のようになります。
■陽性LR=感度/(1-特異度)=0.9/1-0.9=9
■陰性LR=(1-感度)/特異度=1-0.9/0.9=0.11
所見あり:50%+約41%=約91%
所見なし:50%-約45%=約5%
事前確率が五分五分の場合、検査をして所見があれば疾患確立は91%まで上昇し、所見なしであれば疾患確立は5%、まで低下するということになり、この検査は有用かもしれないという事になります。
[インフルエンザ迅速診断キットの有用性]
では実際にインフルエンザ迅速診断キットの感度と特異度を示した論文を見てみます。
Accuracy of rapid influenza
diagnostic tests: a meta-analysis.
インフルエンザの迅速診断キットの感度、特異度は流行状況や場所、年によっても変動はあるかと思いますが、この報告によれば以下のになっています。
感度
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特異度
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陽性LR
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陰性LR
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62.3%
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98.2%
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34.5
|
0.38
|
流行が始まった直後時期で、インフルエンザか、風邪か五分五分という感じ、すなわち事前確率が50%の状況を想定します。
まず感度がやや低い印象です。インフルエンザの患者さん100人にこの検査をしたら、62%の人しか陽性が出なくて38%の人はインフルエンザなのに陰性(偽陰性)が出る計算になります。感度が低いので、陰性所見でも、インフルエンザを除外することはできません。陰性LRが0.38なので陰性所見であれば、検査後確率は約30%となります。30%というと、病気を完全に否定するにはやや確率が高い印象です。
一方特異度が高いので陽性所見が認められればほぼインフルエンザといえそうです。(SpPin)これは陽性LRが34.5という驚異的な数字からも言えます。陽性所見であれば検査後確率は限りなく100%に近くなります。
ではシーズンオフ。流行期ではない時期に、この検査をするとどういうことになるか。インフルエンザではない人100人にこの検査をすると1.8%、約2人ほどはインフルエンザとされてしまう計算になります。流行期ではなくてもインフルエンザ感染症が発症しないわけではないですが、このような側面も併せ持つのです。
[病気っぽさの情報を定量化する意味]
検査や所見、このように感度や特異度、尤度比LRを理解すると、なかなか興味深い問題だと感じます。近年、薬剤師のスキルとしてフィジカルアセスメンとが注目を集めていますが、エビデンスに基づく身体診断学を理解するためには、感度や特異度、LRといった数値の意味を理解する必要があると感じています。そして、薬剤師にとっても、疾患の可能性が高い、低いという定量的値を知ることができるというスキルは、副作用の早期発見、処方支援、疑義照会、健康相談などにおいてとても有用ではなかと考えています。
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