[お知らせ]


2014年1月24日金曜日

尿路感染症に対するスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)合剤

ST合剤と尿路感染症]

ST合剤はサルファ剤のスルファメトキサゾールとトリメトプリムの合剤です。合剤とすることで、シナジー効果が生まれ、より抗菌作用が高まると言われています。ST合剤は消化管からの吸収もよく、組織移行性が高いといわれており、PK的には優秀な薬剤と言えそうです。この薬剤は大腸菌やセファロスポリンが無効な腸球菌にもスペクトラムを有し、主要な尿路感染症の原因菌を広くカバーしているのが特徴です。(ただし腸球菌に対する臨床的な有効性は一致したデータに乏しい。そのため通常は腸球菌狙いで用いることは推奨できない)そのため感受性さえあればST合剤は尿路感染症には良い適応となります。ただ近年、ST合剤への耐性化が進んでおり1980年代の時点でアメリカではE coli15%から20%が耐性化しているといわれています。1)しかしながら、たとえラボで耐性化が認められても、尿中濃度が非常に高くなるため臨床的には問題のないケースも多いと考えられます。
実はMRSAにも有効と言われていますが、軽症のMRSA感染症があまり存在せず、使用機会はそれほど多くはありません。MRSAによる軽症の皮膚軟部組織感染症に用いるという選択肢はあります。
尿路感染症ではキノロン系抗菌薬の使用頻度が高く、緑膿菌にも効いてしまうキノロンは、薬剤耐性等の問題も考慮すると、ST合剤が使用可能な状況であればこちらを優先したいところです。安易なキノロンの使用は思わぬリスクを生むことがあります。

(参考:キノロン抗菌薬の有害事象に関する報告)
血糖異常リスク
急性腎傷害リスク
急性肝障害リスク
腱障害リスク
不整脈リスク
網膜剥離リスク

とは言えST合剤にもリスクがないわけではありません。むしろリスクは他の抗菌薬に比べても多い印象です。キノロンなどの新しい抗菌薬に比べて2倍から3倍有害事象リスクが高いといわれています2)

ST合剤の有害事象]

一般的にST合剤の有害事象はマイルドであり、可逆的であるとされています。ST合剤で有名な副作用は皮疹と消化器障害、そして血液障害(造血障害)です。ST合剤はHIV患者におけるニューモシスチス肺炎の発症抑制に定期的に服用されているケースも多いですが、こういった患者さんでは皮疹の発症頻度が高いといわれています。通常、皮膚症状の発現頻度は342)と言われており、重症度は軽微なものから重篤なTEN(中毒性表皮壊死症)までそれぞれですが、TENに関する症例報告は本邦でも存在します3)4)
胃腸障害も発現頻度は高く、38%とされています。2) 主な症状は嘔吐や下痢症状と言われています。
また薬物相互作用も比較的多いのが特徴です。SU剤やワルファリン、フェニトインなどハイリスク薬との相互作用が多く注意が必要です。さらに高カリウム血症の副作用があり、高カリウム血症を起こす可能性のある薬剤との併用も注意が必要です。
キノロンと同様、妊娠している女性には禁忌となります。喘息や蕁麻疹などアレルギーハイリスク者にも原則禁忌となっています。
このような背景もあり、添付文書上は「血液障害、ショック等、重篤な副作用が起こることがあるので、多剤が無効又は使用できない場合にのみ投与を考慮すること」という警告の記載があり、なんだかものすごく使いづらい印象です。実際に有害事象はどの程度なのでしょうか。

ST合剤と高カリウム血症]

    スピロノラクトンとの併用(添付文書上の規制なし)
利尿剤は一般的にカリウムを排出する作用を有しますが、スピロノラクトンはカリウム保持性利尿薬ともいわれ、むしろ高カリウム血症に注意しなくてはいけません。ST合剤との併用においてはカリウム値に十分注意する必要があります。実際、併用における高K血症リスクはどの程度なのかコホート内症例対照研究で報告されています。[PMID219114465)

(文献5PECOと調整交絡因子)
[Patient]
66歳以上のカナダ人のコホート(平均年齢81歳から82歳)
[症例]慢性疾患のためにスピロノラクトンを継続服用し、抗菌薬(ST合剤、アモキシシリン、ノルフロキサシン、ニトロフラントイン)を処方されて、14日以内に高カリウム血症で入院した患者248
[対照]スピロノラクトンを継続使用しており、抗菌薬4剤の処方を受けたが高カリウム血症による入院歴がなかった患者783
(マッチング)年齢、性別、慢性腎疾患の有無、糖尿病の有無
[Exposure]
ST合剤・ノルフロキサシン
[Comparison]
アモキシシリン
Outcome
高カリウム血症による入院
研究デザイン
コホート内症例対照研究
調整した交絡因子
年齢、うっ血性心不全、慢性肝疾患、慢性腎臓病、スピロノラクトン治療歴、レニンアンギオテンシン、アルドステロン関連薬などの薬剤使用
結果は以下の通りでした。
抗菌薬の種類
調整オッズ比(95%信頼区間)
アモキシシリン
1(reference
ST合剤
12.47.121.6
ノルフロキサシン
1.60.83.4

アモキシシリン比較ですが、ST合剤との併用による高カリウム血症入院リスクはかなり高い因果関係にあるものと推測されます。

    レニンアンギオテンシン系薬剤との併用(添付文書上の規制なし)
高カリウム血症を誘発する恐れのある薬剤として、有名なのがARBACE阻害薬ですが、これら薬剤とST合剤との併用はどうでしょうか。こちらもコホート内症例対照研究です。[PMID205850706)

(文献6のPECOと調整交絡因子)
[Patient]
ACE阻害薬又はARBを服用している66歳以上の患者コホートから
[症例]ST合剤、アモキシシリン、シプロフロキサシン、ノルフロキサシンを処方されていから14日以内に高K血症により入院367
[対照]年齢、性別、慢性腎臓病、糖尿病歴でマッチングした1417
(平均年齢81.5歳、男性39.2%)
[Exposure]
ST合剤・ノルフロキサシン・シプロフロキサシン
[Comparison]
アモキシシリン
Outcome
高カリウム血症による入院
研究デザイン
コホート内症例対照研究
調整した交絡因子
うっ血性心不全、過去3年以内の高K血症による入院歴、併存疾患指数、ケア施設入所期間、収入、薬剤服用数、β遮断薬、利尿薬、NSAIDs、カリウムサプリメント
結果は以下の通りです。
アウトカム
SMX/TMP
NFLX
CPFX
AMPC
高カリウム血症による入院の調整オッズ比
6.7
 4.5-10.0
0.8
0.4-1.5
1.4
0.9-2.2
1 [Reference]
SMX/TMP:スルファメトキサゾール・トリメトプリム  NFLX:ノルフロキサシン 
CPFX:シプロフロキサシン   AMPC:アモキシシリン

アモキシシリンとの比較ですが、ST合剤では有意に高カリウム血症よる入院リスクと関連しているという結果でした。これらの結果を踏まえれば、スピロノラクトンとACE阻害薬を併用している心不全患者や糖尿病腎症進展抑制のためにACE阻害薬を服用している患者などのケースにおいてはST合剤の投与はできる限り避けるか、短期間の投与に限定した方が望ましいかもしれません。

ST合剤とフェニトインの相互作用]

ST合剤及びフェニトインの添付文書にはフェニトインの肝臓での代謝を抑制するため「併用注意」との記載があります。 こちらに関してもコホート内症例対照研究でリスクの関連が検討されています。[PMID213956477)

(文献7のPECOと調整交絡因子)
[Patient]
66歳以上のカナダのコホートから
[症例]フェニトイン中毒で入院した患者796
[対照]年齢、性別でマッチングした3148
(平均74.5歳、男性46.1%)
[Exposure]
30日以内のST合剤、アモキシシリン投与
[Comparison]
抗菌薬の投与なし
Outcome
フェニトイン中毒による入院
研究デザイン
コホート内症例対照研究
調整した交絡因子
年齢、フェニトイン中毒による入院歴、悪性腫瘍、肝臓、腎臓、アルコール中毒、収入、ケア施設入所歴、併用薬剤数、フェニトイン治療歴、CYPを介して相互作用が想定される薬剤(詳細は本文Appendix 1
結果は以下の通りです。
アウトカム
ST合剤
アモキシシリン
フェニトイン中毒による入院
調整オッズ比[95%信頼区間]
2.11
 1.24 3.60
1.12
0.641.98

フェニトインとの相互作用は抗菌薬投与なしと比べてST合剤では約2倍の中毒リスクに関連している可能性が示唆されています。フェニトインを継続服用中の患者では安易なST合剤投与は推奨されないかもしれません。

ST合剤のリスク]

ST合剤有害事象のポイントを整理します。
Adverse Effects With Trimethoprim-Sulfamethoxazole

■嘔吐・下痢などの消化器症状や貧血などの血液障害、皮疹の発現頻度は他剤に比べて多い。皮疹の重症度は軽微なものから重篤なTEN(中毒性表皮壊死症)までそれぞれ。本邦でもTENの報告は存在する。3)4)
■スピロノラクトンやACE阻害薬、ARBとの併用で高カリウム血症による入院リスクがアモキシシリンに比べて上昇するとしたコホート内症例対照研究が存在する。(添付文書上の併用に関する規制はない)5)6)
■フェニトインとの併用で、フェニトイン中毒リスクが上昇するというコホート内症例対照研究が存在する。(添付文書上は併用注意)7)
■その他ワルファリン、SU剤、ジゴキシン等のハイリスク薬との併用はそれぞれ作用増強が示唆され併用注意である8)

ST合剤を尿路感染症に用いる際、注意すべきことは何でしょうか]

プライマリケアにおけるST合剤使用上の留意点をまとめていきます。
Evidence based recommendation!」

ST合剤のメリットとしては以下の点が挙げられる。
①尿路感染を引き起こす微生物を広くカバー。
②キノロンの使用頻度を減らし、薬剤耐性菌発現リスクを減らす。
③後発薬価が安価であり、キノロンやセフェムに比べて経済的。
④キノロンで問題となるマグミットとの相互作用がない。
MRSAによる軽症の皮膚軟部組織感染症に使用が可能。

ST合剤を投与する際は以下の点に注意すべきである。
①薬剤耐性に注意し感受性を十分に考慮する
②高カリウム血症を起こしやすい薬剤やフェニトイン、ワルファリン、SU剤、ジゴキシン等を服用中の患者では相互作用に十分注意しなくてはいけない。
③皮疹の発現に留意するとともに高カリウム血症などの副作用防止の観点から原則、膀胱炎にのみ用い、その投与期間を3日とする。(通常の膀胱炎では3日の投与で十分有効性が期待できる9)
④スピロノラクトンとレニンアンギオテンシン系薬剤を併用している慢性心不全などの患者では高カリウム血症による入院リスクに関連する可能性が高く、できる限り使用を避けた方が良い。
⑤糖尿病腎症など腎機能が低下している患者で腎保護を目的にレニンアンギオテンシン系薬剤を服用している患者では特に高カリウム血症に注意する。
⑥脳梗塞後遺症などの患者でフェニトインを継続的に服用している高齢者では、相互作用によるフェニトインの作用増強に留意し、中毒症状が出ていないか十分注意する。
⑥喘息や蕁麻疹等のアレルギーハイリスク者及び妊婦には使用しない。

[引用文献]
1) Increases in rates of resistance to trimethoprim. Clin Infect Dis. 1997 Jan;24 Suppl 1:S63-6PMID: 8994780.
2) Trimethoprim-sulfamethoxazole revisited. Arch Intern Med. 2003 Feb 24;163(4):402-10. PMID: 12588198
3) 感染症学雑誌Vol. 62 (1988) No. 2 P 180-184
4) 皮膚Vol. 26 (1984) No. 3 P 603-604
5) Trimethoprim-sulfamethoxazole induced hyperkalaemia in elderly patients receiving
spironolactone: nested case-control study/ BMJ.2011 Sep 12;343:d5228. PMID:21911446
6) Trimethoprim-SulfamethoxazoleInduced Hyperkalemia in Patients Receiving Inhibitors of the Renin-Angiotensin System. Arch Intern Med. 2010 Jun 28;170(12):1045-9 PMID: 20585070
7) Trimethoprim/sulfamethoxazole-induced phenytoin toxicity in the elderly: a population-based study. Br J Clin Pharmacol. 2011 Apr;71(4):544-9 PMID: 21395647
8) バクタ配合顆粒 添付文書 第12版 20128月改訂

9) 抗菌薬の考え方、使い方 Ver3.0 中外医学社 2012

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