DPP4阻害薬のひとつであるシタグリプチンの添付文書には「急性膵炎があらわれることがあるので、持続的な激しい腹痛、嘔吐等の初期症状があらわれた場合には、速やかに医師の診察を受けるよう患者に指導すること」という記載があり、重大な副作用として急性膵炎が挙げられています。添付文書によれば、「持続的な激しい腹痛、嘔吐等の異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。海外の自発報告においては、出血性膵炎又は壊死性膵炎も報告されている」という記載があり、その頻度は不明となっています。
重篤副作用疾患別対応マニュアルには薬剤性膵炎に関する詳細が記載されていますが、
平成21年5月作成のため情報が古くDPP4阻害薬に関しての記載は見当たりません。
[個別症例考察:シタグリプチンの関与が疑われる重症膵炎]
本邦でも急性膵炎の症例報告が存在します。
A case of severe acute necrotizing pancreatitis
after administration of sitagliptin.
症例は上腹部痛の訴えにて入院した55歳の2型糖尿病の日本人男性です。以前に他の医療機関で胃潰瘍の診断を受けH2ブロッカーが投与されていたようです。背部痛と嘔吐が出現し症状が重篤化したため入院となりました。
糖尿病歴は3年で、血糖コントロールはボグリボース0.6mg/日、及びメトホルミン500mg/日で行っていましたが、8か月前よりシタグリプチン50mg/日が追加投与されました。HbA1cは6.5以下でコントロール自体はかなり良好にできていたようです。
慢性膵炎や膵腫瘍、高カルシウム血症の既往、あるいは飲酒習慣はありませんでした。高脂血症が指摘されており、アトルバスタチン10mg/日にて治療中でした。
入院時、身長は172㎝、体重は77.2㎏でBMIは25.2 kg/m2、体温38.1℃、血圧は172/88 mmHgでした。膵臓関連の酵素レベル上昇を認めました。CTにより胆石も認め、APACHEスコアは6ポイント、SIRSスコアは3ポイント、CT scan severity indexはグレード3で重症急性膵炎の診断となりました。
その後静脈内輸液療法、膵臓酵素阻害剤投与、壊死部切除術などの治療を行い、入院後87日で経口摂取開始となり、111日間入院を経て退院されました。なおシタグリプチンの中止後14ヶ月間の膵炎の再発はないとしています。
急性膵炎の臨床症状は主に、腹痛(心窩部痛,上腹部痛),と嘔気・嘔吐ですが、このケースでは当初、胃潰瘍として投薬までされています。初期症状が、膵炎によるものなのかは不明ですが、薬剤師としては患者におきている臨床症状が、常に薬剤によるものではないかと疑いを持たないと、今回のようなケースが胃潰瘍として見過ごされてしまう事例もあるかもしれないと感じます。またシタグリプチン投与8か月後に入院となっていることからも、長期的な警戒が必要な有害事象と言えるかもしれません。
このケースレポートにも他の報告が合わせて記載がありますが、海外では同じDPP4阻害薬のビルダグリプチンにも症例報告が存在します。
Vildagliptin-induced acute pancreatitis.(海外報告)
Acute necrotizing pancreatitis associated with
vildagliptin.(海外報告)
その治療には難渋するような印象で、添付文書上の文字から受ける印象よりもかなり重篤で深刻な状況がうかがえます。リスクの把握には添付文書の端的な記載だけではなくこのような症例報告に目を通しておくと、状況の重大性、その後の経過等を把握でき、有害事象アセスメンとには非常に有用な情報になると考えます。ただ症例報告は薬剤と有害事象を決定的に結び付けるものではありません。因果関係を考察するには1例報告のみでは難しい側面もありますが、やはりあらためて症例報告を読むと、その危険性は軽視できないものがあると感じます。
[疫学的考察:DPP4阻害薬と急性膵炎に関する因果関係]
実際のところ因果関係はどうなのでしょうか。2013年にJAMA inten Med.に報告された症例対照研究では因果関係がある可能性を示唆していました。
Glucagonlike
Peptide 1-Based Terapies and Risk of Hospitalization for Acute Pancreatitis in
Typ 2 Diabetes Mellitus
ケース(症例)
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コントロール(対照)
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急性膵炎で入院した1269人の2型糖尿病患者(18歳~64歳:平均年齢52歳、57.45%が男性)
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年齢、登録方式、性別、糖尿病合併症などでマッチさせた対照群1269人
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調整した交絡因子は高トリグリセリド血症、アルコール摂取量やたばこ、肥満、胆道・膵臓癌、嚢胞性繊維症とメトホルミン使用で結果は以下の通りでした。
■30日以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて急性膵炎による入院は有意に関連する▶オッズ比:2.24(95%信頼区間1.36~3.68)
■30日以降~2年以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて有意に関連する。▶オッズ比2.01(95%信頼区間1.37~3.18)
この研究では有意な関連がみられましたが、のちの報告では因果関係は不明となっています。
Incretin
therapies and risk of hospital admission for acute pancreatitis in an
unselected population of European with type 2 diabetes : a case-control study
この研究も症例対照研究です。対象患者は経口糖尿病薬を服用している2型糖尿病患者(平均年齢72.2歳SD:11.1)で、
(症例)急性膵炎にて入院した41歳以上の1003例
(対照)性別、年齢、経口糖尿病薬服用期間でマッチングした4012例
となっています。また調整した交絡因子は急性膵炎リスクファクター、メトホルミン、グリベンクラミドの使用で結果は以下の通りです。
6か月のインクレチン療法は他の糖尿病薬による治療に比べて急性膵炎による入院に関して因果関係は不明である。▶オッズ比:0.98[95%信頼区間 0.69~1.38]
[結局のところ因果関係はあるのか]
疫学的研究では因果関係ありと言う報告と因果関係不明という報告がありましたが、さらに今年に入りランダム化比較試験のメタ分析の報告がなされました。
Dipeptidyl-peptidase-4
inhibitors and pancreatitis risk : a meta-analysis of randomized clinical
trials.
[Patient]
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134の研究に参加した2型糖尿病患者
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[Exposure;]
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ビルダグリプチン、シタグリプチン、サキサグリプチン、アログリプチン、リナグリプチンを12週以上投与
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[Comparison]
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プラセボ、又はDPP4阻害薬以外の治療薬(インスリン、経口糖尿病薬)の投与
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[Outcome]
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膵炎発症
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研究デザイン
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メタ分析[統合した研究数134]
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評価者バイアスの検討
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2名の著者が独立して検討
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元論文バイアスの検討
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ランダム化比較試験のメタ分析(小規模トライアル)
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出版バイアスの検討
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未出版データにもアプローチ
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異質性バイアスの検討
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ブロボグラムを視覚的にみて、ばらつきあると思われるが統計的な異質性なし。
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結果は以下の通りで明確な関連は示されませんでした。
アウトカム
[統合研究数]
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E群
DPP4阻害薬
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C群
DPP4阻害薬なし
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オッズ比
[95%信頼区間]
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I2
統計量
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膵炎発症
[24]
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20人/11553人
(0.17%)
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16人/8973人
(0.18%)
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0.933
[0.515~1.688]
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0%
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またセカンダリアウトカムの膵臓癌や重大な有害事象にも明確な差はありませんでした。
膵臓癌▶オッズ比0.72[0.32~1.61]
重大な有害事象▶0.97[0.89~1.04]
ちなみに各薬剤ごとのリスクは以下の通りです(サブ解析につき解釈に注意)
薬剤名[統合研究数]
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オッズ比[95%信頼区間]
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シタグリプチン[9]
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0.89[0.32~2.49]
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ビルダグリプチン[4]
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1.18[0.32~4.26]
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サキサグリプチン[4]
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0.41[0.09~1.87]
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アログリプチン[4]
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0.93[0.19~4.62]
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リナグリプチン
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1.62[0.37~7.02]
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これを見るといずれも関連が示されているわけではありませんが、関連がないことも示されておらず、因果関係は現時点では不明と言うほかない印象です。DPP4阻害薬群は承認され間もない薬剤です。今後の長期的な予後に関しては不明な部分が多く、ベネフィットはもちろん、リスクに関してもいまだ不明な部分も多いことは否めません。今後の症例報告や疫学的研究の報告に注視するとともに、因果関係が不明だとしても、DPP4阻害薬服用中の患者では上腹部痛や嘔気などの臨床症状に十分留意し、薬剤による急性膵炎を長期的に警戒すべきだと考えます。
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