インフルエンザシーズンもほぼ終息に向かっています。本年は流行が長引いていた印象です。インフルエンザ感染症に抗インフルエンザ薬は必要なのか、という命題は僕の中でずっと考えていたテーマでもあります。インフルエンザ検査陽性⇒抗インフルエンザ薬、というルーチン図式は多くの場合で代わり映えの無いように思います。タミフルやリレンザ、イナビルに代表されるような抗インフルエンザ薬、テレビCMでも早期投与が有効であるような内容を示唆したものが報道され、医療従事者の中でも話題となりました。2012年に報告されたコクランのメタ分析は、総じて抗インフルエンザ薬の価値に疑問を投げかけるような効果をもたらしました。
Neuraminidase inhibitors for
preventing and treating influenza in healthy adults and children.
このメタ分析によればインフルエンザ様症状緩和までの時間がプラセボに比べて21時間[95%信頼区間-29.5時間~-12.9時間]短縮するというもので、入院リスクなどを減らすものではなく、副作用が多いという結果でした。十分なデータがそろわず、解析データには偏りが生じている点も言及されています。
Oseltamivir vs placebo in nonimmunocompromised
adults and children
Ann Intern
Med. 2012;157(6):JC3-5より
Outcomes
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Number
of
trials(n)
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Weighted
eventrates
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Mean
difference
(95%
CI)
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Hours
to first
symptom
relief
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5
(3713)
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−21 (−30 to −13)
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||
RRR
(CI)
|
NNT
(CI)
|
|||
Hospitalization
|
8
(4696)
|
1.4%
vs 1.5%
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5%
(−59 to 43)
|
Not
significant
|
Diarrhea
|
9
(5651)†
|
5.2%
vs 7.0%
|
26%
(3 to 44)
|
55
(33 to 477)
|
RRI
(CI)
|
NNH
(CI)
|
|||
Nausea
|
9
(5651)
|
8.5%
vs 5.5%
|
55%
(15 to 109)
|
34
(17 to 122)
|
Vomiting
|
9
(5651)
|
7.9%
vs 3.6%
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119%
(57 to 204)
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24
(14 to 49)
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(参考)地域医療の見え方:インフルエンザかどうかを決めること
その後に報告されたオセルタミビルのメタ分析では、さらに効果の限定性を印象付けるものでした。
Effectiveness of oseltamivir in adults : a meta-analysis of published and unpublished clinical
trials
[Patient]
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インフルエンザ患者4769人(年齢は平均5.1歳から18歳)
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[Exposure]
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オセルタミビル(タミフル®)の投与
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[Comparison]
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プラセボの投与
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[Outcome]
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平均症状持続期間、合併症、入院
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研究デザインは何か?
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メタ分析[統合した研究数[11]
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元論文バイアスの検討
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プラセボ対照の2重盲検ランダム化比較試験
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評価者バイアスの検討
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3名の著者がレビューし、2名の著者が各試験の妥当性を確認
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異質性バイアスの検討
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ブロボグラムを視覚的にみて大きなばらつきはない。肺炎のアウトカムではI2統計量31%となっているもののその他のアウトカムに関してI2統計量は全て0%であり、異質性は統計的にも見られない。
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出版バイアスの検討
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言語を問わず、未出版データも含めて解析。全11試験中未出版データは8試験。
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■症状持続期間が20.7時間[95%信頼区間13.3時間~28時間]短縮する(ITT解析)
■入院リスクがリスク差で0.1%[95%信頼区間-0.5%~0.6%]多い傾向にある。(ITT解析)
■肺炎がリスク差で0.6%[95%信頼区間-1.7%~0.4%]少ない傾向にある(ITT解析)
■急性気管支炎を除く抗菌薬が必要な合併症がリスク差で0.1%[95%信頼区間-1.7%~1.5%]少ない傾向にある
(※)多くのトライアルで、合併症は抗菌薬が必要な中耳炎、気管支炎、肺炎、副鼻腔炎と定義されているが、急性気管支炎に関しては抗菌薬の使用が推奨されていない。
ランダム化比較試験のメタ分析は、ランダム化比較試験に組み入れることが難しい、ハイリスク患者への情報が欠落している可能性もあり、ハイリスク患者への影響はよくわかりませんが、非ハイリスク患者においては2012年のコクランの報告同様、症状持続期間こそ減らす可能性があるものの、合併症や入院リスクを減らす可能性はほぼ無いという結果でした。少なくとも症状緩和を期待するのであれば、アセトアミノフェンでもよさそうな印象を受けます。ちなみにハイリスク患者におけるオセルタミビルの投与は観察研究のメタ分析でそのベネフィットが報告されていますが、元文献の妥当性はあまり高くないようです。
Antivirals for treatment of influenza : a systematic review and
meta-analysis of observational studies
ここまで来ると、抗インフルエンザ薬の価値がどうも軽視されてしまうような印象を持ってしまいます。ところで米国のCDCでは、インフルエンザの治療におけるインフルエンザワクチン接種への重要な補助治療としてノイラミニダーゼ阻害剤(経口オセルタミビルおよびザナミビル吸入)の使用を位置付けています。
CDC Recommendations for Influenza Antiviral Medications Remain Unchanged
CDCでは、入院患者や 合併症ハイリスク患者(妊婦や高齢者等)へのできるだけ早期の抗インフルエンザ薬使用を推奨しています。CDC Recommendations for Influenza Antiviral Medications Remain
Unchangedでは以下の論文を挙げ、インフルエンザによる入院患者への早期治療の有用性を言及しています。
Effectiveness of neuraminidase inhibitors in reducing mortality in patients admitted to
hospital with influenza A H1N1pdm09 virus infection: a
meta-analysis of individual participant data
[Patient]
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A H1N1pdm09感染で入院し、観察研究(ケースコントロール、ケースシリーズ、コホート研究)やランダム化比較試験に参加した29234人
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[Exposure]
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①ノイラミニダーゼ阻害薬の投与(投与時期関係なし)
②ノイラミニダーゼ阻害薬の2日以内の投与
③ノイラミニダーゼ阻害薬の3日以降の投与
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[Comparison]
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④ノイラミニダーゼの投与なし
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[Outcome]
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死亡(入院中の死亡または症状発症から30日以内の死亡
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研究デザインは何か?
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IPDメタ分析(個人参加者データからのメタ分析)
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元論文バイアスの検討
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該当なし(患者個人データからノイラミニダーゼ阻害薬による治療傾向スコアによる補正とステロイド使用、抗菌薬使用で調整を行い調整オッズ比を算出している)
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異質性バイアスの検討
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該当なし(IPDメタ分析のためトライアル結果により全体指標が引きずられるという事が発生しない。)
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出版バイアスの検討
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該当なし(データ報告者へのコンタクト等を行っている。)
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E
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C
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調整オッズ比[95%信頼区間]
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①投与あり
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④投与なし
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0.81[0.70~0.93]
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②2日以内の投与
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③3日以降の投与
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0.48[0.41~0.56]
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②2日以内の投与
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④投与なし
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0.50[0.37~0.67]
|
③3日以降の投与
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④投与なし
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1.20[0.93~1.54]
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この報告は観察研究やランダム化比較試験から個々の患者データを取り出しメタ分析を行ったIPDメタ分析と言う手法で解析された論文と思われます。そしてA H1N1pdm09による入院患者ではノイラミニダーゼ阻害薬の早期投与で死亡リスクが低下する可能性を示唆しています。IPDメタ分析では通常よく目にするメタ分析と異なり、既存の研究を統合するのではなく、患者個別のデータを解析します。したがって各トライアルの結果の影響を受けにくい等の利点がありますが、情報選択時にバイアスが生じやすく、この研究の妥当性については僕の理解をこえています。またこの報告では対象患者が入院している患者であり、非ハイリスク患者ではない可能性があることに留意が必要で、プライマリケアで遭遇する多くの健常症例では、このような結果にならない可能性があることは当然考えられますが、逆に言えば、ハイリスク患者では死亡リスクをも減らせるかもしれないという可能性を示唆した点は大きいと思いました。
ここで重要なのは、一般的に健康な人における臨床的に軽度のインフルエンザ様疾患の外来患者に関するデータのレビューは、抗ウイルス治療が重篤なインフルエンザの合併症を減少させるかどうかの質問に答えることはほとんどない、という事です。抗インフルエンザ薬に関して高齢者、や幼児、妊婦、および慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息、うっ血性心不全や糖尿病などの基礎疾患を有するような、インフルエンザによる重篤な合併症を発症するリスクが高い患者では入院リスクや死亡リスクを検討したランダム化比較試験が存在しないという点をCDCも強調しています。
つい先日コクランより最新のレビューが報告されました。
Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in
healthy adults and children
(以下要約は「治療」に限定しています)
[Patient]
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健常成人及び小児(オセルタミビル20研究9623人、ザナミビル26研究14628例)
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[Exposure]
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ノイラミニダーゼ阻害薬の投与
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[Comparison]
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プラセボの投与
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[Outcome]
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症状消失までの時間、合併症、有害事象
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研究デザインは何か?
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メタ分析[統合した研究数:オセルタミビル20、ザナミビル26]
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元論文バイアスの検討
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プラセボ対照ランダム化比較試験のメタ分析
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評価者バイアスの検討
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2名の調査者が評価
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異質性バイアスの検討
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I2統計量表示
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出版バイアスの検討
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2013年7月22日までのデータを解析。GSK、ロシュからもデータを調達
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重要なアウトカムに関して以下に要点をまとめます。
アウトカム
[統合した研究数]
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E
オセルタミビル
|
C
プラセボ
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結果
|
症状緩和までの時間(成人)[8]I2=0%
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2208人
|
1746人
|
平均差-16.8時間
[-8.4~-25.1]
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症状緩和までの時間(小児)[3]I2 =75%
|
664人
|
665人
|
平均差-8.04時間
[ -33.34~17.26 ]
|
入院リスク(成人)
[7]I2=0%
|
38人/2663人
(1.43%)
|
32人/1731人
(1.85%)
|
0.92
[0.57~1.50]
|
入院リスク(小児)
[3]I2 =0.0%
|
12人/677人
(1.8%)
|
6人/682人
(0.9%)
|
1.92
[0.70~5.23]
|
肺炎合併症(成人)
[8]I2=0%
|
27人/ 2694人
(1.02%)
|
39人/1758人
(2.22%)
|
0.55[ 0.33~0.90 ]
NNTB 100[67~451]
|
アウトカム
[統合した研究数]
|
E
ザナミビル
|
C
プラセボ
|
結果
|
症状緩和までの時間(成人)[13]I2=9%
|
3031人
|
2380人
|
平均差-0.6日
[-0.39~-0.81]
|
症状緩和までの時間(小児)[2]I2 =72%
|
396人
|
327人
|
平均差-1.08日
[ -2.32~0.15 ]
|
気管支炎合併(成人)
[12]I2=0%
|
172人/ 3429人
(5.0%)
|
190人/ 2643人
(7.2%)
|
0.75 [0.61~0.91]
NNTB=56[36~155]
|
[オセルタミビル]
▶入院リスクは成人、小児ともに差はありませんでした。
▶肺炎は成人で有意な差、小児1.06[0.62~1.83]では明確な差は出ませんでした。
▶気管支炎は大人で減少傾向0.75[0.56~1.01]、小児でも減少傾向0.65[0.27~1.55]でした。
▶中耳炎や副鼻腔炎に関してはいずれも明確な統計的差は出ませんでした。
[ザナミビル]
▶入院リスクに関してはデータ不足で解析できていないようです。
▶気管支炎は成人でリスク減少を示唆しましたが、小児では減少傾向にとどまります。
▶肺炎は成人、小児でともに減少傾向で明確な差はありません。
▶中耳炎や副鼻腔炎に関してはいずれも明確な統計的差は出ませんでした。
おおよそ抗インフルエンザ薬を飲めば健常成人であれば半日程度、症状消失まで早くなるという感じなのだと思います。ただ、症状の感じ方は主観的ですし、患者ごとの免疫能や感染症に対する生体反応はかなりばらつきがあり、この数字が一般化できないことは明白ではあります。
抗インフルエンザ薬が意味のある者なのかどうかは、患者さんのコンテキストに依存することも多いかと思います。症状消失というやや主観的なアウトカムがメインなだけに、その感じ方は人それぞれと言う部分もあります。オセルタミビルがインフルエンザの症状を半日ほど早くおさめるなら、重症化を防止するかどうかはわからなくても、多少副作用があったとしても「飲みたい」という人はいるのだと思います。例えば受験シーズンとインフルエンザ流行シーズンはほぼマッチすることがあります。運悪く、センター試験1週間前にインフルエンザにかかってしまったとして、半日でも症状が軽快して、勉強できるようになれるのであれば、その精神的負担は大きく減るかもしれません。臨床的な差異はわずかだ、と言うのはおそらく正しい意見です。ただその正しさがどれだけ正しいものであれ、患者への振る舞いは別問題ととらえるべきなのかもしれません。薬が効くとか効かないという事よりも、症状消失までの時間がどう変化し、その変化した時間が患者にとって意味のあることなのかどうかを考え事の重要性に気づきました。
医療は常に反証可能性を有する科学的側面を持つ一方で、ヒトの主観や、偶然性を取り扱う、非科学的なものでもあります。患者の思いやコンテキストの中で、抗インフルエンザ薬を服用してもしなくても、それは受け入れられる。これらエビデンスのデータに振り回された挙句、抗インフルエンザ薬は価値のない薬だ、あるいはタミフルをなるべく早く飲むべきだ、という極論に達してしまう事こそが問題なのでしょう。
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