国内でのデングウイルス感染例がマスコミでも連日報道され、話題となっておりますが、デング熱とその周辺について少しまとめてみました。
[デングウイルス]
デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるデングウイルスによる感染症です。デングウイルスは日本脳炎ウイルスと同じフラビウイルス科に属し、4種の血清型が存在すると言われています。予後良好と言われるデング熱と、より重症型のデング出血熱やデングショック症候群の2つの病態に分けられます。日本では毎年 30~70 名程度のデング熱の報告があると言われています。(参考)国立感染症研究所 感染症情報センター疾患別情報
デングウイルスの血清型は1型~4型までの4種類あり、1型に関しては終生免疫を獲得すると言われていますが、他の血清型に対する交叉防御免疫は数ヶ月で消失してしまい、その後は他の型に感染しうるといわれています。この再感染時にデング出血熱になる確率が高くなるそうです。デングウイルスはヒト→蚊→ヒトの感染環を形成しており、日本脳炎ウイルスにおけるブタのような増幅動物は存在しません。またヒトからヒトに直接感染することはありません。
[デング熱]
感染3~7日の潜伏を経て突然の発熱で始まり、頭痛特に眼窩痛・筋肉痛・関節痛を伴うことが多く、食欲不振、腹痛、便秘を伴うこともあるようです。発熱のパターンは二相性になることが多いと言われています。発症後、3~4日後より胸部・体幹から始まる発疹が出現し、四肢・顔面へ広がることもあります。これらの症状は1週間程度で消失し、通常、後遺症なく回復すると言われています。
[デング出血熱]
デングウイルス感染後、デング熱とほぼ同様に発症して経過した患者の一部において、突然に、血漿漏出と出血傾向を呈することがあり、これはデング出血熱と呼ばれます。重篤な症状は、発熱が終わり平熱に戻りかけたときに起こることが特徴的であるとされています。
患者は不安・興奮状態となり、発汗がみられ、四肢は冷たくなり、胸水や腹水が極めて高率に発現します。また、肝臓の腫脹、補体の活性化、血小板減少、血液凝固時間延長がみられ、多くの例で細かい点状出血が現れます。さらに10~20%の例で鼻出血・消化管出血などをみとめます。デング出血熱は、適切な治療が行われないと死に至る疾患です。致死率は国により、数
パーセントから1パーセント以下となっているようです。(参考)感染症情報センター:感染症の話 デング熱
[治療]
デング熱及びデング出血熱に対する特別な治療法はありません。症状に応じた対症療法が行われます。デング出血熱に対する血小板輸血の効果はよく分かっていません。
Effectiveness
of platelet transfusion in dengue Fever: a randomized controlled trial.
また鎮痛解熱剤としては、サルチル酸系のものは出血傾向やアシドーシスを助長することから使用すべきではないと言われており、アセトアミノフェンが推奨されています。
デング関連のショック状態へのステロイド投与や重症者への早期ステロイド投与の効果もよく分かっていません。
Corticosteroids
for dengue infection.
Effects
of short-course oral corticosteroid therapy in early dengue infection in
Vietnamese patients: a randomized, placebo-controlled trial.
[実際の症例]
本邦における、より重症型であるデング出血熱の具体的な症例報告を見ています。
①モルディブより帰国後デング出血熱を発症した1例
患者背景
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16歳男性。副鼻腔炎の既往。1週間前にモルディブへ渡航
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症状
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帰国後7日目より38.4℃ の発熱,悪寒,頭痛,関節痛,腹痛が出現。近医を受診し感冒薬と抗菌薬を処方された.翌日から水様便が出現し,発熱が持続。入院 2 日目,四肢末梢を中心に小丘疹および点状出血が現れ,APTT 92.6sec,Plt 4.4 万μlと凝固能異常および血小板減少の増悪を認めた.
体温 41.9℃まで上昇し意味不明の発言を認めた.
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理学所見
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体温 39.2℃,血圧 100/50mmHg,脈拍 62分,呼吸 18分,眼球結膜充血あり,項部硬直なし。皮疹なし。
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治療
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デング熱診断後は補液などの対処療法。入院 7 日目に退院
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②ブラジル旅行後に発症したデング出血熱の1例
患者背景
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27歳女性。2002年2月1日から2月14日 までブラジル旅行
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症状
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日本に帰国後2月18日 より頭痛,関節痛,筋肉痛を伴う39度 台の発熱が出現。頸部リンパ節腫脹認め,四肢点状出血認めた
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理学所見
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身 長156cm,体 重48.Okg,体 温37.7℃,血 圧90/54mmHg,脈
拍96/分 整。白血球2.100/μl,血小板5.6×104/μ1と著明な低 下
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治療
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入院後十分な補液のみで経過を観察した.入院第3病日に血 液検査上白血球1,500/,血小板4.2×104/μlとさらに低下し,十 分な補液にもかかわらず,ヘマトクリットは45.1%と入院時に比 べ若干上昇した.しかし,翌第4病日に解熱し,頭痛などの自覚症
状も改善した.その後,8病日に点状出血は改善傾向を認め,血 液検査上白血球,血小板も改善傾向にあり同日退院 した.
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[予防]
現在、予防接種は開発段階です。
Protective
efficacy of the recombinant, live-attenuated, CYD tetravalent dengue vaccine in
Thai schoolchildren: a randomised, controlled phase 2b trial.
Clinical
efficacy and safety of a novel tetravalent dengue vaccine in healthy children
in Asia: a phase 3, randomised, observer-masked, placebo-controlled trial.
現段階での有効率は30%~55%前後と言う感じでしょうか。いまいち、な印象ですが、今後の報告に注目です。ワクチンによる予防が現段階で期待できないとなると、ヒトーヒト感染しないデングウイルスに対しては蚊との接触を防ぐ物理的な防護しか手法はありません。厚生労働省:デング熱に関するQ&Aには「ヒトスジシマカやネッタイシマカは日中に活動し、ヤブや木陰などでよく刺されます。その時間帯に屋外で活動する場合は、長袖・長ズボンの着用に留意し、忌避剤の使用も推奨します。」と記載されています。忌避剤とはすなわち虫よけ剤のことです。
[虫よけ剤DEETの有効性]
本邦で使用可能な虫よけ剤は、その主成分のほとんどがN,
N -diethyl-3-methyl-benzamide、通称DEETと呼ばれる物質です。昆虫がこれを嫌うメカニズムは実はよく分かっていないそうですが、CDCのサイトには蚊、ダニ、その他の昆虫節足動物に対する保護として虫よけ剤も一般的な対応として記載がされています。CDCでは20%以上のDEETを含有した虫よけ剤を推奨していますが、本邦で入手できる最大濃度は12%までのようです。DEETの濃度は効果持続時間と関連してくるようです。
DEET濃度
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持続時間
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30%
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6時間
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10%
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3時間
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[カナダ保健省の虫除け剤のページより]
かなり製品によりばらつきがあるようですが、DEET濃度は50%を超えてもその有効性にあまり差が無く、概ね10時間、30%前後であれば6時間から8時間、20%以下では3時間程度と言う感じでしょうか。(参考:米国環境保護庁Insect
Repellents: Use and Effectiveness)12%であれば理論的には3時間もたない可能性は高いです。
[虫よけ剤DEETの安全性]
DEETの安全性有効性に関しては「厚生労働省:ディート(忌避剤)の安全性について」の末尾にエビデンスがまとまっています。
妊娠女性において、DEETは妊娠後期であれば、比較的安全に使用できると言います。
Safety of
the insect repellent N,N-diethyl-M-toluamide (DEET) in pregnancy.
安全性は高いですが、もちろん大量に意図的に摂取すれば毒性もあります。40%DEETを6オンス(約170ml)摂取し心肺止をおこした症例報告があります。
A Lethal
Case of DEET Toxicity Due to Intentional Ingestion.
なお本邦では6カ月未満の乳児にはDEETを含有した虫よけ剤は使用できません。
[(参考)マラリアに対するDEETの効果]
デング熱予防に対するDEETの効果については現時点で文献見つけることができませんでした。(知っている方がおられましたら是非ご教授ください)しかしながら同じく蚊により媒介される感染症であるマラリアに対するDEETの予防効果を検討した研究がありました。
Can
topical insect repellents reduce malaria? A cluster-randomised controlled trial
of the insect repellent N,N-diethyl-m-toluamide (DEET) in Lao PDR.
現在の一般的なマラリア予防の取り組みは殺虫剤処理した防虫ネットと室内に残留するタイプの殺虫スプレーが使用されているそうです。殺虫剤処理した防虫ネットは現段階でのベストプラクティスと言われており、夜間の虫刺さされから防護するのに効果的であると言われています。しかしながら、ベクターとなる蚊は屋外あるいは早朝に活動することが多く、その有用性はそのような状況では減弱します。したがって屋外における防御のための介入方法に注目が集まっています。
虫よけ剤であるDEETは屋外における蚊との接触機会を減少させることが期待されています。タイやマレーシアにおける実地試験ではDEET15%~20%で約4時間から6時間の間に蚊に刺されるリスクが少なくとも65%以上、83%~100%も減少したとしています。
【J
Am Mosq Control Assoc. 2000 Sep;16(3):241-4】.
【Med
Vet Entomol. 1998 Jul;12(3):295-301】
ではこの研究を少しご紹介いたします。
[Patient]
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南部ラオスにおける1,597世帯(6歳から60歳、年齢中央値19歳、7,980人、世帯人数中央値5人、女性55%)
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[Exposure]
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殺虫剤処理した防虫ネット+DEET15%ローション795世帯3972人
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[Comparison]
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殺虫剤処理した防虫ネット+プラセボローション4008人
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[Outcome]
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迅速診断キットによる三日熱マラリア、熱帯熱マラリアの発症
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研究デザイン
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家族単位のクラスターランダム化比較試験
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ランダム化さているか?
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されている(household randomised)
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盲検化されているか?
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double
blind (Participants,
field staff and data analysts were blinded to the group assignment)
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サンプルサイズは十分か?
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脱落を考慮してパワー90%、α0.05で各群800世帯
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ランダム化は最終解析
まで保持されているか?
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Intention
to treat analysis
1398世帯/1597世帯
コンプライアンス:自己申告で平均60%
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追跡期間は?
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平均6.4ヵ月
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結果は以下のようになっています。
アウトカム
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DEET
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プラセボ
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ハザード比
[95%信頼区間]
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三日熱マラリア、
熱帯熱マラリアの発症
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45/3947
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42/3961
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1.00
[0.989–1.014]
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熱帯熱マラリア
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35/3947
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33 /3961
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1.00
[0.989–1.02]
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三日熱マラリア原虫
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14/3947
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16/3961
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1.00
[0.979–1.02]
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クラスターランダム化にした理由として、偶発的な家族内での使用薬剤取り間違えへの配慮と記載があります。また塗布部位から1メートルは薬剤の影響下にあり、同世帯感での介入効果の混同を避けるためでもあるようです。検出力不足もあるのでしょうか、結果的には効果不明ということになってしまいました。
[まとめ]
ウイルスを媒介するヒトスジシマカは、日本のほとんどの地域に分布していますが、その活動時期は5月中旬~10月下旬と言われています。ヒトスジシマカの幼虫は、ベランダにある植木鉢の受け皿や空き缶・ペットボトルに溜まった水、放置されたブルーシートや古タイヤに溜まった水などによく発生すると言われています。したがってそのような環境を身近に作らないことも感染対策上重要かと思います。
ヒトスジシマカは卵で越冬します(卵越冬)が、その卵を通じてデングウイルスが次世代の蚊に伝播した報告は国内外でないと言われています。季節的観点からいえば理論的には現在の感染動向は減少に転ずるはずではあります。
デング熱は一般的に予後良好ですが、現時点で有効なワクチンはありませんし、治療は輸液など対処療法のみです。血小板輸血やステロイドの有効性は確立していません。12%DEETを配合した虫よけスプレーによる感染予防効果も今のところ不明です。(感染リスク低減には20%~30%のDEET濃度が必要と言われています。[参考]CDC:Dengue;Frequently
Asked Questions)
基本的な対策としてはやはり、蚊によって媒介されるウイルスであるとこを踏まえ、蚊が多く生息していそうな場所を避ける、蚊が存在するような場所では、長そで長ズボンで防護、等の対応をとるよりほかありません。[参考]CDC:How to reduce your risk of dengue infection:
DEET12%の虫よけ剤はデング熱予防効果は不明ですが、使用するとしても、3時間以上効果が持続する可能性は低く、長期屋外に滞在する場合は、こまめに塗布する必要があります。
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