[チオトロピウムと死亡リスク、その背景]
TIOSPIR試験の結果がN Engl J Medに掲載されています。すでに何度かこの話題を取り上げたこともありますが、僕がEBMの出会いのきっかけとなったテーマであり、このTIOSPIR試験もふくめてチオトロピウムレスピマットのリスクについてまとめていきたいと思います。
チオトロピウム(スピリーバ®)は1日1回投与で気管支拡張作用が持続する吸入用抗コリン薬で、COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)の治療に用いられます。COPDガイドラインでも、軽症から重症を含めた安定期COPDの管理に用いられる薬物治療の第一選択薬として、長時間作用性抗コリン薬が推奨されています。2004年に発売が開始された吸入用カプセル剤を装填するチオトロピウムハンディヘラーと、2010年に発売されたミスト吸入製剤のチオトロピウムレスピマットという2剤形が使用されています。
新剤形のチオトロピウムレスピマットはカプセルを装填するハンディヘラーと異なり、霧状の薬剤を含むミストを吸入する薬剤です。カプセルを装填する手間やその扱い、また保存に関しても常温保存か可能で利便性が向上しました。高齢者のように吸入力の低下した患者でも有用であるといわれましたが、2011年に驚くべき報告がBMJに掲載されました。
■重要文献:チオトロピウムレスピマットと死亡リスク①
Mortality
associated with tiotropium mist inhaler in patients with chronic obstructive
pulmonary disease: systematic review and meta-analysis of randomised controlled
trials.
この論文は僕がEBMの出会いのきっかけとなった論文で、チオトロピウムレスピマットが死亡リスクに関連するというランダム化比較試験のメタ分析でかなり衝撃的なものです。
▶チオトロピウム・ミスト吸入10 µg:相対リスク2.15 (1.03 to 4.51; P=0.04; I2=9%)
▶チオトロピウム・ミスト吸入 5 µg:相対リスク1.46 (1.01 to 2.10; P=0.04; I2=0%)
このミスト吸入という剤形に問題が有るのではないかという指摘もありましたが、それを支持するように、のちに報告されたネットワークメタ分析においては間接比較でチオトロピウムハンディヘラーよりレスピマットの方が死亡リスクが高い可能性が示唆されました。
■重要文献:チオトロピウムレスピマットと死亡リスク②
Comparative
safety of inhaled medications in patients with chronic obstructive pulmonary
disease: systematic review and mixed treatment comparison meta-analysis of
randomised controlled trials
チオトロピウムレスピマットの死亡リスクは
▶対プラセボ:オッズ比1.51; 95% CI 1.06 to 2.19
▶対チオトロピウムハンディヘラ―:オッズ比1.65; 95% CI 1.13 to 2.43
▶対LABA:オッズ比 1.63; 95% CI 1.10 to 2.44
▶対LABA-ICS:オッズ比LABA-ICS:OR 1.90; 95% CI 1.28 to 2.8
さらに観察研究における直接比較でも同様の指摘がなされ、特に心血管疾患リスクの高い患者においてはレスピマット製剤の使用は避けるべきではないかということが示唆されました。
■重要文献:チオトロピウムレスピマットvsチオトロピウムハンディヘラー
Use of tiotropium Respimat(R) SMI vs. tiotropium Handihaler(R) and
mortality in patients with COPD
▶死亡リスク:レスピマットの使用はハンディヘラーと比べて27%増加
調整ハザード比:1.27,
95%信頼区間1.03-1.57
▶心血管死亡:レスピマットの使用はハンディヘラーと比べて56%増加
調整ハザード比:1.56,
95%信頼区間1.08-2.25
このようにチオトロピウムではレスピマット製剤がハンディヘラー製剤に比べて死亡リスク、特に心血管系への影響を示唆する報告が続き、前向きランダム化比較試験による安全性検討が待たれていました。TIOSPIR試験はスピリーバ®レスピマット®5μg1日1回吸入の有効性と安全性について、スピリーバ®ハンディヘラー®18μg1日1回吸入と比較した試験です。
Tiotropium Respimat Inhaler and the Risk of Death in
COPD
他施設2重盲ランダム化比較試験
[Patient]
40歳以上のCOPD患者17,135例
※6か月以内に心筋梗塞を発症、12か月以内の心不全による入院、12か月以内において薬の変更や介入を要する不安定な、あるいは生命を脅かすような不整脈患者を除外
[Exposure]
スピリーバ®レスピマット®2.5μgまたはスピリーバ®レスピマット®5μgを 1日1回吸入
[Comparison]
スピリーバ®吸入用カプセル18μgをハンディヘラー®により1日1回吸入
[Outcome]
死亡までの期間(非劣性)、COPDの初回増悪までの期間(優越性)
■追跡期間:平均観察期間2.3年
[結果]
死亡までの期間:レスピマットはハンディへラーに比べて非劣性
▶レスピマット5μg:ハザード比0.96[95%信頼区間0.84-1.09]
▶レスピマット2.5μg:ハザード比1.00[95%信頼区間0.87-1.14]
COPDの初回増悪までの期間:レスピマットはハンディへラーに比べて非優越性
▶レスピマット5μg:ハザード比0.98[95%信頼区間0.93-1.03]
死因や主な心血管系の有害事象は3群間で同等で、チオトロピウムレスピマット5μgと2.5μgは、ハンディヘラーと比較して安全性・有効性ともに同等であるとしています。なおこの試験はベーリンガーインゲルハイムから研究助成を受けています。ひとつ問題はこの論文の試験デザインにあります。N Engl J Medに掲載されたのはフルテキストではなく、試験デザインの詳細は別途確認する必要があります。(PMID:23547660)とくに赤字で記載したように除外された患者は心血管疾患ハイリスク患者であり、このような患者を対象に試験を行っていないので、たとえレスピマットの非劣勢が証明されたとしてもこのような基礎疾患を有する人への安全性は不明です。
現段階でチオトロピウム製剤の添付文書においては「心不全、心房細動、期外収縮の患者、又はそれらの既往歴のある患者」に慎重投与となっているだけで、明確な注意喚起をしていません。しかしながら、TIOSPIR試験の除外対象となったような心血管疾患既往を有する患者や心血管疾患ハイリスク患者へのレスピマットの使用を控えるべきと考えます。各論文に対する批判的な意見、(すなわちレスピマットを擁護する意見)も多く聞かれますが、論文の批判的吟味において有効性に関しては控えめに、有害性については多めに見積もるのが妥当ではないかと考えています。リスクの過小評価は臨床にフィットしません。
現段階でチオトロピウムレスピマットが安全と言い切るのは時期早々と感じます。特に心血管疾患ハイリスク患者ではできる限りその使用を避けるべきでしょう。チオトロピウム製剤と死亡リスクに関してはCOPDの真のアウトカムも含めた検討が重要だと感じています。
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