僕自身は普段取り扱う事がほとんどないリウマチに対する生物学的製剤ですが、その有効性に関して調べる機会が有ったので少しまとめてみます。僕自身はエンブレルしか実物を取り扱ったことがありませんし、実際のリウマチ診療の最前線で仕事をしているわけではありません。文献ベースで薬剤についての考察をまとめていきますが、僕自身の経験不足、知識不足の点は多いかと思います。誤りなどございましたらご指摘いただければ幸いに存じます。
[リウマチに用いる生物学的製剤と導入の目安]
関節リウマチに用いられる生物学的製剤には炎症性サイトカイン(TNFαIL-1、IL-6)を標的にした製剤と細胞表面分子(CD28-B7 、CD20)を標的にした製剤があります。主なものを以下にまとめます。
標的
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成分名
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商品名
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炎症性サイトカイン(TNFα)
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インフリキシマブ
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レミケード
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エタネルセプト
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エンブレル
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アダリムマブ
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ヒュミラ
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ゴリムマブ
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シンポニー
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セルトリズマブ・ペゴール
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シムジア
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炎症性サイトカイン(IL-6)
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トシリズマブ
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アクテムラ
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細胞表面分子(CD28‐B7)
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アバタセプト
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オレンシア
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基本的には既存の抗リウマチ薬の通常量で3か月以上継続して使用してもコントロール不良な患者への導入検討となります。コントロール不良の目安としては
・圧痛関節数が6関節以上
・腫脹関節数が6関節以上
・CRP2mg/dl以上、あるいはESR28mm/hr以上
となっています。またこれら基準を満たさない患者においても考慮すべき詳細が「関節リウマチに対するTNF阻害薬使用ガイドライン2014年改訂版」に記載されています。
[生物学的製剤と感染症リスク]
リウマチそのものが感染症リスクと言われています。
▶ハザード比1.7[1.42~2.03] (Arthritis
Rheum 2002;46:2294-2300)
生物学的製剤は感染防御に関わるサイトカインの作用を阻害するため感染症リスクが高くなると言われています。細菌性肺炎、結核、ニューモシスチス肺炎などの呼吸器感染症に注意が必要です。
感染症
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インフリキシマブ
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エタネルセプト
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重症感染症
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8.6%
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2.4%
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重症肺炎
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2.2%
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1.25%
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ニューモシスチス肺炎
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0.4%
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0.23%
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間質性肺炎
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0.5%
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0.62%
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(Ann
Rheum Dis 2008:67:189-194)(エンブレル皮下注25mg適正使用情報)(N Engl J Med 2007;357:1874-1876)
またメトトレキサート単独に比べてもTNF阻害薬治療群では重症感染症が多いく、その発症は投与開始6か月以内に多いとする報告があります。(Arthritis Rheum 2007;56:1125-1133)
特にリスク因子と言われているのが、・65歳以上・既存肺疾患・ステロイド併用、と言われています。
その他、うっ血性心不全、悪性腫瘍、脱髄疾患、等の有害事象との関連性が示唆されており、またアレルギー反応にも注意が必要です。
[生物学的製剤のアウトカム指標]
リウマチの薬物治療のアウトカム指標は、僕のような素人には分かりづらく、その指標の妥当性について僕自身の理解をこえていますが、薬剤有効性の評価に当たり、今回は米国リウマチ学会の基準によるリウマチの活動性パーセント改善度に焦点を当てて考察していきます。ただ注意が必要なのは年代が古い臨床試験ほど、活動性パーセント改善度をプライマリアウトカムに設定したものは少なく、スコア評価における曲線のAUCなどを主要評価項目に設定しているものもあります。ただ活動性パーセント改善度がプライマリアウトカムでなないにしても、各試験においてはセカンダリアウトカム等で評価されることも多く、またプライマリアウトカムとの相違があまり見られないこと、統計的妥当性よりも、その割合(%)を捉えることが大切であることを踏まえて、ここではあえて、直観的にわかりやすい活動性パーセント改善度で考察していきます。また活動性パーセント改善度は主に臨床症状に重きを置いた評価ですが、リウマチ薬の臨床試験では同時に関節破壊進展抑を評価することも多く、今回の考察ではmodified Total Sharpスコアに関しても少し触れたいと思います。
①米国リウマチ学会の基準によるRAの活動性パーセント改善度
ACR〇%と表記します。〇の中には通常20、50、70、90を評価するものが多く、その意味はおおよそ以下の通りです。
「圧痛関節および腫脹関節数の〇%以上の低下に加えて、以下の5つの基準(0~10ポイントのリッカート尺度もしくはVASで評価)のうち少なくとも3つの項目に少なくとも〇%の改善を認める。①患者による痛みの評価、②患者による疾患活動性評価、③医師による疾患活動性評価、④患者による身体機能評価、⑤血清C反応性タンパク質濃度」
ではプライマリアウトカムにはACR20で症状緩和、ACR70で著明な臨床反応としており、評価項目の選択として主要評価項目は ACR20%改善、副次評価項目を ACR50%改善、ACR70%改善とすることが推奨しています。
②modified Total Sharpスコア
手足の単純X線写真を用いてRA患者の関節破壊を評価する方法です。関節リウマチにおける手足の各関節の経時的変化を評価するのに最も感度の高い評価法とされ、臨床研究で現在広く使われているといいます。スコアの年間変化量が0.5以下であれば、骨破壊の進行がほぼ無いとされる(構造的寛解)
[代表的な生物学的製剤(薬剤各論)]
①インフリキシマブ(レミケード)
約2時間かけて点滴注射で投与します。初回、2週後、その4週後に投与した後、通常、8週間ごとの投与となります。中和抗体による効果減弱を防ぐためにもメトトレキサートとの併用が治療の原則となります。
18歳以上でメトトレキサートやTNFα阻害薬の治療を受けていないリウマチ患者(平均50歳、女性68~75%)1049人を対象としたランダム化比較試験では、54週後のRAの活動性パーセント改善度はメトトレキサートと比較して有意に改善しました。
(Arthritis
Rheum. 2004 Nov;50(11):3432-43. PMID: 15529377)
RAの活動性パーセント改善度
改善度
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MTX単独
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MTX+IFX3mg/㎏
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MTX+IFX6mg/㎏
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有意差
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ACR20
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53.6%
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62.4%
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66.2%
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あり
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ACR50
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32.1%
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45.6%
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50.4%
|
あり
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ACR70
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21.2%
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32.5%
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37.2%
|
あり
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ACR90
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6.6%
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10.0%
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16.9%
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6mgにあり
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また54週後のDAS28寛解率も有意に改善しています。
MTX単独
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MTX+IFX3mg/㎏
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MTX+IFX6mg/㎏
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15%
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21.2%(P=0.065)
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31.0%(P=0.001)
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DAS(disease activity score)28 スコア評価に基づくリウマチ疾患の活動性評価指数
このほか、代表的な臨床試験にはメトトレキサート無効例にインフリキシマブの上乗せで、メトトレキサート単剤に比べて有効性が期待できるとする報告もあます。(Ann Rheum Dis. 2004 Feb;63(2):149-55PMID: 14722203)
②エタネルセプト(エンブレル)
投与方法は皮下注射で、10-25mgを週2回、または25-50mgを週1回投与します(標準使用量は週50mg)
18歳以上で罹病期間が3年未満の早期の慢性リウマチ患者623人(平均49~51歳、女性75%)に対するランダム化比較試験ではエタネルセプトがメトトレキサートに比較して、症状を速やかに改善し、関節障害の進行を遅らせたとしています。
(N
Engl J Med. 2000 Nov 30;343(22):1586-93. PMID: 11096165)
▶12か月後におけるSHARPスコアの変化量はメトトレキサートと比べてエタネルセプト25mgで有意に進行を抑制
▶リウマチの活動性パーセント改善度はACR20、ACR50、ACR70ともに6か月まではメトトレキサートに比べエタネルセプト25mgで有意に改善するが、6か月以降に明確な差は無い。
また生物学的製剤は総じて感染症リスクを増加させると言われていますが、エタネルセプトはメトトレキサートと比較してもそれほど差が無いとする報告もあります。
(Cochrane
Database Syst Rev. 2013 May 31;5:CD004525 PMID: 23728649)
エタネルセプトはTNF受容体とヒト免疫グロブリンの一部を結合させた製剤で、完全ヒト型製剤のため、リウマトレックスの併用は必須とされておりませんが、やはり併用した方が有効性が期待できそうです。
(Lancet.
2004 Feb 28;363(9410):675-81. PMID: 15001324)
③アダリムマブ(ヒュミラ)
2週に1回の皮下注で済むため、投与方法が簡便であることが特徴に上げられます。
メトトレキサートによる治療を受けていない罹病期間3年未満の活動性リウマチ患者799人 (平均52歳、女性72~77%)を対象とした2重盲検ランダム化比較試験でアダリムマブとメトトレキサートの併用はメトトレキサート単独に比べて1年後、2年後のACRパーセント改善度が有意に高いという結果になっていますが、アダリムマブ単独ではメトトレキサートとほぼ同等という結果になっています。
1年後のACRパーセント改善度
改善度
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MTX
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MTX+ADA
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ADA
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有意差
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ACR20
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63%
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73%
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54%
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MTX+ADAのみあり
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ACR50
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46%
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82%
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41%
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MTX+ADAのみあり
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ACR70
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29%
|
46%
|
28%
|
MTX+ADAのみあり
|
ACR90
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13%
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24%
|
8%
|
MTX+ADAのみあり
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1年後のDAS28寛解率
MTX
|
MTX+ADA
|
ADA
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21%
|
43%(P<0.001)
|
23%
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DAS(disease activity score)28 スコア評価に基づくリウマチ疾患の活動性評価指数
104週後のSharp scoreの変化量(増加量)
MTX
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MTX+ADA
|
ADA
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10.4
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1.9(P<0.001)
|
5.5(P<0.001)
|
2年後においても概ね同様の結果となっており、アダリムマブ単独ではメトトレキサートと比べて臨床症状においては大きな治療効果を見いだせない結果となっています。Sharpスコアに関しては単独でも有意な差が出ていますが、年間の変化量を見れば、決して低いものではなく、薬価が高いだけにその単独使用は微妙な印象です。
メトトレキサート治療抵抗例にアダリムマブを追加投与した場合の有効性も示されています。(Arthritis Rheum. 2003 Jan;48(1):35-45PMID:
12528101)
コクランでもアダリムマブの単独使用については関節リウマチの治療において有効かつ安全であるが、効果の大きさは、併用療法と比べて低くなっていると結論しています。
(Cochrane
Database Syst Rev. 2005 Jul 20;(3):CD005113. PMID: 16034967)
④アバタセプト(オレンシア)
約30分かけて点滴注射で投与します。初回、2週後、初回投与の4週後に投与した後、4週間ごとに投与します。
抗TNFα療法で十分効果の得られなかった活動性関節リウマチ患者(平均53歳、女性78%)491人を対象としたランダム化比較試験では6か月後のACR20がプラセボに比べてアバタセプトで有意に改善したという報告があります。
(N
Engl J Med. 2005 Sep 15;353(11):1114-23. PMID: 16162882)
改善度
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アバダセプト
|
プラセボ
|
有意差
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ACR20
|
50.4%
|
19.5%
|
P<0.001
|
ACR50
|
20.3%
|
3.8%
|
P<0.001
|
ACR70
|
10.2%
|
1.5%
|
P=0.003
|
重篤な感染症発生率は各群ともに2.3%であり差はありませんでした。しかしながら有害事象の発生率と注射部位周辺の有害事象の合計はアバタセプトで79.5%でプラセボの5%に比べ高率でした。
[生物学的製剤のまとめ]
インフリキシマブ以外の薬剤では中和抗体ができにくいとされており、メトトレキサートとの併用は必須ではありませんが、有効性に関してはやはり生物学的製剤単独よりもメトトレキサートと併用した方が良い印象です。生物学的製剤単剤では短期的にはメトトレキサートよりも改善度は高いかも知れませんが、長期的にみればその効果はメトトレキサート単剤と変わらない可能性があります。(つまり即効性はあるのだけれども、単剤では著明な効果を期待しにくいかもしれない)薬価が高いだけに単剤使用では、費用対効果にかける印象ですが、実際の臨床症状改善を各臨床試験の結果がどこまで反映しているかが僕の理解を超えています。またTNFα阻害薬無効例ではアバダセプトの有効性が示されています。大変高価な薬剤であることや局所有害事象等の発生も多く、また感染症リスクを含めた重篤案有害事象も含めてそのリスクベネフィットに関して今後も注目したいと思います。
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