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2014年12月3日水曜日

今年を振り返り思う事

今年も残すところあとわずかとなりました。この時期になると、忙しい合間に、あらためて一年を振り返りながら、まだまだやり残したことがあるなぁ、などと考えてしまうわけで、このようなブログを書いているくらいなら、やり残しを片づけなければいけないわけなのですが。。。

今年、僕にとって大変印象に残ったのが「薬局・ドラッグストアの店頭で血液検査が可能に」という話題でした。2014年4月から、臨床検査技師法の一部が改正され、薬局などで血液検査が可能になったのです。厚生労働大臣の定める施設に「自ら採取した検体について、診療の用に供さない生化学的検査を行う施設」が追加され、薬局が衛生検査所の登録をしなくても血糖自己測定等の検査が可能であることを明確にしたわけです。

まあそれ以前から全国各地で薬剤師職能拡大を掲げ、血糖自己測定器を用いた糖尿病早期発見への取り組みがなされてきたということもありました。そういった話を聞くたびに僕はひとつの臨床試験を思い出します。

Simmons RK, Echouffo-Tcheugui JB, et.al. Screening for type 2 diabetes and population mortality over 10 years (ADDITION-Cambridge): a cluster-randomised controlled trial. Lancet. 2012 Nov 17;380(9855):1741-8 PMID: 23040422

強調しておきますが、僕は保険薬局での血液検査を否定する気は毛頭ありません。ただ、保険薬局による血糖自己測定等の検査が地域の健康に貢献し、本来の機能を発揮できる取り組みなのだ、と言う前に是非この論文に目を通していただきたいと思うのです。糖尿病の早期発見・治療につなげるということ、ただそれがもたらすアウトカムについては是非、様々な立場の薬剤師が議論すべきことと、繰り返し、何度も何度も申してきました。

ADDITION-Cambridgeはイギリス32施設における、糖尿病ではないがリスクの高い4069歳の参加者20184人(平均55歳、男性63.9%、BMI30.5)を対象としたクラスターランダム化比較試験です。糖尿病スクリーニング+強化治療実施群14施設・糖尿病スクリーニング+ガイドラインに基づく標準治療13施設の計27施設16047人と、非スクリーニング5施設4137人を比較し、中央値で10年間追跡し総死亡を検討しました。

その結果、総死亡はスクリーニング実施では1532/16047人(9.5%)でスクリーニング非実施では377/4137人(9.1%)と言う結果でした。これを相対指標、ハザード比で示すと1.0695%信頼区間0.901.25]となります。糖尿病のスクリーニングの効果は不明という結果です。対象集団よりも潜在リスクの低い、ましてや自ら血液検査を望むような、ある程度健康意識の高い患者集団において、早期スクリーニングの効果がどれほどあるのか、と考えてしまいます。

血糖を測定する、あるいは薬剤師からすれば血糖を測定して“あげる”ということで、なにがしかの健康に貢献しているかのような錯覚を抱きます。もう一つ論文をご紹介しましょう。

O'Kane MJ, Bunting B, Copeland M.et.al. Efficacy of self monitoring of blood glucose in patients with newly diagnosed type 2 diabetes (ESMON study): randomised controlled trial. BMJ. 2008 May 24;336(7654):1174-7. PMID: 18420662

新規に2型糖尿病と診断された70歳未満の患者184人(平均HbA1c8.7、平均59.3歳)に対して、血糖のセルフモニタリングを実施した群(96人)とモニタリングしない群(88人)の2つに分けHbAc1や精神的な影響、経口糖尿病薬の追加や低血糖の頻度などを評価したランダム化比較試験です。

その結果、12か月後のHbA(1c)は両群に明確な差は出ませんでした。[6.9 % v 6.9 %, P=0.69] 低血糖の頻度や追加された糖尿病薬、BMIの変化にも明確な差は出ませんでしたが、精神的影響に関しては、セルフモニタリング群でうつ病指数が有意に上昇(depression subscale of the well-being questionnaire6ポイントの上昇P=0.011)不安も増加傾向(P=0.07)でした。

現代日本は世界最長寿国です。通常の食生活で摂取できる栄養素は十分であり、まず不足することもありません。上下水道は整備されており、衛生環境も世界トップレベルです。そのような環境において、とりわけ慢性疾疾患に対する医療介入と言うのは本質的にはおせっかいであるという認識は薬剤師ならだれでも持つべきなのではないかと思うのです。この国では「健康」と言うのはコトバが生み出した幻想にすぎない側面を持ちます。僕ら薬剤師が、「血液検査」という医療介入を通じて、何をなすべきなのか、あるいは、なすべきではないのか。そういった議論が必要なんです。

先日、共同主宰させていただいている「薬剤師のジャーナルクラブ(JJCLIP)」コアメンバーと打ち合わせを行っておりました。その後、メンバーと今年一年をふりかえりながら、この話題が出たときに、「保険薬局での血液検査は、病気を早期発見するのではなく、薬の有害事象が疑われる際に、一つの選択肢として活用すべきなんだ」と、そういったお話を聞かせていただきました。僕はこれを聞いたときに本当にそうだよなあと思いました。

現在プライマリケアでも利尿薬や、便秘治療のためのマグネシウム製剤が長期的に処方されているケースは多いと思います。病院薬剤師であればK値やNa値(なかなかMg値をルーチンで測定することが難しいというのもありますが…)等の電解質は定期的に測定されており、薬剤師でも確認することが可能です。特にKNaはその異常値が生命に直結するということや、異常そのものが、薬剤が原因で引き起こされていることも多いはずです。ルーチンではなく薬の有害事象が疑われる際に、電解質をチェックしてみる、あるいはクレアチニンから腎機能を評価してみる、こういったことこそが薬剤師の職能ではないのでしょうか。僕らは病気を増やして、薬をたくさん使ってもらって、そういう仕方で社会貢献すべきなのでしょうか。病気の早期発見とは極端に言えば、そういう構造を作り出していることに他なりません。

薬の副作用なんてそんなに頻繁に起こるもんじゃないでしょ、なんて指摘が聞こえてきそうです。

Makam AN, Boscardin WJ, Miao Y .et.al. Risk of thiazide-induced metabolic adverse events in older adults. J Am Geriatr Soc. 2014 Jun;62(6):1039-45 PMID: 24823661

この報告は2007年から2008年までのNational Veterans Affairs のデータを用いて65歳以上の患者よりpropensity-matchedを行い解析対象患者を抽出し、新規にサイアザイド系利尿薬を処方された患者1,060人と新規に降圧薬を処方された患者1,060人(サイアザイド非使用群)を比較し、サイアザイド系利尿薬による有害事象[Na血症(135 mEq/L以下)、低カリウム血症(3.5 mEq/L)、eGFRのベースラインから25%減少]を検討したコホート研究です。追跡は9か月。
主な結果は以下の通りです。

アウトカム
E
C
危険率
NNH
有害事象
14.3%
6.0%
P < .001
12[917]
重篤な有害事象(※)
1.8%
0.6%
P=.008
82
救急診療部受診(※)
3.8%
2.0%
P=.02
56
(※)セカンダリアウトカム

NNHの数字は2ケタです。糖尿病の早期スクリーニングで想定されるNNTと比較してみてください。もちろん、疑わしい患者の電解質チェック介入の有効性が示されたわけじゃないです。でも、僕は思うのです。プライマリケアにおいては利尿薬の電解質異常チェックは薬局薬剤師には原理的に難しい現状ですが、血糖簡易検査などよりも優先的に実施すべき項目ではないでしょうか。

繰り返しますが、血糖の簡易測定を行うことが悪いかどうか、そんなことは問題ではありません。糖尿病治療中、どうも最近のどが渇くとか、そのような高血糖が疑われるような時に検査してみる、あるいは、低血糖を見つける、そういった活用法が見えてくると申しているのです。もう十分健康長寿が達成されたこの国の薬剤師として、病気の早期発見に取り組むのか、薬の副作用の早期発見に取り組むのか、僕なら後者を選びます。

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