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2012年10月12日金曜日

EBMについて(5) EBMの実践


EBMを知っているというのと、EBMを実践しているというのは相当の差があります。薬剤師で言えば、例えが悪いかもしれませんが、分包機を知っているのと実際に散剤を分包機を使用して調剤しているのではものすごい差があるのがお分かりいただけるでしょう。
  EBMについて4回にわたりまとめてまいりました。私自身EBMの実践経験は非常に少なく、まだまだ経験が足りていないという状態です。そんな私がこのテーマでまとめるのもどうかと思いますが、今までの内容を少し整理するうえでも役に立つかもしれませんので記事にしたいと思います。EBMの実践ではまず、目の前の患者の訴えからスタートです。以下は架空の患者の訴えです。

患者背景:40代男性。健康診断で血圧150mmHgで少し高めを指摘されたものの、他の検査値に異常なし。合併症の既往もなし。
「最近、健康診断で血圧が150くらいあったんだよ。いままでは120から高くても130位だったんだけど、ここ23年血圧なんて測らなかったからね。150っていうのは高いのかな。先生は薬はいらないって言ってたけど、本当に大丈夫かな。薬、飲んだほうがいいかな。」

 このような患者に対してどのように回答すべきか、EBMの手法で解決してみたいと思います。まずEBMのステップの復習です。
step 1:疑問や問題点の定式化
step 2
:情報の収集
step 3
:情報の批判的吟味
step 4
:情報の患者への適用(適応ではなく)
step 5
step 1からstep 4の評価


step1から順に進めていきましょう。患者の訴えから疑問をPECOで定式化してきます。
P40代男性。血圧が150mmHgで合併症の既往なし。
E:降圧薬による治療開始は
C:何もしないのに比べて
O;脳卒中は減るか?
O:死亡は減るか?
O:幸せになるか?

幸せになるかどうか、これが究極の真のアウトカムだと考えています。たとえば薬剤介入は必ずしも患者を幸せにするとは限りません。服薬や通院の負担やコスト、これらは必ずしもQOLを改善するとは言えないのです。薬剤の介入試験において、病気の発症を減らすか、とか死亡を減らすか(実際には先伸ばししてるだけですが)みたいな効果は、大抵それほど大きくはなくむしろほとんど差がないことの方が多く感じます。さらに対象疾患の潜在的な発症率も良く検討しなければいけません。例えば降圧薬では心筋梗塞をめちゃめちゃ抑制しますって薬でも日本人においては心筋梗塞の潜在的な発症率はそれほど高くはなく、むしろ脳卒中を抑制してくれた方が都合がよいことが多いかも知れません。そんな中で薬剤介入が必ずしも患者の幸せには結び付かないというわけです。薬剤費用や通院負担、多くの場合マイナスポイントですよね。100日早く死んでもよいから薬なんて飲まないで自由気ままに生きていきたい、そんな考えだってあるのかなとか、幸せというアウトカムを常に意識したいと思います。だからこそ幸せという尺度で検討したいのですが、幸せを検討した臨床研究は存在しません。幸せかどうかは個人の価値観、それを一律の評価すること自体が困難です。仕方が無いので脳卒中や心筋梗塞、死亡などのアウトカムで評価した臨床研究を探すことになります。こうなると“血圧が下がったか”どうかの研究を探すことに大きな意味がないことがお分かりいただけるでしょう。中には血圧が下がること自体に幸せを感じる方もいるかもしれませんが・・。

Step2は情報収集です。今回はpubmedを使用したいと思います。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
このまま検索するのは大変です。画面真ん中PubMed Toolsの下から2番目Clinical Queries を使用します。http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/clinicalの検索ボックスに検索ワードを入れていきます。血圧が150台。要するに軽症高血圧ですよね。mild hypertensionで検索してみます。現実的な検索として、Systematic Reviews を中心に見ていくとよいでしょう。検索されたシステマテックレビューです。20121012日アクセス。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=systematic%5Bsb%5D%20AND%20(mild%20hypertension.)
ここから論文を選んでいきますが、Clinical Queriesは発表年が新しいものほど上位に表示されます。掲載雑誌名で見ていくのも現実的な方法です、インパクトファクターが高い雑誌は、妥当性はともかくアクセス数が多い可能性があります。そのような観点から上から3つ目のコクランシステマテックレビューを見てみましょう。
Pharmacotherapy for mild hypertension. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD006742.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22895954
論文抄録からこの論文のPECOを探ります。Step3の情報の吟味ですね。
P4RCTにおける収縮期圧が140 - 159 mmHg、拡張期圧が90 - 99 mmHgで心血管合併症の既往の無い高血圧症患者8912人に
E:降圧薬を投与するのは
C:治療しないのと比べて
O:死亡、脳卒中、冠動脈疾患、全心血管イベントは減るか
ランダム化比較試験のメタ分析で真のアウトカムを評価しています。
結果は死亡が RR 0.85,( 95% CI 0.63, 1.15)と減少傾向にあるものの、有意に減らせてはいません。冠動脈疾患はむしろ増える傾向 RR 1.12, (95% CI 0.80, 1.57)です。 脳卒中は減少傾向ですが有意差はありません。RR 0.51, (95% CI 0.24, 1.08)  心血管イベント全体でも同様です。
RR 0.97, (95% CI 0.72, 1.32)
して薬剤による有害事象は、薬物投与群で多いという結果です。RR 4.80, (95%CI 4.14, 5.5)

step 4に入ります。この論文の結果は冠動脈疾患以外は減少傾向にありますが、有意差は無いということでした。有意差が無いというのは効果が無いという思考停止は問題です。95%信頼区間を見ることで、効果がある人もいれば無い人もいる、結果としてよくわからないが、今目の前の患者の潜在的なリスクを加味すればもしかしたら有効(あるいは無効)かもしれないというような思考が必要です。有意差ありは有効ではないし、有意差なしは無効ではない。ここが大事なところです。
 この患者では潜在的なリスクは低い可能性があり、もしかしたら薬剤による効果は大きくは期待できないかもしれない。血圧が150代だとしても今すぐ降圧薬を投与するメリットは少ない可能性があるのではという解釈も一つの答えかもしれません。少なくとも今すぐ治療を開始する、大きなメリットは無い可能性が高いことは伝えてもよいかもしれません。

Step5では一連の流れを再評価します。
*患者から十分な情報収集をしたか
*自分の方針を押しつけていないか
*方針決定を患者任せにしていないか
*第3者や患者からの評価を受けたか
*臨床上必要な全てのアウトカムが評価されたか
*リスクベネフィットコストが十分反映されているか
*患者は幸せになれたのか

  薬剤師がEBMを実践するうえでなかなか難しい壁もあります。このケースでは治療を開始すべきかどうかは医師の判断であり薬剤師の判断ではありません。ただこのような問い合わせに対して、先生が大丈夫といったなら大丈夫でしょうとか、食事を気をつけてみては等と軽く言うのと、エビデンスに基づき、医師の意見を合わせて患者の思いと統合することで、より深く患者と向き合える気がするのです。薬剤師が関わる医療というものは厳しい制約の中でどれだけ、患者と向き合えるかどうかということなのかもしれません。その関わり方の一つがEBMだと思っています。

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