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2013年2月3日日曜日

日本人の生存曲線から学ぶこと


この表は厚生労働省が公表した第18回生命表です。日本人の生存曲線としてとらえることができます。60歳あたりまでは、フラットな状態ですが、70歳を過ぎるころから生存率が急降下していることがお分かりいただけるかと思います。日本人は60歳くらいまでは比較的健康で、そう簡単には死亡しないことを示していますが、70歳を超え、90歳くらいまでの20年間に急激に死亡者数が増加していることが分かります。興味深いことに90歳後半まで生きればその先はまたフラットな状態になっています。

多くの慢性疾患、たとえば糖尿病や高血圧、脂質異常症などの疾患における治療薬の大規模臨床試験対象者は40歳から60歳代の人たちだといわれています。これは母集団における平均的な対象者として設定しているからだそうです。たとえば、ある糖尿病の薬で心血管死亡が減少した。という結果はこういう世代の研究がほとんどだということです。

もう一度、生存曲線を見てみますと、40歳から60歳の人たちはそれほど死亡リスクが高くありません。このような年代の人たちを対象に死亡リスクを検討しても、もともと低い死亡率に対して明確な差を求めることは難しいのかもしれません。事実、多くの慢性疾患治療薬において、その疾患の真のアウトカムに与えるインパクトは、かなり小さいことの方が多いと思います。

逆に70歳を過ぎれば、どんなことをしても、死亡発生は急上昇することは生存曲線を見ればあきらかです、高齢者になればなるほど、薬の効果を明確に規定することは、難しいかもしれません。どんなに素晴らしい薬でもこの“加齢”という因子には勝てないのかもしれません。そうです。健康に与えるインパクトで重要な因子は、アルコールでもタバコでも、食習慣でも運動でもなく、この加齢そのものだということを忘れてはいけません。他のリスクに比べて年齢は決定的要因となっています。そのことを我々医療者は再確認すべきかもしれません。現在の医療でできる限りの治療をした結果、70を過ぎれば加齢という因子には歯が立たず、死亡が増えるとも見えるのです。この事実は高齢者に対する薬物療法そのものの意味をもう一度、考え直すに十分なインパクトがあると思います。

高齢者に対して多くの薬物療法を行っても、この“加齢”という因子に対抗することは難しいかもしれません。たとえリスクが減るにしても、どの程度減るのかということは重要です。脳卒中が減ります。心筋梗塞が減ります。という結果を伝える論文は多々あります。しかしながら、減らすためにどれだけのコストと患者さんの負担がかかるかもう一度良く考えなくてはいけないと思います。僕が昨年参加したEBMワークショップでは医療介入は必ずしも患者さんのQOLを改善しません。と教わりました。このことはとても大切です。

たとえば糖尿病においてHbA1cを下げるために、コストをかけて、医療機関に通院する時間や手間をかけて、食事制限を頑張って、したくもない運動に気を使い、それでたとえHbA1cが1%下がったとして、一体どれだけの心血管疾患リスクが減ったのだろうか。このような努力はHbA1cを下げるためにやったわけではないですよね。健康寿命を少しでも伸ばしたいから、そんな思いからですよね。でも本当に健康寿命が延びるかどうか、ACCORD試験(N Engl J Med 2008;358:2545に代表されるような研究結果をみるといろいろと考えてしまいます。そもそも健康寿命を延ばすことが医療の目的なのか。介入によりリスクがどの程度減少するかを熟慮したうえで、さまざまな選択肢を患者さんに提供することこそ医療の使命だと思います。

現実問題、慢性疾患の大規模臨床試験で、リスク減少という結果はそれほどインパクトのあるものは多くないと思います。たとえばMEGA試験Lancet 2006;368:1155におけるプラバスタチンのプライマリアウトカムのNNT119人と計算されます。118人は無駄に薬剤を服用したことになります。

このような状況で薬を飲むべきか飲まないべきか、いろいろと考えてしまします。慢性疾患において、薬を飲むべきかどうかは、薬が効くかどうかよりも、気になる症状が自分にとってどの程度、重要な問題なのか、ということかもしれません。薬剤の真のアウトカムの結果が患者さん自身、納得がいくような結果なのか。その程度の結果なら、初めから薬など飲まなくても良いと思う人もいるかもしれない。そのために薬剤の代用のアウトカム、真のアウトカムというのはわかりやすい形で誤解を招くことなく患者さんにも伝えねばと思います。少なくとも薬物治療の目的は、血圧を下げるためではなく、コレステロールを下げるためでもなく、HbA1cを下げるためでもなく、患者さんが望む生き方をサポートすることでなくてはいけません。そのわかりやすい指標が死亡リスク低下、すなわち健康寿命を長らえること、なのかもしれません。

医療や薬物治療と合わせて、健康にきおつければ寿命が延びるかもしれません。しかしながら、少子化が進む日本では、そのために皮肉にも高齢化が進みます。高齢化が進めば、癌のような病気が増えるのは当たり前のことです。健康になればなるほど、病気が増え、医療費が増大する。そういう側面を忘れないようにしたいものです。

今の日本はある意味で行き着くところまで到達しているのかもしれません。なぜなら、普通に考えれば年齢とともに死亡者は直線的に減ると考えられるからです。日本人の生存曲線は様々なメッセージを我々に送っている気がします。

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