語弊があるかもしれませんが、調剤薬局に勤務していたころ、薬剤相互作用に関して、添付文書の「併用注意」という文言は多くの場合「注意」してはいましたが、そのリスクについてまともに考えたこともなく「禁忌」でなければとりあえず、併用するケースはあるのだし、注意喚起さえしていれば多くの場合、問題ないとのスタンスで業務を行っておりました。当然、既往症からハイリスクが疑われる場合は疑義紹介等で対応はしていましたが、「併用注意」に関してはほとんどのケースでまず問題ないという判断をしていたと思います。
病院薬剤師となってから、その認識が大きく変わりました。私が勤務しているような慢性期病院では多くの患者さんがハイリスク患者であり、薬物相互作用の影響が出やすいということにあらためて気づかされました。薬局外来では特に問題とならないケースでも院内処方では大きな問題につながることがあるのだと思い知らされました。
この時期、気温も下がり感染症に罹患した患者も増加してきます。慢性期病院ではやはり抵抗力の低下した患者さんは感染症にかかりやすく、時に重篤肺炎に陥りかねません。感染対策は必須ですが、場合によっては抗菌薬が投与されることもあるでしょう。
通常の外来患者であれば抗菌薬で問題となるのはその薬剤によるアレルギーやショック症状などの重篤副作用から、一般的にみられる下痢などの消化器症状だと思います。もちろん、間質性肺炎や横紋筋融解症、腎機能等、さまざまなリスクマネジメントをしなくてはいけませんが、忙しい外来でその副作用に関する注意のポイントはおおよそこのような感じだと思います。
抗菌薬の副作用で一般的なものは下痢ですが、これは抗菌薬により腸内の細菌が減少し腸内細菌豪の乱れから生じるものといわれています。したがって整腸剤のルーチン併用は抗菌薬の下痢症状に効果があるようです。(JAMA 2012;307(18):1959-1969)
腸内細菌が乱れると、一つ問題が発生します。「新生児メレナ」という症状をご存知でしょうか。腸内細菌はビタミンKを産生しています。このビタミンKは肝臓で血液凝固因子の産生に大きく関わっています。わかりやすく言えばビタミンKが不足すると出血しやすくなります。新生児では腸内に細菌が住み着いていなく、潜在的にビタミンKが不足している状態で、出血しやすいといわれています。新生児メレナはこのような理由でビタミンKが不足し吐血や下血などの消化管の出血をきたす症状のことです。ビタミンK欠乏症についてはこちらを参照ください。
http://merckmanual.jp/mmhe2j/sec12/ch154/ch154e.html
抗菌薬で腸内細菌が少なくなってしまうと同様に成人でもこのような状況が想定できます。実際に抗菌薬の添付文書には以下のような記載があるものがあります。
「高齢者ではビタミンK欠乏による出血傾向が表れることがある」
ビタミンKと言って思い出すもの・・。それはワーファリンです。高齢者では服用している患者さんも多いのではないでしょうか。ワーファリンの薬理作用は「ビタミンK作用に拮抗し肝臓におけるビタミンK依存性血液凝固因子の生合成を抑制して抗凝血効果および抗血栓効果を発揮する」と添付文書に書いてあります。納豆には納豆菌が含まれていてこの菌がビタミンKを産生することで、ワーファリン服用患者ではその効果が減弱するといわれています。
何が言いたいかというとワーファリンと抗菌薬の併用は、特に高齢者で
腸内細菌の減少→ビタミンK低下→ワーファリンの作用増強→出血リスク増加というシナリオが想定できるということです。
ワーファリンの添付文書によれば抗菌薬の多くが「併用注意」となっており、ビタミンK減少による出血リスクを注意喚起しています。
実際にどの程度のリスクなのでしょうか。まずは疑問をPECOで定式化してみます。
P:高齢でワーファリンを服用している患者で
E:抗菌薬の投与はC:抗菌薬を投与しない場合に比べて
O:出血リスクはどうなるか
副作用に関する疑問です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=(Etiology%2FNarrow%5Bfilter%5D)%20AND%20(Warfarin%20Antibiotics)
Phamacoepidemiol Drug Saf 2011 Oct;20(10):1057-63 PMID:220339594
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22039594
によれば、後ろ向きコホート研究でワーファリンを服用している65歳以上の高齢者を対象に薬剤の併用による年齢・性別・社会的地位、併存疾患指数、出血関連の入院の既往、医療保険サービス利用状況で調整した出血による入院リスクを検討したところ、抗菌薬併用では約2.3倍リスクが高いという結果でした。
Adj RR 2.34(95%CI1.55-3.54)
では抗菌薬別にはどの程度影響があるのかというと
Warfarin-Antibiotic
Interactions in Older Adults of an Outpatient Anticoagulation Clinic
Am J Geriatr
Phaimacother 2012 Oct 19.Pii:S1543-5946(12)00126-2 PMID:23089199
によると、後ろ向きコホート研究で65歳以上の安定したワーファリン服用患者を対象に抗菌薬投与時のINRを検討したところアモキシシリン、アジスロマイシン、シプロフロキサシン、レボフロキサシン、モキシフロキサシンで優位にINRが増加したとしています。しかしながら出血や入院は臨床的に有意な増加は示さなかったとしています。
INR International normalized ratioは代用のアウトカムですのでこの結果をそのまま鵜呑みにするのは危険です。先ほどの文献でも抗菌薬と入院リスクでは優位に増加していたので、もう少し文献を見てみると、よさようなのがありました。
Concurrent use of warfarin
and antibiotics and the risk of bleeding in older
adults
Am J Med
2012 Feb;125(2):183-9 PMID:22269622
この研究は65歳以上の38762例のワーファリン服用者を対象に、出血のために入院をした患者である“症例”1人に対し、年齢、人種、性別でマッチさせた3例の“対照”を比較検討した症例対象研究です。ロジスティック回帰分析にて抗菌薬投与前におけるリスクと比較した出血リスクのオッズ比を求めています。抗菌薬を投与されて15日以内の出血リスクは以下の通りです。
■抗菌薬全体 :aOR2.01( 95%CI
1.62-2.50)
■アゾール系抗真菌薬 :aOR 4.57 (95%CI
1.90-11.03)
■マクロライド系 :aOR 1.86 (95%CI
1.08-3.21)
■キノロン系 :aOR 1.69
(95%CI 1.09-2.62)
■ST合剤 :aOR 2.70 (95%CI
1.46-5.50)
■ペニシリン系 :aOR 1.92(95%CI
1.21-2.07)
■セフェム系 :aOR 2.45
(95%CI 1.52-3.95)
一般的に使用頻度の高いセフェム系で約2.5倍というなかなか衝撃的な結果です。
ワーファリンと抗菌薬の併用に関して特に高齢者ではINRの延長はかなりの確率で発生し、出血リスクも2倍近く上昇する可能性があるかもしれないということがわかりました。マクロライドでは薬物代謝酵素による影響もありますので数字以上の警戒が必要かもしれません。ワーファリン服用患者で長期的に抗菌薬を併用する場合では、下血や上部消化管出血、表皮の内出血等の出血傾向に十分注意するとともに、抗菌薬服用完了後も腸内細菌の安定化とビタミンK値が回復するまでは注意が必要なのではと思います。特に抗菌薬が変更に変更を重ね、持続的に投与されているケースでは十分警戒せねばいけないと思います。
当たり前のことですが、併用注意は単に「注意」するのではなく、そのリスクをアセスメントした上で「注意」しなくてはいけないのだとあらためて思いました。
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