[お知らせ]


2014年4月22日火曜日

SGLT2阻害薬の考え方使い方


今後販売ラッシュが予想されるSGLT阻害薬。現時点での情報に基づきまとめます。

[申請された主なSGLT2阻害薬一覧]
一般名
商品名
常用量(詳細添付文書確認)
イプラグリフロジン
スーグラ
1150mg
ダパグリフロジン
フォシーガ
115mg
ルセオグリフロジン
ルセフィ
112.5mg
トホグリフエロジン
アプルウェイ/デベルザ
1120mg
カナグリフロジン
エンパグリフロジン

[作用機序]
腎臓におけるグルコースの再吸収を抑制し、尿中にグルコースを排泄し、血糖値を下げる。ナトリウム・グルコース共輸送体(SGLT2というタンパク質を阻害することで、本来再吸収されるはずのグルコースを尿中にそのまま排泄させる作用を持つ。したがって当該薬剤服用中は尿中に尿糖が検出される。(尿検査注意)

[有効性・安全性]
■インスリン非依存的に血糖値を下げるため、膵臓β細胞に負担をかけないと考えられている。現在、すべての経口糖尿病薬と併用が可能である。

45のランダム化比較試験を統合したメタ分析で、代用のアウトカムに関する有効性と有害事象が報告されている。
Sodium-glucose cotransporter 2 inhibitors for type 2 diabetes : s systematic review and meta-analysis .Ann Inten Med 2013 Aug 20;159(4):262-74 PMID:24026259
    HbA1cはプラセボに比べて減少する
平均差は-0.66% [95% 信頼区間, -0.73% to -0.58%]
    尿糖排泄のためプラセボに比べて体重減少効果が示唆されている。
平均差は, -1.80 kg [95%信頼区間, -3.50 to -0.11 kg]
    利尿作用のためプラセボに比べて血圧減少効果が示唆されている
収縮期圧の平均差は, -4.45 mm Hg [95%信頼区間, -5.73 to -3.18 mm Hg]
    プラセボと比べて尿路感染症リスクと有意に関連している
オッズ比1.42 [95%信頼区間, 1.06 to 1.90]
    プラセボと比べて生殖器感染症リスクと有意に関連している
オッズ比5.06 [95%信頼区間, 3.44 to 7.45]
    重篤な低血糖は既存の薬剤と同程度である
    心血管疾患合併症抑制効果、総死亡抑制効果に決定的な有効性は認められない
    膀胱癌、乳癌リスク上昇が示唆される(添付文書にも記載あり)

ダパグリフロジンの国内第3相比較試験の結果によれば、ベースラインHbA1cの値により、薬剤のHbA1c低下効果に差があることが示されており、ベースラインHbAcが高いほど、HbA1c低下効果が強くなると考えられている。逆にベースラインでのHbAcが低いとその低下効果も弱い。

本邦未発売のカナグリフロジンにおいて基礎インスリン療法に加えて、canagliflozin 300mg/日の投与を開始された脳卒中リスク因子を複数持つ62歳女性が開始後15日で失語を発症した症例報告がある。
Cerebrovascular Accident in a High-Risk Patient During the Early Initiation Phase With Canagliflozin.Ann Pharmacother. 2014 Apr 16. [Epub ahead of print] PMID: 24740468
画像検査により左大脳基底核、側頭、頭頂葉の急性梗塞を認めたとしており、薬剤との因果関係が指摘されている。

[薬物動態・相互作用に関する留意点]
    SGLT2阻害薬は利尿作用が有るため利尿剤との併用に注意する。
    中等度以上の腎機能障害のある患者では血糖低下作用が十分に得られない。
[参考]以下トホグリフエロジンの製品情報より
・投与しない・
●重度の腎機能障害のある患者さん(目安 : eGFR < 30mL/min/1.73m2
●透析中の末期腎不全患者
・投与の必要性を慎重に判断・
●中等度の腎機能障害のある患者さん
  (目安:60mL/min/1.73m2 > eGFR > 30 mL/min/1.73m2

[現段階でのSGLT2阻害薬の考え方使い方]

    現段階で糖尿病合併症や死亡リスクを低下させることは証明されていない。
    利尿作用を有することから、夜間頻尿を有する高齢者では骨折リスクに留意すべきである。
    特に女性では尿路感染症リスクがより高まるものと考えられる。
    インスリンを使用しており、脳卒中リスク因子を有するハイリスクな糖尿病患者での使用で薬剤との因果関係が否定できない急性脳梗塞を発症した症例が報告されており、このような患者への投与は避けるべきである。
    利尿剤との併用に注意し、特に夏場などは脱水に注意し、口渇などの症状を見逃さないよう留意する。
    現段階でHbAc低下効果等の代用のアウトカムしか改善することが示されていないことを踏まえると、1錠薬価が最大で200円近くする高価な薬剤を第一選択で用いることは推奨できない。特に高齢女性での使用は推奨できない。肥満症例でメトホルミンの容認性が悪く、HbAcがやや高い患者への検討が妥当と考えられる。

2014年4月17日木曜日

ベンゾジアゼピン系薬剤の常用量依存とその離脱について

「注意:以下の内容は医療従事者向けに発信しています。現在治療中の患者様において、患者様自己判断での治療中止、薬剤服用中止の根拠やその治療方法を示しているわけではありません。」

ベンゾジアゼピン系薬剤は長期間の使用で常用依存を起こすといわれています。本邦でも非常に高頻度に処方されているエチゾラムの添付文書には以下のような記載があります。
「薬物依存を生じることがあるので,観察を十分に行い,慎重に投与すること.また,投与量の急激な減少ないし投与の中止により,痙攣発作,せん妄,振戦,不眠,不安,幻覚,妄想等の離脱症状があらわれることがあるので,投与を中止する場合には,徐々に減量するなど慎重に行うこと」

どのくらいの期間で依存が生じてしまうのか、3週間程度で依存が形成されてしまうという症例もあるようですが、おおよそ8か月間の使用で依存が形成されている可能性が高いと言われています。
Long-term diazepam therapy and clinical outcome
しかしながら、本邦における病院外来処方データから常用量依存を形成する可能性が高いと考えられる8か月以上の使用が最も多いとする日本の報告が存在します。
Triazolamの常用量依存 

医療従事者への教育的介入もベンゾジアゼピン系薬剤使用量の削減にあまり効果的ではないかもしれません。
Educating physicians to reduce benzodiazepine use by elderly patients: a randomized controlled trial.

ベンゾジアゼピン系薬剤の長期投与がだめだというわけでは決してありません。状況に応じて必要となるケースは多いかと思いますし、それで患者さんが救われることも多いでしょう。ただ経験的には不必要な漫然長期投与も確かに存在します。

[ベンゾジアゼピン系薬剤のリスク]

特に嚥下機能の低下した高齢者では、ベンゾジアゼピン系薬剤のような向精神薬で薬剤性嚥下障害をきたす可能性が示唆されています。
向精神薬による薬剤性嚥下障害例の検討

症例
男性9, 女性6例の計15例。平均65.6歳。(原疾患:うつ病が10例と最多、非定型精神病, 身体表現性障害, アルコール依存症)全例にベンゾジアゼピン催眠鎮静薬, 抗うつ薬, 抗精神病薬などを1種類以上投与。6例では嚥下性肺炎の既往。
症状
嚥下造影検査では多くの例で咽頭クリアランスが低下
8例で明らかな誤嚥
疑われた
有害事象
向精神薬の影響が考えられる
口腔期および咽頭期嚥下障害
その後の経過
投与薬剤の減量や変更が行えた症例では,
 嚥下機能の改善が得られた.

このほかにもベンゾジアゼピンには骨折・転倒リスク、認知機能への悪影響や肺炎リスクなどがありますが、死亡リスクとの関連も指摘されています。
Hypnotics' association with mortality or cancer: a matched cohort study
Effect of anxiolytic and hypnotic drug prescriptions on mortality hazards: retrospective cohort s tudy

[高齢者へのベンゾジアゼピン系薬剤減量のための教育的介入]

The American Board of Internal Medicine Foundation Choosing Wisely Campaignでは 65歳以上の高齢者へのベンゾジアゼピン系薬剤は投与しないことを推奨していますが、地域在住高齢者を対象としたベンゾジアゼピン治療中止に関する直接教育的介入と通常のケアを比較検討したクラスターランダム化比較試験が最近報告されました。
Reduction of Inappropriate Benzodiazepine Prescriptions Among Older Adults Through Direct Patient Education The EMPOWER Cluster Randomized Trial

[Patient]
長期間ベンゾジアゼピン系薬剤を使用している65-95歳の地域在住高齢者303例(30の薬局施設)
[Exposure]
ベンゾジアゼピン治療中止に関する直接教育的介入(ベンゾジアゼピン使用に関するリスク等)15クラスター148
[Comparison]
ベンゾジアゼピン治療中止に関する通常のケア
15クラスター155
Outcome
6か月後のベンゾジアゼピン中止(薬局処方記録より)
研究デザイン
クラスターランダム化比較試験
ランダム化さているか?
30施設のクラスターランダム化
患者背景は同等か?
抄録に記載なし
盲検化されているか?
参加者、医師、薬剤師、評価者はアウトカム評価に関して盲検化(PROBE
サンプルサイズは十分か?
抄録に記載なし
ランダム化は最終解析
まで保持されているか?
261 participants (86%) completed
追跡期間は?
6か月

結果は以下のようになっています。
アウトカム
E
教育介入
C
通常ケア
リスク差
95%信頼区間]
NNT
ベンゾジアゼピン中止
27%
5%
23% [14-32]
4
良さそうな結果ですが、多変量サブ解析にて、80歳超、性別、使用期間、使用適応、投与量、減量介入の既往、多剤同時服用(10種以上/日)では、ベンゾジアゼピン治療中断について明確な介入効果をもたらさなかったとしています。クラスター数もそれほど多いものではないので、実際の効果については議論のよりがあるかと思います。また抄録からでは介入の詳細についてはよくわかりません。

[ベンゾジアゼピン系薬剤離脱プログラムの一例]
ベンゾジアゼピン系薬剤の減量や中止による不都合(離脱症状など)については個人差が大きく以下の方法はあくまで一臨床報告という視点で見ていただけたら幸いです。このような離脱プログラムは症例個別の検討が重要です。

Analysis of benzodiazepine withdrawal program managed by primary care nurses in Spain
[対象患者]
6か月以上(平均4.15年)ベンゾジアゼピン系薬剤を使用している44歳以上の51人(喫煙25.5%、飲酒3.9%、精神系薬剤の使用なし82%、不眠症50%、不安神経症20%、うつ病10%、その他20%)
[使用BZD]
ロラゼパム1mg(=ジアゼパム換算1)、フルラゼパム30mg1人)ゾピクロン7.5mg1人)ゾルピデム10mg2人)ジアゼパム5mg4人)アルプラゾラム0.5mg2人)ロルメタゼパム0.5mg2人)ロルメタゼパム1mg2人)テトラゼパム50mg1人:本邦未承認)及びそれらの併用
[介入方法]
2から4週毎にベンゾジアゼピン系薬剤の用量を25%ずつ減量していく。ヒドロキシジン25mg/日や市販のバレリアンを補助的に使用。
[評価項目]
ベンゾジアゼピン系薬剤使用からの離脱
研究デザイン
投与前後比較の臨床試験

結果を整理すると以下のようになっています。
▶ベンゾジアゼピン離脱失敗:10人(そのうち3人が用量の減量に成功。7人がプログラム除外)
▶ベンゾジアゼピン離脱成功:4280.4%(そのうち64%が1年間離脱を維持)
▶うつ症状スコアやQOLスコアの改善も統計的有意にみられた。

重度の不眠やうつなどがないベンゾジアゼピン系薬剤1剤を4年程度服用している患者へのベンゾジアゼピン離脱として24週毎に25%ずつ減量、ヒドロキシジン(アタラックス®)を補助的に使用と言うのは目安になるかと思います。ベンゾジアゼピン系薬剤離脱には長期間作用型ベンゾジアゼピン系薬剤への置換など、様々な手法がありますが、以下のブログに離脱の一例が詳細にまとまっており大変参考になります。

もなかのさいちゅう:ベンゾジアゼピン系をやめるには?

[ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱に関するポイント]
▶ベンゾジアゼピン系薬剤は短期間で常用量依存を形成するケースもあるが概ね8か月以上の長期間投与は依存を起こしている可能性が高い。
▶本邦では8か月以上の処方は稀な事ではなく、むしろ多い可能性がある。
▶高齢者でなければ患者への教育的介入によりベンゾジアゼピン系薬剤を減量させることができるかもしれない。ただし多剤併用などの状況では難しい可能性が高い。
▶高齢者では遅くとも半年を目安に離脱を試みることで、減量が可能となる確率が高いかもしれない。その際には4週ごとに25%減量。合わせてヒドロキシジンによる補助的な治療を試みると良いかもしれない。

2014年4月14日月曜日

抗インフルエンザ薬をどう考える

インフルエンザシーズンもほぼ終息に向かっています。本年は流行が長引いていた印象です。インフルエンザ感染症に抗インフルエンザ薬は必要なのか、という命題は僕の中でずっと考えていたテーマでもあります。インフルエンザ検査陽性⇒抗インフルエンザ薬、というルーチン図式は多くの場合で代わり映えの無いように思います。タミフルやリレンザ、イナビルに代表されるような抗インフルエンザ薬、テレビCMでも早期投与が有効であるような内容を示唆したものが報道され、医療従事者の中でも話題となりました。2012年に報告されたコクランのメタ分析は、総じて抗インフルエンザ薬の価値に疑問を投げかけるような効果をもたらしました。
Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children.
このメタ分析によればインフルエンザ様症状緩和までの時間がプラセボに比べて21時間[95%信頼区間-29.5時間~-12.9時間]短縮するというもので、入院リスクなどを減らすものではなく、副作用が多いという結果でした。十分なデータがそろわず、解析データには偏りが生じている点も言及されています。
Oseltamivir vs placebo in nonimmunocompromised adults and children
Ann Intern Med. 2012;157(6):JC3-5より
Outcomes
Number of
trials(n)
Weighted
eventrates
Mean difference
(95% CI)

Hours to first
symptom relief
5 (3713)
21 (30 to 13)

RRR (CI)
NNT (CI)
Hospitalization
8 (4696)
1.4% vs 1.5%
5% (59 to 43)
Not significant
Diarrhea
9 (5651)
5.2% vs 7.0%
26% (3 to 44)
55 (33 to 477)
RRI (CI)
NNH (CI)
Nausea
9 (5651)
8.5% vs 5.5%
55% (15 to 109)
34 (17 to 122)
Vomiting
9 (5651)
7.9% vs 3.6%
119% (57 to 204)
24 (14 to 49)
(参考)地域医療の見え方:インフルエンザかどうかを決めること

その後に報告されたオセルタミビルのメタ分析では、さらに効果の限定性を印象付けるものでした。
Effectiveness of oseltamivir in adults : a meta-analysis of published and unpublished clinical trials
[Patient]
インフルエンザ患者4769人(年齢は平均5.1歳から18歳)
[Exposure]
オセルタミビル(タミフル®)の投与
Comparison]
プラセボの投与
Outcome
平均症状持続期間、合併症、入院
研究デザインは何か?
メタ分析[統合した研究数[11
元論文バイアスの検討
プラセボ対照の2重盲検ランダム化比較試験
評価者バイアスの検討
3名の著者がレビューし、2名の著者が各試験の妥当性を確認
異質性バイアスの検討
ブロボグラムを視覚的にみて大きなばらつきはない。肺炎のアウトカムではI2統計量31%となっているもののその他のアウトカムに関してI2統計量は全て0%であり、異質性は統計的にも見られない。
出版バイアスの検討
言語を問わず、未出版データも含めて解析。全11試験中未出版データは8試験。
結果としてはプラセボに比べオセルタミビルは、
■症状持続期間が20.7時間[95%信頼区間13.3時間~28時間]短縮する(ITT解析)
■入院リスクがリスク差で0.1[95%信頼区間-0.5%~0.6]多い傾向にある。(ITT解析)
■肺炎がリスク差で0.6[95%信頼区間-1.7%~0.4]少ない傾向にある(ITT解析)
■急性気管支炎を除く抗菌薬が必要な合併症がリスク差で0.1[95%信頼区間-1.7%~1.5]少ない傾向にある
(※)多くのトライアルで、合併症は抗菌薬が必要な中耳炎、気管支炎、肺炎、副鼻腔炎と定義されているが、急性気管支炎に関しては抗菌薬の使用が推奨されていない。

ランダム化比較試験のメタ分析は、ランダム化比較試験に組み入れることが難しい、ハイリスク患者への情報が欠落している可能性もあり、ハイリスク患者への影響はよくわかりませんが、非ハイリスク患者においては2012年のコクランの報告同様、症状持続期間こそ減らす可能性があるものの、合併症や入院リスクを減らす可能性はほぼ無いという結果でした。少なくとも症状緩和を期待するのであれば、アセトアミノフェンでもよさそうな印象を受けます。ちなみにハイリスク患者におけるオセルタミビルの投与は観察研究のメタ分析でそのベネフィットが報告されていますが、元文献の妥当性はあまり高くないようです。
Antivirals for treatment of influenza : a systematic review and meta-analysis of observational studies

ここまで来ると、抗インフルエンザ薬の価値がどうも軽視されてしまうような印象を持ってしまいます。ところで米国のCDCでは、インフルエンザの治療におけるインフルエンザワクチン接種への重要な補助治療としてノイラミニダーゼ阻害剤(経口オセルタミビルおよびザナミビル吸入)の使用を位置付けています。
CDC Recommendations for Influenza Antiviral Medications Remain Unchanged
CDCでは、入院患者や 合併症ハイリスク患者(妊婦や高齢者等)へのできるだけ早期の抗インフルエンザ薬使用を推奨しています。CDC Recommendations for Influenza Antiviral Medications Remain Unchangedでは以下の論文を挙げ、インフルエンザによる入院患者への早期治療の有用性を言及しています。

Effectiveness of neuraminidase inhibitors in reducing mortality in patients admitted to hospital with influenza A H1N1pdm09 virus infection: a meta-analysis of individual participant data

[Patient]
A H1N1pdm09感染で入院し、観察研究(ケースコントロール、ケースシリーズ、コホート研究)やランダム化比較試験に参加した29234
[Exposure]
①ノイラミニダーゼ阻害薬の投与(投与時期関係なし)
②ノイラミニダーゼ阻害薬の2日以内の投与
③ノイラミニダーゼ阻害薬の3日以降の投与
Comparison]
④ノイラミニダーゼの投与なし
Outcome
死亡(入院中の死亡または症状発症から30日以内の死亡
研究デザインは何か?
IPDメタ分析(個人参加者データからのメタ分析)
元論文バイアスの検討
該当なし(患者個人データからノイラミニダーゼ阻害薬による治療傾向スコアによる補正とステロイド使用、抗菌薬使用で調整を行い調整オッズ比を算出している)
異質性バイアスの検討
該当なし(IPDメタ分析のためトライアル結果により全体指標が引きずられるという事が発生しない。)
出版バイアスの検討
該当なし(データ報告者へのコンタクト等を行っている。)


E
C
調整オッズ比[95%信頼区間]
①投与あり
④投与なし
0.810.700.93
2日以内の投与
3日以降の投与
0.480.410.56
2日以内の投与
④投与なし
0.500.370.67
3日以降の投与
④投与なし
1.200.931.54

この報告は観察研究やランダム化比較試験から個々の患者データを取り出しメタ分析を行ったIPDメタ分析と言う手法で解析された論文と思われます。そしてA H1N1pdm09による入院患者ではノイラミニダーゼ阻害薬の早期投与で死亡リスクが低下する可能性を示唆しています。IPDメタ分析では通常よく目にするメタ分析と異なり、既存の研究を統合するのではなく、患者個別のデータを解析します。したがって各トライアルの結果の影響を受けにくい等の利点がありますが、情報選択時にバイアスが生じやすく、この研究の妥当性については僕の理解をこえています。またこの報告では対象患者が入院している患者であり、非ハイリスク患者ではない可能性があることに留意が必要で、プライマリケアで遭遇する多くの健常症例では、このような結果にならない可能性があることは当然考えられますが、逆に言えば、ハイリスク患者では死亡リスクをも減らせるかもしれないという可能性を示唆した点は大きいと思いました。

ここで重要なのは、一般的に健康な人における臨床的に軽度のインフルエンザ様疾患の外来患者に関するデータのレビューは、抗ウイルス治療が重篤なインフルエンザの合併症を減少させるかどうかの質問に答えることはほとんどない、という事です。抗インフルエンザ薬に関して高齢者、や幼児、妊婦、および慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喘息、うっ血性心不全や糖尿病などの基礎疾患を有するような、インフルエンザによる重篤な合併症を発症するリスクが高い患者では入院リスクや死亡リスクを検討したランダム化比較試験が存在しないという点をCDCも強調しています。

つい先日コクランより最新のレビューが報告されました。

Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children
(以下要約は「治療」に限定しています)
[Patient]
健常成人及び小児(オセルタミビル20研究9623人、ザナミビル26研究14628例)
[Exposure]
ノイラミニダーゼ阻害薬の投与
Comparison]
プラセボの投与
Outcome
症状消失までの時間、合併症、有害事象
研究デザインは何か?
メタ分析[統合した研究数:オセルタミビル20、ザナミビル26
元論文バイアスの検討
プラセボ対照ランダム化比較試験のメタ分析
評価者バイアスの検討
2名の調査者が評価
異質性バイアスの検討
I2統計量表示
出版バイアスの検討
2013722日までのデータを解析。GSK、ロシュからもデータを調達

重要なアウトカムに関して以下に要点をまとめます。
アウトカム
[統合した研究数]
E
オセルタミビル
C
プラセボ
結果
症状緩和までの時間(成人)[8I20
2208

1746
平均差-16.8時間
-8.4-25.1
症状緩和までの時間(小児)[3I2 =75%
664
665
平均差-8.04時間
 [ -33.3417.26 ]
入院リスク(成人)
7I2=0
38/2663
1.43%)
32/1731
1.85%)
0.92
[0.571.50]
入院リスク(小児)
3I2 =0.0%
12/677
1.8%)
6/682
0.9%)
1.92
0.705.23
肺炎合併症(成人)
8I2=0
27/ 2694
1.02%)
39/1758
2.22%)
0.55[ 0.330.90 ]
NNTB 10067451
アウトカム
[統合した研究数]
E
ザナミビル
C
プラセボ
結果

症状緩和までの時間(成人)[13I29
3031

2380

平均差-0.6
[-0.39~-0.81
症状緩和までの時間(小児)[2I2 =72%
396
327
平均差-1.08
 [ -2.320.15 ]
気管支炎合併(成人)
12I2=0
172/ 3429
5.0%)
190/ 2643
7.2%)
0.75 [0.610.91]
NNTB=5636155

[オセルタミビル]
▶入院リスクは成人、小児ともに差はありませんでした。
▶肺炎は成人で有意な差、小児1.060.621.83]では明確な差は出ませんでした。
▶気管支炎は大人で減少傾向0.750.561.01]、小児でも減少傾向0.650.271.55]でした。
中耳炎や副鼻腔炎に関してはいずれも明確な統計的差は出ませんでした。
[ザナミビル]
▶入院リスクに関してはデータ不足で解析できていないようです。
▶気管支炎は成人でリスク減少を示唆しましたが、小児では減少傾向にとどまります。
▶肺炎は成人、小児でともに減少傾向で明確な差はありません。
▶中耳炎や副鼻腔炎に関してはいずれも明確な統計的差は出ませんでした。

おおよそ抗インフルエンザ薬を飲めば健常成人であれば半日程度、症状消失まで早くなるという感じなのだと思います。ただ、症状の感じ方は主観的ですし、患者ごとの免疫能や感染症に対する生体反応はかなりばらつきがあり、この数字が一般化できないことは明白ではあります。

抗インフルエンザ薬が意味のある者なのかどうかは、患者さんのコンテキストに依存することも多いかと思います。症状消失というやや主観的なアウトカムがメインなだけに、その感じ方は人それぞれと言う部分もあります。オセルタミビルがインフルエンザの症状を半日ほど早くおさめるなら、重症化を防止するかどうかはわからなくても、多少副作用があったとしても「飲みたい」という人はいるのだと思います。例えば受験シーズンとインフルエンザ流行シーズンはほぼマッチすることがあります。運悪く、センター試験1週間前にインフルエンザにかかってしまったとして、半日でも症状が軽快して、勉強できるようになれるのであれば、その精神的負担は大きく減るかもしれません。臨床的な差異はわずかだ、と言うのはおそらく正しい意見です。ただその正しさがどれだけ正しいものであれ、患者への振る舞いは別問題ととらえるべきなのかもしれません。薬が効くとか効かないという事よりも、症状消失までの時間がどう変化し、その変化した時間が患者にとって意味のあることなのかどうかを考え事の重要性に気づきました。
 

医療は常に反証可能性を有する科学的側面を持つ一方で、ヒトの主観や、偶然性を取り扱う、非科学的なものでもあります。患者の思いやコンテキストの中で、抗インフルエンザ薬を服用してもしなくても、それは受け入れられる。これらエビデンスのデータに振り回された挙句、抗インフルエンザ薬は価値のない薬だ、あるいはタミフルをなるべく早く飲むべきだ、という極論に達してしまう事こそが問題なのでしょう。