[お知らせ]


2013年7月24日水曜日

クロピドグレルとオメプラゾールの「併用注意」を考える。

これまでの併用注意を考えるシリーズは

[添付文書から分かること]
抗血小板薬として処方頻度の高いクロピドグレルと胃酸分泌抑制やくとして汎用されるオメプラゾール、どちらの薬剤も長期間服用するケースも見受けられ、併用される可能性も高いと思われます。まずは各薬剤の添付文書から見ていきます。

「併用注意:クロピドグレル硫酸塩の作用を減弱する恐れがある。CYP2C19を阻害することによりクロピドグレル硫酸塩の活性代謝物の血中濃度が低下する。」

どちらの薬剤にもこのような記載があります。オメプラゾールは肝臓において主にCYP2C19と一部がCYP3A4で代謝されるとされています。主要代謝酵素であるCYP2C19では遺伝多型が存在することが知られており、日本人を含むモンゴル系人種では13%~20%でCYP2C19の機能を欠損する型を有しているとされています。(オメプラール®添付文書より)
クロピドグレルの作用発現はやや複雑であり、この機序を理解していないと、オメプラゾールとの薬物相互作用がイメージできません。ここでは簡単に添付文書ベースで確認できる範囲で少しまとめてみたいと思います。

クロピドグレルは吸収された後、肝臓で主に2つの経路で代謝されます。
1)エステラーゼにより主代謝産物であるSR26334が生成
2)CYPにより活性代謝物であるH4が生成
薬効を発現するのは主代謝産物のSR26334ではなく、CYPで代謝されるH4です。代謝を受けるCYPの分子種はin vitroにおいて主にCYP3A4,CYP1A2,CYP2C19,CYP2B6であるとされています。CYP2C19は先ほど述べたとおり、遺伝的に機能欠損を有する個体(=PM)が存在しており、日本人では1822.5%とプラビックス®の添付文書に記載があります。実際に活性代謝物H4CmaxAUCは遺伝多型の影響を受けPMでは他の遺伝子型に比べてCmaxAUCともに約50%~70%くらい低くなることが示されています。(プラビックス®添付文書より)活性代謝物H4は主要な代謝産物ではないため、少量で薬効発現に寄与していることを踏まえれば遺伝多型による代謝変動は少なからず影響を与えうると考えられます。ここにオメプラゾールによる競合的阻害が起これば、さらにクロピドグレルの活性代謝は遅延し、薬効発現に支障をきたす可能性が示唆されるわけです。

[PPIとクロピドグレルの併用は安全ですか?]
 実際の臨床インパクトはどの程度なのでしょうか。日本人と遺伝的に近いと考えられる台湾の研究を見てみます。この研究は台湾国民健康保険研究データベースを用いて200611日~200071231日までに新規の急性冠症候群(ACS)で入院したクロピドグレルを服用中の患者を対象にPPIの使用と急性冠症候群による入院の関連を検討した後ろ向きコホート研究です。
【文献タイトル・出典】
Cardiovascular outcome associated with concomitant use of clopidgrel and proton pump inhibitors in patients with acute coronary syndrome in Taiwan
【論文は妥当か?】
研究デザイン:後ろ向きコホート研究
[Patient] Taiwan National Helth Insurance Researchのデータベースから200611日~200071231日までに新規の急性冠症候群(ACS)で入院したクロピドグレルを服用中の患者。傾向スコアマッチングを行い11にマッチング
[Exposure]クロピドグレルとPPIの併用5173
[Comparison]クロピドグレル単独 5173
[Outcome]急性冠症候群による再入院
調節した交絡因子▶抄録に記載なし
【結果は何か?】
PPIの使用は急性冠症候群による再入院リスクが増加する傾向にある
調整ハザード比▶1.052[95%信頼区間0.9711.139]
■オメプラゾールの使用は急性冠症候群による再入院リスクが増加する
調整ハザード比▶1.226[95%信頼区間1.0661.410]
【結果は役に立つか?】
この研究ではエソメプラゾール、ラベプラゾール、ランソプラゾール、Pantoprazoleでリスク上昇はなかったとしています。PPI全体では有意な差は無いもの、オメプラゾールではリスク増加が示唆されています。理論上はCYP2C19で代謝される他のPPIでも同様の結果が予測できるのですが、この文献ではオメプラゾールのみリスク上昇が示唆されました。

PPIは基本的にはCYP2C19 及びCYP3A4で代謝されるようですが、PPIの種類によってそのウエイトが異なる可能性が示唆されているようです。
クロピドグレルとPPIを併用する際はあえてオメプラゾールを選択する必要性は低いかもしれません。また最近、本邦でも使用可能となったエソメプラゾールでもCYP2C19を阻害すると明確に添付文書に記載があり注意が必要です。
またイギリスの一般開業医研究データベースを用いてアスピリンとクロピドグレルの併用療法を実施している患者にPPIの使用の有無で全原因死亡および心筋梗塞の複合アウトカムをコホート解析と自己対照ケースシリーズ解析を同時に行った報告があります。
Clopidogrel and interaction with proton pump inhibitors: comparison between cohort and within person study designs
コホート解析ではPPIの併用で1.37 (95%信頼区間1.271.48).と有意に複合アウトカムが上昇しましたが、自己対照ケースシリーズ解析では0.75 (95%信頼区間0.551.01)と明確な差は出ませんでした。ただこれはイギリスからの報告であり遺伝多型の影響も軽視できないとなると、そのまま日本人には当てはまらないかもしれません。ややリスクを過小評価している可能性もあります。

[結局のところどうするべきか]
PPIの代謝経路は主にCYP2C19CYP3A4であり、薬剤ごとのにそのウエイトが異なる可能性があります。オメプラゾールはCYPC19への影響が軽視できず、クロピドグレルの作用減弱という相互作用の可能性を常に念頭に置く必要があります。特に長期間併用する際は要注意です。実際に台湾における後ろ向きコホート研究ではクロピドグレルとオメプラゾールの併用で急性冠症候群による入院リスクが上昇したとの報告があります。またCYP3A4を阻害するクラリスロマイシンやイトリゾールなどの薬剤との併用が追加で行われれば、オメプラゾールのCYP3A4の代謝経路が阻害され理論的にはCYP2C19の競合的阻害がより高まることが想定されます。

あえてオメプラゾールではなくてはいけない、という事でなければ他のPPIを選択する、PPIの使用を短期にとどめ漫然と使用しない。もしくは薬物代謝酵素の影響を受けにくいH2ブロッカーで経過を見るなど、対策の選択肢も広いといえます。

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