[お知らせ]


2013年6月26日水曜日

クロストリジウムディフィシル感染症(CDI:Clostridium difficile infection)

クロストリジウムディフィシル(Clostridium difficile)は嫌気性グラム陽性菌です。ヒト腸内の常在菌で、健常成人の5%、及び乳児の3分の2は無症候性に消化管内に保菌しているといわれ、保菌率は65歳以上で高くなります。Clostridium difficileが産生する外毒素(トキシンA、トキシンB)によって引き起こされる疾患をクロストリジウムディフィシル感染症(CDIClostridium difficile infection)といい、その重症型が偽膜性腸炎と位置付けられているそうです。具体的には大腸内視鏡検査で偽膜を証明した場合に偽膜性腸炎と診断されます。CDI全体の30%に発熱がみられることから、何らかの感染症により抗菌薬が投与されいったん解熱したあと再度発熱した場合、あるいは抗菌薬使用にもかかわらず持続する発熱などにおいて、不明熱とされていることも多いといわれています。下痢などの症状があれば、わかりやすいですが、消化器症状がみられないCDIも存在するといわれています。病院・老人施設等における入院患者・入居者等での集団発生が見られることがあり、院内感染を起こす菌として注意する必要があります。

CDIClostridium difficileが産生する外毒素により発症する疾患ですが、この外毒素には2種類あります。トキシンAは腸管毒素でトキシンBは細胞毒素です。トキシンBはトキシンAよりも10倍毒性が強いといわれており、臨床上はトキシンBの検出が重要です。

感染経路は内因性の感染と汚染された環境表面からの外因性感染の2種類です。市中CDIにおいてはこの内因性感染がしばしば問題となります。腸内にもともと保有している菌による内因性感染では、抗菌薬投与などが誘因で腸内のClostridium difficileが異常増殖し発症します。抗菌薬別の市中CDIリスクを検討したメタ分析によれば、クリンダマイシンやキノロン系、あるいはセファロスポリンなどがよりハイリスクといえます。


Community-associated Clostridium difficile infection and antibiotics: a meta-analysis.
抗菌薬の種類
オッズ比[95%信頼区間]
抗菌薬全体
クリンダマイシン
フルオロキノロン
セファロスポリン
ペニシリン
マクロライド
ST合剤
テトラサイクリン
6.91[4.1711.44]
20.43[8.5049.09]
5.65[4.387.28]
4.47[1.6012.50]
3.25[1.895.57]
2.55[1.913.39]
1.84[1.482.29]
0.91[0.571.45]

Meta-analysis of antibiotics and the risk of community-associated Clostridium difficile infection
抗菌薬の種類
オッズ比[95%信頼区間]
クリンダマイシン
フルオロキノロン
CMC
マクロライド
ST合剤
ペニシリン
テトラサイクリン
16.80[7.4837.76]
5.50[4.267.11]
5.68[2.1215.23]
2.65[1.923.64]
1.81[1.342.43]
2.71[1.754.21]
0.92[0.611.40]
CMCs)セファロスポリン、モノバクタム、カルバペネム

このような広域スペクトラムを有する抗菌薬は正常な腸内細菌のバランスを破壊し、それによりClostridium difficileが増加することにより発症リスクが高まると推測されます。CDIの主症状は抗菌薬による治療開始後、通常5日~10日から始まる下痢症状です。軽症から粘血便を伴うものまでさまざまであるといいます。抗菌薬が主な原因となりえますが、リスク因子としては高齢、制酸剤(プロトンポンプインヒビター等)の投与なども考えられます。

Meta-analysis to assess risk factors for recurrent Clostridium difficile infection
リスク要因
オッズ比[95%信頼区間]
抗菌薬
4.23[2.108.55]
加齢
1.62[1.112.36]
制酸剤
2.15[1.134.08]

プロトンポンプインヒビター等の強力に胃酸分泌を抑制する薬剤も注意が必要です。観察研究のメタ分析ではPPI服用患者でクロストリジウム-ディフィシル関連下痢症CDAD(Clostridium difficile associated diarrhea)65%も増加する可能性を示唆しました。
Clostridium difficile-associated diarrhea and proton pump inhibitor therapy: a meta-analysis
年齢としては65歳以上がリスク因子の一つとして挙げられています。
Can we identify patients at high risk of recurrent Clostridium difficile infection?

Clostridium difficileアルコール消毒抵抗性の芽胞を形成し、乾燥した無生物表面での持続性は5か月にも及ぶとされます。外因性感染対策としては汚染された環境面から接触感染を引き起こすため、標準予防策に加え、接触予防策の実施が必要です。感染した人の糞便中にクロストリジウム-ディフィシルが排菌され、汚染された器物や手などを介して、人の口や粘膜に到達し、他の人も感染していく可能性があります。病院・老人施設等において、医療従事者や介護者が、クロストリジウム-ディフィシルで汚染された器物や手などを介して、入院患者・入居者の感染を広げて行く可能性もあります。芽胞にはアルコール消毒が無効のため、塩素系消毒薬を用います。

CDIの治療にはメトロニダゾール内服やバンコマイシの投与などが一般的ですが、再発性のCDI感染患者ではしばしば治療抵抗性となることも多く、難治化することもあるようです。再発性CDI感染の患者に、バンコマイシンで治療後、腸洗浄を行い健常者ドナーからの便を注入することで、バンコマイシン単独治療やバンコマイシン治療と腸洗浄の併用治療に比べて下痢症状の消失割合が3倍から4倍、有意に多いというランダム化比較試験も報告されました。
Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile.

プロバイオティクスがCDAD (Clostridium difficile associated diarrhea)リスクを減らす可能性があるとするメタ分析があり、有害事象も少ないことから抗菌薬使用においては、予防的に考慮しても良いかもしれません。(※)
Probiotics for the prevention of Clostridium difficile-associated diarrhea: a systematic review and meta-analysis
Probiotics for the prevention of Clostridium difficile-associated diarrhea in adults and children.
(※)Clostridium difficile associated diarrheaとプロバイオティクスの予防効果については議論があるようですが、抗菌薬とのルーチン併用で下痢などの消化器症状を抑制できるとする報告JAMA. 2012;307(18):1959-1969もあり、有害事象も低頻度であることから、考慮に値すると考えています。


抗菌薬により誘発されうるCDIは抗菌薬の適正使用でそのリスクを最小限に抑えられる可能性のある疾患です。外来においても、高齢者でプロトンポンプインヒビター等の制酸剤を服用中患者に、安易にキノロン系抗菌薬や広域セファロスポリン、カルバペネムなどを投与することは、CDIリスクが上昇する可能性があり、注意が必要です。

2013年6月19日水曜日

スタチンとマクロライド系抗菌薬(クラリスロマイシン・エリスロマイシン)の「併用注意」を考える

「併用注意」を考えるシリーズ第4回目です。またまた抗菌薬との併用を考えていきます。
以前の“「併用注意」を考える”シリーズは

今回は横紋筋融解症をアウトカムにスタチンと抗菌薬のCYP3A4による相互作用を考えていきたいと思います。

[添付文書から分かること]
スタチンや抗菌薬そのものにも横紋筋融解症リスクが存在しますが、クラリスロマイシンやエリスロマイシンはCYP3A4を阻害し、スタチンの血中濃度を上げ横紋筋融解症リスクを上昇させるといいます。クラリスロマイシンと一部のスタチンは併用注意となっています。
「アトルバスタチンカルシウム水和物、シンバスタチン、ロバスタチン(国内未承認)、の血中濃度上昇に伴う横紋筋融解症が報告されているので,異常が認められた場合には,投与量の調節や中止等の適切な処置を行うこと。腎機能障害のある患者には特に注意すること。」

[横紋筋融解症について]
(財)日本医薬情報センターJAPC発行の重篤副作用疾患別対応マニュアルによると、横紋筋融解症とは骨格筋の細胞が融解、壊死することにより、筋肉の痛みや脱力などを生じる病態をさします。その際に血液中に流出した筋肉の成分であるミオグロビンが腎臓の尿細管にダメージを与え、急性腎不全を起こす場合やまれに呼吸筋が障害され、呼吸困難をきたすといわれています。初期症状としては以下の状態が挙げられています。
■手足、肩、腰、その他筋肉が痛む ■手足がしびれる
■手足に力が入らない         ■こわばる
■全身がだるい             ■尿の色が赤褐色になる
しびれやこわばり等、これらどれか一つでも該当するすべての状態を拾い上げると、実は横紋筋融解症を疑うべき人はかなり多くなってしまうケースもあるでしょう。現実的には尿の色と筋肉痛というのがかなり重要なポイントとなると思います。実際にはどのくらいの頻度なのでしょうか。スタチン、フィブラートによる横紋筋融解症による入院頻度を検討したコホート研究が2004年のJAMAに掲載されています。
Incidence of hospitalized rhabdomyolysis in patients treated with lipid-lowering drugs.
これによると横紋筋融解症による入院頻度は以下のようになっています。
薬剤名
発生頻度(年間10000人あたり)
アトルバスタチン
0.5495CI 0.221.12
セリバスタチン
5.3495CI 1.4613.68
プラバスタチン
0.0095CI  01.11
シンバスタチン
0.4995CI 0.061.76
フェノフィブラート
0.0095CI 014.58
薬剤使用なし
0.0095CI 00.48
スタチン(※)+フィブラート
5.9895CI 0.72216.0
スタチン(※)
0.44(95%CI 0.200.84)
(※)アトルバスタチン、プラバスタチン、シンバスタチン
スタチンとフィブラートは原則禁忌となっていますが、これは横紋筋融解症による入院頻度がスタチン単独のおよそ10倍以上という感覚です。販売が中止されたセリバスタチンもなかなかのインパクトです。スタチン単独での横紋筋融解症による入院はおおむね年間で10000人当たり0.44例という感じです。CYP3A4で代謝されるアトルバスタチン、シンバスタチンはおおよそ年間で10000人当たり0.5例前後という感じでしょうか。

[CYP3A4を阻害するマクロライドと併用すると…]
では実際にCYP3A4を阻害するようなクラリスロマイシンやエリスロマイシンはスタチンの血中濃度を上げ、横紋筋融解症リスクを上昇させるのでしょうか。
Statin Toxicity From Macrolide Antibiotic Coprescription:A Population-Based Cohort Study
カナダオンタリオ州における2003年~2010年までの人口ベースコホート研究で、スタチン(73%がアトルバスタチン、他にシンバスタチン、ロバスタチン)を服用中の65歳以上の患者を対象にクラリスロマイシンの投与(72591例)及びエリスロマイシンの投与(3276例)CYP阻害作用が低いアジスロマイシンの投与(68478例)とを比較して抗菌薬処方から30日以内の横紋筋融解症による入院を検討した報告です。結果は以下の通りです。

アウトカム
指標
結果[95%信頼区間]
横紋筋融解症による入院

絶対危険上昇
0.02% [0.01% 0.03%]
相対危険
2.17 [1.04 4.53]
急性腎障害リスク

絶対危険上昇
1.26% [0.58% 1.95%];
相対危険
1.78 [1.49 2.14]
総死亡リスク

絶対危険上昇
0.25% [0.17% 0.33%]
相対危険
1.56 [1.36 1.80]
(スタチン服用患者におけるクラリスロマイシンまたはエリスロマイシンの併用によるアジスロマイシンと比較した横紋筋融解症リスク)

CYP3A4で代謝されるスタチンはこれを阻害するクラリスロマイシンやエリスロマイシンとの併用で、副作用リスクが増加すると結論しています。死亡リスクまで上昇する点は、軽視できません。絶対差は少ないかもしれませんが、なかなか衝撃的な報告です。

[結局のところどうするべきか]

アトルバスタチンやシンバスタチンの横紋筋融解症発症頻度は年間10000人当たり約0.5例前後でした。ちなみにロバスタチンは本邦未承認です。また高齢者や腎機能低下者では潜在的リスクは上昇します。クラリスロマイシンやエリスロマイシンはCYP3A4で代謝されるスタチン(アトルバスタチン、シンバスタチン)を服用中の患者で横紋筋融解症による入院、急性腎障害リスク、さらには総死亡リスクも上昇させる可能性があります。以上を踏まえると、65歳以上の高齢者でアトルバスタチンやシンバスタチン服用中であり、肝機能や腎機能がやや低下している可能性のある患者ではクラリスロマイシン、エリスロマイシンの投与は、できる限り併用を避けた方が望ましいと考えます。

子宮頸癌予防のためのHPVワクチン、そのリスクベネフィット

(注意)以下の内容は、個人的なリスクベネフィットの整理のために、HPVワクチン(子宮頸癌予防のためのワクチン)に関する統計的、疫学的データを示したもので、ワクチンの接種を推奨、あるいは否定するものではありません。有効性、安全性に関するデータは更新されている可能性があります。ワクチン接種にあたっては、医療機関、及び担当の医師から十分な説明を受けることをお勧めします。誤り等ございましたらご指摘いただければ幸いです。

厚生労働省予防接種検討部会は2013614日付でHPVワクチン(本邦では2価のサーバリックス、4価のガーダシルの2種類が発売されている)の「積極的な勧奨は一時やめる」との意見をまとめました。HPVワクチン接種後の複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndromeCRPS)が報告されたためで、これを受け厚労省は対象者への接種の積極的呼びかけを中止するよう自治体に勧告したとのことです。

複合性局所疼痛症候群とワクチンの関連性については情報が少ないですが、
Complex regional pain syndrome following immunistion
この症例報告によれば、複合性局所疼痛症候群の病態自体が良くわかっておらず、その発症機序は軽度の外傷、骨折、感染症や外科手術などの物理的な損傷により起こるとしています。ワクチン成分によるものではないと考えられているようです。筋注という注射手技が影響している可能性もあります。紹介されている症例報告でのワクチンの種類はHPVワクチン4例の他、DPTワクチン1例でした。
本邦では厚生労働省のホームページにガーダシル3例、サーバリックス2例の複合性局所疼痛症候群と報告された症例一覧が掲載されています。現段階で因果関係を示す疫学的、統計的データはないようです。HPVワクチンと複合性局所疼痛症候群の関連性は不明というのが現段階での結論といえそうです。

HPVワクチンの安全性に関するメタ分析は2011年に報告されており、接種行為による軽微な副反応を除く副反応はコントロール群と比べてもほぼ同等であるという結果でした。
Efficacy and safety of prophylactic vaccines against cervical HPV infection and diseases among women: a systematic review & meta-analysis.
7つのランダム化比較試験のメタ分析で重篤な副反応はコントロール群と比較してワクチン接種群でリスク比1.00 95%信頼区間0.911.09



本邦におけるワクチンの副反応報告件数も厚生労働省のホームページに掲載されています。医療機関から報告された重篤な副反応は、以下の通りです。(厚労省第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会配付資料 5月16日掲載資料6-6

■サーバリックス:13.1/100万接種
■ガーダシル:8.9/100万接種
■ヒブワクチン:7.9/100万接種
■インフルエンザワクチン:0.9/100万接種
■小児肺炎球菌ワクチン:8.2/100万接種

重篤な副反応については100万摂取あたり約10件、10万回に1回発生する頻度で、インフルエンザワクチンに比べると圧倒的に多いですが、ヒブワクチンや小児肺炎球菌ワクチンと比べてもやや多い程度という感じです。
ただ副反応全体では多い印象ではあります。筋注という注射手技の影響や報告バイアスの影響も考えられますが、それでも多いなという感じです。

■サーバリックス:245.1/100万接種
■ガーダシル:155.7/100万接種
■ヒブワクチン:59.2/100万接種
■インフルエンザワクチン:6.4/100万接種
■小児肺炎球菌ワクチン :82.9/100万接種

一方でワクチンの有効性についてはどうでしょうか。本邦においては導入以来、日が浅く、子宮頸癌を抑制できたとする報告は無いようですが、海外のデータでは子宮頸がんワクチン(4価)の有効性に関する2重盲検ランダム化比較試験が2010年にイギリスの医学誌BMJから報告されています。

Four year efficacy of prophylactic human papillomavirus quadrivalent vaccine against low grade cervical, vulvar, and vaginal intraepithelial neoplasia and anogenital warts: randomised controlled trial.

16歳から26歳の女性17599例を対象とした4価子宮頸がんワクチンの有効性を検討したプラセボ対照2重盲検ランダム化比較試験です。42か月の追跡で、ワクチンを3回接種したPer protocol解析での結果はコントロール群の子宮頸部の軽度異形成発症2.2%に対して、ワクチン郡での子宮頸部の軽度異形成発症0.09%であり、相対危険は0.04という驚異的な数字です。ここから算出されるNNT47人でワクチンの有効性は96%という結果でした。海外データであり、潜在的なリスクも含めて日本人にそのままあてはまるかどうかは分かりませんが、目安として参考になると思います。なお本邦におけるHPVワクチン導入のインパクトとして厚生労働省は子宮頸癌の患者及び死亡を40%~70%程度減らすことができるとしており、さらに子宮頸癌検診と合わせて予防接種を実施することでより高い効果を得られるとしています。(厚労省第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会配付資料9-2
以下に4価HPVワクチンのリスクベネフィットに関する定量的データをまとめます。
CIN1発症(※1
副反応発症リスク
重篤な副反応リスク
■相対危険減少96%
[95CI 91.398.4]


■相対リスク(※2
1.00 [95CI 0.911.09]
■発生頻度(※本邦)
100万接種に156
■発症頻度(※本邦)
100万接種に8.9


[NNT47]
[NNH6411]
[NNH112360]
(※1CIN1:子宮頸部軽度異形成,ワクチン接種後42か月間における海外データ
(※2)海外のデータで2価ワクチンでの症例も含む。

比較が難しいところもあるかもしれませんが、目安としまして、まとめますと、

4HPVワクチン接種すると、副反応全体は6411接種に1回、重篤な副反応は112360接種に1回、海外データではワクチン接種から42か月間の子宮頸部の軽度異形成の発症は47人に1人救うことができる」という感じで整理しておきます。

※2013/6/20 下線部を訂正、追記いたしました。(子宮頸癌→子宮頸部の軽度異形成:CIN1)

2013年6月14日金曜日

ドネペジルとマクロライド系抗菌薬の「併用注意」を考える。

この“「併用注意」を考える“シリーズは今回で3回目です。

毎回、抗菌薬との併用ネタですが、今回はアルツハイマー型認知症治療薬のドネペジルとマクロライド系抗菌薬のなかでもCYP3A4阻害作用を有するクラリスロマイシンとの併用、そしてそれら個々の薬剤リスクも含めてまとめていきたいと思います。

[添付文書から分かること]
クラリスロマイシンの併用注意の項目にはドネペジルとの併用に関して特に記載はありませんが、CYP3A4で代謝される薬剤に関して注意喚起がなされています。クラリスロマイシンはCYP3A4を阻害する薬剤として有名ですが、ドネペジルは主としてCYP3A4及び一部CYP2D6で代謝されると添付文書に記載があります。ドネペジルの併用注意の項目にはイトラコナゾール、エリスロマイシン等として注意喚起がなされています。臨床症状として「ドネペジルの代謝を阻害し、作用を増強させる可能性がある」という、まあおよそ想像できる範囲の記載しかありません。添付文書から相互作用について分かることはこれが限界です。

[PubMedで調べてみよう]
実際にドネペジルの血中濃度が上昇するとどのようなリスクが想定されるのでしょうか。口渇流延や消化器症状などはもちろん、重大な副作用として除脈等の心臓への負担が懸念されます。PubMedclinical queriesを使って、実際に報告があるか、調べてみました。臨床疑問のPECOは下の表のような感じです。
Patient     (どんな患者に)
高齢でドネペジルを服用している患者に
Exposure    (何をすると)
クラリスロマイシンの投与は
Comparison  (何と比べて)
CYP3A4に影響しない抗菌薬に比べて
Outcome    (どうなるか)
心臓イベントリスクはどうなるか
疑問のタイプ (治療・診断・予後・副作用)
副作用に関する疑問=「Etiology

キーワードに「donepezil」「macrolide」カテゴリーは「Etiology」、Scopeを「narrow」にして検索すると、なんと1件のみしかヒットしませんでした。
Use of clarithromycin and adverse cardiovascular events among older patients receving donepezil :a population-based,nested case-control study.
20027月から20103月までにドネペジルと抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシン、セフロキシム、モキシフロキサシン、レボフロキサシン)を投与された、66歳以上の人口ベースのコホート17712例を用いたコホート内症例対象研究の報告です。症例(ケース)は除脈、失神、または完全房室ブロックにより入院した患者で59例、対照(コントロール)はケース1例に対して5例を年齢、性別、居住地等でマッチングしているようです。
結果はドネペジルを服用している高齢患者にクラリスロマイシンを使用しても、CYP3A4阻害作用の低い他の抗菌薬と比べて除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院に明確な差は無いという事でした。抗菌薬ノンユーザーとの比較はないのですが、クラリスロマイシンの使用とアジスロマイシンの使用を比較してもオッズ比に有意差はありません。
■オッズ比:0.6795%信頼区間0.281.63
また、セフロキシムやレスピラトリーキノロンとの比較でもリスクとの関連は見られなかったとしています。しかしながら、たとえCYP3A4に影響しないとしても、キノロンやアジスロマイシン自体に心血管リスクが報告されているので、この比較自体はちょっと微妙ですが、比較的安全なセフロキシムとの比較でも明確な差は出なかったようです。ただ、症例の数が59例と少ないことも踏まえれば、この報告のみではドネペジルとクラリスロマイシンの併用は安全と言い切ることは難しそうです。

[マクロライド系抗菌薬と心血管リスク]
マクロライド系抗菌薬は一般的にQT延長や心室性不整脈などの報告があり、心疾患のある患者では「慎重投与」となっています。近年マクロライド系抗菌薬の心血管リスクに関する報告が続いています。主な結果を簡易的に下の表にまとめます。いずれもノンユーザーとの比較です。
(※)注意:以下の報告での抗菌薬の用法用量は本邦と異なります。またいずれも海外での報告のため、潜在的なリスクはそのまま日本人に当てはまらない可能性があります。詳細は原著で確認をお願いいたします。

(マクロライド系抗菌薬と心血管リスク)
抗菌薬名
アウトカム
結果
[95%信頼区間]
出典
アジスロマイシン
心血管死亡
発生率比:2.85
[ 1.13-7.24]
(1)
アジスロマイシン
心血管死亡
ハザード比:2.88
[1.794.63]

(2)

総死亡
ハザード比:1.85
[1.25- 2.75]
クラリスロマイシン

COPD急性増悪患者での心血管イベント
ハザード比:1.50
[1.131.97]

(3)
市中肺炎患者での心血管イベント
ハザード比:1.68
[1.182.38]
(1)N Engl J Med 2013; 368:1704-1712
(2) Engl J Med 2012; 366:1881-1890
(3)BMJ2013;346:f1235

このようにマクロライド系薬剤、特にアジスロマイシンやクラリスロマイシン単独でも心血管リスクの報告があります。一方、ドネペジルにも除脈や心ブロック、QT延長や心筋梗塞、心不全が重大な副作用としてあげられています。

[ドネペジルの心臓への負担はどの程度か]
つい先日、認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬の総死亡や心筋梗塞を検討したコホート研究の結果が報告され、いずれもリスクが減少という結果で、少々驚きました。
The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.
前回はこの結果を研究の妥当性も含めてどう解釈したらよいのか、少しまとめました。

ドネペジルの添付文書には重大な副作用として以下のような記載があります。
「重大な副作用:失神、徐脈、心ブロック、QT延長、心筋梗塞、心不全」
「失神(0.1%未満)、徐脈(0.1~1%未満)、心ブロック(洞房ブロック、房室ブロック)、QT延長、心筋梗塞、心不全(各0.1%未満)があらわれることがあるので、このような症状があらわれた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。」
実際に失神や徐脈、それに伴う重大な有害事象はどの程度なのでしょうか?
Syncope and its consequences in patients with dementia receiving cholinesterase inhibitors: a population-based cohort study.
この研究は人口ベースコホート研究 で、20024月~20043月までにおいて、カナダオンタリオ州のヘルスケアデータから81302例を対象(平均年齢:80.4歳、男性37.538.8%)としています。そして、中枢性コリンエステラーゼ阻害薬の使用(19803例:ドネペジル▶13641例、ガランタミン▶3448例、リバスチグミン▶2714例)と非使用(61499例)を比較し、失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診、永続的なペースメーカーの設置、大腿骨頸部骨折による入院の4つのアウトカムを検討しています。徐脈から失神を起こし、永続的なペースメーカ-を設置せざるを得なくなることや骨折リスクというのは高齢者において重大なアウトカムだと思います。添付文書の「重大な副作用」を定量化するための貴重な報告です。

調節した交絡因子はアウトカムごとに少し異なっており、おおむね以下のとおりです。
▶失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診:年齢、性別、抗不整脈薬の使用、冠動脈疾患、大動脈弁狭窄症、心房細動、永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
▶永続的なペースメーカーの設置:永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
のある患者を除外
▶大腿骨頸部骨折による入院:年齢、性別、大腿骨頸部骨折既往歴、骨折に影響のある薬剤使用(ホルモン補充療法、ビスホスホネート剤、ラロキシフェン、サイアザイド利尿薬、ステロド、ベンゾジアゼピン、抗けいれん薬、抗鬱薬、抗パーキンソン病薬、抗精神病薬

結果を下にまとめました。
アウトカム

E群
1000人年)
C群
1000人年)
結果
(調整ハザード比;95%CI
失神による受診
31.5
18.6
1.76(1.57-1.98)
徐脈による受診
6.9
4.4
1.69(1.32-2.15)
ペースメーカー
4.7
3.3
1.49(1.12-2.00)
大腿骨頸部骨折
22.4
19.8
1.18(1.04-1.34)
失神や大腿骨頸部骨折頻度は年間、1000人当たり20例~30例ですからなかなか、侮れないなという感じです。骨折に関してはC群でも約20例ですから80歳前後の高齢者では潜在的にハイリスクであることも分かります。メイン解析ではありませんが、傾向スコアマッチング解析も行われているようで、こちらでもすべてのアウトカムでリスクが有意に上昇するという結果でした。

[クラリスロマイシンとドネペジルの併用]
ポイントを整理していきます
■クラリスロマイシンとドネペジルの併用を検討した症例対照研究Drugs Aging 2012 Mar 1;29(3):205-11によればCYP3A4への影響が少ない他の抗菌薬と比べてクラリスロマイシンはドネペジル服用患者の除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院リスクを増加させるかどうかは不明である。ただしこの研究では症例の数が59例と少なく、それがゆえ有意な差が出なかった可能性が高いく、安全とは言い切れない
■クラリスロマイシン単独にも心血管リスクの報告がある。BMJ2013;346:f1235。また添付文書上では心疾患のある患者は慎重投与である。
■ドネペジル単独にも除脈、失神リスクの報告があり添付文書にも記載がある。除脈から失神を起こし、永続的なペースメーカーの設置や大腿骨頸部骨折リスクが有意に上昇するという報告Arch Intern Med.2009 May 11;169(9):867-73があり、その頻度もあなどれない。
CYP3A4を介した薬物動態から予想すると、併用によりドネペジルの血中濃度は上昇する可能性が高い。

以上をまとめると、想定される有害アウトカムの重大性から、特に80歳前後の高齢者において、心疾患を有する患者や不整脈治療中の患者ではドネペジル服用中のクラリスロマイシン併用は可能な限り避けるべきかもしれません。ドネペジルは認知症を改善するわけではない薬剤なので、そのリスクは慎重に評価したいと思います。