[お知らせ]


2013年6月14日金曜日

ドネペジルとマクロライド系抗菌薬の「併用注意」を考える。

この“「併用注意」を考える“シリーズは今回で3回目です。

毎回、抗菌薬との併用ネタですが、今回はアルツハイマー型認知症治療薬のドネペジルとマクロライド系抗菌薬のなかでもCYP3A4阻害作用を有するクラリスロマイシンとの併用、そしてそれら個々の薬剤リスクも含めてまとめていきたいと思います。

[添付文書から分かること]
クラリスロマイシンの併用注意の項目にはドネペジルとの併用に関して特に記載はありませんが、CYP3A4で代謝される薬剤に関して注意喚起がなされています。クラリスロマイシンはCYP3A4を阻害する薬剤として有名ですが、ドネペジルは主としてCYP3A4及び一部CYP2D6で代謝されると添付文書に記載があります。ドネペジルの併用注意の項目にはイトラコナゾール、エリスロマイシン等として注意喚起がなされています。臨床症状として「ドネペジルの代謝を阻害し、作用を増強させる可能性がある」という、まあおよそ想像できる範囲の記載しかありません。添付文書から相互作用について分かることはこれが限界です。

[PubMedで調べてみよう]
実際にドネペジルの血中濃度が上昇するとどのようなリスクが想定されるのでしょうか。口渇流延や消化器症状などはもちろん、重大な副作用として除脈等の心臓への負担が懸念されます。PubMedclinical queriesを使って、実際に報告があるか、調べてみました。臨床疑問のPECOは下の表のような感じです。
Patient     (どんな患者に)
高齢でドネペジルを服用している患者に
Exposure    (何をすると)
クラリスロマイシンの投与は
Comparison  (何と比べて)
CYP3A4に影響しない抗菌薬に比べて
Outcome    (どうなるか)
心臓イベントリスクはどうなるか
疑問のタイプ (治療・診断・予後・副作用)
副作用に関する疑問=「Etiology

キーワードに「donepezil」「macrolide」カテゴリーは「Etiology」、Scopeを「narrow」にして検索すると、なんと1件のみしかヒットしませんでした。
Use of clarithromycin and adverse cardiovascular events among older patients receving donepezil :a population-based,nested case-control study.
20027月から20103月までにドネペジルと抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシン、セフロキシム、モキシフロキサシン、レボフロキサシン)を投与された、66歳以上の人口ベースのコホート17712例を用いたコホート内症例対象研究の報告です。症例(ケース)は除脈、失神、または完全房室ブロックにより入院した患者で59例、対照(コントロール)はケース1例に対して5例を年齢、性別、居住地等でマッチングしているようです。
結果はドネペジルを服用している高齢患者にクラリスロマイシンを使用しても、CYP3A4阻害作用の低い他の抗菌薬と比べて除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院に明確な差は無いという事でした。抗菌薬ノンユーザーとの比較はないのですが、クラリスロマイシンの使用とアジスロマイシンの使用を比較してもオッズ比に有意差はありません。
■オッズ比:0.6795%信頼区間0.281.63
また、セフロキシムやレスピラトリーキノロンとの比較でもリスクとの関連は見られなかったとしています。しかしながら、たとえCYP3A4に影響しないとしても、キノロンやアジスロマイシン自体に心血管リスクが報告されているので、この比較自体はちょっと微妙ですが、比較的安全なセフロキシムとの比較でも明確な差は出なかったようです。ただ、症例の数が59例と少ないことも踏まえれば、この報告のみではドネペジルとクラリスロマイシンの併用は安全と言い切ることは難しそうです。

[マクロライド系抗菌薬と心血管リスク]
マクロライド系抗菌薬は一般的にQT延長や心室性不整脈などの報告があり、心疾患のある患者では「慎重投与」となっています。近年マクロライド系抗菌薬の心血管リスクに関する報告が続いています。主な結果を簡易的に下の表にまとめます。いずれもノンユーザーとの比較です。
(※)注意:以下の報告での抗菌薬の用法用量は本邦と異なります。またいずれも海外での報告のため、潜在的なリスクはそのまま日本人に当てはまらない可能性があります。詳細は原著で確認をお願いいたします。

(マクロライド系抗菌薬と心血管リスク)
抗菌薬名
アウトカム
結果
[95%信頼区間]
出典
アジスロマイシン
心血管死亡
発生率比:2.85
[ 1.13-7.24]
(1)
アジスロマイシン
心血管死亡
ハザード比:2.88
[1.794.63]

(2)

総死亡
ハザード比:1.85
[1.25- 2.75]
クラリスロマイシン

COPD急性増悪患者での心血管イベント
ハザード比:1.50
[1.131.97]

(3)
市中肺炎患者での心血管イベント
ハザード比:1.68
[1.182.38]
(1)N Engl J Med 2013; 368:1704-1712
(2) Engl J Med 2012; 366:1881-1890
(3)BMJ2013;346:f1235

このようにマクロライド系薬剤、特にアジスロマイシンやクラリスロマイシン単独でも心血管リスクの報告があります。一方、ドネペジルにも除脈や心ブロック、QT延長や心筋梗塞、心不全が重大な副作用としてあげられています。

[ドネペジルの心臓への負担はどの程度か]
つい先日、認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬の総死亡や心筋梗塞を検討したコホート研究の結果が報告され、いずれもリスクが減少という結果で、少々驚きました。
The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.
前回はこの結果を研究の妥当性も含めてどう解釈したらよいのか、少しまとめました。

ドネペジルの添付文書には重大な副作用として以下のような記載があります。
「重大な副作用:失神、徐脈、心ブロック、QT延長、心筋梗塞、心不全」
「失神(0.1%未満)、徐脈(0.1~1%未満)、心ブロック(洞房ブロック、房室ブロック)、QT延長、心筋梗塞、心不全(各0.1%未満)があらわれることがあるので、このような症状があらわれた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。」
実際に失神や徐脈、それに伴う重大な有害事象はどの程度なのでしょうか?
Syncope and its consequences in patients with dementia receiving cholinesterase inhibitors: a population-based cohort study.
この研究は人口ベースコホート研究 で、20024月~20043月までにおいて、カナダオンタリオ州のヘルスケアデータから81302例を対象(平均年齢:80.4歳、男性37.538.8%)としています。そして、中枢性コリンエステラーゼ阻害薬の使用(19803例:ドネペジル▶13641例、ガランタミン▶3448例、リバスチグミン▶2714例)と非使用(61499例)を比較し、失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診、永続的なペースメーカーの設置、大腿骨頸部骨折による入院の4つのアウトカムを検討しています。徐脈から失神を起こし、永続的なペースメーカ-を設置せざるを得なくなることや骨折リスクというのは高齢者において重大なアウトカムだと思います。添付文書の「重大な副作用」を定量化するための貴重な報告です。

調節した交絡因子はアウトカムごとに少し異なっており、おおむね以下のとおりです。
▶失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診:年齢、性別、抗不整脈薬の使用、冠動脈疾患、大動脈弁狭窄症、心房細動、永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
▶永続的なペースメーカーの設置:永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
のある患者を除外
▶大腿骨頸部骨折による入院:年齢、性別、大腿骨頸部骨折既往歴、骨折に影響のある薬剤使用(ホルモン補充療法、ビスホスホネート剤、ラロキシフェン、サイアザイド利尿薬、ステロド、ベンゾジアゼピン、抗けいれん薬、抗鬱薬、抗パーキンソン病薬、抗精神病薬

結果を下にまとめました。
アウトカム

E群
1000人年)
C群
1000人年)
結果
(調整ハザード比;95%CI
失神による受診
31.5
18.6
1.76(1.57-1.98)
徐脈による受診
6.9
4.4
1.69(1.32-2.15)
ペースメーカー
4.7
3.3
1.49(1.12-2.00)
大腿骨頸部骨折
22.4
19.8
1.18(1.04-1.34)
失神や大腿骨頸部骨折頻度は年間、1000人当たり20例~30例ですからなかなか、侮れないなという感じです。骨折に関してはC群でも約20例ですから80歳前後の高齢者では潜在的にハイリスクであることも分かります。メイン解析ではありませんが、傾向スコアマッチング解析も行われているようで、こちらでもすべてのアウトカムでリスクが有意に上昇するという結果でした。

[クラリスロマイシンとドネペジルの併用]
ポイントを整理していきます
■クラリスロマイシンとドネペジルの併用を検討した症例対照研究Drugs Aging 2012 Mar 1;29(3):205-11によればCYP3A4への影響が少ない他の抗菌薬と比べてクラリスロマイシンはドネペジル服用患者の除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院リスクを増加させるかどうかは不明である。ただしこの研究では症例の数が59例と少なく、それがゆえ有意な差が出なかった可能性が高いく、安全とは言い切れない
■クラリスロマイシン単独にも心血管リスクの報告がある。BMJ2013;346:f1235。また添付文書上では心疾患のある患者は慎重投与である。
■ドネペジル単独にも除脈、失神リスクの報告があり添付文書にも記載がある。除脈から失神を起こし、永続的なペースメーカーの設置や大腿骨頸部骨折リスクが有意に上昇するという報告Arch Intern Med.2009 May 11;169(9):867-73があり、その頻度もあなどれない。
CYP3A4を介した薬物動態から予想すると、併用によりドネペジルの血中濃度は上昇する可能性が高い。

以上をまとめると、想定される有害アウトカムの重大性から、特に80歳前後の高齢者において、心疾患を有する患者や不整脈治療中の患者ではドネペジル服用中のクラリスロマイシン併用は可能な限り避けるべきかもしれません。ドネペジルは認知症を改善するわけではない薬剤なので、そのリスクは慎重に評価したいと思います。

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