[お知らせ]


2013年2月22日金曜日

病気の早期発見と5年生存率

[5年生存率と予後]
5年生存率はしばしば癌の予後を示す指標として使用されることも多いです。5年生存率とは治療開始後あるいは診断後5年間生存している患者の割合を示しています。簡単に言えば5年生存率が10%だとしたら、5年後の生存確率は10%であり90%の確率で死亡している、ということです。なぜ5年なのかというと、何か特別な理由があるわけでもないそうです。癌による死亡の多くは診断後5年以内に生じるために5年生存率は癌治療の有効性を表す指標としてしばしば用いられているようです。

癌の早期発見は重要なことだと思いますし、癌の進行が進んでいない早期に医学的介入することで5年生存率が上昇し、予後が改善することもあるでしょう。もちろん死亡だって先延ばしできるかもしれません。しかしながら、5年生存率の改善と病気の早期発見には考慮に入れなくてはいけない重要なポイントがあります。

乳がんのスクリーニングと5年生存率を例に考えてみます。この仮想症例の時間経過を下の表にまとめました。


時間経過

ケース1

ケース2

20001

乳がんが生物学的に発生

乳がんが生物学的に発生

20051

 

スクリーニングによる乳がん早期発見と治療開始

20081

胸のしこりに気づき医療機関を受診

乳がんの診断と治療開始

 

20101

死亡

死亡

これは極端な例ですが、ケース1は通常の診断で乳がんと診断され、治療を開始してから死亡までの生存期間(=治療期間)は3年です。5年生存率で考えれば予後不良といえます。ケース2ではスクリーニング検査で乳がんが早期発見できました。結果的に治療開始が早くなり、生存期間(=治療期間)は5年です。5年生存率で考えれば予後良好といえます。しかしながら最終的にはどちらのケースも20101月に死亡しており、早期発見による治療が真に有効であったとは言えませんよね。早期発見しても死亡時期が変わらないのであればそれは見かけ上5年生存率が改善しただけであって患者の予後か改善したとは言えないのです。しかも抗がん剤による辛い治療をケース2では5年間も行わなければならず、ケース1に比べて2年も長く癌治療と向き合わなくてはいけなくなっています。スクリーニング検査による早期発見、という医学的介入が患者のQOLを改善していないことがお分かりいただけるでしょうか。これは極端な例ですので、実際には死亡時期が延びたかもしれませんが、寿命が延びた分だけ、治療期間も伸びるということを忘れてはいけません。早期発見により失うものを考えるという視点はとても大事だと思いますし、それを上回るほどに恩恵がある介入であるかどうか、スクリーニング検査による早期発見が予後を改善するかどうかは、そういった観点から評価する必要があるのだと思います。

少し補足ですが、5年生存率にはまだ問題点があります。5年生存率は5年後の生存確率であることは前述しました。2つの仮想的な集団を想定して5年生存率を経過年数ごとに書き出してみます。


経過年数

集団Aの生存率

集団Bの生存率

1

20

99

2

18

90

3

15

70

4

13

50

5年(5年生存率)

10

10

集団Aと集団Bの5年生存率はどちらも10%です。ただ集団Aは最初の1年でその多くが死亡しており逆に集団Bではほとんどが生存しています。集団Aと集団Bの予後が同等とは言えないですよね。5年生存率の問題点の一つに途中経過が評価できないという点があることがお分かりいただけたでしょうか。

[早期発見の有益性]

スクリーニングを行い病気の早期発見による有効性を評価するにはスクリーニングされた集団の死亡率が減少しているか、スクリーニングされた個人のQOLが改善されているか、合併症は減少したのか、早期発見された症例の割合の増加はどの程度か、スクリーニングされた個人の致死率の減少はどの程度か、など様々なアウトカムを検討する必要があるといえます。疾患がスクリーニング検査で発見されると、診断の時点が通常の診断時点と比べて早くなります。この時間差をlead timeと呼びます。このlead timeがクリティカルポイント(疾患の自然経過の中で治療により治癒が比較的容易な時期と治癒が見込めない時期の境目)をさかのぼって、またぐことができればスクリーニングは有効であるかもしれませんが、そもそもクリティカルポイントを明確に認識できない疾患においてはスクリーニングを実施し、病気を早期発見するという理論的根拠もなくなってしまうということなのかもしれません。下の表の仮想例において早期発見1ではその有益性が見込めるかもしれませんが、早期発見2では見かけ上5年生存率は改善していても、真の有益性を見出すことは難しいといえるかもしれません。早期発見1のケースでさえ、通常診断に比べて、辛い治療期間5年が延びて1年延命できたという感じです。あくまで仮想の例ですが…。


時間経過

病気の経過

通常診断

早期発見1

早期発見2

20001

病気の発生

 

 

 

20031

病気の治癒が比較的容易な時期

 

スクリーニングによる早期発見

 

20051

(クリティカルポイント)

20061

病気の治癒が見込めない時期

 

 

スクリーニングによる早期発見

20081

通常の診断時点

 

 

2011年1

死亡

死亡

 

死亡

20121

 

 

死亡

 

(通常の診断では20081月に病気が診断され治療が開始される。早期発見1のケースでは2003年1月に診断され治療が開始される。この期間の差をlead timeと言う。lead timeがクリティカルポイントをまたぐことで早期発見によるメリットが期待できるかもしれないが、そうではない早期発見2のケースではスクリーニングによるメリットは期待できない可能性がある。そもそもクリティカルポイントが明確に存在しない疾患では早期スクリーニングを行う理論的根拠すら失う可能性がある。)

このような早期発見の問題点と直接関係があるか僕にはわかりませんが、近年興味深い報告が相次いています。健康診断を行っても総死亡、心血管死亡、癌死亡は変わらないという報告1)やハイリスク患者における糖尿病のスクリーニングでも死亡が減らない2)という報告は大変衝撃的です。さらにマンモグラフィによる乳がんのスクリーニングが乳がん死亡率に与えている影響はごくわずかである3)4)という報告もありました。文献の妥当性に関しては議論は多いと思いますが、ここで強調したいのはスクリーニングによる早期発見には負の側面があるということです。

[参考文献]
1)   Cochrane Database Syst Rev. 2012 Oct 17;10:CD009009 PMID 23076952
2)   Lancet. 2012 Nov 17;380(9855):1741-8. PMID:23040422
3)   N Engl J Med 2012;367:1998-2005 PMID:23171096
4)   Cochrane Database Syst Rev. 2009 Oct 7;(4):CD001877. PMID:19821284

2013年2月18日月曜日

Evidence Based Medicine実践のための大切な言葉

僕の、EBMの基本的な考え方とか、統計的な知識とかワークショップへ参加して勉強することが多いですが、知識的な部分の多くは独学によるものです。それ故、誤った解釈や本質を理解していない部分も多々あり、疫学や統計学などは体系的にしっかり勉強しなくてはいけないなと感じているところです。

TwitterFacebook 等のSNSsocial networking serviceを通して学ぶことも大変多く、教えていただく先生方には本当に感謝しております。SNSは情報更新がとても速く、教えていただいたことがタイムラインからあっという間に消えてしまいます。僕にとって大切な言葉の多くはSNSのタイムライン上にあります。僕の言葉ではありませんので、ここにまとめてしまうことは大変ためらわれました。しかしながら、言葉が消えないように、いつでも読み返したい、という思いから、そのまま引用することを避け、その言葉を基に学んだことを中心に、僕なりに解釈を加えながら、まとめさせてください。問題などありましたらご連絡いただければ幸いです。

RCTで得られた所見のみが科学的真実であるといわれることも多いが、臨床の現場において、薬剤の実効性を「精確」に映し出すことができるのはむしろ観察研究である。ランダム化比較試験は薬剤の承認を得るための手段であり、それ以上でもそれ以下でもない。

エビデンスの妥当性を考えたときに特に薬剤の治療効果はランダム化比較試験などの介入研究の結果を重視しがちではありますが、むしろ観察研究こそ重要と教えていただきました。この言葉の本質を理解するにはまだまだ僕の勉強不足です。ランダム化比較試験では未知の交絡因子をも補正できるのに対して、観察研究は調整できる交絡因子が限られています。ただ、調整しきれないところに、アウトカムに対する真の評価が得られている気がします。薬剤効果はプラセボ効果を含めて臨床上に現れます。臨床試験という箱庭環境で、人為的にバイアスを補正したとされる結果が、この自然界に当てはまるかどうかはむしろ未知数であると考えます。たとえ95%信頼区間というもので示したとしても、5%は外れてしまうわけです。外れてしまった5%について、考えてみることも必要かもしれません。バイアスを補正したと思っているところに案外落とし穴があるのかもしれません。

■試験の妥当性も大事だが、アウトカムの妥当性は、さらに大事である。

エビデンスの批判的吟味、特にランダム化比較試験ではランダム化されているか?、患者背景は同等か?盲検化、隠蔽化されているか、統計解析は脱落を加味しているか?などその妥当性評価はとても重要です。しかしながらその論文が何を評価したのか、つまりプライマリアウトカムの妥当性こそ重要であるということです。死亡や脳卒中、心筋梗塞などのハードエンドポイントは必ずしも重要なアウトカムであることを示しているわけではなく、症状スコアなどのソフトエンドポイントの方がむしろ患者のQOLを反映させている可能性があり、どのような場合でも真のアウトカムか?という問いには、単に結果の評価における妥当性を検討するだけでなく、本当に患者にとって必要とするアウトカムなのか、よく検討するようにしたいと思います。(ソフトエンドポイントにPROBE法が採用されているランダム化比較試験では総合的な妥当性評価に難しい問題もありますが、そういった論文でもアウトカムの妥当性は熟慮したいと思います。)

■「有効な治療」は統計学的に示されるわけではない。それは現象そのものを扱うことでしか示すことができない。

まだ僕にはその言葉の本質は理解できていません。ただエビデンスが示す有効な治療とは統計的に有意ということであり、患者さんにとって必ずしも有効ではないということかもしれません。病気という現象そのものの取り扱い方がとても重要なんだと思います。不健康という、ものも含めて健康という問題を扱わねばいけない気がします。有効な治療とされる指標の代表的なものが、統計的に示される死亡減少です。しかしながら、どのような薬も死亡は減らすことはありません。死亡を減らすとは先送りするということを示しています。死亡が先送りされるとは病気が長引くことかもしれません。先送りすることのメリット、デメリットをよく考えたいと思います。

■ごくごく当たり前と思われることも、本当は議論が分かれていたり、意外な研究結果が出ていることもある。本当にその治療が適切なのか常に疑問を持ち続けることが大切。

EBMそのものの根本的な考え方だと思います。血糖値を下げることが、良いアウトカムを生みだすのか?、血圧を下げることで患者は幸せになれるのか?それ以前に薬は症状に対して効果があるのか?ごくごく当たり前のことを当たり前のこととせず、その真意を見極めるために勉強し続けたいと思います。

■診断にあたって重要なことの一つに、そもそも診断しない方がいいという場合もある。

薬剤師に直接関係があるかどうかわかりません。でも医療を考えるうえでとても重要な視点だと思います。糖尿病の早期発見、健康診断、特定健診、乳がん検診。病気の早期発見が本当に重要なのか。早期発見で失うもの、それを考えることはとても大事だと思いますし、それを上回る利益が医療によって持たされるのかを常に意識したいと思います。また病気を発見して、寿命が延びたとして、伸びた人生をどう生きるか。重要な問題です。延びた寿命をどう生きるか、カプランマイヤーが突き付けるこの問題はとてつもなく難題に思えます。

■将来起こり得る心筋梗塞や脳卒中がQOLに与えるインパクトを患者さんに想像していただくのは治療方針を決定する比較的健常な段階ではかなり困難な作業である。

エビデンスを読んでいると、その治療効果が定量的に把握でき、この治療は良さそうだと医療者が思ったとしても、それを患者さんに伝えることは非常に難しいです。エビデンスプラクティスギャップ、その原因が集約された言葉だと思います。将来起こり得るリスクと、薬剤により得られるベネフィットのインパクトを想像するのは患者さんにとって、とても困難であること、それ以上に何が重要なのかを探さなくてはいけない、ということを忘れないようにしたいものです。

■医学的介入は必ずしも患者さんのQOLを改善しない。

この言葉はある意味で衝撃的でした。薬学部の授業では、少し言いすぎですがQOLを改善するためにこのような薬物治療を行うのです!みたいな感じでした。しかしながら、そもそも薬物治療自体がQOLを低下させるということを忘れてはいけません。通院にかかる時間、医療費、したくもない食事制限や運動、医療機関受診にかかる手間など総合的に考えれば医療を受けない方が、いや語弊があるかもしれませんが、誰だっておいしいものを食べて、自分の好きなことに時間を使いたい。そう思うと考えます。医学的介入で得られる利益がどの程度のものなのか、これは本当によく考えないといけないと思います。

「統計的に有意な差がある」等に代表されるエビデンスを表現する言葉は、案外、元の現象とのギャップが大きいかもしれない

論文の結果について定量的に把握することはとても大事ですが、その定量的に示された結果というものは実際の現象としてとらえたときには案外問題にならないほどのことかもしれないということかもしれません。論文の結果を相対リスクだけで判断しないよう心がけたいです。

■医療介入や薬物治療が科学的ではない場合に、宗教や詐欺と区別できるのか?

少なくともそれを判断できるリテラシーを僕は持ち合わせていません。EBMは科学的根拠に基づく医療と訳されることが多いですが、科学的根拠に基づかない医療が存在するということの裏返しなのかもしれません。

エビデンスが役に立つかどうかではなく、エビデンスを使う自分が患者の役にたてるかどうかである。

ただ論文を読んでその批判的吟味をするだけなら自己学習に終わってしまいます。論文を読んで妥当かどうか吟味できたら、結果は何か、どの程度のリスクあるいはベネフィットなのかをよく検討し、それがはたして本当に役に立つのか、妥当か、何か、役に立つかのステップを踏め、教えていただきました。エビデンスを読んで、その通りにすることがEBMなのではなく、今まさに目の前にいるこの患者にどういう医療を提供するのが良いのだろうか、その思考過程行動こそがEBMなのだと思います。

最後にBMJからSackett先生の言葉

EBMとは個々の患者の医療判断の決定に、最新で最善の根拠を、良心的かつ明確に、思慮深く利用することSackett DL et al.:BMJ,312:71,1996.

僕にとってはとても大事な言葉の数々です。先生方から教えていただいたこと、頂いた言葉を何度も読み返しながら、これからも薬剤師のEBMを模索し続けたいと思います。

2013年2月15日金曜日

重症熱性血小板減少症候群とSFTSウイルスについて


(注意)現時点で入手できる情報が限られています。記事の内容に誤りなどありましたらご指摘ください。最新正確な情報につきましては厚生労働省HP重症熱性血小板減少症候群(SFTS)についてでご確認をお願いしています。

重症熱性血小板減少症候群(Severe fever with thrombocytopenia syndrome: SFTS)は発熱と血小板減少症に関連付けられている生命を脅かす疾患であり2011年に初めて同定されたSFTSウイルスが原因とされています。1)2)このウイルスはマダニというダニの一種であるフタトゲチマダニが媒介するといわれています。32009年に中国でこのウイルスによる重症熱性血小板減少症候群が発生したそうです。4本邦においても2012年に山口県において発症が確認されています。5)

SFTSウイルスを媒介するマダニ類は、 節足動物のクモ綱・ダニ目に属する吸血性の大型ダニで、通常は哺乳類・鳥類・爬虫類など野生の脊椎動物の体表に咬着寄生して吸血していますが稀にヒト皮膚にも咬着するといわれています。人体寄生症例は発生率は6月をピークに4〜9月に集中しているといわれ6)この時期は注意が必要です。

SFTSウイルスは、ブニヤウイルス科フレボウイルス属に属する、三分節1本鎖RNAを有するウイルスです。ブニヤウイルス科のウイルスは酸や熱に弱く、一般的な消毒剤(消毒用アルコールなど)や台所用洗剤、紫外線照射等で急速に失活します。2)

SFTSウイルスに感染すると6日から2週間ほどの潜伏期間を経て発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が中心です。時に頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、呼吸器症状(咳など)、出血症状(紫斑、下血)を起こすといわれています。2)致死率は約10%~30%といわれています。(中国において、2009年当初は報告例が少なく致死率30数%であったが、その後調査が進み、10数%となっている)

有効な抗ウイルス薬等の特異的な治療法はなく、対症療法が主体になります。中国では、リバビリンが使用されているようですが、明確なエビデンスは無いようです。

マダニからの幹線以外に患者血液との直接接触が原因と考えられるヒト-ヒト感染の事例も報告されていますので、接触予防策の遵守が重要です。飛沫感染や空気感染の報告はありませんので、飛沫予防策や空気予防策は必要ないと考えられています。2)7)

2013212日までに日本国内で確認された症例は、3件です。3名の患者はいずれも最近の海外渡航歴はありません。予防法としては以下の方法が愛媛県松山市のホームページで紹介されています。
「野外でマダニに咬まれないようにすることが重要です。マダニは、食品等に発生するコナダニや衣類や寝具に発生するヒョウダニなど、家庭内に生息するダニとでは種類が異なります。草むらや藪など、マダニが多く生息する場所に入る場合には、長袖、長ズボン、足を完全に覆う靴を着用し、肌の露出を少なくすることが大事です。また、屋外活動後はマダニに刺されていないか確認してください。」

現時点での対策・まとめとして
■野外でダニに咬まれないようにする。
■感染者の血液、体液、排泄物との直接接触を避ける。
■ワクチンは無く有効な治療法も確立していない

[引用文献]
1)N Engl J Med. 2011 Apr 21;364(16):1523-32
2)厚生労働省報道資料「重症熱性血小板減少症候群に関するQ&A
3)Bing Du Xue Bao. 2012 May;28(3):252-7.
4)Case Rep Infect Dis. 2011;2011:204056
5)厚生労働省報道資料「国内で初めて診断された重症熱性血小板減少症候群患者」
6)川崎医学会誌 38 3):1431502012
7)J Infect Dis. 2013 Mar;207(5):736-9

Red Bull®(レッドブル)は翼を授けますか?

(※注意)以下の内容は、Red Bull®(レッドブル)に関する論文を紹介するものであり、特定の商品を宣伝したり批判するようなものではありません。またRed Bull®そのものの摂取を推奨するものでもありません。

Red Bull®は本邦では炭酸飲料として発売されており、「レッドブル翼を授ける」のテレビコマーシャルでもおなじみです。この商品はオーストリアのRed Bull GmbHが販売する清涼飲料水で世界160か国以上で販売されてると言います。本邦で販売されているのは「タウリン」を含まないものでいわゆる栄養ドリンク剤とは異なります。本邦で発売されているRed Bull®の成分(100mlあたり)は以下の通りです。

■エネルギー45Kcal ■タンパク質0g ■脂質0
■炭水化物11g        ■糖質11g       ■ナトリウム0.04
これらの栄養成分に加え、アルギニン、カフェイン、ビタミンB群(ナイアシン、パントテン酸、ビタミンB6、ビタミンB2、ビタミンB12)を含有しています。

Red Bull®のホームページによれば「いつ飲めば良いか」という質問に高速道路運転時を推奨しています。実際に高速道路運転時にそのドライビングパフォーマンスにどの程度影響があるのでしょうか。面白い論文がありました。

Positive effects of Red Bull® Energy Drink on driving performance during prolonged driving
この研究は健常な24人のボランティア(男性12名、女性12名)を対象としてレッドブルの効果を運転シュミレーターを用いた高速道路の長時間ドライビングのパフォーマンスへの影響についてランダム化比較試験で検討しています。論文のPECOをまとめると以下の通りです。(表1
(表1)論文のPECO

Paitient(どんな患者に)


21歳から35歳の健常ボランティア24名(男性12名女性12名)歳。運転免許取得から少なくとも3年以上で年間5000㎞以上運転走行を行っている人


Exposure(何をすると)


2時間運転後、レッドブルの服用+休憩して2時間運転


Comparison ①(何と比べて)


2時間運転後、プラセボの服用+休憩して2時間運転


Comparison ②(何と比べて)


休憩なしの4時間連続運転走行


Outcome(どうなるか)


高速道路走行時のSDLP(走行中の車線ずれの標準偏差)


疑問のタイプ


治療に関する疑問






















ベースラインの患者背景はコンディションにおいて差がないとしています。試験デザインはクロスオーバーの2重盲検ランダム化比較試験でSTISIM Drive TMという運転シュミレーターを用いて、2時間運転をして15分休憩をし、レッドブル、プラセボをそれぞれ割り当てられた群で服用し、さらに2時間運転を継続するというものです。休憩なしの群もあり、3群で比較検討しています。

3例が除外されており、解析されたのは21例です。追跡率は87.5%です。症例数が少ないだけに結果に影響するかどうか微妙なところでしょうか。

この試験で使用されたレッドブル250ml中の成分は、砂糖21g ブドウ糖5g タウリン1000mg カフィイン80mg グルクロノラクトン60mg イノシトール50mg、ビタミンB群が含まれており、本邦で市販されているレッドブルとは少し成分が異なります。(本邦で販売されてるものには、タウリンは含有されていません)プラセボに使用されたものはタウリン、カフェイン、グルクロノラクトン、イノシトール、ビタミンB群が含有されていないものです。レッドブルとプラセボのサンプルは販売元であるRed Bull GmbHが供給しています。ドリンクは5分以内に飲みきることとしています。

運転シュミレーターのSTISIM Drive TMは、座席からダッシュボード、計器類、クラッチ、ブレーキ等運転操作に必要なもの、スクリーン(2.10×1.58m)などから構成されている、車全体的なユニットだそうです。

プライマリアウトカムのSDLP:standard deviation of lateral positionというのは直訳する横方向位置の標準偏差ということですが、いまいちピンときません。(図1)を見ていただけると想像できると思いますが、運転時の集中力低下から起こる、車線ずれの標準偏差ということのようです。



                           (図1)SDLP

結果は休憩をとる前の2時間において3で有意な差はありませんが、休憩後3時間時点(P0.046)と4時間時点(P0.011)でプラセボに比べて、レッドブル群で有意なスコア改善が見られています。もちろん休憩なしとレッドブル群もレッツドブル群で有意にスコアが改善しています。(図2)プラセボと休憩なしでは有意な差はつきませんでした。


                        (図2)高速道路走行時のSDLP(走行中の車線ずれの標準偏差)


プライマリアウトカムではありませんが、眠気のスコアや運転の質もレッドブル群で有意に改善したとしています。(図3


                                              (図3)眠気に関するスコア

運転シュミレーターでの結果で実用性が本当にあるのか、という問題やプライマリアウトカムの設定SDLPがいまいちな気がしますが、栄養ドリンク的な飲料水でドライビングパフォーマンスを改善できる可能性が示唆された興味深い報告でした。ちなみにカフェイン入りのコーヒーとノンカフェインコーヒーを比較したまったく同じような試験
Effects of coffee on driving performance during prolonged simulated highway driving
でもカフェイン含有のコーヒーでSDLPが有意に改善していることから、レッドブルの成分というよりはカフェインによる効果かもしれません。
 
 
栄養ドリンクがカフェイン以外の活性成分を含んでいるかという以下のレビューによれば
Do energy drinks contain active components other than caffeine?
Nutr Rev. 2012 Dec;70(12):730-44. PMID:23206286
栄養ドリンクにはタウリンやガラナエキス、朝鮮人参、グルクロノラクトン、ビタミンB群、等が含まれているもののグルコースとガラナエキスに関する質の低いエビデンスの例外を除いて、カフェイン以外の成分が物理的、認知的パフォーマンス向上に寄与する根拠はまったく不足しているとしています。したがって日本で発売されているレッドブルはこの研究で使用されたものと異なりタウリンが含有されていませんが、その効果はカフェインによる影響が大きいと考えられ、日本で入手できるレッドブルでも同様の効果が期待できるかもしれません。