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2013年2月6日水曜日

薬の効果を考える。

薬の効果とは何でしょうか。最近、この話題をお話する機会や、あらためて学んだことも増えてきましたので、自分の思考の整理もかねて少しまとめてみたいと思います。なるべく専門的な言葉を避けつつ、まとめられればなぁと思っていますが、わかりにくかったらすみません。薬は何のために飲むのでしょうか。このブログでも良く取り扱うテーマではあります。今までの記事と重複する部分も多いと思いますが、あらためてまとめてみたいと思います。
 
特に慢性的な、いわゆる生活習慣病という病気の症状は自覚症状が乏しく、薬を何のために飲んでいるのか、患者さん本人もそうですが、僕ら薬剤師ですら、その意味をあまり意識しないことだってあるかもしれません。薬を飲むことを当たり前だと思い込んでいる、そういう意味です。

糖尿病を例にとってみます。ここでは1型糖尿病ではなく、俗に言う生活習慣病の一つといわれている2型糖尿病についてです。糖尿病の指標は通常HbA1cという数値で表されます。空腹時血糖値にもよりますが、HbA1c6.5以上ですと糖尿病と診断されることもあります。糖尿病の治療経過はこのHbA1cで評価されることが多いでしょう。糖尿病の血液検査で数値が上がった、下がったという話はこの数値のことを言っていることがほとんどだと思います。

糖尿病の薬で大学時代、僕が一番最初に覚えたのが「トルブタミド」という薬です。(2番目くらいかもしれません…)この薬は膵臓に作用してインスリンの分泌を促し、血糖値を下げる働きがあるといわれています。トルブタミドを飲めば血糖値が下がる。だから糖尿病の治療薬として教科書に載っていました。くどいようですが、僕が勉強した教科書には“トルブタミドは血糖値が下がる。”だから糖尿病の治療薬というカテゴリーにまとめられていました。糖尿病の治療にトルブタミドを使って血糖値を下げる。と僕は大学時代、理解していました。糖尿病は血糖値が高い状態なわけですし、特に違和感無いですよね。いや、もちろんトルブタミドだけじゃなくてもっとたくさん薬は覚えましたよ。ただこれらの薬剤はスルホニルウレア剤というカテゴリーでトルブタミドがその代表選手みたいな感じでした。

ここで、再度、薬は何のために飲むのでしょうか。ということを考えてみたいのです。トルブタミドを飲めば糖尿病の患者さんの血糖値は下がり、当然HbA1cも下がります。検査値の成績はばっちり良好です。ただ、患者さんは別に検査値の成績が良いことを目指して薬を飲んでいるわけではないですよね。ここが大事なところなのですが、糖尿病による健康被害、すなわち合併症を予防したり健康寿命を延ばすために多くの人は薬を飲むのだということだと思います。中には検査値の数値にこだわりたい方もいるかもしれませんし、合併症なんて無関心、なんて方もいるかもしれません。

少し整理しましょう。血糖値やHbA1cは見かけ上の指標です。実際にこの指標を良好にコントロールすることで、その先どうなるのかということが非常に大事なことです。糖尿病に限った事ではありません。思いつく限り書き出してみます。

                            見かけの指標              その先どうなるか
■高血圧症               血圧                   脳卒中・死亡は減るか
■骨粗鬆症            骨密度                    骨折は減るか
■糖尿病                 HbA1c                   合併症・死亡が減るか
■癌                腫瘍の大きさ              5年生存率
■脂質異常症     コレステロール値         心筋梗塞は減るか

全てにおいて薬を飲むことで幸せになれるのかということが大事なんだと思います。その先どうなるかという指標はそう簡単に発生しません。糖尿病になったからと言って明日、合併症を発症するわけではありません。血圧が高いから数時間後に脳卒中になるわけではないですよね。仕方ないので見かけの指標を参考に治療を行うわけです。

先ほどのトルブタミドという薬剤。血糖値やHbA1cなどの見かけの指標は下がることが教科書に書いてありました。しかしながら服用してその先どうなるかということが書いていません。僕ら薬学部で薬を飲んで、その先どうなるかについて学んでいないという衝撃的な事実があるわけですが、こればっかりはその教育システムに問題を感じてしまいます。話題がそれてしまいましたが、教科書にないなら自分で調べるしかないわけです。

インスリンもしくはトルブタミドによる血糖コントロールが、血管合併症を減少させるか否かを検証した臨床試験が1970年、私の生まれる10年も前に報告されています。UGDP研究なんて言われている、歴史的臨床試験です。
.A study of the effects of hypoglycemic agents on vascular complications in patients with adult-onset diabetes. II. Mortality results.

約1000人の2型糖尿病患者さんをトルブタミドを服用する人、インスリンを注射する人、何もしない人にランダムに振り分けて、治療したところ、驚くべきことに何もしなかった人の死亡率が一番低く、トルブタミドを服用した人たちの死亡率が一番高いという衝撃的な結果でした。

最近の研究はどうなっているのでしょうか。2008年の報告です。
Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes
こちらは10000人近い2型糖尿病患者さんを集めてきてHbA1cで6%未満を目指す、“厳しく治療をする人たち”とHbA1cで7.0~7.9%を目指す“緩くやっとこうの人たち”に適当に2つに分けます。3年半後、糖尿病の合併症は何と2つのグループでその発生率に明確な差がでず、驚くべきことに“厳しく治療をする人たち”では“緩くやっとこうの人たち”に比べて死亡が22%多いという結果でした。この研究はACCORD試験といわれ、話題となりました。

この二つ例は極端な例かもしれません。これら以外にも研究は多く報告されており、いろいろな結果を統合すると、厳しく血糖値をコントロールしても緩めにやっても死亡はどちらも変わらないという感じのようです。

 
では厳しく血糖をコントロールすると、死亡は減らなくとも、合併症は減るのでしょうか。実際に緩くコントロールした場合に比べて心臓病は10%ほど減るようです。ただし厳しい血糖コントロールでは重篤な低血糖が30%も増加します。
心臓病が減るという結果ですが、この10%というのは多いのでしょうか、少ないのでしょうか。間隔としまししては100人心臓病が発生するところ、厳しく血糖をコントロールすると90人になるという感じでしょうか。なんだかあんまり減っていないような気もします。低血糖はその3倍も増えるうえに死亡は減少させませんから、なんだかとんでもないことになっています。

薬の本当の効果というのは、明確にはわからないというのが僕の結論です。見かけの指標は改善するものがほとんどですが、その先の指標というものは明確に示されることのほうが稀です。むしろ悪い結果を伝える研究だって存在します。そのような中で薬を飲むべきか飲まないべきなのか、今目の前にある症状が、患者さんにとってどれほど重要な問題なのか考えることが必要なんだと思います。医療、特に薬物治療は薬を提供し、見かけの指標を改善するためにあるのではなく、患者さんが望む生き方をサポートすることのために存在しなければいけないと個人的には思います。有効な治療や薬の本当の効果というものは、臨床試験がはじき出した統計的な数値ではなく、患者さんとその患者さんの今目の前にある症状や悩み、それと向き合うことでしか、得ることができないんだと思います。糖尿病であるかどうかを決めることがそれほど重要でしょうか?ただ血糖値やHbA1cが高い、それ以上でもそれ以下でもないと思います。そのことについて患者さんがどこを問題として、どう解決すべきなのか、そしてどこを目指して治療を行うべきなのか、一緒に悩みながら考えていきたいと思います。

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