[お知らせ]


2013年7月26日金曜日

朝食を食べない食習慣で心臓病は増えますか? ~観察研究と交絡の影響~

[朝食はしっかり食べるべきか]
多忙な日々の中で朝食をとらない、あるいは深夜遅くに夕食をとるという食生活を行っている人は多いかと思います。こういった食習慣は本当に体に良くないのでしょうか。Circulationから興味深い報告が出ました。朝食をとらない人や、深夜に食事をとる人が、そうでない人に比べて冠動脈疾患リスクに関連するかどうかを検討したコホート研究(観察研究)です。

【文献タイトル・出典】
Prospective Study of Breakfast Eating and Incident Coronary Heart Disease in a Cohort of Male US Health Professionals
【論文は妥当か?】
研究デザイン:前向きコホート研究(Health Professionals Follow-up Study
[Patient]45歳から82歳のアメリカ人26902例(平均年齢54歳~59歳)
[Exposure]①朝食を食べない:3386例  ②夜遅くに食事をとる:26589
[Comparison]①朝食を食べる:23516例  ②夜遅くに食事をとらない:313
[Outcome] 冠血管疾患発症
■追跡期間▶16
■調節した交絡因子▶カロリー摂取量、身体活動、テレビ視聴時間、喫煙状況、婚姻状況、勤務状況、冠血管疾患家族歴、糖尿病、高血圧、高コレステロール、BMI
【結果は何か?】
①朝食の食習慣
■朝食を食べない食習慣は朝食を食べる食習慣に比べて冠血管疾患が増加する
交絡調整
相対危険
[95%信頼区間]
年齢
1.33
[1.131.57]
年齢に加え、食事要素(カロリー、アルコール摂取、食事頻度)
1.38
[1.151.66]
年齢に加え、人口統計(喫煙、婚姻状況、勤務状況、心筋梗塞家族歴、身体検査)
1.29
[1.071.55]
年齢・人口統計に加え活動要素(身体活動、テレビ視聴時間、睡眠)
1.27
[1.061.53]
年齢・人口統計・活動要素に加えBMI
1.23
[1.021.48]
年齢・人口統計・活動要素・BMIに加え糖尿病、高血圧、高コレステロール
1.21
[1.001.46]

②夜の食習慣
■夜遅くに食べる食習慣は夜遅くに食べない食習慣に比べて冠動脈疾患が増加する傾向にある
交絡調整
相対危険
[95%信頼区間]
年齢
1.61
[1.102.36]
年齢に加え、食事要素(カロリー、アルコール摂取、食事頻度)
1.59
[1.082.35]
年齢に加え、人口統計(喫煙、婚姻状況、勤務状況、心筋梗塞家族歴、身体検査)
1.55
[1.052.28]
年齢・人口統計に加え
活動要素(身体活動、テレビ視聴時間、睡眠)
1.55
[1.052.29]
年齢・人口統計・活動要素に加えBMI
1.53
[1.042.25]
年齢・人口統計・活動要素・BMIに加え糖尿病、高血圧、高コレステロール
1.41
[0.952.10]

[交絡因子について]
結果を考察する前に、ここで少し交絡因子について補足します。胸ポケットにライターを忍ばせている人たちは肺癌になりやすいという研究があったとします。胸ポケットにライターを入れている人は入れていない人に比べて有意に肺癌が多いという結果を、ライターが肺癌の原因となると結論してよいのでしょうか。ライターの中のガスが揮発して、それに発癌性があって…。まあ考えられなくもないのですが、ライターを胸ポケットに入れている人には喫煙者が多く、喫煙が原因となって肺癌が多くなると考えた方がスマートです。この場合、ライターと肺癌に因果関係は無いと常識的には考えられ、喫煙という要素が実は原因だったという事になります。調べている要因(この場合ライターの所持の有無)とは別の要因(=この場合喫煙)が結果に影響を及ぼすことがありますが、これを交絡といい、影響を及ぼす因子を交絡因子と呼びます。
■ライターを持っている人 ⇒肺癌が多い
■ライターを持っていない人⇒肺癌が少ない
※ライターの所持は肺癌リスクが増加する??
■ライターを持っている人 ⇒喫煙者が多い  ⇒肺癌が多い
■ライターを持っていない人⇒喫煙者が少ない⇒肺癌が少ない
   ※肺癌の原因はライターじゃなくて喫煙では??

ランダム化比較試験では交絡因子そのものもランダム化され(例えば喫煙者も均等に2群に分けられる)患者背景に偏りがなくなるため交絡による影響を少なくすることができます。

対象患者(喫煙者100%)…ランダム化… 
⇒ライターを胸ポケットに持つ群(喫煙者約50)     ⇒肺癌?
⇒ライターを胸ポケットに持たない群(喫煙者約50%)  ⇒肺癌?
※ランダム化により喫煙者が均等に振り分けられる
※ライター所持と肺癌の関連がフェアに比較できる

それに対して観察研究では意図的なランダム化ができないために、常に患者背景に偏りが生じている可能性があり、交絡の影響を無視できません。そのために喫煙状況だとか、年齢などの交絡因子で補正を行うのです。高齢者が多く片寄れば死亡発生は多くなりますよね。だから死亡を検討する際は年齢調整が重要です。ランダム化比較試験では未知の交絡因子も均等に振り分けられるのに対して、観察研究では未知の交絡因子は調整できません。このあたりが観察研究において患者背景の偏りを調節する限界です。観察研究を読む際のポイントで重要なのは、論文のPECOに加え、この「交絡の調整」です。
この研究では「カロリー摂取量、身体活動、テレビ視聴時間、喫煙状況、婚姻状況、身体検査、勤務状況、冠血管疾患家族歴、糖尿病、高血圧、高コレステロール、BMIなど」で交絡を調整しています。僕の観察研究の吟味では可能な限り「■調節した交絡因子▶…」で確認できるようにしています。

[結局のところ論文の結果は役に立つか]
朝食を取らない、夕食が遅いなどという食習慣と心血管リスクにはライフスタイルに潜む様々な交絡因子が考えられます。この研究では様々な交絡因子で調整を行っていますが、興味深いことに交絡因子で調整をかける程にリスクが低下していきます。すなわち冠動脈疾患リスクは食習慣も含めたライフスタイル要素や人口統計的な要素、併存疾患など様々な要素と関連していることが分かります。朝食をとらない、あるいは深夜に夕食を食べるという事も関連している可能性がありますが、それ以外の要素にも注意を向ける必要があります。
ただ入念な交絡因子で調整の結果、冠動脈疾患は朝食をとらないと21%増加する可能性があり、生活スタイルを無理なく改善できるのであればしっかり朝食は取った方がよさそうですし、生活に支障のない範囲で深夜の夕食は避けた方が良いかもしれませんが、こういった介入で著しく日常生活に支障が出る場合もあり、一方的にこのような食事指導を行うことが本当に患者の役に立っているかどうかは熟慮しなくてはいけないと思います。

こういった日常生活に直結するインパクトのある研究結果は、一般メディアなどには、その結果しか記載されないのでそういったメディアの情報解釈は慎重に行うべきというのが僕の考えです。リスク増加!みたいな見出しがでかでかと掲載され、それじゃ生活習慣を見なさなくてはいけない…という思考停止を僕は避けたいと考えています。朝食をしっかり取ることでリスクを減らせる、朝食をしっかり取る事ばかりが太字に見えますが、必ず原著論文を確認すべきです。そして、たとえ研究の妥当性が高くても、その結果は人の人生において、はたしてどの程度重要なものなのか、しっかり吟味する必要があります。この論文の結論にも朝食をとることで「significantly lower CHD risk」と記載がありますが、統計的significantlyが実際の人の生活の中でどれほどのインパクトを持つのか、要するに統計的有意差有りが、実臨床でどの程度の差を生み出しているのか、案外、もとの現象とのギャップは小さかったりもするかもしれません。またリスクは双方向に働くので、例えば冠動脈疾患リスク回避のためにライフスタイルを見直した結果、失う時間だとか、労力だとか、精神的負担、あるいは経済的なもの、そういった負の側面も僕はできる限り考慮に入れたいと思います。なにせ論文の結果を出すためには16年間もこの食習慣を続けなくてはいけないのですから。

2013年7月24日水曜日

クロピドグレルとオメプラゾールの「併用注意」を考える。

これまでの併用注意を考えるシリーズは

[添付文書から分かること]
抗血小板薬として処方頻度の高いクロピドグレルと胃酸分泌抑制やくとして汎用されるオメプラゾール、どちらの薬剤も長期間服用するケースも見受けられ、併用される可能性も高いと思われます。まずは各薬剤の添付文書から見ていきます。

「併用注意:クロピドグレル硫酸塩の作用を減弱する恐れがある。CYP2C19を阻害することによりクロピドグレル硫酸塩の活性代謝物の血中濃度が低下する。」

どちらの薬剤にもこのような記載があります。オメプラゾールは肝臓において主にCYP2C19と一部がCYP3A4で代謝されるとされています。主要代謝酵素であるCYP2C19では遺伝多型が存在することが知られており、日本人を含むモンゴル系人種では13%~20%でCYP2C19の機能を欠損する型を有しているとされています。(オメプラール®添付文書より)
クロピドグレルの作用発現はやや複雑であり、この機序を理解していないと、オメプラゾールとの薬物相互作用がイメージできません。ここでは簡単に添付文書ベースで確認できる範囲で少しまとめてみたいと思います。

クロピドグレルは吸収された後、肝臓で主に2つの経路で代謝されます。
1)エステラーゼにより主代謝産物であるSR26334が生成
2)CYPにより活性代謝物であるH4が生成
薬効を発現するのは主代謝産物のSR26334ではなく、CYPで代謝されるH4です。代謝を受けるCYPの分子種はin vitroにおいて主にCYP3A4,CYP1A2,CYP2C19,CYP2B6であるとされています。CYP2C19は先ほど述べたとおり、遺伝的に機能欠損を有する個体(=PM)が存在しており、日本人では1822.5%とプラビックス®の添付文書に記載があります。実際に活性代謝物H4CmaxAUCは遺伝多型の影響を受けPMでは他の遺伝子型に比べてCmaxAUCともに約50%~70%くらい低くなることが示されています。(プラビックス®添付文書より)活性代謝物H4は主要な代謝産物ではないため、少量で薬効発現に寄与していることを踏まえれば遺伝多型による代謝変動は少なからず影響を与えうると考えられます。ここにオメプラゾールによる競合的阻害が起これば、さらにクロピドグレルの活性代謝は遅延し、薬効発現に支障をきたす可能性が示唆されるわけです。

[PPIとクロピドグレルの併用は安全ですか?]
 実際の臨床インパクトはどの程度なのでしょうか。日本人と遺伝的に近いと考えられる台湾の研究を見てみます。この研究は台湾国民健康保険研究データベースを用いて200611日~200071231日までに新規の急性冠症候群(ACS)で入院したクロピドグレルを服用中の患者を対象にPPIの使用と急性冠症候群による入院の関連を検討した後ろ向きコホート研究です。
【文献タイトル・出典】
Cardiovascular outcome associated with concomitant use of clopidgrel and proton pump inhibitors in patients with acute coronary syndrome in Taiwan
【論文は妥当か?】
研究デザイン:後ろ向きコホート研究
[Patient] Taiwan National Helth Insurance Researchのデータベースから200611日~200071231日までに新規の急性冠症候群(ACS)で入院したクロピドグレルを服用中の患者。傾向スコアマッチングを行い11にマッチング
[Exposure]クロピドグレルとPPIの併用5173
[Comparison]クロピドグレル単独 5173
[Outcome]急性冠症候群による再入院
調節した交絡因子▶抄録に記載なし
【結果は何か?】
PPIの使用は急性冠症候群による再入院リスクが増加する傾向にある
調整ハザード比▶1.052[95%信頼区間0.9711.139]
■オメプラゾールの使用は急性冠症候群による再入院リスクが増加する
調整ハザード比▶1.226[95%信頼区間1.0661.410]
【結果は役に立つか?】
この研究ではエソメプラゾール、ラベプラゾール、ランソプラゾール、Pantoprazoleでリスク上昇はなかったとしています。PPI全体では有意な差は無いもの、オメプラゾールではリスク増加が示唆されています。理論上はCYP2C19で代謝される他のPPIでも同様の結果が予測できるのですが、この文献ではオメプラゾールのみリスク上昇が示唆されました。

PPIは基本的にはCYP2C19 及びCYP3A4で代謝されるようですが、PPIの種類によってそのウエイトが異なる可能性が示唆されているようです。
クロピドグレルとPPIを併用する際はあえてオメプラゾールを選択する必要性は低いかもしれません。また最近、本邦でも使用可能となったエソメプラゾールでもCYP2C19を阻害すると明確に添付文書に記載があり注意が必要です。
またイギリスの一般開業医研究データベースを用いてアスピリンとクロピドグレルの併用療法を実施している患者にPPIの使用の有無で全原因死亡および心筋梗塞の複合アウトカムをコホート解析と自己対照ケースシリーズ解析を同時に行った報告があります。
Clopidogrel and interaction with proton pump inhibitors: comparison between cohort and within person study designs
コホート解析ではPPIの併用で1.37 (95%信頼区間1.271.48).と有意に複合アウトカムが上昇しましたが、自己対照ケースシリーズ解析では0.75 (95%信頼区間0.551.01)と明確な差は出ませんでした。ただこれはイギリスからの報告であり遺伝多型の影響も軽視できないとなると、そのまま日本人には当てはまらないかもしれません。ややリスクを過小評価している可能性もあります。

[結局のところどうするべきか]
PPIの代謝経路は主にCYP2C19CYP3A4であり、薬剤ごとのにそのウエイトが異なる可能性があります。オメプラゾールはCYPC19への影響が軽視できず、クロピドグレルの作用減弱という相互作用の可能性を常に念頭に置く必要があります。特に長期間併用する際は要注意です。実際に台湾における後ろ向きコホート研究ではクロピドグレルとオメプラゾールの併用で急性冠症候群による入院リスクが上昇したとの報告があります。またCYP3A4を阻害するクラリスロマイシンやイトリゾールなどの薬剤との併用が追加で行われれば、オメプラゾールのCYP3A4の代謝経路が阻害され理論的にはCYP2C19の競合的阻害がより高まることが想定されます。

あえてオメプラゾールではなくてはいけない、という事でなければ他のPPIを選択する、PPIの使用を短期にとどめ漫然と使用しない。もしくは薬物代謝酵素の影響を受けにくいH2ブロッカーで経過を見るなど、対策の選択肢も広いといえます。

2013年7月17日水曜日

曖昧なまま受け入れること。

多くの臨床試験の結果の統計解析手法として用いられる推定・検定統計は真の値が想定されていることを前提に一つ一つの研究が真の値を求めています。それに対してベイズ統計は主観的な事前確率からスタートします。真の値も変数であり、真か偽かは問うていません。いや、真の値が変数であるということは、やはり真の値が存在することが前提として考えているのかもしれません。真の値と言うよりも、医療者が真の値と確信している「妥当な値」が変数なのではないかと考えると腑に落ちます。真の値を常に求めてはいるものの、実はそれは妥当な値にすぎない、そして真の値は存在しないかまるで手の届かないところにあるということです。医療者は正しい治療や診断というものが存在し、治療効果が有効、無効という思考過程の呪縛から逃れられない、ということが今となっては明確となっています。薬が効くかどうかを真か偽か、はっきりさせようとする推定検定統計を駆使した臨床試験の結果は、いうなればイメージにすぎません。そのイメージを言葉で表そうとしても限界があります。統計的有意かどうかは、イメージを言語化したものにすぎません。

薬が効くかどうかをはっきりさせたところで、薬を服用するかどうかの閾値は不変だということが実は多く存在します。これは薬が効くかどうかで服用するかどうかを判断していると思い込んでいるところに落とし穴があるのかもしれません。薬を飲むかどうかは、実は個人の環境や不利益、社会的な影響や家族の意思など他の諸条件で決まってくることも多いはずです。たとえば認知症におけるコリンエステラーゼ阻害薬やインフルエンザにおけるタミフルを考えてみれば…。タミフルが効くかどうかなんて実はどうでもいいかもしれません。薬を服用しているという事実が、正しい治療を受けており、感染を広めないために、社会に迷惑をかけていないという認識、すなわち社会的な不利益を回避しているという確信、そのような価値観で服用するか否かを実は判断していたりするのかもしれません。逆に、明日学校へ行きたくない、インフルエンザを早く治すことでなにか自分にとって都合の悪い状況になる、そんな思いでタミフルを飲まないという判断、要するにタミフルが効くか、効かないかなんて実はどうでもよいという構造が浮き彫りになってきます。

効果があるのか、ないのか、真か偽かを追い求める、治療の論文をどう解釈すれば良いのでしょうか。臨床試験の結果において有意差なしとはどういうことなのでしょうか。95%信頼区間を見ればリスクが減るのか、増えるのか、良くわからないことだけが明確に分かります。この良くわからないということを、良くわからないまま用いることで、医療者の経験的背景をもとにした事前確率と、あいまいな臨床試験の結果が尤度となり、薬剤の効果を考えるというベイズ的な思考を用いれば、ひとつの臨床試験の結果がはじき出した「有意差なし」というP値がいかに無意味なものかが整理されたように思います。治療の効果があるのか無いのか、有効か無効かという立ち位置を捨てることで見えてくる世界が変わります。そして一つの試験が有効か、無効かという事ではなく、医療者の主観的な価値観に薬剤の治療に関する情報を付け加えることでその後の価値観を常に変動させ、妥当な値得ることの方が、実は臨床にはフィットする考えであることに気づきます。その繰り返しの中で妥当な値が真の値に近づくような気もしますが、本当の真の値は存在すらしないのかもしれません。


有意差が出ている結果であっても明確なエビデンスなど存在しません。統計的に明確ではあるかもしれませんが、世の中この一般的現実世界に当てはまるかどうかなんて、まるで見当もつかないと言った方が良いかもしれません。95%信頼区間を頼りにどれだけ真の値を探そうとしても、そもそも真の値など存在しない、あるいはどこか手の届かないところにある、言い換えれば、どんな結果もあいまいで、モヤモヤしているという事です。この世の中一般的現実世界はモヤモヤしていることの方が多いです。逆に頭の中はエビデンスあり、なしみたいにすっきりしている。そのような思考こそ危険かもしれません。物事が起こり得るかどうか、曖昧なものの積み重ねという事前の発生確率に、曖昧な研究結果が付け加えられることにより、より曖昧になるという事が明確にわかる、実はその繰り返しで、僕たちは真実に近づこうとしているのかもしれません。真実は実にモヤモヤしているもの、逆に明確なものというのは実は真実と思い込んでいるだけで真実ではない、そんな気がしています。

2013年7月10日水曜日

病気と検査とヒトの価値観

専門的な話の中ではなく、あくまで一般的な状況での話の中で、スクリーニング検査で本来は病気のはずなのに検査で陰性であった、「偽陰性」という概念は何となくわかりやすいのですが、本当は病気がないのに検査で陽性が出てしまった「偽陽性」という概念はあまり意識されていないように思います。“検査をしても病気は完全には拾えない”これは納得できるんです。どんな優れた検査でも拾えないことはある。絶対なんて検査はないというのは非常に分かりやすいんです。でも「検査をすることで病気でない人が病気になる」という確率が確かに存在することを想像してもらうのは一般の方には時に困難です。
しかも、不安だから検査をすればするほど、偽陽性の確率は上がかもしれません。毎日検査を受ければ病気はなくともいつかは病気となってしまうかもしれない。検査を受けたほうがよいという考えは、この偽陽性確率というものが集団的価値観から排除されていると思うのです。
逆に感度60%~70%の検査でインフルエンザが陰性でもインフルエンザを除外できるわけではなく、事前確率によっては偽陰性の確率がかなり高いのに、なぜか抗菌薬が処方されることも。検査で(+)ならタミフル、(-)なら抗菌薬みたいな現実もあります。
スクリーニングで○か×かなんて、はっきり分かることは少ないという事実、検査の精度というものを偽陽性という概念も含めて理解しておかないと、とりあえず、検査をしておけば安心だなどという、大きな誤解を生むことになります。薬剤師は診断をするわけではありませんが、検査の性能を知ることは、検査の負の側面の理解を助ける上で非常に大事だと思います。

ヒトは多くの場合で集団的価値観にとらわれていることが多いと思います。会社で健康診断を実施する、健康診断は病気を早期発見するために「良いこと」なのでしょうか。これは人それぞれの文脈に依存することが多いと思いますが、一律に健康診断を受けることが「善」という思考停止は避けたいなと考えています。確かに賭けだと思います。検診を受けることで救われる人もいるし、病気でない人が本来は不要な治療を強いられることもある。ただこ、うした負の側面を思考から欠如することだけはしたくないと思います。だから検査を受けましょうという一方的な考えではなく、患者さんの文脈というものを大事にしたい、そう思うのです。

この50年、日本人の食生活は確実に欧米化しました。そして「メタボ」という言葉ができて、メタボをスクリーニングするシステム、特定健診なるものまでできました。
高血圧や、高コレステロール、高中性脂肪が「悪」という集団的価値観の世の中で、平均寿命は世界一の国となりました。
この50年、食生活は欧米化してメタボが増えました。高血圧や、高コレステロール、高中性脂肪が「悪」という集団的価値観の世の中で、実は年齢調整した脳血管疾患や心疾患は減っている、という側面がこのような価値観から欠如されているような気もしています。
http://ganjoho.jp/data/professional/statistics/backnumber/2012/fig12.pdf

ヒトの集団的価値観は全体を見ているようで見ていないし、また詳細を知っているようでまるでわかっていない、とても不完全な存在なのかもしれません。生活習慣を改善することが、どういったアウトカムをもたらすのか、そもそも生活習慣は悪かったのか、食の欧米化がもたらしたものといことが、負のイメージ=価値観として先行するこの世の中でもう一度、考えてみたいと思います。本当にリスクなのは世界一長寿となった事実そのもの、すなわち加齢ではないかと。いいかえれば生きるということそのものだと。

2013年7月5日金曜日

病気っぽさを定量的に把握する

薬剤師にはなじみの薄い、感度(sensitivity)、特異度(specificity)、そして尤度比(Likelihood Ratio:LR)について勉強したことを整理したいと思います。背景的な部分の知識不足から間違った認識があるかと思いますが、誤りなどありましたらご指摘いただければ幸いです。

[感度と特異度]
感度と特異度を簡単に言えばおおよそ以下のとおりであるといわれています。
■感度:有病者群のうちの陽性所見者の比率
■特異度:無病者群のうちの陰性所見者の比率
病気がある人のなかで病気であると認識できる割合が感度、病気の無い人の中で病気がないと認識できる割合が特異度と整理しておこうと思います。


疾患あり
疾患なし
所見あり

80
30
所見なし
20
70

上の表で疾患がある人100人のなかで所見がみられるのが80人だとすると、その所見の感度は80%であり、疾患が無い100人のうちで所見がみられなかった人を70人とすれば、その所見の特異度は70%となります。感度が高い、特異度が高いということはどういう事なんでしょうか。EBMの創始者Sackett先生が以下の記憶術を提案しています。

感度が高いと病気の見逃し率が減り、所見がなければその疾患を除外できる可能性が高くなります。SnNouta sensitive test,when Negative rules out disease
特異度が高いと、間違って病気と診断する確率が減り、所見があれば確定診断できる可能性が高くなります。SpPina specific test,when Positive,rules in disease

実際には感度と特異度は連動しており、その意味合いを解釈するのは僕にはかなり困難な作業です。感度も特異度も両方とも高い検査や所見が疾患の有無を判断するに当たりとても有用なのですが、多くの場合はどちらか一方が高いという感じのようです。
感度と特異度は母数が、疾患ありと疾患なしという現実にはあり得ない母集団を想定しており、現実に臨床現場では目の前の患者で陽性になったらどの程度の確率で診断が予測できるのかというのがよくわかりません。そこで的中率というパラメータが有ります。

陽性的中率PPV検査が陽性の人の中で病気のある確率
陰性的中率NPV検査が陰性の人の中で病気のない確率

疾患あり
疾患なし
所見あり

80
30
所見なし
20
70
■感度:80/10080
■特異度:70/10070
■陽性的中率:80/11073
■陰性的中率:70/9077

陽性的中率とは検査が陽性になった患者のうち真の疾患保有者の割合を示しており検査後確率に近いものと考えられます。しかし、陽性的中率は感度、特異度のほかに疾患の事前確率、すなわち存在率によって大きく左右されてしまいます。

人口一万人の都市があったとして、疾患をスクリーニングするための検査(感度80%、特異度70%)を行ったとします。この都市の疾患の存在率1%と10%で比較したいと思います。

■疾患存在率(有病率)が1%の時の陽性的中率
疾患患者数=100人、疾患にかかっていない人=9900
感度80%→100×0.880人で陽性。20人で偽陰性
特異度70%→9900人×0.76930人で陰性。2970人で偽陽性
陽性的中率=80/8029702.6

■疾患存在率(有病率)が10%の時の陽性的中率
疾患患者数=1000人、疾患にかかっていない人=9000
感度80%→1000人×0.8800人で陽性。200人で偽陰性
特異度70%→9000人×0.76300人で陰性。3700人で偽陽性
陽性的中率=800/800370018

このように、的中率の関しては、地域における疾患の存在率に影響を受けるので、ひとつの文献に報告されている的中率がそのまま実臨床に応用できるわけではありません。


ではもう少し、感度80%、特異度70%。これが示すことの意味をもう少し考えたいと思います。


疾患あり
疾患なし
所見あり

80
(陽性)
30
(偽陽性)
所見なし
20
(偽陰性)
70
(陰性)

■偽陽性
疾患がないにもかかわらず所見があったというのを偽陽性と言います。特異度が70%の検査、所見であれば30%の人で偽陽性が出ることになり、病気が無い人100人のうち30人が本当は病気ではないのに病気かもしれない、という感じになります。
■偽陰性
疾患があるにもかかわらず、所見がみられないというのを偽陰性と言いますが、感度が80%の検査、所見であれば20%の人で偽陰性が出ることになり、病気があるひと100人のうち20人が本当は病気なのに見逃されてしまう、と言う感じになります。

これはかなり重要な問題だと思います。たとえば感度99%、特異度99%という素晴らしい検査があったとして、この検査を10万人にしたとします。偽陽性が出る確率と偽陰性が出る確率は両方とも1%ですが、10万人に対する1%というのは1000人ですから、病気があるのに1000人は見落とし、病気がないのに1000人は病気というレッテルを張られてしまうかもみたいなことになっています。

[尤度比(Likelihood Ratio:LR]
この感度99%、特異度99%というのが万人にも使用できるかどうかは分からないという事がポイントでしょうか。的中率でもふれたように、事前の疾患の存在率という要素は重要です。インフルエンザの検査を考えてみたとき、流行シーズンであれば検査で陰性が出たとしても、それは偽陰性の確率が高い、また夏季シーズンでインフルエンザが流行していない時期であっても陽性が出ることがあるが、これは偽陽性の確率が高いといえそうです。検査前の疾患存在率、事前確率は軽視できません。明らかに病気っぽくない人たちを集めて検査をしても、陰性だらけか、陽性が出てもほとんどが偽陽性でしょう。検査検査と勧めるまえに事前確率というものを考慮せねばと思います。

事前確率が五分五分の場合、疾患ありかもしれないし、疾患なしかもしれない、そのような状況で検査は威力を発揮することがあります。検査前疾患ありの確率を50%とすれば、検査後はどうなるのでしょうか。検査後の確率を算出するために強力な武器となるのが尤度比(Likelihood Ratio:LR)と呼ばれるものです。事前確率とLRを用いることで検査後確率を算出することができます。LRには陽性LRと陰性LRがありますが、疾患がある群で病気っぽい患者の比率を陽性LR(所見ありの場合のLR)といい。疾患がない群で病気っぽい患者の比率を陰性LR(所見なしの場合のLR)と呼びます。LRは診断の重みづけとして非常に有用です。ここでは簡単にLRは病気っぽさ(Likelihood) の指標と覚えてきます。LRは感度と特異度を用いて計算が可能です。

■陽性LR=感度/1-特異度)
■陰性LR=(1-感度)/特異度

例えば感度90%、特異度90%の検査であれば、
■陽性LR=感度/1-特異度)=0.9/10.99
■陰性LR=(1-感度)/特異度=10.9/0.90.11

LRは1でニュートラルな状態です。検査前、検査後で確率は不変ですLRが1の検査は実施する意味があまりありません。LR1を超えると検査後確率は高くなり、1を下回ると検査後確率が低くなります。では確率はどの程度変化するのでしょうか。検査前確率をオッズ比変換しLRをかけて、その値を確率に戻すと得られるのですが、計算がめんどくさいですよね。診断のエビデンスとして有名な書籍マクギーの身体診断学にはLRとベッドサイドでの算定値として便利な表があり、日常的にはこれを目安にすれば効率が良いと思います。
LR
確率変化の近似値
事前確率50%としたときの検査後確率
0.1
45
5
0.2
30
20
0.3
25
25
0.4
20
30
0.5
15
35
1
変化なし
50
2
+15
65
3
+20
70
4
+25
75
5
+30
80
6
+35
85
7


8
+40
90
9


10
+45
95
事前確率を50%とすれば感度90%特異度90%の検査では検査後の確率はおおむね以下のようになります。
■陽性LR=感度/1-特異度)=0.9/10.99
■陰性LR=(1-感度)/特異度=10.9/0.90.11
所見あり:50%+約41%=約91
所見なし:50%-約45%=約5

事前確率が五分五分の場合、検査をして所見があれば疾患確立は91%まで上昇し、所見なしであれば疾患確立は5%、まで低下するということになり、この検査は有用かもしれないという事になります。

[インフルエンザ迅速診断キットの有用性]
では実際にインフルエンザ迅速診断キットの感度と特異度を示した論文を見てみます。
Accuracy of rapid influenza diagnostic tests: a meta-analysis.

インフルエンザの迅速診断キットの感度、特異度は流行状況や場所、年によっても変動はあるかと思いますが、この報告によれば以下のになっています。
感度
特異度
陽性LR
陰性LR
62.3%
98.2%
34.5
0.38

流行が始まった直後時期で、インフルエンザか、風邪か五分五分という感じ、すなわち事前確率が50%の状況を想定します。
まず感度がやや低い印象です。インフルエンザの患者さん100人にこの検査をしたら、62%の人しか陽性が出なくて38%の人はインフルエンザなのに陰性(偽陰性)が出る計算になります。感度が低いので、陰性所見でも、インフルエンザを除外することはできません。陰性LRが0.38なので陰性所見であれば、検査後確率は約30%となります。30%というと、病気を完全に否定するにはやや確率が高い印象です。
一方特異度が高いので陽性所見が認められればほぼインフルエンザといえそうです。(SpPinこれは陽性LRが34.5という驚異的な数字からも言えます。陽性所見であれば検査後確率は限りなく100%に近くなります。
ではシーズンオフ。流行期ではない時期に、この検査をするとどういうことになるか。インフルエンザではない人100人にこの検査をすると1.8%、約2人ほどはインフルエンザとされてしまう計算になります。流行期ではなくてもインフルエンザ感染症が発症しないわけではないですが、このような側面も併せ持つのです。

[病気っぽさの情報を定量化する意味]

検査や所見、このように感度や特異度、尤度比LRを理解すると、なかなか興味深い問題だと感じます。近年、薬剤師のスキルとしてフィジカルアセスメンとが注目を集めていますが、エビデンスに基づく身体診断学を理解するためには、感度や特異度、LRといった数値の意味を理解する必要があると感じています。そして、薬剤師にとっても、疾患の可能性が高い、低いという定量的値を知ることができるというスキルは、副作用の早期発見、処方支援、疑義照会、健康相談などにおいてとても有用ではなかと考えています。