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2014年10月20日月曜日

高齢者への23価肺炎球菌ワクチンについて

平成26年10月1日から、高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンが定期接種となりました。(参考)厚生労働省 肺炎球菌感染症(高齢者)
肺炎球菌ワクチンには「プレベナー13(沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン)もありますが、高齢者に対する有効性に関して、今回検索した範囲では、質の高いエビデンスを見つけることはできませんでした。今回の定期接種においても「ニューモバックスNP23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン)」の1回接種が対象となっています。

定期接種化のあおりを受けてか、23価肺炎球菌ワクチンの需要が増加している印象です。確かに本邦の主要な死亡原因の第4位に挙げられる肺炎。ただしこの肺炎は高齢化という要素や、誤嚥性のものなども含まれており、純粋に肺炎球菌肺炎によるものではないことに注意が必要です。今回は高齢者に対する23価肺炎球菌ワクチンの有効性について考察してみたいと思います。

[高齢者に対する23価肺炎球菌ワクチンの効果]
まずは観察研究から見ていきます。

Effectiveness of pneumococcal polysaccharide vaccine in older adults.

グループ健康協同組合(Group Health Cooperative)のデータから65 歳以上の加入者 47,365 例を 3 年間にわたり検討した後ろ向きコホート研究です。市中感染性肺による入院,入院していない患者における肺炎,および肺炎球菌性菌血症を評価しました交絡は年齢,性別,高齢者福祉施設の入所者であるか否か,喫煙状況,疾病状態,およびインフルエンザワクチン接種状況で補正されています。結果は以下の通りで、あまり良いとは言えない結果となっています。

アウトカム
ハザード比[95%信頼区間]
肺炎球菌性菌血症
0.560.330.93
肺炎による入院
1.141.021.28
外来患者における肺炎
1.040.961.13
市中感染性肺炎
1.070.991.14

Protective effects of the 23-valent pneumococcal polysaccharide vaccine in the elderly population: the EVAN-65 study.

こちらはスペインにおける地域在住の65歳以上の高齢者11,241人を対象とした前向きコホート研究です。ワクチン接種者4986人とワクチン非摂取者6255人を比較し、侵襲性肺炎球菌感染症、 肺炎球菌性肺炎、 全体的な肺炎罹患率、 肺炎による死亡を検討しています。交絡は年齢、性別、併存疾患、免疫能力、インフルエンザワクチン状況等で調整されています。主要な結果は以下の通りです。

アウトカム
ハザード比[95%信頼区間]
肺炎による死亡
0.41 0.230.72
全体的な肺炎罹患率
0.79 0.640.98
全原因死亡
0.97 0.861.09
全侵襲性肺炎球菌感染症
0.60 0.221.65

この観察研究では全原因死亡や侵襲性肺炎球菌感染症こそ有意に減らないものの、肺炎死亡や肺炎罹患率を減らす可能性が示唆されました。

コクランのメタ分析も2003年には出ていたようですが、最新報告を後ほど見るとして2009年にはCMAJからもメタ分析出ていました。

Efficacy of pneumococcal vaccination in adults: a meta-analysis.

成人に対する23価肺炎球菌ワクチンの準ランダム化比較試験を含むRCT22研究101507人が解析対象となっています。データに関しては2名の著者が独立して評価するなどの配慮がなされています。主要な結果は以下の通りです。
アウトカム
相対リスク
総死亡
0.97 (95% CI 0.87-1.09) I(2) = 44%
肺炎死亡
0.88 (95% CI 0.621.25) I(2)= 26%
全原因肺炎
0.73 (95% CI 0.56-0.94) I(2) = 90%,
肺炎球菌肺炎(疑診)
0.64 (95% CI 0.43-0.96) I(2) = 74%
このメタ分析でも肺炎は減っても(異質性も高くごくわずかな印象ですが)死亡は減らない可能性が示唆されています。有効というにはなかなか厳しい結果となっています。この研究では2重盲検試験だけでの解析も行われています。
アウトカム
相対リスク
総死亡
0.99 (95% CI 0.841.17) I(2) =46%
全原因肺炎
1.19 (95% CI 0.951.49) I(2) =50%
肺炎球菌肺炎(疑診)
1.20 (95% CI 0.751.92) I(2) = 0%
質の高い研究のみでの解析ではなんと、肺炎すら減らせないどころかむしろ上昇傾向という驚きの結果です。

ではランダム化比較試験の結果はどうなっているのでしょうか。幸いにも日本人のエビデンスが2010年に報告されています。

Efficacy of 23-valent pneumococcal vaccine in preventing pneumonia and improving survival in nursing home residents: double blind, randomised and placebo controlled trial.

この研究は日本における高齢者施設に居住する1006人(平均84.8歳)を対象とし、ワクチン群502人、プラセボ群504人を比較しています。プライマリアウトカムは全原因肺炎と肺炎球菌による肺炎です。なお死亡関連アウトカムはセカンダリアウトカムとなっています。研究デザインは2重盲検ランダム化比較試験で統計解析はITTです。結果は以下の通り
アウトカム
ワクチン群
プラセボ群
reduction in
incidence (95% CI)
全原因肺炎
63 (12.5%)
55/1000人年
104(20.6%)
91/1000人年
44.8
(22.4 to 60.8)
肺炎球菌肺炎
14 (2.8%)
12/1000人年
37 (7.3%)
32/1000人年
63.8
(32.1 to 80.7)
肺炎死亡
20.6% (13/63)
25.0% (26/104),
0.5181
肺炎球菌肺炎死亡
0%(0/14
35.1%(13/37
0.0105
総死亡
17.7% (89/502)
15.9% (80/504)
P=0.4
肺炎や肺炎球菌肺炎死亡は減らすかもしれなという結果が出ていますが、対象患者は施設居住者であり、地域在住の対象者ではないことに注意が必要です。また肺炎死亡や総死亡も減っていません。したがって施設居住者のようなケースでの集団接種には一定の効果があるかもしれませんが、そう死亡を大きく減らすものではない印象です。

最後にコクランを見てみましょう。データは2013年にアップデートされています。

Vaccines for preventing pneumococcal infection in adults.

成人に対する肺炎球菌ワクチンの効果を検討したメタ分析で、解析対象は18件のランダム化比較試験(64852人)と7件の非ランダム化比較試験(62294人)です。データに関しては2名以上の著者が独立して評価するなど配慮されています。

アウトカム
オッズ比(95%信頼区間)I2統計量
侵襲性肺炎球菌感染症
0.260.14 to 0.45 0%
全原因肺炎
0.71,0.45 to 1.12) 93%
総死亡
0.900.74 to 1.09) 69%
これまでの報告と変わることなく、死亡は減りません。

[COPD患者では]
同じくコクランからCOPDを有する人に対する肺炎球菌ワクチンの効果に関する報告があります。

Injectable vaccines for preventing pneumococcal infection in patients with chronic obstructive pulmonary disease.

7つのランダム化比較試験に参加した成人のCOPD患者1372人が解析対象です。データの取り扱いは2名以上の著者が独立して行うなどの配慮がなされています。結果は以下の通りです。
アウトカム
オッズ比(95%信頼区間)
COPDの急性増悪
0.580.30 to 1.13
肺炎
0.720.51 to 1.01)
48か月以内の総死亡
0.940.67 to 1.33)
やはりすっきりしませんね。いずれも減少傾向にはあるようです。小規模スタディの寄せ集めですので、解釈はなかなか難しい印象です。

[インフルエンザワクチンとの同時接種での検討]
以下は日本の研究でよく引用される文献なので参考までにご紹介いたします。

Effectiveness of pneumococcal polysaccharide vaccine against pneumonia and cost analysis for the elderly who receive seasonal influenza vaccine in Japan.

この研究はオープンラベルのランダム化比較試験で2年の期間中にインフルエンザワクチンの摂取を受けた65歳以上の786人の日本人を対象にしています。この患者をランダムに肺炎球菌ワクチン群394人、非ワクチン群392人に分け、肺炎による入院を検討しています。
結果は全原因肺炎による入院に明確な差が出ませんでした。(P=0.183)しかしながら75歳以上の患者では有意に全原因肺炎による入院が減少(41.5%, P=0.039)しており、パンフレット等ではこちらが強調されることも多く、注意が必要です。あくまでサブ解析の結果です。
この研究ではセカンダリアウトカムとして医療コストも検討しておりPPVワクチン接種は大幅に初年度期間の医療費を削減しましたとしています。(P=0.027

[まとめ]

まず一つ言えるのは、肺炎球菌ワクチンで長生きできるというわけではないという事です。総死亡が減らせるかどうかは現時点で示されていません。しかしながら高齢者の多い、療養施設やナーシングホーム居住者等の特殊な環境下での集団的な接種には意味があるかもしれません。ただこの場合も死亡を顕著に減らせるわけではありません。あくまでも肺炎や死亡ではなく、侵襲性肺炎球菌性疾患の予防という観点からこのワクチンをとらえるべきでしょう。肺炎を予防し肺炎死亡を減らすかどうか…議論の余地は多く残されたままの定期接種開始となりました。

2013年6月19日水曜日

子宮頸癌予防のためのHPVワクチン、そのリスクベネフィット

(注意)以下の内容は、個人的なリスクベネフィットの整理のために、HPVワクチン(子宮頸癌予防のためのワクチン)に関する統計的、疫学的データを示したもので、ワクチンの接種を推奨、あるいは否定するものではありません。有効性、安全性に関するデータは更新されている可能性があります。ワクチン接種にあたっては、医療機関、及び担当の医師から十分な説明を受けることをお勧めします。誤り等ございましたらご指摘いただければ幸いです。

厚生労働省予防接種検討部会は2013614日付でHPVワクチン(本邦では2価のサーバリックス、4価のガーダシルの2種類が発売されている)の「積極的な勧奨は一時やめる」との意見をまとめました。HPVワクチン接種後の複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndromeCRPS)が報告されたためで、これを受け厚労省は対象者への接種の積極的呼びかけを中止するよう自治体に勧告したとのことです。

複合性局所疼痛症候群とワクチンの関連性については情報が少ないですが、
Complex regional pain syndrome following immunistion
この症例報告によれば、複合性局所疼痛症候群の病態自体が良くわかっておらず、その発症機序は軽度の外傷、骨折、感染症や外科手術などの物理的な損傷により起こるとしています。ワクチン成分によるものではないと考えられているようです。筋注という注射手技が影響している可能性もあります。紹介されている症例報告でのワクチンの種類はHPVワクチン4例の他、DPTワクチン1例でした。
本邦では厚生労働省のホームページにガーダシル3例、サーバリックス2例の複合性局所疼痛症候群と報告された症例一覧が掲載されています。現段階で因果関係を示す疫学的、統計的データはないようです。HPVワクチンと複合性局所疼痛症候群の関連性は不明というのが現段階での結論といえそうです。

HPVワクチンの安全性に関するメタ分析は2011年に報告されており、接種行為による軽微な副反応を除く副反応はコントロール群と比べてもほぼ同等であるという結果でした。
Efficacy and safety of prophylactic vaccines against cervical HPV infection and diseases among women: a systematic review & meta-analysis.
7つのランダム化比較試験のメタ分析で重篤な副反応はコントロール群と比較してワクチン接種群でリスク比1.00 95%信頼区間0.911.09



本邦におけるワクチンの副反応報告件数も厚生労働省のホームページに掲載されています。医療機関から報告された重篤な副反応は、以下の通りです。(厚労省第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会配付資料 5月16日掲載資料6-6

■サーバリックス:13.1/100万接種
■ガーダシル:8.9/100万接種
■ヒブワクチン:7.9/100万接種
■インフルエンザワクチン:0.9/100万接種
■小児肺炎球菌ワクチン:8.2/100万接種

重篤な副反応については100万摂取あたり約10件、10万回に1回発生する頻度で、インフルエンザワクチンに比べると圧倒的に多いですが、ヒブワクチンや小児肺炎球菌ワクチンと比べてもやや多い程度という感じです。
ただ副反応全体では多い印象ではあります。筋注という注射手技の影響や報告バイアスの影響も考えられますが、それでも多いなという感じです。

■サーバリックス:245.1/100万接種
■ガーダシル:155.7/100万接種
■ヒブワクチン:59.2/100万接種
■インフルエンザワクチン:6.4/100万接種
■小児肺炎球菌ワクチン :82.9/100万接種

一方でワクチンの有効性についてはどうでしょうか。本邦においては導入以来、日が浅く、子宮頸癌を抑制できたとする報告は無いようですが、海外のデータでは子宮頸がんワクチン(4価)の有効性に関する2重盲検ランダム化比較試験が2010年にイギリスの医学誌BMJから報告されています。

Four year efficacy of prophylactic human papillomavirus quadrivalent vaccine against low grade cervical, vulvar, and vaginal intraepithelial neoplasia and anogenital warts: randomised controlled trial.

16歳から26歳の女性17599例を対象とした4価子宮頸がんワクチンの有効性を検討したプラセボ対照2重盲検ランダム化比較試験です。42か月の追跡で、ワクチンを3回接種したPer protocol解析での結果はコントロール群の子宮頸部の軽度異形成発症2.2%に対して、ワクチン郡での子宮頸部の軽度異形成発症0.09%であり、相対危険は0.04という驚異的な数字です。ここから算出されるNNT47人でワクチンの有効性は96%という結果でした。海外データであり、潜在的なリスクも含めて日本人にそのままあてはまるかどうかは分かりませんが、目安として参考になると思います。なお本邦におけるHPVワクチン導入のインパクトとして厚生労働省は子宮頸癌の患者及び死亡を40%~70%程度減らすことができるとしており、さらに子宮頸癌検診と合わせて予防接種を実施することでより高い効果を得られるとしています。(厚労省第1回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会配付資料9-2
以下に4価HPVワクチンのリスクベネフィットに関する定量的データをまとめます。
CIN1発症(※1
副反応発症リスク
重篤な副反応リスク
■相対危険減少96%
[95CI 91.398.4]


■相対リスク(※2
1.00 [95CI 0.911.09]
■発生頻度(※本邦)
100万接種に156
■発症頻度(※本邦)
100万接種に8.9


[NNT47]
[NNH6411]
[NNH112360]
(※1CIN1:子宮頸部軽度異形成,ワクチン接種後42か月間における海外データ
(※2)海外のデータで2価ワクチンでの症例も含む。

比較が難しいところもあるかもしれませんが、目安としまして、まとめますと、

4HPVワクチン接種すると、副反応全体は6411接種に1回、重篤な副反応は112360接種に1回、海外データではワクチン接種から42か月間の子宮頸部の軽度異形成の発症は47人に1人救うことができる」という感じで整理しておきます。

※2013/6/20 下線部を訂正、追記いたしました。(子宮頸癌→子宮頸部の軽度異形成:CIN1)