[お知らせ]


2014年2月3日月曜日

非劣性試験について~TIOSPIR試験再考~

近年、医薬品の新規開発は目覚ましく発展し、今やプラセボ対照のランダム化比較試験が倫理的に行うことが難しくなる中で、既存の薬剤と比べて、その臨床効果に差がないかどうかを検討するという試験デザインが多くなってきました。しかしながら、差があるとこを示すより、差が無いことを示す方が難しいと言います。膨大なサンプルを集めて、それでも有意差がないことを示すのは現実問題不可能です。通常の臨床試験のサンプル規模では大規模試験でさえも、有意差なし=同等と言うわけではありませんし、既存の薬に比べて差が無いという事を示すにはどうすれば良いのか。その問題を解決するためにデザインされるのが非劣勢試験や同等性試験です。近年、新規抗凝固薬や経口糖尿病薬の臨床試験で目にすることも多い、非劣性試験。少しまとめてみたいと思います。ややあやふやな点もあると思いますが、間違え等ございましたらご指摘いただけますと幸いです。

[非劣性試と同等性試
通常のプラセボ比較ランダム化比較試は、プラセボと果に差がない、という差なし仮が非常にまれであるという事を示して(統計的有意)差があるとしますが、究によってはその目的が、ある介入よりも劣らない、という事を示す非劣性試、あるいは果が同等であることを示す、同等性試があります。
非劣性試と同等性試は混同されやすいですが、(僕自身も最近まで、意識して別できていませんでした)非劣性試とは「ある治療が、他の治療よりも明らかに劣ることがない」という事を示すために行われる試で、同等性試とは「ある治療が、他の治療と同等である」ということを示すために行われるものです。こう書いてもやっぱりその違いが良くわからんと言う感じですが、介入果の信頼区間の許容範が異なります。
非劣性試験
介入間の違いの95%信頼区間が、臨床的に劣ると事前に定義された基準値を下回るかどうかに基づいて判断。劣っていないことのみ焦点を当てる片側性
同等性試験
2つの介入の違いの95%信頼区間が、臨床的に同等であると事前に定めた基準内に収まっているかで判断。信頼区間が臨床的に意味のある区間内に全て収まっていることに焦点を当てる両側性
臨床的に劣ると事前に定義された基準値を非劣性マージン、臨床的に同等と定義された基準値を同等性マージンといい、それぞれ論文中に示されるのが普通です。
対照治療に比べて優れているかどうか(優越性があるかどうか)はどうでもいい、と言うのが非劣性試験、同等性試験の基本的な考え方です。

[スピリーバレスピマットの安全性はスピリーバハンディへラーの安全性に劣るものではない]
スピリーバレスピマットに関しては以前このブログでも取り上げていますが、今回はレスピマットとハンディへラーを比較して安全性解析を行ったTIOSPIR試験を振り返りながら非劣性試験についてまとめていきたいと思います。
Tiotropium Respimat Inhaler and the Risk of Death in COPD

まずは論文のPECOから確認します。
[Patient]
40歳以上の慢性閉塞性肺疾患を有する17315人(平均65歳、男性71.5%、現在喫煙者38.1%
[Exposure]
スピリーバレスピマット2.5μg 5730
[Exposure]
スピリーバレスピマット5μg 5711
[Comparison]
スピリーバハンディヘラー18μg 5694
Outcome
死亡(非劣性検討)、COPD増悪初発(優越性検討)
試験デザインは2重盲検ランダム化比較試験で、安全性検討は非劣性、有効性検討は優越性、追跡期間は平均2.3年の試験です。必要症例数は16800人と計算され、本試験では症例集は十分です。死亡のアウトカムは修正ITT解析(厳密なITT解析ではなく一種のPer protocol解析)が行われています。

[非劣性試験では必ずしもITT解析が有用ではない]
ITT解析とはIntention-to-treat解析の頭文字をとったものですが、一度特定の群に割り付けたら、実際の治療が行われなくても、あるいは他方の群の治療を受けたとしても、最初に割り付けた群のままで統計解析を行い、最初に意図したとおりの群のまま解析するという事です。一方Per protocol解析は実際に治療を受けた人のみ解析対象にする手法です。
試験から脱落してしまって、薬を飲まなくなってしまった人を、薬物治療群とするか、プラセボ群とするか、どちらの治療群として扱うべきかという問題が起こった時に、最初に割り付けた治療群のままで解析をしましょうというのがITT解析です。最初に割り付けたグループと異なるグループとして解析してしまうと、せっかくランダム化により患者背景を偏りなくそろえたのに、それを保持することが難しくなってしまうことがあるのです。すなわちITT解析はランダム化を保持する目的で行います。
ITT解析はランダム化を保持する、と言う意味で有用な解析方法ですが、一般的にはもう一つ利点があるとされています。試験からの脱落は、何らかの理由があって発生します。副作用がきつい、とか介入治療にともなう精神的苦痛など研究プロセスへの不満なども影響してきます。試験終了まで元の群にとどまったとしてもアドヒアランスはかなり低下しているかもしれません。割り付け重視のITT解析を用いることで、実臨床に近いアドヒアランスを再現することができます。これにより、治療効果の過大解釈を防ぐ(有意差が出にくくなる)ことができます。したがってITT解析を行うと差なし仮説の側に片寄りやすくなります。そのため非劣性という結果に陥りやすくなるため、非劣性試験では修正ITT解析などPer protocol解析に近い手法で統計解析されることが多いです。本来はITTPer protocolの両方で解析されることが望ましいとされています。

[スピリーバレスピマットの安全性はハンディヘラーと比べてどうなのか]
では論文にもどって結果を見てみましょう。事前に定義された非劣性マージンは1.25です。
アウトカム
E
C
ハザード比
95%信頼区間]
死亡
(非劣性マージン1.25
E
440
7.7%)
439
7.7%)
1.00
0.871.14
E2
423
7.4%)
0.95
0.841.09
結果の95%信頼区間上限に注目です。E1のレスピマット2.5μgでは「~1.14」、E2のレスピマット5μgでは「1.09」となっており、いずれも非劣性マージンの1.25を下回っています。もともとハンディヘラーで死亡リスクが増えないことが前提ではありますが、スピリーバレスピマットはハンディヘラーに比べて死亡リスクは劣っていない(増加しない)という非劣性が証明されたという結果になっています。ちなみに信頼区間に有意差があろうが、なかろうが、非劣性マージンを下回れれば臨床的に非劣性が示されたことになります。統計的有意と、臨床的非劣性は別物であるという事は重要なポイントです。(信頼区間が1をまたがず、統計的有意でも非劣性マージンを下回っていれば非劣性。)

[スピリーバレスピマットの有効性はスピリーバハンディヘラーと比べてどうなのか]
では有効性についても見ていきます
アウトカム
E
C
ハザード比
95%信頼区間]
COPD増悪
(優越性=信頼区間に1を含まない)
E
2827
47.9%)
2782
48.9%)
1.02
0.961.07
E2
2733
47.9%)
0.98
0.931.03
信頼区間が違いはないという「1」をまたぎ、いずれも優越性は示されませんでした。

[非劣性試験の問題点]

結果をまとめると、スピリーバレスピマットの安全性(死亡リスク)はハンディヘラーに劣るものではなく、有効性が優れているわけでもない。という感じです。安全性、有効性が同等という試験(同一性試験)ではないことに注意が必要です。当然ながらこのような大規模臨床試験ではハイリスク集団を除外していますので、比較的安定したCOPD患者を対象としている点にも注意したいところです。非劣性マージン1.25の妥当性についても難しい問題です。これは僕の理解をこえているのであまり言及しませんが、少なく見積もって死亡リスクが14%、9%増えるという結果が臨床的に許容されるのかどうかというところは気になります。もともとそれほどハイリスク集団ではありませんので、死亡リスクは両群で潜在的に差が出にくい環境で試験を行っています。したがって本来、より厳しい97.5%信頼区間を用いることが望ましいにも関わらず、本試験では95%信頼区間を用いていますのでこのあたりの影響も気になるところです。(非劣性試験ではより基準の厳しい97.5%信頼区間を用いることが多い)サンプルを多くすれば信頼区間の幅は狭くなりますので、非劣勢マージンの範囲内に収めることは症例数を調整することでも可能のような気がします。製薬メーカー主導の臨床試験だけに、有意な差を出さないことを目的としたこの研究がどの程度信頼に足りるものかは熟慮せねばいけないと思います。とりわけ安全性解析においては非劣勢試験一つの結果で非劣勢が示されたとしても、安全性に懸念はないと結論することは早々な気がします。

2014年1月27日月曜日

糖尿病と「時間」~第5回薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

5回薬剤師のジャーナルクラブが無事終了いたしました。
録画ラジオはこちらです。http://twitcasting.tv/89089314/movie/34595165
シナリオとお題論文はこちら。http://syuichiao.blogspot.jp/2014/01/5.html

今回は保険薬局店頭での簡易血糖測定器を用いた糖尿病検診がテーマでした。血糖値を測定して、それに基づいて患者と共に健康について考える、必要に応じて食事や運動療法について考える、あるいは医療機関受診を推奨する。といった取り組みを積極的に進めるべきか、どうなのか。

今回読んだ論文の結果はどうだったでしょうか。
Screening for type 2 diabetes and population mortality over 10 years (ADDITION-Cambridge): a cluster-randomised controlled trial.
論文のPECOをおさらいです。
[Patient]
イギリス32施設における糖尿病ではないが、リスクの高い40歳から69歳の参加者20184人(平均55歳、男性63.9%、BMI30.5
[Exposure]
スクリーニング+強化治療実施群14施設、スクリーンビング+ガイドラインに基づく標準治療13施設の計27施設16047
(随時末梢血糖・HbA1c、経口グルコース負荷試験の多段階スクリーニング)
[Comparison]
非スクリーニング5施設4137
Outcome
総死亡
そして結果は
アウトカム
E
スクリーニング実施
C
スクリーニング非実施
結果
ハザード比[95CI]
総死亡
1532/16047
9.5%)
377/4137
9.1%)
1.06
0.901.25

スクリーニングを実施するとしない場合に比べて総死亡は6%多い傾向にある。という結果でした。追跡中央値は約10年です。総死亡発症率はE群とC群でほぼ同等と言う感じでしょうか。論文の結果を見るとあまり差が無いという感じですよね。スクリーニング実施群では16047人のうち466人が糖尿病と診断されました。おおよそ2.9%です。患者背景はかなりハイリスクな患者さんですが、スクリーニングを1回行うと、そのうち2.9%が糖尿病と診断されるというデータです。例えば日本人における一般集団を想定すれば、ここまでハイリスクな患者さんの割合はもう少し少ないかもしれません。そうなると、実は1回のスクリーニングで糖尿病として診断を受けることになる人の割合はこの論文よりももっと少なくなるかもしれませんし、それが総死亡というアウトカムにどうつながるかに関してもよくわからないという事が分かってきました。

あくまで仮にですが、糖尿病を早く見つける事と死亡は相関しないかもしれないという事はどういう事かと言えば下の図のような感じです。

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

糖尿病と言われない時間
糖尿病として生きている時間

①は将来糖尿病になる人が、糖尿病の早期発見をしたが、寿命は延びなかった人
②は将来糖尿病になる人が、通常の診療の中で糖尿病と診断された人
③は将来糖尿病となる人が、糖尿病の早期発見で寿命が短くなった人
④は将来糖尿病になる人が、糖尿病の早期発見で寿命が延びた人

おそらく、糖尿病のスクリーニングをするという事は、今回の論文結果を踏まえれば、この4つのパターンに構造化することができます。どのパターンが幸せに生きることとつながるのかは人それぞれかもしれません。③が幸せだという人はあまりいないと思いますが。早期スクリーニングで寿命が変わらないという事は①と②を比較してもらえばお分かりの通り、糖尿病として生きている時間は前倒しで、長くなるという事です。糖尿病は悪い病気だ、生活習慣を改善しなくてはいけない、というのが一般的な認識のこの世の中で、この期間が患者にとって幸せかどうかはよくよく熟慮せねばなりません。寿命が変わらないのであれば糖尿病として生きる時間は短い方が良い気もしてきます。ただその中身も重要です。例えば②の人は糖尿病の治療が遅れ、残りの余命の大部分が透析を受け、また網膜症で目もあまりよく見えない、末梢の神経障害もひどい。①の人は早期発見できた分、薬代や検査費用、食事も我慢して決して楽な生活ではなかったけれど、透析を受けることもなく、視力も問題なく寿命を終えることができたとしたら、もしかしたら早期発見には大変重要な意味があるのかもしれません。

この論文では死亡リスクの検討でした。今見てきたように死亡が減る、とか増える、とかそういった相対効果を論文は示すわけですが、こういった相対危険やNNTには時間の概念が含まれていません。どういう事かと言えば、死亡は減るわけではないですよね。人間いつか絶対死ぬわけですから。要するに死亡が減るというのは死亡が先送りされているだけです。それが何年先送りされるのか、そしてその時間の中身、そういったことが大事なわけですよね。④は寿命が延びた人たちですが、②の人たちと比べてどのくらい寿命が延びたのか、それはその人にとってどれだけ重要な時間なのか、合併症で苦しみ抜いた時間なのか、家族に囲まれて幸せな時間だったのか。むしろ③の人たちは合併症などに苦しむことなく寿命をまっとうできたかもしれない…。一つの論文の結果はよくわからない、けれど時間も含めればさらにややこしくなる。論文の結果そのものが一般化できないことはもう本当に明確ですよね。

では心血管イベントはどうなのでしょうか。糖尿病を早期発見することで合併症は減らせるのでしょうか。これもなかなか情報が少ないですが、こんな研究があります。
Vascular Outcomes in patients With Screen-Detected or Clinically Diagnoed Typ 2 Diabetes Diabscreen Study Follow-up
PECOを見ていくと下のような感じです。
[Patient]
45歳から75歳の家庭医を受診している新規2型糖尿病患者
(平均60.4歳、男性42.5
[Exposure]
たまたまスクリーニングした359人(早期スクリーニング)
[Comparison]
臨床的兆候がありスクリーニングした206
Outcome
心血管疾患、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合アウトカム
研究デザインは何か?
前向き非ランダム化観察研究
調整した交絡因子は何か?
年齢、性別、心血管疾患、収縮期圧、クレアチニン値、血糖値
追跡期間は?
E7.7年、C7.1
結果はこんな感じです。
アウトカム
日和見
スクリーニング
臨床的兆候からの
スクリーニング
調整ハザード比
95%信頼区間]
心血管複合
アウトカム
34/359
9.5
21/206
10.2
0.67
0.361.25
ランダム化されていないのでその結果の解釈は注意が必要ですが、心血管複合アウトカムは減らす傾向にあるものの、25%増えるかもしれないという、こちらもよくわからない結果となっています。

今回は死亡ではなく心血管イベントです。イベントが33%減る傾向にあるとはどういう事でしょうか。ちなみにこれが有意に減っていれば多くの人は「これはかなり減る!」と思うかもしれません。33%減るかも、これは追跡期間約7年半の中での話です。イベントは減るわけではありません。先延ばしするだけです。そして先延ばしした先に寿命の方が先に来るかもしれない、でも寿命よりも前にイベントが発生するかもしれない。どのタイミングで起こるかなんて、誰にもわかりません。

寿命があと20年あったとして、この33%減る傾向にあるという結果で、3年後に発症するべきイベントが5年ほど先送りされたとしたら、その効果にいったいどんな意味があるのでしょうか。結局10年以内にはイベントが起こってしまうかもしれません・・という感じになってしまいます。あるいは4年後に交通事故で死んでしまうかもしれない。イベントを5年先延ばししても、そんな介入はこの人にとっては意味がなかったことになってしまうかもしれない。そして介入を受けたとしても、本来なら3年後に起こるはずのイベントが前倒しで来年起こってしまうかもしれない。そういったことを示しています。

論文の相対リスクや絶対リスクには追跡期間以上の時間の概念を含んでいませんし、こういった指標は時間に関しては本当に見えづらい指標です。しかしながら目の前にいる患者さんは現実を生きているわけですし、時間を包括せざるを得ません。注目しているリスクファクタ-以外で死んでしまうかもしれません。今、血糖値が高いという現象が、5年後もそのままなのか、それとも末梢神経障害を引き起こしているのか、そのままの寿命が来るまで同一性を保つのであれば、これは病気ではないかもしれないですし、合併症に発展していくのなら、それは病気かもしれません。糖尿病とは何か、それは血糖値が高いという状態を保ちながら少しずつ、身体に変化を与える現象のことでしょうか。その変化があまりない人もいれば、大きい人もいる。この変化というものに対して、時間という概念を包括せずにはいられないという事は大変重要な気がします。時間というファクターを込みに考えれば、人の生き死に関して、いったいどう介入すればよいのかなんて、占い師でもない限りわからない。どういう介入をするべきかは、これはもう本当に「賭け」のような気さえします。

今回の論文を読んで、みなさんはどう感じたでしょうか。糖尿病検診をただ1度だけ実施しても、そうそう患者さんのアウトカムが変わることはない。患者さんが幸せになれるかどうかもよくわからないけれども、これを一つのきっかけとして、患者さんとのかかわり方を継続的に模索するという事につなげる方がとても大事だと思います。関わり方と言っても様々です。なにも糖尿病だけが関わり方ではないですから。



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