[お知らせ]


2014年8月14日木曜日

抗精神病薬と薬剤性口顎ジストニア

抗精神病薬の副作用として錐体外路症状は有名ですが、そのうち口顎にジストニアを発症したと考えられる症例報告が日本顎関節学会雑誌に掲載されています。その臨床的所見から薬剤性を疑うのは初診時にはなかなか難しい印象もあり、救急の現場における薬剤師の関わり方がほんの少し見えてきそうな報告です。

[症例出典]
抗精神病薬による薬剤性口顎ジストニアの1

[症例]
患 者20 代の女性。
主 訴顎関節脱臼および顎の痛み。
既往歴初診時医療面接時には特記事項なし。
家族歴特記事項なし。
現病歴2013 4 月,上記主訴により救急車を要請し、救急科に搬送。救急科で採血と CT 撮影の後、右側顎関節脱臼の診断でプロポフォール鎮静下に徒手的顎関節脱臼の整復が行われた。しかし,覚醒直後に再度脱臼したとのことで口腔外科に診療要請。

20代の女性があごの痛みを訴え救急搬送。救急診療部にて右側顎関節脱臼の診断で脱臼の整復処置が行われたものの、再度脱臼が発生し口腔外科へコンサルされた症例です。

[全身所見]
・意識清明
・バイタル血圧 130/90 mmHg、脈拍 83 回分、体温 36.9℃ 、血液検査データは正常
範囲内
・左側前腕にリストカット痕
[顔貌所見]
開眼失行,眼球上転
[顎口腔所見]
左側咬筋,外側翼突筋の過緊張を認め,会話困難。徒手的な強制開口が非常に困難。両側ともに顎関節部の陥凹はなく、顎位は閉口状態であり、脱臼は疑われず下顎の右方偏位をきたしていた。

バイタルは正常。血液検査の結果に大きな異状は見当たりません。左腕にリストカット痕があることから、何らかの精神疾患を罹患している可能性、精神科もしくは心療内科を受診し、向精神薬などの薬剤を服用している可能性が示唆されます。また左側咬筋,外側翼突筋の過緊張、開口困難、眼球上転から錐体外路症状、特にジストニアが疑われます。

[経過]
救急科医師と相談し,患者の年齢,リストカット痕などの所見より,全身疾患や薬剤性などの二次性口顎ジストニアを強く疑い,病歴の再聴取を行った。その結果,統合失調症にてプロクロルペラジン,ブロナンセリン 2 剤を内服していることが判明した。

使用薬剤の副作用(添付文書より抜粋)
■プロクロルペラジン(ノバミン®
その他の副作用:ジストニア(眼球上転,眼瞼痙攣,舌突出,痙性斜頸,頸後屈,体幹側屈,後弓反張,強迫開口等)
■ブロナンセリン(ロナセン®
その他の副作用:ジストニア(痙攣性斜頚、顔面・喉頭・頚部の攣縮、眼球上転発作、後弓反張等)

ジストニアの臨床症状として押さえておきたいのが、舌が勝手に飛び出してくる、眼球上転、よだれが止まらない、痙性斜頚などの症状です。これはドパミンD2受容体遮断薬などの投与により不随意な筋収縮により起こるとされる異常姿勢・異常運動です。

[治療]
精神科医師の診察により急性の薬剤性口顎ジストニアと診断。薬剤の内服量や内服期間は不明であった。抗精神病薬による薬剤性ジストニアの治療として第一選択薬とされるアセチルコリン阻害薬の乳酸ビペリデンを,最低用量である 5 mg 筋肉注射し、5 分後には開眼失行,眼球上転が消失し,下顎の右方偏位および開口困難の症状が著明に改善した。その後,患者の通院している精神・神経科に対して,現在の内服薬の調整や薬剤性口顎ジストニアの治療継続を依頼し終診となる。

抗精神病薬による急性ジストニアの発症頻度は 2.5%程度と言われています。
Psychopharmacology 19868840319.

また制吐剤であるドンペリドンや抗アレルギー剤のセチリジンでも起こり得る有害事象であり、プライマリ・ケアの現場でも十分に警戒すべきと思われます。
BMJ Case Rep. 2014 Jun 27;2014.
Parkinsonism Relat Disord. 2014 May;20(5):566-7.

薬剤性のジストニアには、急性のものと遅発性のものとがあり、急性のものは原因薬の中止や抗コリン薬などの薬物療法で治癒することが多いと言われていますが、遅発性のものは難治性であることも多いようです。遅発性のジストニアの場合、投与中止後も持続することがあるとされていますが、スルピリドにより発症した遅発性ジストニアの持続する顎口腔ジストニア症状を低用量アリピプラゾールが改善したとする症例報告もあります。
Intern Med. 2011;50(6):635-7.

[症例のポイント]
①顎の痛み、顎のズレの主訴で救急診療部受診、顎関節脱臼の診断で整復処置
②処置後症状再発、口腔外科へコンサル、バイタル、血液検査データ異常なし
③各所見から脱臼は疑われず。精神科通院を示唆するリストカット痕あり
④顔面の筋肉過緊張、眼球上転、開口困難よりジストニアが鑑別にあがる
⑤再度病歴聴取、統合失調症にて抗精神病薬2剤を服用中であることが判明
⑥精神科医師の診察により急性の薬剤性口顎ジストニアと診断
⑦抗コリン薬筋注にて症状著明改善

[救急診療と薬剤師の臨床推論]
「口顎部にジストニアが発症した場合,顎のずれや痛みなどの症状を訴えて歯科を受診することがある」と抄録にも記載されている通り、初診の主訴からはなかなか想像できないような、薬剤有害事象(※)が、実際には起こり得るという事は肝に銘じたいところです。また救急の現場において薬剤師が薬剤性の有害事象ではないかという臨床推論を行う事は有用だったかもしれません。薬剤師が患者の身体所見(リストカット痕)薬剤服用歴(抗精神病薬)臨床症状(ジストニア)から薬剤有害事象の可能性を提示するというプロセスまでいければ、より早期に薬剤性口顎ジストニアの診断がついたのかもしれません。僕自身はこのような現場に身を置いているわけではないですが、プライマリ・ケアの場でも特に感染性胃腸炎が流行する時期や花粉症の時期、制吐剤や抗アレルギー剤が出ていた患者から「顎の痛みがあるんだけれども…、口が開けにくい(もしくは閉じにくい)…、舌が勝手に出てくる…、首が曲げにくい…」という訴えに、薬剤性ジストニアを疑うという思考過程は必要かもしれませんね。


(※)一症例報告ですので因果関係が必ずしも確実かどうかは分かりませんが、このケースでは抗コリン薬で症状が著明改善している事、疑われる有害事象が薬理作用・病態生理学的にも考えられることを踏まえれば薬剤により引き起こされた可能性が大きいものと思われます。

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