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2012年9月22日土曜日

EBMについて


いつかはまとめようと考えていました。私の行動アクションの根幹にあるのがこのEBMという手法であり、行動指針でもあります。そこには患者さんとの関わり方から、薬学的臨床判断(たとえば疑義照会等です。)までさまざまな場面で、それを意識しているつもりです。EBMとは一般的にはどのようなものか、Wikipediaから関連する部位を引用すると、以下のような記載があります。

「根拠に基づいた医療(en:Evidence-based medicine)。医療において科学的根拠に基づいて診療方法を選択すること。」

要するに、我々が日常業務を行う際の情報源として、“製薬会社のMRさんから聞いたこと”-based medicineではなく、“大先輩が教えてくれたこと” -based medicineではなく、“国家試験対策本の薬物治療学の項目”-based medicineでもなく、“テレビの医療ネタ”-based medicineでもなくいわゆる“Evidence”に基づいているということです。

 実際の医療現場での医療情報源はどうなっているのでしょうか。少し古いアンケート調査は以下のような結果です。(m3.com 2009 7月のアンケート調査より引用)

情報提供の違いによる処方影響度、接触時間 GP100床未満)の医師n=230

では圧倒的にMRからの情報源が処方へ影響しているという結果です。全情報源の40%近くを占めています。2位が製薬企業主催の講演会で約18%ほど。要するに製薬企業関連で50%を超えてしまうのです。では実際にエビデンス=医学文献を情報源として活用しているのはどのくらいかというと、5%に満たないという結果です。どちらかといえば、医療系のインターネットサイトを活用している割合が多いようです。これを見ても現状の医療は製薬企業が提供する情報を主体に行われているということがお分かりいただけるでしょう。

要するにMR-based medicineなわけです。MR-based medicineから脱却し、Evidence-basedを意識すべき。そのように思ったわけですが、この事実を知った当時、私はそもそもエビデンスとは何なのか、EBMというものを漠然と知ったにすぎないのでした。

 私とEBMの出合いは偶然でした。 概要は「EBMとの出会い。」で少し触れました。要するにチオトロピウムレスピマットという薬剤の使い方が分からず、インターネットで情報を収集していた時たまたまBMJ. 2011 Jun 14;342:d3215に関する記載を目にしたのでした。この論文の詳細は「チオトロピウムミスト吸入剤と死亡リスク」にまとめました。ご興味がありましたら見て下さい。当時BMJが何なのかすらわかりませんでしたが、ここで個人的に衝撃を受けたのはCOPDの呼吸器症状を改善することと、死亡リスクは別問題であるということ。これが本当だとして、他の領域でも同様のことが言えるのではないかということに気付いたことでした。他の領域とはたとえば、糖尿病において血糖値を下げることが死亡を減らすのか、とか血圧を下げることが本当に死亡を減らすのかということです。このような私の疑問は、その後、ひとつの具体例を持って確信に変わります。

以前より親しかった製薬会社のMRさんにたまたま誘われた講演会。テーマは「食後過血糖抑制の有用性」・・だったかと思います。そこで、ひとつの臨床試験が提示されていました。糖尿病に関する臨床試験です。かなりハイリスクな患者さんを集めて試験しています。どのくらいハイリスクかというと、BMIだけでも30を軽く超えており体重も90kg・・さらに糖尿病罹患歴も10年で合併症の既往もありという患者さんです。このような患者さんを1万人ほど集めてきて、無作為に2つのグループに分けます。1つのグループは目標HbA1c 6.0%未満をめざす治療を行います。教科書通りですね。もう一方のグループは目標HbA1c 7.07.9%という、まああんまりぱっとしない数値で、もし外来にこのような検査値を持ってきた患者さんであれば、もう少し下げたほうがよさそうですね、みたいなことを言ってしまいたくなるような・・そんな数字と、この時はそんな印象でした。

2つのグループに分けて3.5年ほど治療を続けています。そしてその結果何を評価したかというと、循環器関連の合併症です。要するに心筋梗塞や脳卒中が2つのグループを比較してどちらが減ったかを検討したのです。

さてさて、ここで当然、教科書どおりの治療をしたほうがリスクが減るだろ、と考えるわけです。しかしながらこの2つのグループで合併症リスクは変わりませんでした。

具体的な結果はHR 0.900.781.04)全体的には10%ほどリスクを減らすという結果ですが、( )内・・これを95%信頼区間(95%CL)と言いますが、もしかしたら4%はリスクが増えるかもしれないし、22%リスクが減るかもしれない。というなんだかよくわからない結果です。要するに結果は不明であり、HbA1cを下げようが、普通にやろうが大きな差はないということなのです。それだけでもなんだかがっかりしてしまいますが、さならなる衝撃は続きます。この試験では死亡も当然ながら解析されています。死亡リスクはHR 1.221.011.46)今度は( )が0をまたいでいません。要するにまともに教科書どおりの治療をすると、少なくとも1%、多く見積もれば46%、全体として22%も死亡が増加するという結果です。これは実際の臨床試験を統計解析して得られた情報=エビデンスであり大先輩が言ったことでもなく、教科書にも書いていなく、テレビのワイドショーでも放送されません。このエビデンスは2008年に有名な医学誌New England Journal of Medicineに掲載されました。当然ながらMRさんがこのような結果を積極的に情報提供してくれる機会は少なく、MR basedな医療では情報に偏りが出てしまうのです。

 この試験をACCORD試験といいます。詳しく知りたい方は「ACCORD試験に思うこと」にまとめてありますので読んでいただければ幸いです。先の講演会でこのスライドを見せられ、ほぼ確信に変わったことがあります。血糖値や血圧、コレステロール値、骨密度、などの指標(=代用のアウトカム)その後の死亡リスクや、心筋梗塞、脳卒中等(=真のアウトカム)のリスクと相関しない可能性があるということです。そしてACCORDをインターネットで調べているうちに、EBMというものが見え隠れしていきます。

 実際にEBMの手法を学んだのは、EBMに関するワークショップでした。そもそもEBMとはかってに生まれた概念ではなく、かなり系統的なものであり明確な意図のもとに存在しています。カナダの1970年代後半McMaster大学のDavid L Sackett先生を中心とした臨床疫学研究者らがその原型を作り上げたといわれています。そして初めてEBMという言葉を使用したのが同大学のGorden Guyatt先生です。医学文献=エビデンスから得られた情報を患者の実際のケアにどう適用すべきか(・・ここで大事なのは適応ではなく適用なのですが)ということを重視した臨床ケアスタイルです。

 チオトロピウムレスピマットの論文が掲載されたBMJこれはBritish Medical Journalですが、ここに1996David L Sacket先生の論文が掲載されていました。
Evidence based medicine: what it is and what it isn't
BMJ1996;312doi: 10.1136/bmj.312.7023.71
http://www.bmj.com/content/312/7023/71

EBMとは個々の臨床家の専門的能力と最良の外部の根拠=エビデンスを統合することに関する事柄であるとしています。さらに言えばそこに患者の思いという内部の根拠を追加しながら最良の医療を模索する方法論であるということです。

一つのエビデンスはちょっとのことしか教えてくれないし、その内容もあいまいです。私が参加したEBMに関するワークショップにおいて、“あいまいであるがゆえに、共有、評価、反省をし、学習を続ける ことが重要”と教えていただきました。

 ではEBMはどのように実践したらよいのでしょうか、現在私自身模索を続けていますが、一般的には以下の5つのステップであるといわれています。

step 1:疑問や問題点の定式化
step 2
:情報の収集
step 3
:情報の批判的吟味
step 4
:情報の患者への適用(適応ではなく)
step 5
step 1からstep 4の評価

step 1疑問の定式化は通常以下の手順で行います。

私のブログでもよく使用しますがPECOで定式化します。
P Patient)どんな患者に。対象患者です。
E Exposure)何をすると。要するにどんな治療や検査をすると
C Comparison)何と比較して。プラセボ比較なのかどうか
O Outcome)どうなるか。ここには真のアウトカムを設定すべきと思います。

たとえばこんな感じです。
P50代高血圧の患者に
EARBを投与するのは
CACE阻害薬を投与するのと比べて
O:死亡は減るのか
みたいな感じです。

このように疑問を定式化したら、step 2の情報収集を行います。細かく言えば5Sアプローチなどありますが、そのあたりはEBMの教科書にお任せするとして、私流の方法を記載しておきます。

基本的に有用なエビデンス=医学文献は全て英語のため、情報検索はなかなか日本語でできないのが現状です。そのような中でもとても有用なインターネットサイトとして以下のようなものがあります。

Minds医療サービスhttp://minds.jcqhc.or.jp/n/ 
  疾患名から調べるときは非常に有用です。
EBM LibraryTMhttp://www.ebm-library.jp/ 
  豊富なデータベースを日本語で検索できます。
*グーグル検索http://www.google.com/webhp?hl=ja
  侮れません。原著論文タイトルやページが分かれば後述るすpubmedで原著論文までたどり着つけます。たいていはこれでいけます。
*Community Medicine Evidence Centerhttp://www.cmec.jp/cmec-tv/
 質の高いエビデンスを厳選し必要部分を要約し、さらにすべて日本語で閲覧・検索できるというサイト。Pubmedの検索IDも付いているので、臨床疑問さえPECOで定式化されていれば、このサイトで論文検索ができるとても有用なサイトです。
pubmed http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed
 世界約70カ国、約4,800誌(200412月現在)に掲載された医学文献を検索できるデータベースです。1949年以降の文献が収録されています。従来の MEDLINE と基本的には同じデータベースです。 日本の雑誌は約150誌が収録されています。使い方はこちらが参考になります。
http://www.mnc.toho-u.ac.jp/mmc/handout/pubmed2010-1.pdf
*東邦大学医学メディアセンターhttp://www.mnc.toho-u.ac.jp/mmc/
 論文データベースリンク集は有用です。

step 3では情報の批判的吟味です。試験デザインによりそのチェックポイントは多少変わります。
プラバスタチンを例に実際に批判的吟味したものがありますので参考にしてください。この試験はランダム化比較試験です。
MEGA studyのこと(EBMへ導いた論文) 
MEGA studyのこと(EBMへ導いた論文) 

step 4で得られた情報を実際のケアに適用していきます。ここで重要なのはエビデンスが絶対正しいという偏った判断をしてはいけません。たとえ効果があるという結果だとしてもその結果が、今、目の前の患者が本当に満足できる結果なのかどうか、ここはよく検討しなくてはいけません
http://syuichiao.blogspot.jp/2012/04/evidence-biased-medicine.htmlも参考にしていただければ幸いです。

最終ステップでは一連の流れを再評価します。

おおまかにはこのような流れだと、私自身は解釈しております。EBMを実践するというのがどういうことなのか、さらに模索を続けたいと思います。

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