[お知らせ]


2013年1月27日日曜日

風邪薬とドーピングについて。


※注意:この記事はWADA2013年禁止表に基づき記載しています。禁止表は毎年改定されますので、最新の情報をもとに薬剤の使用判断をお願いいたします。

[ドーピングについて]
ドーピングとは競技能力を増幅させる可能性がある手段、たとえば薬物あるいは薬物に限らず、方法を不正に使用することであり、スポーツの基本的理念であるフェアプレーに反する行為です。どういう行為が該当するかは 世界ドーピング防止規程(WADA規程)に定められており、わざとであっても、不注意であっても制裁の対象になります。日本アンチドーピング機構(JADAではドーピングがいけない理由として以下の4点が挙げられています。
 1.スポーツの価値を損なう
 2.フェアプレイの精神に反する
 3.競技者の健康を害する
 4.反社会的行為


[禁止表について]
ドーピングとして使用してはいけない薬剤または方法は世界ドーピング防止規定に定められており、その基盤となるのが禁止表です。禁止表は、世界ドーピング防止機構(WADA) によって実施される諮問過程を経て毎年更新されます。2013年禁止表は201311日から20131231日まで有効です。この禁止表は大きく以下の3つに区分されています。
  1.常に禁止される物質と方法
  2.
競技会において禁止される物質と方法
  3.
特定の競技において禁止される物質

2013年の禁止表は全文こちらで見れます。→WADA2013年禁止表


[うっかりドーピング]
たとえば、アスリートが喘息治療などで継続的に薬剤を使用する場合、常に禁止薬物を意識せねばなりません。ただ治療薬の全てが禁止薬に該当しているわけではありませんので、治療の継続は当然可能です。その詳細については別の機会にまとめてみたいと思います。ぜんそくアスリート診療協力施設というのもあります。このようなケースでは禁止薬物をかなり意識することが多いと思いますが、ドーピングとして禁止されているのは意図的でもなく、アスリートが禁止薬物を禁止薬物と知らずに使用してしまうことが大きなピットフォールとなります。これをうっかりドーピングといいますが、故意に薬物を使用している者だけがドーピングになるわけではありません。

[風邪薬によるとおもわれるドーピング事例]
風邪薬にはエフェドリンを含有する薬剤が大変多く、エフェドリンは競技会時禁止薬物に該当します。具体的には「エフェドリンとメチルエフェドリンは尿中濃度10μg /mLを超える場合は禁止され、  プソイドエフェドリンは尿中濃度150μg /mLを超える場合は禁止される。」と禁止表に記載があります。常に禁止されている薬物ではありませんが、多くの市販の風邪薬に含有されており注意が必要です。本邦におけるドーピング事例は日本アンチドーピング機構JADAで公開されており(年間検査統計・ドーピング防止規律パネル決定報告これによれば、エフェドリン含有風邪薬の服用によるうっかりドーピングと思われるものには以下の事例があります。
■新コフチン液
■カフコデ錠、ニチコデ散
■フスコデ錠
■オキソ鼻炎カプセル
■コルゲンコーワW
いずれも3カ月の資格停止処分が下されており、その制裁は意図的でないにしても厳しいものとなります。医療用の医薬品もありますが、市販の風邪薬では、特に咳止め服用事例が多い印象です。市販の咳止めはその効果に関する明確なエビデンスがありません。Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD001831によれば鎮咳薬(2研究)、抗ヒスタミン薬(2試験)、抗ヒスタミン薬+充血除去(2試験)及び鎮咳薬/気管支拡張剤の組み合わせ(1試験)は、いずれもプラセボに比べて明確な差が出なかったとしています。
多くの咳症状はウイルス性のものでself-limited(=自然に軽快する)な感染症ですのです。したがって咳止めを使用して様子を見ようという安易な考えは捨てたほうがよさそうです。アスリートが、市販の薬剤で咳止めを購入して、症状緩和を期待できる可能性はとても低いうえに、ドーピングに該当してしまうリスクが高く、競技会時はもちろん、競技会外であっても全くお勧めできません。
基礎疾患の無いケースで咳の症状で重篤な疾患を考える場合の一つが肺炎ですが、これは市販の咳止めで何とかなるレベルではありません。咳の症状が出ている場合、筋肉痛、寝汗、1日中みられる痰、呼吸数が1分回に25回以上、体温が37.8度以上の場合は肺炎の可能性が高いとしています。1)咳がひどい場合で支障をきたすケースでは市販の薬で何とかしようとも思わず、医療機関受診を勧めます。

[漢方薬なら安全か?]
 漢方薬なら安全でドーピングにはならないと勘違いされている方もいるかもしれません。漢方薬は様々な生薬が組み合わさり、その成分を明確に特定することが困難です。したがって、確実に安全とは言えず、さらに麻黄含有の漢方にはエフェドリンが含有されており、危険です。風邪に使用する葛根湯や花粉症に使用する小青竜湯3)でもエフェドリンが尿中に検出されたとする報告があります。いずれも単回の服用でドーピング違反となる可能性は低いとしていますが、小青竜湯や葛根湯を反復服用する場合は注意が必要です。薬効に個人差があるうえに、薬物動態にも個人差があるため、アスリートが漢方薬を服用することは競技会時はもちろん、競技会外においても全くお勧めしません。

[アスリートが風邪をひいたら市販薬を使用すべきか]
風邪をひいたとき、基礎疾患など無く、通常の風邪であれば、基本的には市販薬は以下の理由で不要と考えます。

■咳止めには明確な効果を裏付けるエビデンスが不足しているうえに禁止薬物を含んでいる場合が多いこと
■葛根湯など漢方薬はエフェドリンを含有しており、ドーピング違反となる可能性があること
■風邪の多くはself-limitedな感染症であり薬剤は不要であること
抗ヒスタミン薬を配合している薬剤は眠気等の中枢抑制作用が強く、たとえ禁止薬物で無いにしても、パフォーマンスが低下してしまう可能性があること
 
もちろん重大な基礎疾患があったり、いつもの風邪とは違うと感じた場合は、市販薬で何とかしようと思うのではなく、医療機関受診をお勧めします。

[引用文献]
1)J Chronic Dis 37(3):215-225 1984
2)J Anal Toxicol. 2008 Nov-Dec;32(9):763-7.
3)J Anal Toxicol. 2009 Apr;33(3):162-6.

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