[お知らせ]


2013年5月15日水曜日

風邪に抗菌薬は効果がありますか?


以前、風邪については少しまとめました。
ウイルス性であれば抗菌薬はもちろん不要ですが、実際に現場で風邪症状という患者訴えに対して抗菌薬が高頻度で処方されているというのが現実ではないでしょうか。風邪で受診して、抗菌薬の副作用で夜間救急外来を受診するなんてことが起こり得ないとは言えません。僕自身の実体験として何例か経験しています。抗菌薬処方は救急外来受診の要因となっているという報告もあります。
Emergency department visits for antibiotic-associated adverse events.
風邪に対して万が一症状の悪化に備えて、抗菌薬を投与すべきか、それとも副作用リスクを考慮すべきか…。風邪をこじらすリスクと抗菌薬の有害事象リスク、「リスクの価値観」を取り扱うに大変身近な疾患であるだけに、そのとらえ方は本当に奥が深いと思います。ここでは風邪として呼吸器感染症全般に対する抗菌薬はどの程度ベネフィットが期待できるものなのか、まとめてみたいと思います。

[鼻水がひどい症状に対する抗菌薬]
米国感染症学会の急性細菌性副鼻腔炎のガイドライン
IDSA clinical practice guideline for acute bacterial rhinosinusitis in children and adults
によれば、急性副鼻腔炎の90%以上がウイルス性だといわれています。細菌性であっても必ずしも抗菌薬の投与が必要かどうかは重要な問題です。ガイドラインでは、
*症状、所見が持続的で少なくとも10日間臨床的症状改善所見れない場合
39度以上の高熱と膿性鼻汁、顔面痛が34日間続く症例
*典型的なウイルス性上気道炎感染に続いてに起こる発熱・頭痛・鼻汁の増加が5から6日続く時
3ケースに対して抗菌薬投与を推奨しています。ガイドラインで推奨されている抗菌薬は小児、成人ともにアモキシシリン/クラブラン酸です。
では実際に急性細菌性副鼻腔炎に抗菌薬の投与は有効なのでしょうか。成人におけるランダム化比較試験では10日間のアモキシシリン投与はプラセボと比較して3日目の症状改善をしないという結果でした
Amoxicillin for acute rhinosinusitis: a randomized controlled trial.
さらにアモキシシリンとステロイドを併用しても治癒効果はプラセボと変わりないという衝撃的な結果もあります。
Antibiotics and topical nasal steroid for treatment of acute maxillary sinusitis: a randomized controlled trial
ガイドラインで推奨されているのはアモキシシリン単剤ではなくクラブラン酸との合剤です。クラブラン酸はペニシリンを分解してしまうβラクタマーゼを阻害する薬剤で、βラクタマーゼを産生するペニシリン耐性菌にも効果を発揮します。ガイドラインで推奨されているアモキシシリン/クラブラン酸ではその有効性は期待できるのでしょうか。1歳~18歳の188人を対象としアモキシシリン、アモキシシリン/クラブラン酸、プラセボの3群を比較したランダム化比較試験では14日における治療効果は3群で差が出なかったという結果でした。
A randomized, placebo-controlled trial of antimicrobial treatment for children with clinically diagnosed acute sinusitis.
急性細菌性副鼻腔炎に対する抗菌薬の効果は多少の改善効果はあるものの、投与なしでも2週間程度で改善し、抗菌薬による臨床的メリットは小さいという報告もあります。
Cochrane Database Syst Rev. 2008 Apr 16;(2):CD000243.
軽症例では抗菌薬の必要性は低いといえそうです。

[咳が続く肺炎の無い症状に対する抗菌薬]
咳の持続期間が28日以内で肺炎の疑いのない急性下気道感染症を持つ18歳以上の患者を対象にアモキシシリンの有効性を検討したランダム化比較試験があります。
Amoxicillin for acute lower-respiratory-tract infection in primary care when pneumonia is not suspected: a 12-country, randomised, placebo-controlled trial
プライマリアウトカムは中等度以上の症状悪化の持続時間、セカンダリアウトカムは、日2日~4日の症状増悪率および新規症状の発現で調評価者及び患者を盲検化しています。
結果は以下の通りです。
■中等度以上の症状悪化持続期間
▶アモキシシリン群はプラセボ群に比べてほぼ同等(HR 1.06, 95% CI 0.961.18)
■症状の重症度スコア
アモキシシリン群はプラセボ群に比べてほぼ同等(アモキシシリン群1.62 プラセボ群1.69)
▶スコア差:-0.07 (95% CI 0.15 to 0.007)
■新規症状、または症状悪化率はアモキシシリン群で少ない
アモキシシリン群162/1021 [159%]
プラセボ群194/1006[193%]  p=0043;NNT= 30
■吐き気、発疹、下痢の副作用はアモキシシリン群で有意に多い
  NNH=21, 95% CI 11174; p=0025
プライマリケアにおいて肺炎が臨床的に疑われていない急性下気道感染症ではアモキシシリンは、多少のベネフィットがあるものの、わずかではあるが有害作用を引き起こすとしています。

急性気管支炎に対する抗菌薬(アジスロマイシン)の健康関連QOLに対する効果も明確に示されていません。
Azithromycin for acute bronchitis:a randomized,double-blind controlled trial
Lancet. 2002 May 11;359(9318):1648-54.PMID:12020525

咳が長く持続する例では肺結核などを考慮せねばならず、ここで安易にキノロン系抗菌薬などを投与すると大変なことになります。非常に使いかってもよく、臓器移行性も良好な薬剤ですが、呼吸器にキノロンを使用する場合は結核を除外できていることが重要です。抗結核作用があるため診断の遅れにつながることがあります。結核診断前のキノロン暴露が死亡リスクに関連するという衝撃的な論文が報告されています。
Fluoroquinolone exposure prior to tuberculosis diagnosis is associated
with an increased risk of death

[呼吸器感染症において抗菌薬で肺炎は予防できるのか]
風邪に対する抗菌薬使用を正当化する根拠として重篤な肺炎への移行を阻止するためというのがあり、僕も薬剤師になった当時、細菌への二次感染から肺炎なんかを予防するために抗菌薬が出ているんだぞ、と教わりました。予防のために薬をこんなに出していいもんなのかと当時はそんな疑問を持ちつつ、風邪には抗菌薬、やっぱキノロン効くねみたいな。

2013年に入りとても興味深い後ろ向きコホート研究がAnn Fam Medに掲載されました。
Risks and Benefits Associated With Antibiotic Use for Acute Respiratory Infections: A Cohort Study
1986年から2006年までにおける英国のプライマリケアデータベースから急性非特異的呼吸器感染症ARIで受信した成人患者1,531,019人を対象に抗菌薬を投与した場合とと伊代しなかった場合を比べて、ARIsで受診後15日以内の市中肺炎による入院リスクとARIsで受診後15日以内の重篤な薬物有害事象リスク(過敏症、下痢、発作、不整脈、肝・腎不全)を検討した報告です。
結果は以下の通りです。
■重篤な薬物有害事象
・抗菌薬の投与で患者10万人当たりのイベント数は0.37イベント少ない傾向にある
-0.37(95% CI, 5.31 to 2.07).
・抗菌薬の投与で患者10万人当たりのリスク差は1.07少ない傾向にある
-1.07(95% CI, 4.52 to 2.38; P = .54)
■肺炎による入院
・抗菌薬の投与で肺炎による入院リスクは減少する。
▶調整リスク差:-8.16(95% CI, 13.24 to 3.08; P = .002).
▶肺炎を一人減らすためのNNT=12,255.
抗菌薬で治療されていなかったARIsの患者と比較して、抗菌薬で治療された患者は重篤な薬物有害事象のリスクが増加せず、肺炎入院のリスクも減少させた。という結果ですが、15日以内の肺炎予防のためのNNTはなんと12255です。12254人は無駄に抗菌薬を飲んでいる計算になります。入院リスクは減少するかもしれませんが、肺炎予防のために抗菌薬のルーチンの使用が正当化されるとは言い難いと思います。ちなみにこのコホートでは65%の患者に抗菌薬が処方されており、ウイルス性の多い急性呼吸器疾患にたいして抗菌薬がいかに多く投与されているかも推測できます。

[抗菌薬をすぐ飲めば症状が軽くて済むか?]
急性呼吸器感染症における抗菌薬処方戦略として抗菌薬使用のタイミングを症状初期に行うべきか、それとも遅れてからの投与か、痛み、倦怠感、発熱、咳やのどの痛み、急性中耳炎、気管支炎(咳)と鼻漏、などを評価したコクランによれば
Delayed antibiotics for respiratory infections.
咳や風邪などの臨床症状において、抗菌薬の即時使用、遅延使用、使用なしいずれにおいても明確な効果は無いとして、ほとんどの臨床転帰はどの治療においても明確な差は見いだせなかったと結論しています。患者満足度は抗菌薬を即時投与した方がわずかに高かったようです。風邪をひいたとき、抗菌薬をすぐに飲めば早く治るような錯覚を覚えますが、明確な根拠なしといえそうです。しっかり経過を観察し、それから抗菌薬の使用を判断するということも可能であることをこの報告は示唆しています。

[結局のところ薬剤師としての対応はどうすればよいのか]
今までの報告のポイントを整理すると、
■抗菌薬で肺炎を予防できるのは12255人に1人
■急性副鼻腔炎の90%はウイルス性で抗菌薬無効
■細菌性副鼻腔炎に抗菌薬を使用しても著明に効果が得られたとする報告は少ない
■咳が長期間持続している場合抗菌薬投与以前に結核などの鑑別を行う必要がある
■抗菌薬を症状発症後すぐ飲んでも、症状悪化が防げるわけではない。
■抗菌薬の副作用や薬剤アレルギーは侮れない

患者さんからの「抗生剤出てないのかい?」という質問に対しては以上のようなポイントをネタにお話すれば、かなり説得力は高まると思います。問題なのはすでに処方されている抗菌薬をどう取り扱うかです。当然抗菌薬が必要な症例もあるでしょうから、診断を行うことができない薬剤師にその必要性を完全に否定することは現実問題無理でしょう。風邪という、非常に日常的な疾患を医師と一緒に考えていく機会を増やすこと、例えば調剤薬局であれば論文をネタに医師に面会をしに行くとか、薬剤情報提供業務の一つとして、いままで見てきた報告をコンスタントに情報提供し続けることも必要なことだと思います。

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