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2013年10月7日月曜日

薬が効くとは何か

[完璧な“円”は存在するか?]
「円」、お金の¥ではなく図形としての「円」を考えてみようか。完璧な円とはなにか、考えたことが有るだろうか。そんなものは実は誰も見たことがないのかもしれない。すなわち、イデアとしての「円」は存在しない。と最近そんな風に思います。
それは概念としてのみ存在し、「円」に見えているようなものは実は「円」ではなくて、脳が作り出したイメージにすぎないかもしれない。「完璧」な円など知りえないのだと言えるかもしれません。
同様に円周率πも実在しないかもしれません。無限に続く数値の羅列の中で、少なくとも数値として記述することは不可能です。これも概念としてのみ存在すると言えます。
円周率が特定できないのになぜ「円」が存在するのか。僕はずっと疑問を感じていました。「円」そのものがイデアであり、その「円」はただのイメージである。そんなものは現実には存在しない。そう考えると、何か腑に落ちるものが有って、そのような観点で、いろいろ考えてみると、なかなかに興味深いのはこの世界そのものだということに気づきます。
たとえば「無限」を知っていますか。無限の本とか、無限に広がる海とか。そのすべてを見たことはおそらくないでしょう。そんなものは無限であるがゆえにこの目で見ることは、なるほど確かに不可能ですが、僕らの脳は無限を受け入れ無限のものとして処理できる。そう、イメージの世界として処理することは可能です。

[風邪薬を服用したというクオリア]
おそらく“早めの風邪薬”の効果も似たようなものだと考えています。少なくとも現代の医科学で“早めの風邪薬”の具体的な効果を科学的根拠に基づいて記述することは相当困難であるといえます。“早めの風邪薬”を服用するというクオリアが、「効いたよね」と記述されることもあれば、「そんなもの聞くか」と記述されることもあります。早めの風邪薬の効果は、「円」がこの世に存在するというイメージや無限に広がる海を実際に見たことがないのに無限に広がる海として処理されるのと同じように、早めの風邪薬が効くかどうか実際には良くわからないのに「効いたよね」と記述されることはイメージの世界であると思います。
そう考えればすべての薬が効くのか効かないのか実際には分からないということにつながっていきます。薬を飲んだというクオリアが、「効く」こともあれば「効かない」こともある。これはランダム化比較試験に代表されるようなエビデンスの結果でたとえ有意差があっても「効く」こともあれば「効かない」こともあるということなのだとおもいます。すなわち、臨床試験の結果もまたイメージの世界でしかないのかもしれないと感じています。そして実は薬が効くということはそれほど重要ではないのかも知れません。

[重要なのはモノ自体の薬が効くか効かないかということではない]
アボカド醤油とマグロの刺身はなかなか興味深い問題です。アボカドにわさび醤油をかけるとマグロの刺身の味がする。いやこれだまされたと思ってやってみると案外いけます。これをマグロと混ぜて海鮮丼にしても、やはり海鮮丼なのです。駄菓子の豚カツを卵でとじてご飯にかけたらカツ丼。これも興味深い。駄菓子のとんかつは今でも売っているのだろうか。まぁグルメな人は別としても、海鮮丼もカツ丼もマグロかどうか、豚カツかどうか、実はあまり重要ではないかもしれません。そういう白黒つけることは大事なことのように思えて、実はどうでもいいこと。要は海鮮丼やかつ丼としておいしく食べればそれで良いじゃないかと思ったりします。インフルエンザかどうかはあまり重要ではないかもしれないし、多くの人でインフルエンザ検査はそのような観点からしたら不要かもしれない。結局、医療介入がなんであれ、患者が患者自身の人生における不条理を受け入れつつもその老いと共に出来る限り健やかに生きていける、というところを目指してるなかで、この薬が効くかどうか、この検査が有効かどうか、そういう白も黒も無いでしょう。
マグロかアボカドか決めることにあまり意味がないように、とくにプライマリケアでは病気かそうでないかなんて、実はどうでもよかったりします。専門医がみるような専門的な疾患はまた別かもしれませんが、たとえばノロウイルス感染症において、ノロウイルス感染症かどうかを決めたとして治療は同じでしょう。ただ吐き気と下痢があるだけです。ノロウイルス感染症かどうかは重要ではないなんて最近は思います。同様にモノ自体(化学物質としての)薬が効くか効かないのかという客観的なデータにあまり意味がないようにも感じます。それはモノ自体の薬の効果というものは、ヒトにおけるクオリアによって実に様々なコトバを作り出すからです。モノ自体の薬がたとえプラセボでもある人にとっては症状が楽になったというクオリアを生み出し、この薬は効くという言葉として記述されます。

[リンゴは赤い。しかし皆が同じ赤を見ているか]

リンゴの赤。赤を見ている時、僕らはそれを赤と感じます。緑に感じることは不可能だし、たとえ青だ言われても赤と感じてしまうものはしょうがない。今隣に色盲のヒトがいたとして、リンゴの赤をどう説明しようか。コトバと現象の間の溝はとてつもなく深い。色は、たとえ色盲じゃなくてもみんな本当に同じに見えてるんだろうか。病気の症状を表したコトバと病気やそのものの現象や、モノ自体としての薬の効果を規定した客観的データと薬を服用したというクオリアのギャップは思いのほか大きいかもしれない。

2013年5月15日水曜日

風邪に抗菌薬は効果がありますか?


以前、風邪については少しまとめました。
ウイルス性であれば抗菌薬はもちろん不要ですが、実際に現場で風邪症状という患者訴えに対して抗菌薬が高頻度で処方されているというのが現実ではないでしょうか。風邪で受診して、抗菌薬の副作用で夜間救急外来を受診するなんてことが起こり得ないとは言えません。僕自身の実体験として何例か経験しています。抗菌薬処方は救急外来受診の要因となっているという報告もあります。
Emergency department visits for antibiotic-associated adverse events.
風邪に対して万が一症状の悪化に備えて、抗菌薬を投与すべきか、それとも副作用リスクを考慮すべきか…。風邪をこじらすリスクと抗菌薬の有害事象リスク、「リスクの価値観」を取り扱うに大変身近な疾患であるだけに、そのとらえ方は本当に奥が深いと思います。ここでは風邪として呼吸器感染症全般に対する抗菌薬はどの程度ベネフィットが期待できるものなのか、まとめてみたいと思います。

[鼻水がひどい症状に対する抗菌薬]
米国感染症学会の急性細菌性副鼻腔炎のガイドライン
IDSA clinical practice guideline for acute bacterial rhinosinusitis in children and adults
によれば、急性副鼻腔炎の90%以上がウイルス性だといわれています。細菌性であっても必ずしも抗菌薬の投与が必要かどうかは重要な問題です。ガイドラインでは、
*症状、所見が持続的で少なくとも10日間臨床的症状改善所見れない場合
39度以上の高熱と膿性鼻汁、顔面痛が34日間続く症例
*典型的なウイルス性上気道炎感染に続いてに起こる発熱・頭痛・鼻汁の増加が5から6日続く時
3ケースに対して抗菌薬投与を推奨しています。ガイドラインで推奨されている抗菌薬は小児、成人ともにアモキシシリン/クラブラン酸です。
では実際に急性細菌性副鼻腔炎に抗菌薬の投与は有効なのでしょうか。成人におけるランダム化比較試験では10日間のアモキシシリン投与はプラセボと比較して3日目の症状改善をしないという結果でした
Amoxicillin for acute rhinosinusitis: a randomized controlled trial.
さらにアモキシシリンとステロイドを併用しても治癒効果はプラセボと変わりないという衝撃的な結果もあります。
Antibiotics and topical nasal steroid for treatment of acute maxillary sinusitis: a randomized controlled trial
ガイドラインで推奨されているのはアモキシシリン単剤ではなくクラブラン酸との合剤です。クラブラン酸はペニシリンを分解してしまうβラクタマーゼを阻害する薬剤で、βラクタマーゼを産生するペニシリン耐性菌にも効果を発揮します。ガイドラインで推奨されているアモキシシリン/クラブラン酸ではその有効性は期待できるのでしょうか。1歳~18歳の188人を対象としアモキシシリン、アモキシシリン/クラブラン酸、プラセボの3群を比較したランダム化比較試験では14日における治療効果は3群で差が出なかったという結果でした。
A randomized, placebo-controlled trial of antimicrobial treatment for children with clinically diagnosed acute sinusitis.
急性細菌性副鼻腔炎に対する抗菌薬の効果は多少の改善効果はあるものの、投与なしでも2週間程度で改善し、抗菌薬による臨床的メリットは小さいという報告もあります。
Cochrane Database Syst Rev. 2008 Apr 16;(2):CD000243.
軽症例では抗菌薬の必要性は低いといえそうです。

[咳が続く肺炎の無い症状に対する抗菌薬]
咳の持続期間が28日以内で肺炎の疑いのない急性下気道感染症を持つ18歳以上の患者を対象にアモキシシリンの有効性を検討したランダム化比較試験があります。
Amoxicillin for acute lower-respiratory-tract infection in primary care when pneumonia is not suspected: a 12-country, randomised, placebo-controlled trial
プライマリアウトカムは中等度以上の症状悪化の持続時間、セカンダリアウトカムは、日2日~4日の症状増悪率および新規症状の発現で調評価者及び患者を盲検化しています。
結果は以下の通りです。
■中等度以上の症状悪化持続期間
▶アモキシシリン群はプラセボ群に比べてほぼ同等(HR 1.06, 95% CI 0.961.18)
■症状の重症度スコア
アモキシシリン群はプラセボ群に比べてほぼ同等(アモキシシリン群1.62 プラセボ群1.69)
▶スコア差:-0.07 (95% CI 0.15 to 0.007)
■新規症状、または症状悪化率はアモキシシリン群で少ない
アモキシシリン群162/1021 [159%]
プラセボ群194/1006[193%]  p=0043;NNT= 30
■吐き気、発疹、下痢の副作用はアモキシシリン群で有意に多い
  NNH=21, 95% CI 11174; p=0025
プライマリケアにおいて肺炎が臨床的に疑われていない急性下気道感染症ではアモキシシリンは、多少のベネフィットがあるものの、わずかではあるが有害作用を引き起こすとしています。

急性気管支炎に対する抗菌薬(アジスロマイシン)の健康関連QOLに対する効果も明確に示されていません。
Azithromycin for acute bronchitis:a randomized,double-blind controlled trial
Lancet. 2002 May 11;359(9318):1648-54.PMID:12020525

咳が長く持続する例では肺結核などを考慮せねばならず、ここで安易にキノロン系抗菌薬などを投与すると大変なことになります。非常に使いかってもよく、臓器移行性も良好な薬剤ですが、呼吸器にキノロンを使用する場合は結核を除外できていることが重要です。抗結核作用があるため診断の遅れにつながることがあります。結核診断前のキノロン暴露が死亡リスクに関連するという衝撃的な論文が報告されています。
Fluoroquinolone exposure prior to tuberculosis diagnosis is associated
with an increased risk of death

[呼吸器感染症において抗菌薬で肺炎は予防できるのか]
風邪に対する抗菌薬使用を正当化する根拠として重篤な肺炎への移行を阻止するためというのがあり、僕も薬剤師になった当時、細菌への二次感染から肺炎なんかを予防するために抗菌薬が出ているんだぞ、と教わりました。予防のために薬をこんなに出していいもんなのかと当時はそんな疑問を持ちつつ、風邪には抗菌薬、やっぱキノロン効くねみたいな。

2013年に入りとても興味深い後ろ向きコホート研究がAnn Fam Medに掲載されました。
Risks and Benefits Associated With Antibiotic Use for Acute Respiratory Infections: A Cohort Study
1986年から2006年までにおける英国のプライマリケアデータベースから急性非特異的呼吸器感染症ARIで受信した成人患者1,531,019人を対象に抗菌薬を投与した場合とと伊代しなかった場合を比べて、ARIsで受診後15日以内の市中肺炎による入院リスクとARIsで受診後15日以内の重篤な薬物有害事象リスク(過敏症、下痢、発作、不整脈、肝・腎不全)を検討した報告です。
結果は以下の通りです。
■重篤な薬物有害事象
・抗菌薬の投与で患者10万人当たりのイベント数は0.37イベント少ない傾向にある
-0.37(95% CI, 5.31 to 2.07).
・抗菌薬の投与で患者10万人当たりのリスク差は1.07少ない傾向にある
-1.07(95% CI, 4.52 to 2.38; P = .54)
■肺炎による入院
・抗菌薬の投与で肺炎による入院リスクは減少する。
▶調整リスク差:-8.16(95% CI, 13.24 to 3.08; P = .002).
▶肺炎を一人減らすためのNNT=12,255.
抗菌薬で治療されていなかったARIsの患者と比較して、抗菌薬で治療された患者は重篤な薬物有害事象のリスクが増加せず、肺炎入院のリスクも減少させた。という結果ですが、15日以内の肺炎予防のためのNNTはなんと12255です。12254人は無駄に抗菌薬を飲んでいる計算になります。入院リスクは減少するかもしれませんが、肺炎予防のために抗菌薬のルーチンの使用が正当化されるとは言い難いと思います。ちなみにこのコホートでは65%の患者に抗菌薬が処方されており、ウイルス性の多い急性呼吸器疾患にたいして抗菌薬がいかに多く投与されているかも推測できます。

[抗菌薬をすぐ飲めば症状が軽くて済むか?]
急性呼吸器感染症における抗菌薬処方戦略として抗菌薬使用のタイミングを症状初期に行うべきか、それとも遅れてからの投与か、痛み、倦怠感、発熱、咳やのどの痛み、急性中耳炎、気管支炎(咳)と鼻漏、などを評価したコクランによれば
Delayed antibiotics for respiratory infections.
咳や風邪などの臨床症状において、抗菌薬の即時使用、遅延使用、使用なしいずれにおいても明確な効果は無いとして、ほとんどの臨床転帰はどの治療においても明確な差は見いだせなかったと結論しています。患者満足度は抗菌薬を即時投与した方がわずかに高かったようです。風邪をひいたとき、抗菌薬をすぐに飲めば早く治るような錯覚を覚えますが、明確な根拠なしといえそうです。しっかり経過を観察し、それから抗菌薬の使用を判断するということも可能であることをこの報告は示唆しています。

[結局のところ薬剤師としての対応はどうすればよいのか]
今までの報告のポイントを整理すると、
■抗菌薬で肺炎を予防できるのは12255人に1人
■急性副鼻腔炎の90%はウイルス性で抗菌薬無効
■細菌性副鼻腔炎に抗菌薬を使用しても著明に効果が得られたとする報告は少ない
■咳が長期間持続している場合抗菌薬投与以前に結核などの鑑別を行う必要がある
■抗菌薬を症状発症後すぐ飲んでも、症状悪化が防げるわけではない。
■抗菌薬の副作用や薬剤アレルギーは侮れない

患者さんからの「抗生剤出てないのかい?」という質問に対しては以上のようなポイントをネタにお話すれば、かなり説得力は高まると思います。問題なのはすでに処方されている抗菌薬をどう取り扱うかです。当然抗菌薬が必要な症例もあるでしょうから、診断を行うことができない薬剤師にその必要性を完全に否定することは現実問題無理でしょう。風邪という、非常に日常的な疾患を医師と一緒に考えていく機会を増やすこと、例えば調剤薬局であれば論文をネタに医師に面会をしに行くとか、薬剤情報提供業務の一つとして、いままで見てきた報告をコンスタントに情報提供し続けることも必要なことだと思います。

2013年1月23日水曜日

薬剤師の視点で見る風邪の考え方


感冒症状の患者さん、その多くはウイルス性感冒によるものだと思いますが、私個人の経験では外来処方の多くに抗菌薬が処方されています。患者さんもそれに、慣れてしまっているというか、抗菌薬があれば熱が下がると思ってらっしゃるような話も聞いたことがあります。熱がよく出るから、定時薬のついでに予防的に毎回もらっていく…。なんてことを経験したことはないでしょうか?

薬剤師が患者さんの症状をみて抗菌薬が必要かどうか判断するのはその業務範囲を逸脱していると思いますし、そのような判断はするべきではないと思います。ただ外来業務を行っていると、明らかに抗菌薬不要ではないかと疑いたくなるケースに遭遇するのも確かです。たとえば今の時期、インフルエンザシーズンですが、検査で陰性だったから、いちおう抗菌薬とか、ノロウイルス感染症流行期の嘔吐下痢にキノロンとか…。確かに抗菌薬が必要なケースもあると思いますし、薬剤師が介入する部分ではないので、疑義を行うまでもなく、調剤し、服薬指導を行います。

本邦の医療はアクセスがとても良くて、夜間救急ではインフルエンザシーズン期、インフルエンザ症状で罹っても、大抵、検査陰性か、検査自体しないことが多いです。私の勤務経験では30%くらいは陽性出てません。本当に医療アクセスが良くて、みんな初期にかかるから、診断が難しいという側面もあるのだと思います。このような状況で夜間急患では、とりあえず風邪といわれて薬局に来る人は多いです。アセトアミノフェンしか出ていない患者さん、「抗菌薬出してもらえないんですか?」に答える前に、“とりあえずの風邪”に隠れた危険な疾患をほんの少しまとめてみます。

[震えが止まらない…菌血症]
インフルエンザ流行期、検査陰性で熱が上がってきている、悪寒もひどい、なんて症状でアセトアミノフェンのみというケースは本当に多いです。大抵はインフルエンザだと思いますので、むしろその処方で十分なはずです。ただこの時期の高熱・ひどい悪寒は菌血症を見逃す可能性が大きいといえるかもしれません。悪寒戦慄(止めようと思っても止められないほどの寒気と震え)は菌血症の可能性が非常に高いといわれています。

悪寒の程度と菌血症(血液培養陽性)の感度・特異度
The degree of chills for risk of bacteremia in acute febrile illness 
■寒気:一枚羽織りたくなる。
感度87.5% 特異度51.6
■悪寒:毛布を何枚も羽織りたい。止めようとすれば止められ
感度75.0% 特異度72.2
■悪寒戦慄:止めようと思っても止められない
 感度45% 特異度90.3
 
高熱が出ていて、震えがひどくて止めようと思っても止められないぐらいだ、という主訴は軽視すべきではないかもしれません。悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症のリスクを推定するうえで非常に重要だと覚えておいて損はないと思います。

[頭痛がひどい…髄膜炎]
頭痛も主訴としては多いと思います。多くの場合発熱に伴う頭痛ではありますが、警戒すべきは髄膜炎です。Jolt accentuation of headache1)は薬剤師でも外来で簡単に質問できて、とても有用だと思います患者さんに1秒間に2~3回の速さで頭部を左右に振ったときに頭痛が強くなるかどうかを見ますが、いままでに経験したことがないほどの頭痛で「歩く振動で頭痛が強くなりますか」にYESであれば陽性とみて良いそうです。2)ちなみにJolt accentuation of headache陰性であれば感度97%なので多くのケースで髄膜炎を除外できると思いますが、逆に陽性であれば特異度は60%なのでここから先は薬剤師の仕事ではありません。状況に応じて処方医へフィードバックすることも考慮したいです。ただこの質問は認知症や意識レベルに問題のある患者では痛みの状況をうまく伝えられない可能性があり、注意が必要です。重要なのは薬剤師がJolt accentuation of headacheを行うのは髄膜炎を診断することではありません。髄膜炎でない可能性が高いことを伝え、患者さんを安心させてあげることです。

[抗菌薬をやめると熱が出る…感染性心内膜炎]
高熱症状の裏に潜む感染性心内膜炎は薬剤師にはなかなか難しい疾患だと思います。感染性心内膜炎とは心臓の内側に細菌感染が起こり心臓弁の炎症性破壊と菌血症をきたす疾患です。菌血症が先行して心臓内膜に菌が付着し、細菌が感染巣を形成します。黄色ブドウ球菌が原因菌の場合は経過は急激で死亡率も高いとされています。感染性心内膜炎がどのような臨床症状がどれだけの頻度で発生するのか知っておくことは有用かもしれませんが、外来で薬剤師でも拾えそうな症状は、38度以上の発熱(96%)、爪下の線状出血(8%)、血尿(26%)3)くらいしかありません。歯科治療の既往や人工弁置換、などの初来局アンケート情報も参考にするべきでしょう。


[発熱・腹痛・黄疸…急性胆管炎]
急性胆管炎は重症化すると意識障害や血圧低下を来し死に至ることがあるのでツウ位です。臨床所見はCharcot3徴が有名です。すなわち発熱・黄疸・腹痛です。ただ実際には全ての症状が揃わないことも多く4)発熱のみというケースも多いようです。そのため薬剤師が外来でトリアージを行うのは不可能に近いですが、寒気を伴いCharcot3徴の発熱・黄疸・腹痛の訴えがあった場合、ただの風邪ではない可能性があると疑っても良いのではないでしょうか。

[抗生剤出してもらえないですかね…。]
通常の感冒症状で抗菌薬が出ない処方を見ても、薬剤師としては特に違和感を感じることはないですが、患者さんによっては「抗菌薬でないんですか?」「いつもの病院では出してもらっているけど」「抗生剤飲まないと熱が下がらないんですよ」なんて言われたりした経験も多いのではないかと思います。多くの風邪の原因微生物はウイルスなので細菌をやっつける抗菌薬は意味がないんですよ、と説明しても、「いつもの病院はくれるよ」とか「でも無いと心配なのよね~」とか「あの抗生剤飲めば一発で治るのに、何で出してくれないんだ」などなど、実に様々な反応が返ってきます。

細菌による感染症は原則として「単一臓器に1種類の菌」だといいます。要するに鼻水がひどい細菌性肺炎というのは考えにくいのです。また咽頭痛のおいても同じことが言えます。A群溶連菌性咽頭炎の診断基準であるCenterの診断基準5)でも「咳がない」ことが診断確率を上げる項目としてあります。細菌感染は多領域に症状を起こさないと覚えておくと何かと便利そうです。

一方でウイルス性感冒は様々な症状を同時に引き起こします。鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっているのであれば、ほぼ間違えなくウイルス性であるといわれています。
しかしながら“ウイルスという細菌“だと認識されている方もいらっしゃり、ウイルスと細菌の違いを病気の人に事細かく説明するのもお互いに大変ではありますが、風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することがやはり一番なのかもしれません。

急性副鼻腔炎も多くはウイルス性です。細菌性急性副鼻腔炎に抗菌薬が必要かどうかに関しましてはいろいろと議論もあるかと思いますが、まず根本として、そもそも副鼻腔は無菌状態ではないということがポイントではないかと思います。従いまして耐性菌云々やスペクトラム云々の話の前に、抗菌薬で無菌状態にする必要はないということを覚えておくと抗菌薬、抗菌薬と・・騒ぐ必要が少なくなるかもしれません。

[ポイントを整理すると…]
■風邪に隠れた危険な疾患を軽視すべきではない。
  ・悪寒の程度は急性熱性疾患において菌血症リスク推定に重要
  ・ひどい頭痛は歩く振動(本来は首を振って)で頭痛が強くなるかどうかを確認
  ・高熱患者では歯科治療歴、人工弁置換などの病歴もしっかり確認すべき
  ・発熱・黄疸・腹痛はただの風邪ではないかもしれない。
■細菌感染は多領域に症状を起こさない。
■鼻汁症状、咽頭痛、咳症状が同時に起こっている=ウイルス性の可能性が高い
■体の外側に近い部位は無菌状態ではないので、抗菌薬で無菌にする必要はない。
■風邪の多くはウイルスが原因であり、抗菌薬はウイルスに効果がないと説明することが大切
■当然ウイルスに抗菌薬は効果がないため不要

抗菌薬が必要なケースと不要なケース。これを判断するのは本当に難しいと思いますし、薬剤師の仕事ではないかもしれません。ただ、「抗生剤出してもらえないんですか?」という質問に対して、自信をもって患者さんに安心してもらえるような説明ができればと思います。

[参考文献]
1)   headache 199131(3):167-171
2)   誰も教えてくれなかった風邪の診かた;医学書院;84-85
3)   Arch Intern Med. 2009 Mar 9;169(5):463-73
4)   Theor sug8:15-20 1993
5)   JAMA 2000284(22):2912-2918

2012年12月16日日曜日

小児の咳に効く薬はありますか?


小児の夜間の咳は、その親の心配な原因の一つかと思います。咳が収まりとりあえず寝付いてくれればその不安も和らぐことが多いでしょう。小児の風邪の症状では発熱も心配ではありますが、夜間の咳に対する治療が子供も含めた両親の安心感につながる重要な治療だと思います。

小児外来ではツロブテロールテープ剤が処方されることも多いと思いますが、本来は気管支喘息,急性気管支炎,慢性気管支炎,肺気腫による気道閉塞性障害に基づく呼吸困難症状の改善に適応があります。明らかな適応がない場合については、風邪の咳止めとして安易な使用は控えるべき薬剤ではないかなと思います。

医療機関の診療が終了してしまった夜間、救急外来へ行くまでもないけれども咳がつらそうなので、市販の咳止めOTC薬の購入を検討するケースもあるかと思います。OTC咳止めは効果があるのでしょうか。

OTC咳止めは本当に効くのか?】

Over-the-counter medications for acute cough in children and adults in ambulatory settings.
Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD001831.

急性咳嗽に対する経口OTC鎮咳薬の効果を検討したシステマテックレビューです。

P:小児または成人患者に
EOTC咳止め薬を投与すると
C:プラセボに比べて
O:咳の症状はどうなるか

ランダム化比較試験のシステマテックレビューで2名のレビューアーが評価しています。
これによれば、鎮咳薬(2研究)、抗ヒスタミン薬(2試験)、抗ヒスタミン薬+充血除去(2試験)及び鎮咳薬/気管支拡張剤の組み合わせ(1試験)は、いずれもプラセボに比べて明確な差が出なかったとしています。市販のOTC医薬品の咳に対する効果は明確なエビデンスに乏しいという衝撃的なレビューです。

【子供の咳には、はちみつが効く?】
インターネットで咳に対する民間療法をしらべてみると蜂蜜が効果があるような記載があります。小児の咳に関してアメリカ小児学会誌に興味深い論文が掲載されています。
Effect of Honey on Nocturnal Cough and Sleep Quality: A Double-blind, Randomized, Placebo-Controlled Study
Pediatrics. 2012 Sep;130(3):465-71

P小児上気道感染症、夜間の咳、が続く1から5歳までの300人の小児
E:ユーカリ蜂蜜10g就寝前投与64
E:柑橘類の蜂蜜10g就寝前投与62
E:シソ科の蜂蜜10g就寝前投与73
C:プラセボの就寝前投与71
O:咳の症状
2重盲検ランダム化比較試験です。
3種類全ての蜂蜜製品およびプラセボ群では、治療の夜に、治療前の夜から有意な改善があり、その改善は蜂蜜グループのほうが大きかったという結果でした。

 

小児における蜂蜜の咳に対する効果はコクランでもレビューされていました。
Honey for acute cough in children
Cochrane Database Syst Rev. 2012 Mar 14;3:CD007094.




   P外来における2歳~18歳の小児
E:蜂蜜単独または抗菌薬と蜂蜜の併用
C:無治療またはプラセボあるいは他の鎮咳OTC
O:小児の急性の咳症状

ランダム化比較試験のシステマテックレビューです。
2名のレビューアが独立して評価しています。
このレビューでは蜂蜜は咳の症状緩和に無治療、あるいはジフェンヒドラミンよりも良いかもしれないがデキストロメロルファンより効果が優れているといえないとして、蜂蜜の使用について明確な根拠が不足しているという結論でした。
咳の症状に対して7ポイントのリッカート尺度を用いて検討した蜂蜜の効果は、無治療に比べて咳の頻度を減らしていますが、論文のバイアスが高いとしています。
mean difference (MD) -1.07; 95% CI -1.53 to -0.60; 2試験154例を対象)

  蜂蜜は無治療に比べて、そして市販薬のリスク、ベネフィット、コストを考慮すれば、市販薬よりその使用を検討する価値は十分あるのかなと思います。ただ、蜂蜜の中には芽胞を形成し活動を休止したボツリヌス菌が含まれている場合があり、1歳未満では乳幼児ボツリヌス症を引き起こすことがあるため注意すべきです。

【ベポラッブって本当に効くんですか?】
テレビのCMでもおなじみで昔からある、胸に塗る外用薬剤ですが、これって本当に効くのでしょうか?その有効性分は以下のような感じです。
dl-カンフル■テレビン油 ■l-メントール ■ユーカリ油 ■ニクズク油 ■杉葉油 添加物:チモール、ワセリン

いまいちピンときません。実はこの薬剤、検証された臨床試験がアメリカ小児学会誌に掲載されていました。
Vapor Rub, Petrolatum, and No Treatment for Children With Nocturnal Cough and Cold Symptoms
Pediatrics. 2010 Dec;126(6):1092-9.
http://pediatrics.aappublications.org/content/126/6/1092.long

P:2から11歳の138例の小児
E:ベポラッブ44
E:ワセリン47
C:無治療47
O咳の症状はどうなるか?
2重盲検ランダム化比較試験です。
症状スコアは無治療群に比べてベポラップ群ではスコアが改善したが、ワセリンは、各症状に対して無治療よりも有意に良好ではなかった。刺激性の副作用は、ベポラップ使用の参加者でより多くみられた。という結果でした。さらに小児やその両親の睡眠障害も改善しています。

 
【ベポラッブは安全な薬なのでしょうか?】

本邦ではこの薬剤6カ月から使用できるとされています。外用剤ですし、含まれている有効成分を見てもそれほど危険な薬剤ではなさそうですが・・。ただ少し気になる報告が、CHEST誌に掲載されています。
Vicks VapoRub Induces Mucin Secretion, Decreases Ciliary Beat Frequency, and Increases Tracheal Mucus Transport in the Ferret Trachea
CHEST. January 2009;135(1):143-148. doi:10.1378/chest.08-0095

論文のイントロダクションで18カ月の健康患児が鼻の下に塗ったことで呼吸困難を引き起こした症例報告の記載があります。この論文自体は動物実験ではあるものの薬剤の刺激で気道粘液の分泌が亢進し、抹消気道閉塞を示唆した文献で、軽視できないものかなと思います。先のアメリカ小児学会誌の報告も対象患者が2歳以上からでしたので、基本的には2歳未満の患者への使用や鼻の下には塗布しない、7日以上使用しないという点に留意すべきだと思います。

【結局のところ、どうしましょうか】
個人的な結論ですが、基礎疾患(喘息等)がないと仮定した場合を考えてみます。

市販の総合感冒薬、多数の薬剤が配合されておる点が少し問題かなと思います。ポリファーマシーのde-escalation“薬をいかに使用しないか” でも触れましたが、小児においても多剤併用は薬剤による有害事象が増加します。Br J Clin Pharmacol. 2010 Sep;70(3):409-17.
またOTC咳止めに明確な効果が期待できないとすると、2歳以上で夜間急な咳の発症で寝付けない時、市販薬を買うのであればベポラッブ、あるいは、はちみつを寝る前に飲ませるのも良いかもしれません。ただはちみつは、1歳未満には使用するべきではありませんし、ベポラッブは2歳未満での使用は私はお勧めしません。また鼻の下には直接塗布しないこと、7日以上連用しないことが基本です。