[お知らせ]


2013年11月1日金曜日

2型糖尿病の心血管イベントは低用量アスピリンで予防できるか? ~第2回、薬剤師のジャーナルクラブを終えて~

2回、薬剤師のジャーナルクラブが無事に終了いたしました。
詳細はこちらをご参照ください⇒お知らせ:第2回薬剤師のジャーナルクラブ
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2型糖尿病における心血管イベント予防効果、特に今回は一次予防について論文を読みながら考えていきました。ご視聴いただきました皆様ありがとうございました。おかげさまで今回もたくさんの学びがありました。その一部を整理しながらまとめて今回の総括としたいと思います。
まずは論文のPECOから簡単におさらいです。
PPatient
どんな患者に?
動脈硬化性疾患の既往を有しない30歳から85歳の2型糖尿病患者2539人(平均年齢64.5歳、男性54.5%)
EExposure
どんな治療や検査をすると?
アスピリン(81mg又は100mg/日)の投与
CComparison
何と比べて?
プラセボの投与
OOutcome
どんな項目で検討?
非致死的・致死的虚血性心疾患、非致死的・致死的脳卒中・末梢動脈疾患などの動脈硬化性疾患の複合アウトカム

[PROBE法について]
この試験では2重盲検ではなくオープンラベルでの試験でした。ただのオープンラベル試験ではなく、アウトカム評価者をマスキングしたPROBE prospective, randomized, openlabel,blinded, end-point)法という試験デザインが採用されていました。PROBE法のポイントを以下にまとめます。

[PROBE法のポイント]
PROBE法はオープンラベル試験なので患者や医師はどちらの治療群に割り付けられているか知っている
PROBE法はランダム化とアウトカム評価者へのマスキングでバイアスを制御している
PROBE法はプラセボを用いることがないので2重盲検よりも比較的コストが安い
■現実問題2重盲検が不可能な試験もある(スタチンなどでは血液検査でのコレステロール値から実薬かプラセボか判明してしまう可能性がある)
■プラセボ効果も含めて効果を検討⇒2重盲検が治療そのものの効果を検討しているのに対してPROBEは臨床において治療全体の評価に適している
PROBE法では主観的なアウトカム(心不全による入院等)は適していない
PROBE法では客観的なアウトカム(死亡、脳卒中発症等)を採用すべき
PROBE法における複合アウトカムでは主観的なアウトカムが含まれていないか注意する

オープンラベル試験なので例えば、実薬群でない患者さんは自分が薬を飲んでいないことを知っています。新薬を飲まないからなんとなく体調がすぐれない、ちょっと胸が苦しい、これは狭心症じゃないか、やっぱり薬飲んでないからかも…。入院した方が良いのではないだろうか…。というわけで「狭心症による入院」、というアウトカムは何らかの形で薬とは関係のない影響を受ける要素を持ちます。主観的なアウトカムはPROBE法には適していません。バイアスを完全にコントロールすることが難しくなるからです。

[論文の結果と有意差検定]
この論文の主な結果は以下のような感じでした。
「動脈硬化性疾患発症はE群で9.6%はC群で11.8%でありE群はC群に比べて20%低い傾向にある」
アウトカム
E

C

ハザードリスク
[95%信頼区間]
動脈硬化性疾患複合アウトカム

68/1262
5.4%)
13.6/1000人年
86/1277
6.7%)
17.0/1000人年
0.80
[0.581.10]
ここから計算されるNNTは追跡中央値4.37年で77人。年間NNT295人と計算されます。絶対差は1.3%です。ハザードリスクは20%減る傾向にあるものの有意差が出ていません。Table2を見ると12個のアウトカムが並んでおり、冠動脈疾患・脳血管疾患死亡のみに有意差がついています。統計的有意差を示すP値は0.0037と言う数字です。これは有意差があって有効という事でしょうか。ハザードリスクを見ると90%も減らすという事になっています。
通常、多重検定を行うと有意水準が甘くなります。簡単に言えば有意差検定を何度も繰り返していれば偶然有意差が出てしまうという事です。今回このTable2では12個のアウトカムに対して有意差検定をかけています。有意水準が0.05だとすれば差が無いのに偶然に有意差が出る確率は48.6%にもなり、0.05を基準とした有意差ありと言うものに意味がなくなってしまいます。0.05と言う数字は原則プライマリアウトカムについてのみ適用できる数字なのです。
このように多数のアウトカムの有意水準について簡易的に決める目安としてボンフェローニ補正と言うものがあります。有意水準0.05を検定したアウトカムの数で割るのです。
この場合12個のアウトカムですから有意水準は簡易的に0.05/12=0.004と計算でき、そう考えれば0.037と言う数字は補正後も有意差ありと言えそうな気もします。しかしながら冠血管疾患と脳血管疾患の複合と言うアウトカムはあらかじめ設定されたプライマリアウトカムでは無いので、結果的に有意差が出そうなもの同士を組み合わせたいいとこ取りかもしれません。(このようなアウトカム設定を個人的に後出しじゃんけんと呼んでいます。ピオグリタゾンの有名な試験にこのような手法を用いて有意差を出していいた論文がありました…)いずれにせよ、プライマリアウトカムではないこの結果が決定的になることは通常はなく、あくまで仮説生成に過ぎません。
「どんなに素晴らしい答えであっても、もとの質問は何だったのか…。」という事を忘れないようにしたいものです。

[サブグループ解析]
論文の結果は平均的な患者群についての平均的な結果です。平均的な患者ではどうなるのかというデータがこのままでは実際の患者さんに適用させることは難しいことも多いはずです。そんなときサブグループ解析を利用して考えてみるのも一つの方法かもしれません。サブグループ解析とは性別や、年齢、喫煙の有無などでグループ分けして解析するもので、どういった年齢でより効果が得られるか、もしくはリスクがあるかなど、細かに検討した解析です。例えば、この論文で言えば65歳以上の男性で禁煙できない人にはもしかしたら効果があるかも知れない…。と考えてみるのはどうでしょうか。サブ解析には以下のような落とし穴があります。
[サブグループ解析の落とし穴]
■多数のサブ解析が行われれば偶然有意差がつく(αエラー:差が無いのに差があるとしてしまう。理屈は先ほどの多重検定と同じ)
■サブグループごとに症例数が少なくなりアウトカム検出力が低下する(βエラー:差があるのに差が無いとしてしまう。理屈は後述するサンプルサイズ不足と同じ)
■サブ解析は有意差が出やすく出にくい⇒プライマリアウトカムで有意差が出ていない時はサブ解析の結果をもって有効とすることは避けるべき。あくまで仮説生成
製薬企業のパンフレット等ではプライマリアウトカムに有意差が出ていなくても、セカンダリアウトカムや、いいとこ取りアウトカムで有意差が出たことを強調したり、サブ解析の結果しか載せないという事もしばしばあります。だからプライマリアウトカムが明確に設定されているかどうかを確認するとこは非常に大切です。
ちなみにサブ解析はとりわけリスクを評価するときに有効です。どんな患者のグループでよりリスクが高いか。安全性や有効性を評価するよりも危険性を評価する際の目安として活用できます。

[プライマリアウトカムとサンプルサイズ]
プライマリアウトカムとしてしっかり明記されていない場合はサンプルサイズ計算されたアウトカムをプライマリアウトカムとして考えて良いと思います。サンプルサイズとは簡単に言えば臨床試験に最低限必要な症例数のことです。具体的には以下の要素で決められています。
[サンプルサイズ計算を行う際に必要な要素]
■検出するべき効果の差(効果量)
■1つの群における効果の推定値
■統計的有意水準α
■期待する統計学的パワー(1-β)
■片側検定か、両側検定か
この論文では「Sample Size Calculation」のところに記載があります。
2-sided α level of .05, a power of 0.95, an enrollment period of 2 years, and a follow-up period of 3 years after the last enrollment, we estimated that 2450 patients would need to be enrolled to detect a 30% relative risk reduction for an occurrence of atherosclerotic disease by aspirin
アスピリンによる動脈硬化性疾患発症の相対リスク減少が30%を見込むには両側検定でα0.05、統計学的パワー0.952450例の症例が必要と書かれています。動脈硬化性疾患発症というアウトカムに対してきちんとサンプルサイズ計算されていることが分かります。またサンプルサイズよりも症例数が少ない場合、実際には差があっても差が出ないことがあります。(βエラー:パワー不足)有意差がない時は、効果不明、もしくは症例が少なくて結果が検出できないという2通りが考えられます。この試験では対象患者は2539人でありサンプルサイズを上回っているため、βエラーの可能性は低そうです。

[エビデンスの取り扱い方]
結果的にこの論文の「結論」ではその有効性を否定するものでもありませんが、心血管イベントを低用量アスピリンでは抑制できなかったと結論しています。薬による有害事象(脳出血や胃腸障害)の問題もあります。基本的に1次予防効果を減少させる傾向にあるけれども明確に得られる治療法かどうかは分からないという可能性が見えてきました。この報告は2008年のものです。その後新たな研究結果が出ているかもしれません。あるいは2次予防ではどうなのでしょうか。EBMの最終ステップは一連の流れの再評価です。EBMの実践は試行錯誤の繰り返し、一つのエビデンスが役に立つかではなく、エビデンスを利用する自分自身が患者の役に立てるかどうかを自問することが大切だと教わりました。

臨床試験には様々な制約があります。理想的なデザインで行われないことの方が実際は多いです。PROBE法には確かにバイアスが入り込む余地が多いかもしれません。しかしながらバイアスを指摘し避難しても何も前に進みません。バイアスがあってもそれが手に入る限り最良のエビデンスであればバイアスを考慮したうえで、活用していくのがEBMだと思います。絶対的に妥当性の高いエビデンスがあればもちろん良いですが、それにこだわるよりも相対的に優れたエビデンスをどう用いるか、絶対的な思考から相対的な思考へ、エビデンス取り扱い方をまた一つ学ぶことができました。

薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical Pharmacists:JJCLIPは臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生、そしてわたくし@syuichiao中心としたEBMワークショップをSNS上でシミュレートした情報共有コミュニティーです。

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