[お知らせ]


2013年12月18日水曜日

インフルエンザかどうかを決めること

[抗インフルエンザ薬を投与するための根拠としての検査]
インフルエンザかどうか検査キットで確認すること、毎年流行期には当たり前のように行われています。インフルエンザ流行期、発熱や上気道症状で受診した人はインフルエンザの迅速診断キットを用いた検査を受ける機会も多いと思います。インフルエンザ感染症かどうか決めることにどんなメリットがあるのでしょうか。最大のメリットと考えられるのは抗インフルエンザ薬を投与すべきかどうかという判断の一助となることでしょうか。インフルエンザ検査キットの特異度は概ね高いと言え、すなわち検査陽性ならば、インフルエンザ感染症の可能性が高いといえます。したがってインフルエンザウイルスに有効とされる抗インフルエンザ薬を使用するかどうかの判断材料の一つとして検査は有用かもしれません。

[肝心の抗インフルエンザ薬の臨床効果]
抗インフルエンザ薬の代表的な薬剤オセルタミビルの臨床効果についてはコクランからレビューが出ていましたが、未出版のデータの入手ができず、その解析にはバイアスがかかっている可能性が指摘されていました。
(参考)地域医療の見え方:抗インフルエンザ薬を服用するという事
このメタ分析によればインフルエンザ様症状緩和までの時間がプラセボに比べて21時間[95%信頼区間-29.5時間~-12.9時間]短縮するというもので、入院リスクなどを減らすものではなく、副作用が多いという結果でした。十分なデータがそろわず、解析データには偏りが生じている点も言及されています。
Oseltamivir vs placebo in nonimmunocompromised adults and children
Ann Intern Med. 2012;157(6):JC3-5より
Outcomes
Number of trials
(n)
Weighted event
rates
Mean difference
(95% CI)

Hours to first
symptom relief
5 (3713)
−21 (−30 to −13)

RRR (CI)
NNT (CI)
Hospitalization
8 (4696)
1.4% vs 1.5%
5% (−59 to 43)
Not significant
Diarrhea
9 (5651)†
5.2% vs 7.0%
26% (3 to 44)
55 (33 to 477)
RRI (CI)
NNH (CI)
Nausea
9 (5651)
8.5% vs 5.5%
55% (15 to 109)
34 (17 to 122)
Vomiting
9 (5651)
7.9% vs 3.6%
119% (57 to 204)
24 (14 to 49)


そして今年4月に未出版データも含めたメタ分析が報告されていたようです。
Effectiveness of oseltamivir in adults : a meta-analysis of published and unpublished clinical trials
いつも通り、論文のPECOから見ていきます。
[P:どんな患者に?]
▶インフルエンザ患者4769人(年齢は平均5.1歳から18歳)
[E:どんな治療をすると?]
▶オセルタミビル(タミフル®)の投与
[C:どんな治療と比べて?]
▶プラセボの投与
[O:どんな項目で検討した?]
▶平均症状持続期間、合併症、入院

論文の妥当性はどうでしょうか。メタ分析の4つのバイアスを確認していきます
[評価者バイアス]
3名の著者がレビューし、2名の著者が各試験の妥当性を確認
[出版バイアス]
▶未出版データも解析に加えています。なんと全11試験中未出版データは8試験。出版されていたのは3試験のみでした。また言語の制限なくサーチを行っています。
[元論文バイアス]
▶プラセボ対照の2重盲検ランダム化比較試験11試験を解析対象としています。
[異質性バイアス]
▶ブロボグラムを視覚的にみて大きなばらつきは確認できません。肺炎のアウトカムではI2統計量31%となっていますが、その他のアウトカムに関してI2統計量は全て0%であり、異質性は統計的にも見られません。

では結果はどうだったのでしょうか。プラセボに比べオセルタミビルは…
■症状持続期間が20.7時間[95%信頼区間13.3時間~28時間]短縮する(ITT解析)
■入院リスクがリスク差で0.1[95%信頼区間-0.5%~0.6]多い傾向にある。(ITT解析)
■肺炎がリスク差で0.6[95%信頼区間-1.7%~0.4]少ない傾向にある(ITT解析)
■急性気管支炎を除く抗菌薬が必要な合併症がリスク差で0.1[95%信頼区間-1.7%~1.5]少ない傾向にある
(※)多くのトライアルで、合併症は抗菌薬が必要な中耳炎、気管支炎、肺炎、副鼻腔炎と定義されているが、急性気管支炎に関しては抗菌薬の使用が推奨されていない。


症状持続時間は減らす可能性があるもののやはり、入院リスクや合併症リスクを減らす可能性は少ない(というかほぼ期待できない)という結論が導き出されています。当然ながら、ブロボグラムを見てみると症状持続期間すら明確には減らさないトライアル(7試験中4試験)もあるようで、2012年のコクランとほぼ同様の結果となっています。

[インフルエンザの検査をする本当の理由]
この結果やコクランのメタ分析の結果を踏まえれば、「インフルエンザの迅速診断キットによる検査陽性⇒オセルタミビル投与」という治療は、実は検査もせず薬も飲まず、ひたすら寝ているということと、それほど変わらない結果だった可能性があるかもしれない、という衝撃的な示唆にたどり着くわけです。もちろん、すべての患者にタミフルが必要ないというのはやや言い過ぎかもしれません。観察研究のメタ分析ではハイリスク患者においてタミフルの使用は死亡リスクなどを減らせる可能性が示唆されています。
Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies.
元論文がlow-quality evidenceなのでその結果の妥当性にしては議論の余地がありますが、ハイリスク患者はランダム化比較試験に組み入れることが難しく、ランダム化比較試験のメタ分析ではこういったハイリスク患者の転帰が反映されていない可能性もあるかと思います。
ただ、非ハイリスク患者において、仮にオセルタミビルの症状持続期間短縮効果すら危うい、もしくは実感できる臨床効果としてそれほど変わらない、という事になれば、インフルエンザ迅速診断キットの有用性は非ハイリスク患者や完全な流行期では乏しいような気もします。もしオセルタミビルの投与を正当化するためだけに行われてるようなインフルエンザ検査だったとしたら、その検査をする意義の多くを失うこととなるでしょう。非ハイリスク患者において、検査をしてオセルタミビルを投与しても、検査をせずオセルタミビルを投与しても、何もせず経過を見ても、それほど実感できる差がないという事が事実であれば、これは大変衝撃的な結果です。しかしながら、それでも「検査陽性⇒オセルタミビル」という流れは大きく変わらない可能性が高いと思います。


非ハイリスク患者であればインフルエンザかどうかを決めることは治療に大きなアウトカムの差をもたらさない可能性が高い。これは2012年のコクランでも既に示唆されていたことでしたが、今回のメタ分析でその可能性はより強まったように思います。ではこの世の中、非ハイリスク患者においてもインフルエンザ検査がやはり正当化される理由いったい何なんでしょうか。インフルエンザ迅速診断キットの感度は60%前後(Ann Intern Med. 2012;156:500511)でそれほど高くありません。したがって陰性なら病気ではないとする除外診断にはあまり向いていないのです。それでも、インフルエンザ陽性であれば周りに迷惑をかけるから仕事や学校を休む、陰性でただの風邪のようなら仕事を無理してでも頑張る。あるいは高齢者施設で感染対策上、病院で検査を受けて、陰性を確認してきてください、とか学校へ再登校するのに陰性であるか確認してきてくださいとか…。「インフルエンザ治癒による再登校届」などが象徴するように、もはやこれは社会的影響下における人の行動判断のために利用されているに過ぎないという側面が見え隠れします。すなわち、検査後の治療方針や治療に対する効果なんて、実はどうでもいいという構造が見えてくる気がします。

0 件のコメント:

コメントを投稿