[お知らせ]


2014年6月13日金曜日

平成26年度第3回薬剤師のジャーナルクラブの開催のお知らせ

ツイキャス配信日時:平成26622日(日曜日)
■午後2045分頃 仮配信
■午後2100分頃 本配信
なお配信時間は90分を予定しております。

※フェイスブックはこちらから→薬剤師のジャーナルクラブFaceBookページ
※ツイキャス配信はこちらから→http://twitcasting.tv/89089314
※ツイッター公式ハッシュタグは #JJCLIP です。
ツイキャス司会進行は、精神科薬剤師くわばらひでのり@89089314先生です!
ご不明な点は薬剤師のジャーナルクラブフェイスブックページから、又はツイッターアカウント@syuichiaoまでご連絡下さい。

[ランダム化比較試験を読む(実践編)]
本年度第1回目から2回にわたりランダム化比較試験を取り扱ってまいりました。
また合わせて抄読会作るノウハウに関してもほんの少し取り扱ってきました。

ランダム化比較試験の論文を使って定期的に抄読会を行うことで、論文の結果がいかに曖昧なものであり、またごくごく当たり前と思われていた事例に関しても、本当のところは神のみぞ知る、と言ったようなことが分かってくるわけですが、第3回はいよいよ、実践編です。

薬剤師が論文を読むことにどんな意味があるのか、英語の論文なんか読んで役にたつのか、薬剤師のEBMと言ったって処方権があるわけじゃないし、そんなものは医師の仕事じゃないのか?
そんな疑問を持たれる方も多いと思いますし、実際のところ、薬剤師がEBMを実践する機会なんてあるんでしょうか。お見せいたしましょう。薬剤師、そして登録販売者のEBMを!

[症例10:葛根湯は総合感冒薬よりも優れているのでしょうか?]
⇒今回の仮想症例シナリオは@pharmasahiro先生に設定していただきました。

[仮想症例シナリオ]
 あなたは、ドラッグストアに勤務する薬剤師です. インフルエンザも花粉症もシーズンを終え、忙しさのピークを過ぎて穏やかな毎日となったとある日の閉店間際、一人の女性が来局されました.
「漢方薬の、葛根湯って薬はあるかしら?市販の風邪薬よりも効くよって友人から言われたから、今すぐにでも飲みたいんだけれど…」
初めてお会いするこの女性に対して、少し詳しく話を聞くと、以下の事がわかりました.

30代前半の多忙な会社員
・数時間前から咳、頭痛、咽頭部違和感(嚥下困難なし)、倦怠感あり、発熱不明
・普段は忙しくて、とても受診できるような時間的余裕はない
・総合感冒薬を飲んでも改善しなかった経験がある
・そのときは結局無理に仕事を休んで病院を受診して、抗菌薬(薬名不明)を貰ったが適当に服用しており、気がついたら治ったという
・妊娠・授乳なし

あなたは、市販薬と葛根湯とどちらが風邪により効果があるのか、その根拠の有無を確かめてみることにしました.

[文献タイトル・出典]
Non-superiority of Kakkonto, a Japanese herbal medicine, to a representative multiple cold medicine with respect to anti-aggravation effects on the common cold: a randomized controlled trial. Intern Med. 2014;53(9):949-56. Epub 2014 May 1. PMID: 24785885

[ランダム化比較試験と漢方薬]
漢方治療には、そのための理論と診断がありますよね。いわゆる「証」と言うものですが、この臨床試験の治療介入ではランダム化されていますから、対象患者の証に合わせた漢方治療理論体系からみて適切な処方が行われていたかどうかはかなり疑わしいもの、と言うよりは事実上不可能であったかと思います。このあたりの影響はどうなのか、僕自身は漢方の素人なのでその理解をこえております@89089314先生のブログをご参照いただければと思います。
漢方に詳しい薬剤師の先生がた、ぜひともご意見をお願いいたします!

[風邪というcommonな疾患に薬剤師・登録販売者としてどう向き合うのか]
いわゆる風邪は誰しもが経験します。風邪をひいても仕事が休めない、早く治さなくては、という社会の中で、薬剤師、登録販売者はこの身近な「身体不条理」にどう向き合ことができるのでしょうか。OTC医薬品のセレクトは薬剤師、登録販売者の経験的なもの、病態生理や薬理学に基づく学術知識、あるいは患者の嗜好(価格を含む)、会社の推売品であること、などを判断とすることが非常に多いと思いますが、OTC医薬品に関しても実はエビデンス多く存在します。そんなエビデンスを参照しつつ、その臨床試験の結果そのものを取り扱うのではなく、エビデンスから得られる示唆をどう活用していくか、ぜひ皆様と一緒に考えたいと思っています。薬剤師のみならず、登録販売者の方々もぜひご参加ください。

[ランダム化比較試験をどう読む?]
予習ポイント:第1回ジャーナルクラブの解説をご参照ください!
ワークシートはこちらを使用します!


薬剤師のジャーナルクラブ(Japanese Journal Club for Clinical Pharmacists:JJCLIPは臨床医学論文と薬剤師の日常業務をつなぐための架け橋として、日本病院薬剤師会精神科薬物療法専門薬剤師の@89089314先生、臨床における薬局と薬剤師の在り方を模索する薬局薬剤師 @pharmasahiro先生、そしてわたくし@syuichiao中心としたEBMワークショップをSNS上でシミュレートした情報共有コミュニティーです。

2014年6月5日木曜日

MRSAによる抗菌薬関連腸炎は実在するのか?

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による腸炎は消化管手術後の発症が多く、激しい水様下痢や小腸の麻痺性イレウスを来たし,敗血症や多臓器不全を呈すると重症化,致死的な転帰をたどることで知られています。本邦では海外に比べても症例報告が多いそうです。死亡例も報告されています。

MRSA腸炎の発生要因として以下の機序が考えられています
(1)口腔もしくは鼻腔を含む上気道に定着・増殖したMRSAの胃への侵入
(2)H2ブロッカー投与などにより胃酸pHが上昇し,MRSAが増殖し腸へ侵入
(3)抗菌薬投与による腸内細菌叢の変動およびMRSAの選択増殖

抗菌薬によるMRSAの選択増殖が原因である可能性が示唆されているわけですが、抗菌薬関連腸炎と言えば、クロストリジウムディフィシル(Clostridium difficile)やクレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)が有名ですよね。

今月、神戸大学病院の岩田先生のグループによるMRSA腸炎に関するシステマテック・レビューが報告されました。(訳に自信がありませんので詳細は原著をご確認ください。わかりにくい日本語はご容赦願います)単に抗菌薬とMRAS腸炎の因果関係を探索するにとどまらない興味深い論文です。

Iwata K, Doi A, Fukuchi T, et. al.  A systematic review for pursuing the presence of antibiotic associated enterocolitis caused by methicillin resistant Staphylococcus aureus. BMC Infect Dis. 2014 May 9;14(1):247. PubMed PMID: 24884581

MRSAと抗菌薬関連腸炎に関する明確な因果関係は現時点では不明です。抗菌薬関連腸炎の大部分がClostridium difficileによるものと考えられており、また治療に経口バンコマイシンを使用することもあり抗菌薬関連腸炎の原因としてのMRSAが注目されることは少なかったようです。日常的に便培養することもそれほど多くない中でMRSA腸炎がClostridium difficileによる腸炎と認識されるケースもあり、また便中のMRSAの存在が直ちにMRSA感染症を示すものではないという事がより拍車をかけてしまっているようです。MRSA腸炎の報告は日本で多いものの、本邦では経口メトロニダゾールが2012年までCDIの治療に承認されていなかったこともあり、CDIの治療にはもっぱら経口バンコマイシンが使用されてきたことが、抗菌薬関連腸炎とMRSA腸炎との関連性をうやむやにしてきたのではないかと考えられます。このレビューでは45の臨床報告と9つの基礎研究を評価し、抗菌薬の使用とMRSA腸炎に関する関連性を検討しました。

コッホの4原則によれば

①ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
②その微生物を分離できること
③分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
④その病巣部から同じ微生物が分離されること

と言うわけですが、MRSAは健康な被験者の糞便中に見つけることができますので、単純に因果関係を証明するためにコッホの仮説を適用することを避け、クレブシエラ・オキシトカと抗菌薬関連腸炎の因果関係を示す際に用いられた方法[N Engl J Med 2006, 355:2418-26]により45の臨床報告を評価しています。

[評価基準]
①下痢発症前の抗菌薬曝露
②内視鏡所見で抗菌薬関連腸炎と一致
③グラム染色や便や腸所見がグラム陽性球菌により引き起こされた抗菌薬関連腸炎と一致
④便サンプルにClostridium difficile等の病原体を排除したうえでMRSAの存在を認める
⑤健常な患者との比較
⑥毒素
⑦動物モデル分析によりMRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の微生物学的根拠を有する
⑧患者の状態が抗MRSA薬の使用後に改善される。
⑨食中毒や毒素性ショック症候群を除外

[結果]
基準
満たした文献数( /45)
38
10
11
45
11
18
0
34
34

既存報告単一の研究では9つの基準全てを満たすものありませんでしたが、今回、45の臨床報告と9つの基礎研究をレビューすることにより、9つの基準、全てを満たすことが分かったとしています。(単一の研究では最大で6個の基準を満たすものが6研究、最小で2個の基準を満たすものが1研究)MRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の存在を確認することができなかったとしても、おそらくその存在を示唆しています。

海外ではあまり報告されないMRSA腸炎は、対照的に日本では数多く報告されていますが、その報告の多くがCDIを除外できていないと考えられます。CDIに対する治療は2012年までバンコマイシンしかなかったため、MRSA腸炎として治療してきたものは実はCDIだった可能性があります。今回のレビューでMRSAに起因する抗菌薬関連腸炎の存在を確認することができなかったとしても、おそらくその存在を示唆しているが、過去に報告された多くのMRSA腸炎の文献は、そういった観点から、その妥当性に問題があるのではないかと思われます。日本からのMRSAによる抗菌薬関連腸炎に関する報告が、近年では減少していますが、日本で報告されていた症例の大部分がMRSA関連腸炎ではなく、単にCDIの誤診ではなかったのかと言えます。

MRSAによる抗菌薬関連腸炎は存在する可能性があるものの、単一の文献ではその妥当性を弱めており、また今回のレビューでMRSAによる抗菌薬関連腸炎の発生率や、臨床的特徴、リスク要因、経済的影響、そして死亡率などの結果を含むその臨床的意義を示すことができませんでした。さらにMRSAによる抗菌薬関連腸炎は稀ではないかもしれないが、国や地域ごとにMRSA感染率が異なるという問題を孕んでいます。臨床的に関連する課題は今後の研究で評価されるべきです。


MRSA腸炎に関する文献を読みまくった結果、その多くは妥当性に欠けると。本邦で報告された多くのMRSA腸炎に関する知見は実はClostridium difficile感染症によるものもあり、その臨床経過や治療方針、リスク要因などの臨床的意義はよくわからない。MRSA腸炎は存在するだろうが、その臨床的意義は今後の研究で評価されるべきという報告でした。

2014年6月2日月曜日

健康食品と偽性Bartter症候群

[Bartter症候群と偽性Bartter症候群]
Bartter症候群(バーター症候群)は低カリウム血症と代謝性アルカローシスを呈する先天性尿細管機能障害で、これらに加えて低マグネシウム血症、低カルシウム尿症を呈する先天性尿細管機能障害をGitelman症候群(ギテルマン症候群)といいます。Bartter症候群は太いHenleループの尿細管上皮細胞膜に発現するチャネルあるいは輸送体をコードする遺伝子の変異で発症し、またGitelman症候群は遠位尿細管上皮細胞膜に発現する輸送体をコードする遺伝子の変異で発症すると言われています。現在Bartter症候群は遺伝子異常により14b(5)型に分類されることが一般的で、電解質異常にともなう脱力感や筋症状、多飲・多尿などが主症状です。一部の病型では末期腎不全に進行することもあり現段階で、特異的な治療法は存在せず、電解質補充など対症療法が中心です。

Bartter症候群は遺伝子変異によりNa-K-2Cl共輸送体がうまく作動しない疾患ですが、 フロセミドなどのループ利尿薬はこのポンプを阻害し利尿作用をもたらします。したがって、ループ利尿薬の不適切連用により、Bartter症候群にきわめて類似した症候を呈すことが知られおり、体液量減少を引き起こす誘因の明らかなものは偽性Bartter症候群(pseudoBartter syndrome)と呼ばれています。主な原因として利尿薬の他に、下剤、慢性下痢、神経性食欲不振症などが挙げられるといわれています。[Lancet. 1968 Feb 10;1(7537):257-61.]

偽性Bartter症候群を発症する背景としては精神的な問題を抱えているケースもあり、原因薬物の中止を行っていてもなかなか低カリウム血症や代謝性アルカローシスが是正されることが難しいと言います。このような精神的な問題を抱えている患者にとって病識や治療意欲に欠けているケースも多く、治療上必要な情報を得ることが難しいという事が原因のようです。本邦でもいくつか症例が報告されていますので具体的に症例を見てみます。

[フロセミド長期服用によるpseudo-Bartter症候群の1症例]
症例は29才女性で14年間のフロセミド服用歴と浮腫増悪に対する習慣性の食塩制限が背景にありました。15歳の時に特発性浮腫のためフロセミドを服用して以来、薬剤中止によりむくみが発生したことや、塩分によりむくみが悪化するという経験からフロセミドを常用するようになったという経緯があります。その後、痛風発作や脱毛症状が発現し29歳の時点で低カリウム、アルカローシスの精査入院となりました。
入院時持続性低K血症および代謝性アルカローシスを呈しており、身長154cmに対して体重重28.5kgと著明なやせ型でした。Bartter症候群類似の病態を示したものの、約420mEqK欠乏にもかかわらず、ネフロン希釈部のCl再吸収は正常で、K欠乏補正後も不可逆性の濃縮障害を示し、本例は利尿薬長期服用、食塩制限、 K欠乏により不可逆性濃縮障害を伴った偽性Bartter症候群としています。

[Furosemide混入健康茶の飲用による偽性Bartter症候群の1]
症例は32歳女性で嘔吐、倦怠感、四肢の筋痛と脱力、そして起立不能のため入院となりました。慢性便秘のため長期にわたり漢方薬のセンナを常用していた背景があるようです。入院時、低ナトリウム血症、低カリウム血症に加え、高尿酸血症も呈していました。
本症例では尿中にフロセミドが検出されたことにより偽性Bartter症候群の診断に至りました。フロセミドの1日服薬量は20270mgと推定され、患者は服薬を否定いました病院食以外に 口にしていた食品について尋ねたところ、5年前より毎日飲用していた健康茶を、入院中にも摂取していたことが分かりました。健康茶ティーバッグの中身には茶葉のほか白色粒状物が多数混在し,高速液体クロマ トグラフィによる医薬品分析の結果すべてフロセミドに一致し、フロセミドを含んだ錠剤を破砕したものと断定されました。 ティーバッグ1袋にはおよそ90mgのフロセミドが混入されていた計算になります。
フロセミドが混入された健康茶の長期飲用が偽性Bartter症候群その誘因の一つと考えられ、診断の後は良好な経過が得られました。尿中フロセミド陽性患者の診察時には、フロセミドを健康食品から摂取している可能性にも注意することが必要としています。

[偽性Bartter症候群による電解質異常は患者背景が重要]
ダイエット食品と称する健康食品には症例②のような事例も報告されており、健康食品と言えど、恐ろしいものがあります。またこのような、ダイエット目的や体型へのコンプレックスなどを抱える背景(特にむくみに対するコンプレックス)を有する可能性のある、若年女性の電解質異常には、このような利尿薬等による偽性Bartter症候群を疑う事も重要ではないかと思います。 嘔吐による低K血症やアルカローシスでは過食症/拒食症が患者背景にもある可能性があり、付随所見として、頻回の嘔吐による手の吐きダコや歯の腐食(胃酸による)等にも注意を払いたいところです。
ただなかなか難しい点は、②の症例報告にも記載がありますが、Furosemide濫用者には、その服薬を頑固に否定する例が多いようです。尿中furosemide陽性の本邦報告例15例については11例が服薬を否定している、としています。

[健康食品に含有される無承認無許可薬物]
痩身効果をかかげた健康食品にはフロセミドの他にもセンナ、マジンドール、エフェドリンなどを無承認無許可で含有しているものがインターネットなどを通じて流通しており、こういった健康食品での健康被害にも注意が必要です。
       
商品例
添加されていた医薬品および化学物質の種類
痩身効果をかかげた健康食品
センナ フェノールフタレイン フロセミド
フェンフルラミン マジンドール
N-ニトロソフェンフルラミン シブトラミン
エフェドリン 乾燥甲状腺
強精効果をかかげた食品、雑貨
男性ホルモン薬
シルデナフィル(バイアグラ)
リドカイン
美肌効果をかかげた化粧品
水銀、ステロイド薬

2014年5月30日金曜日

病院薬剤師、薬局薬剤師、その意識統一がもたらすものは何か

東京女子医科大学病院が、ハイリスク薬の抗癌剤と免疫抑制剤について処方箋発行を院内に戻したという報道が話題となっています。これに対して、日本薬剤師会の常務理事である近藤剛弘氏は“「ふざけるな」”と反論し“「一部の医薬品を院内処方にするというのはもってのほか。患者に迷惑をかける」と指摘したうえで、地元薬剤師会には「何をやっているのか」と指導力を問題視した”と報道されました。
この報道に対して、本題に入る前に僕の正直な思いをあえて示しておきます。

 “様々な取り組みを模索する余裕もないほど日常業務に追われ忙しいなら、なおのこと結構じゃないですか。今更院内に戻すなんてけしからん、なんておかしくないですか。仕事が減って助かるんでしょう。”

おそらく、なんのこっちゃさっぱりでしょう。まあこれは僕の個人的な経験や価値観に裏付けされた思いです。逆に言えば、わかるわかる、という人がいれば、僕はその人と同じような経験をしてきたという事になります。
この病院の院外処方を受けていた薬局薬剤師が地域のため、患者のため惜しみない努力をしており、患者や処方医からの評価も十分得られていたうえでの院内処方切り替えであれば「ふざけるな」という思いに至るのは当たり前の価値観だと思います。現に僕は、僕以上に、はるか僕以上に努力し、地域に貢献されている薬局薬剤師の先生方を多く知っています。僕自身のこの思いを振り返れば、このような信念対立は、おおよそ、人それぞれの経験や価値観に依存していることがはっきりとわかります。

東京女子医大病院側の主張としては“「薬物療法の高度化を背景に、保険薬局において服薬指導を行う院外処方では患者の安全を十分に管理できないと判断。抗癌剤、免疫抑制剤の服用患者には、院内処方で副作用管理と指導を充実させる方針に転換した。」”とし、“「単に院内に戻して薬価差益を出すことは、今の社会的ニーズに全く合っていない」と薬価差益狙いを否定したうえで「ハイリスク薬については、保険薬局以上に質の高いファーマシューティカルケアを実践し、薬剤師外来の展開につなげていきたい」”としています。
保険薬局では質の高いケアを実践できないと暗に主張しているようにも取れます。

そして薬事日報より以下の記事が掲載されました。
“病院と保険薬局による切迫感、危機感の違い”と言明し“同じ薬剤師でも病院と保険薬局で意識の乖離が大きくなっているような印象も受ける。このギャップをどう埋めていくかが重要であり…まずは「医療人」としての意識を統一することが急がれる。それがきっかけとなり、将来的な職能発展につながると信じたい。”としています。

これら一連の記事が波紋をよんでいます。病院薬剤師と薬局薬剤師双方が意識を統一することで、真の薬剤師のあり様が見えてくる、なんていう主張は10年前から何も進歩していないのだと思います。こういう考え方そのものが、病院薬剤師、薬局薬剤師という二元論をまねいているという事に、そろそろ気づくべきではないでしょうか。「統一された意識、薬剤師の真のあり様」みたいなものを前提とする限り、病院薬剤師の取り組みが良いのか、薬局薬剤師が貢献していることの方が価値があるのか、と言った信念対立は解決しません。繰り返しますが、絶対に解決しません。なぜならばそれは「意識を統一しよう」という名の「天下統一」を目指している構造にあります。

[さまざまな取り組みの中で生まれ行く認識の違い]
認識の違い、と言うような信念の対立は誰しもが経験することだと思います。例えば、自身の取り組んできたこと、一生懸命にやってきたことが否定されてしまうというのは本当につらいですし、自分は間違っていないと思う、そんな体験は誰しもが持っているものと思います。

薬剤師と医療への関わり方、というテーマにおいても多様な取り組みがなされています。そのような中で取り組みを模索すればするほど、多様な意見や認識が生まれ、新たな概念が提唱されます。それについて、本当に正しいのか、そうでないのか、と言ったような議論も生まれ、ここに認識の違いが浮き彫りとなってきます。認識の違いは時に、信念の対立を生み出すこともあります。ヒトの本質は他者承認を求める自己意識としての欲望であるといえますから、こういった問題はどのようなテーマであれ少なからず存在するのだと思います。

認識の正しさと言うものがはたしてどれだけ意味のある物なのでしょうか。意識の統一化を図るというのは、洗練された真の薬剤師のあり様を前提とするという事ですが、フィクションや仮説を含む事柄や概念は、それが人々の間で共有されているかがさしあたって重要で、それが本当に正しいかどうかは実はあまり問題じゃないのです。ヒトは無意識のうちに自分の欠落感やアイデンティティー不安を埋めてくれるような物語なら、すすんで信じようとする構造をもっています。そして自分が抱く概念価値観の絶対性が、他人が抱く概念価値観と相対化された時にヒトはどういった行動をするのか考えてみてください。暴力により相手を屈服させるか、ルサンチマンを抱くか。自己中心性に基づけば自ずとそうなってくるのは自明です。有史以来、ひとは宗教対立、あるいは身分制度、そういった問題に対して争いや戦争を繰り返してきました。このように自我のアイデンティティーを優位に保ちたいと思う限り、相互了解を得るためのルール作りは難しいと言えます。

今回は自分へのメッセージとして、このようなケースをどう打開していけばよいのか、考察してみたいと思います。少々長くなりますがおつきあいください。

[高次の認識へ向かう中での信念対立]
ヘーゲルの精神現象学においては「意識が知と真の弁証法的運動を繰り返しながら認識の有り様を高めていくプロセス」を、すなわち経験といいます。対象の自体存在は普遍ではないということは非常に大事だと思います。『自体が自体の認識に対する存在となる』わけですが、しかしながら、対象の新しい真だと思われていた考えも、次の発見により、これも対象についての知に過ぎなかった、ということがわかります。やや難解ですが、簡単にいえば、ヒトの対象認識は一挙に対象についての真に到達することはない。そして真と知が交代運動を繰り返すなかで、高次の認識へ向かう。という事だと思います。

薬剤師の真のあり様みたいなものも、このプロセスの途中にあるものと思うし、だからこそ、いろんな方法論で、いろんな取り組みをすればいいと思います。それに対して、みな思うことはあるし、自分こそ正しいと思うのだけれど、ヒトの価値観は完全に一致させることはできないだろうことは自明です。だからこそ自由にさまざまな取り組みを模索できるのですが、一方でこの不一致はヒト同士の対立を産み出すこともありますよね。

真の薬剤師のあり様という認識においては主体間の幻想的身体の同一性に依存します。すなわち個人の価値観や経験的に身に着けたもの、そういったそれぞれ個々のアイデンティティーに依存するのです。真のあり様をめぐる対立を解消し、知と真の弁証法的運動により、より高次の認識へ到達するためには、個々様々な人たちの認識の一致、すなわち共通了解の可能性の原理を見いだすことが肝要です

[認識の違いはなぜ生まれるのか]
認識問題における実在物の認識は多くの人から共通了解を得ることが容易ですが、概念のような事柄を共有するのはなかなか難しい。例えば目の前にあるリンゴという実在物は誰にもリンゴとして認識されます。それは手にとったり、実際に食べてみてリンゴという確信を得ることが可能だからです。ヒトは原理的にすべての物を疑うことができるという権利を持っていますが、リンゴの質感や味と言うものは多くの人にとって疑えないものとして感じ得るでしょう。実在物に関して言えば、疑えないものと疑えるもののバランスにおいて、圧倒的に疑えないものの比率が高いことが多くの人に共通了解を得られることにつながっています。

しかしながら「統一された意識」あるいは「ことがら」のような概念はどうでしょうか。あなたは「神を信じますか?」と問われ、「私は信じます」と言う人もいれば「神など存在しない」という人もいます。この差はどこから来るのでしょうか。神を確信する根拠となっている“疑えないもの”は人それぞれの価値観、経験に裏付けされたものです。先に述べたように、人は原理的にすべての物を疑う権利を有しています。ただそれは“疑えるもの”と“疑えないもの”のバランスによって一応の均衡を保っているのです。このバランスが崩壊し、“疑えないもの”と言うものがなくなってしまえば、何度も「ほんとう」を確認し続けなくてはいけなくなってしまいます。明日、自分に隕石が落ちて、死んでしまう確率は0%ではない、というテーゼが示すように、外を歩くにも、「ほんとう」に安全か何度も確かめずにはいられなくなってしまう。ヒトは“疑えないもの”と言うものを失えば強迫性観念にとらわれ、日常生活を円滑におくることが難しくなります。話題がそれましたが、概念を共有するための共通了解に必要なことは、倫理的あるいは理論的な事柄の正しさでしょうか?例えば、ある事柄が正しいのか、間違っているのかをはっきりさせ、客観的な真理を示すことが、争いをなくすのでしょうか?

[認識の違いを超えるために]
争いを避けるための一つの要因がコストです。古代中国、魏呉蜀が三つ巴の戦を繰り返してきた時代、イナゴ被害による兵糧不足が休戦をもたらしたと言います。
そして、もうひとつの要因。それはヒトどうしの関係を保つための欲望が、自我のアイデンティティーを保つことよりも大きいという直感です。夫婦喧嘩を思い出してみればわかりやすいと思いますが、価値観の違いをどう乗り越えるか、これはもう互いの関係を良好に保つためには必須の作業であることは明確です。
言い換えれば、相互了解や共通了解を産み出そうとするには、倫理的に良いことだからという理由では決して生じないのです。良いか、悪いかの二元論が、共通了解の可能性を見いだせない構造は、まさに今のべてきた構造にあります。二元論が、発信しているメタメッセージは、俺の意見は絶対間違ってない、お前の意見はあり得ない、というこの二つに尽きるのです。

認識の違いをどう超えて、より高次の認識へ向かうには、互いの認識が正しいかどうかを議論することに意味はありません。そうではなく、まずは正しい認識など存在しない、というところからスタートするべきです。ある認識が正しいかどうかではなく、認識の確信として成立している構造そのもの探し求めることが大事であり、そうすることで、なぜそれぞれの認識に違いが出てくるのかということや、どういう条件があれば広く共通了解が生み出されていくのかということが見えてくる可能性があります。僕らはみんな、自分の関心に応じて物を見てるわけで、絶対に正しいことなんてどこにもないというところから始めなくてはいけません。

大事なのは「統一された意識(薬剤師の真のあり様)」、と「個々の薬剤師が思う取り組み方」の一致の問題において、世界観や価値観が、対立した際に、その共通了解の可能性の原理の問題へと編み変えを行わなければならないという事です。薬局薬剤師の取り組み価値、病院薬剤師の取り組み価値、あるいは相互批判というメタメッセージからもたらすものは明らかです。暴力により相手を屈服させるか、ルサンチマンを抱くか。そして相互了解を得るための認識の確信として成立している構造そのもの探し求めることの困難さは以下の2点に尽きます。
・攻撃されたルサンチマンを乗り越えることの困難さ。
・みずからの『感じ』の正統性を捨てることの困難さ。

冒頭、僕自身が感じた思いを正直に書きました。これに対する反論はもちろんあるはずです。そして僕のこの意見が出てきたのは僕自身の経験から確信されたものです。そして反論される方の意見もそのかたの経験から確信されたものです。攻撃されたルサンチマンを乗り越え、みずからの『感じ』の正統性を捨てること、お互いの経験から見て取れる、薬剤師を取り巻く構造から共通了解を導き出すことこそ肝要です。これは僕自身の問題でもあります。
薬局薬剤師の質のバラツキを示唆させる報道もありました。これが意味するところはいったい何なのでしょうか。ジェネラルに対応せざるを得ない薬局薬剤師に専門性を求めることが問題なのでしょうか。(これは僕の意見ですが、ジェネラルと言うのは一つの専門性です。)
少なくとも薬剤師が急ぎ「医療人」としての意識を統一すべきだとか、自我のアイデンティティーを優位に保ちたいというメタメッセージを発信している限り、将来的な職能発展につながることは絶望的と言わざるを得ないと思います。そこには患者への目線がありません。

僕らが目指すべきはいったいなんだったのでしょうか。すべては患者とその家族のために、そして地域のために。基本となっている構造への共通認識はできているはずなんです。よりよい高次の認識へ至るためにも、あらゆる立場の薬剤師が振り返って考えてみる必要がありそうです。

2014年5月24日土曜日

抗菌薬関連大腸炎とKlebsiella oxytoca

[偽膜性大腸炎のClostridium difficileと出血性大腸炎のKlebsiella oxytoca]
クロストリジウムディフィシル(Clostridium difficile)は抗菌薬関連下痢症及び偽膜性大腸炎を引き起こす最も一般的な病原性微生物として有名です。特にクリンダマイシンやキノロン系薬剤ではそのリスクが上昇すると言います。

Community-associated Clostridium difficile infection and antibiotics: a meta-analysis.
J Antimicrob Chemother 2013 Apr 25.PMID:23620467

Meta-analysis of antibiotics and the risk of community-associated Clostridium difficile infection
Antimicrob Agents Chemother.2013 May;57(5):2326-32.PMID:23478961

抗菌薬投与に関連した大腸炎、特に出血性大腸炎に関しては原因ははっきりしていないものの、Clostridium difficileとは別の微生物との関連が示唆されています。クレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)はグラム陰性桿菌で肺炎や尿路感染症の起炎菌として有名なKlebsiella pneumoniaeと同族の微生物です。ペニシリン系抗菌薬に対して自然抵抗性を有しており、アンピシリンやアモキシシリンは臨床的に無効です。Klebsiella oxytoca の病原性については議論の余地があるようですが、腸内に常在しているケースもあり、臨床的に無効なペニシリン系薬剤が投与された際に抗菌薬関連腸炎を引き起こす可能性があると言われています。

[アモキシシリンと出血性大腸炎]
アモキシシリンの添付文書の重大な副作用に関しても記載がある出血性大腸炎ですが、本邦でもアモキシシリン投与に関連すると考えられる出血性腸炎の症例報告は、いくつか存在します。

①アモキシシリン投与後にみられた急性出血性大腸炎の1
歯科薬物療法Vol. 5 (1986) No. 3 P 135-183
Amoxicillinによる急性出血性腸炎の1
日本大腸肛門病学会雑誌Vol. 37 (1984) No. 2 P 128-131
Amoxicillin (AMPC) による抗菌性物質起因性出血性大腸の4
歯科薬物療法Vol. 16 (1997) No. 1 P 6-9

このうち①ではKlebsiella oxytocaが単離されているようですが、②では単離されませんでした③の報告では4例中Clostridium difficile1例で残り3例は便培養陰性でした。症例報告をいつくか見てもKlebsiella oxytocaと出血性大腸炎との関連性はよくわからないのですが、Clostridium difficileが検出されない抗菌薬関連性大腸炎においてKlebsiella oxytocaとの関連性が示唆された報告があります。

[Klebsiella oxytocaは抗菌薬関連出血性大腸炎と因果関係があるのか]

Klebsiella oxytoca as a causative organism of antibiotic-associated hemorrhagic colitis.
N Engl J Med. 2006 Dec 7;355(23):2418-26. PMID: 17151365

Clostridium difficile陰性で抗菌薬関連大腸炎を疑われた22人の連続した患者を対象に大腸内視鏡検査で抗菌薬関連出血性大腸炎と診断された6例について、Klebsiella oxytocaと抗菌薬関連大腸炎との関連について調査した報告があります。
6例中5例にKlebsiella oxytocaが単離され、すべてがペニシリン系薬剤を使用していました。また一部ではNSAIDsも併用されていました。出血性下痢や腹部痙攣は抗菌薬治療の3から7日後に発症し、抗菌薬の中止で5人すべての患者は完全に回復しました。回復までは平均4日でした。分離されたすべてのKlebsiella oxytocaは、細胞毒素を生産したと報告されています。

症例
年齢
性別
使用していた抗菌薬
とその他の薬剤
抗菌薬投与から
発症までの時間
回復までの時間
36
男性
アモキシシリン・クラブラン酸
7
3

28
女性
アモキシシリン・クラブラン酸
4
4
63
女性
アモキシシリン
メトロニダゾール、NSAID
5
3
37
女性
アモキシシリン・クラブラン酸
NSAID
3
4
53
男性
アモキシシリン
クラリスロマイシン
4
7
このようにKlebsiella oxytoca、は抗菌薬関連出血性大腸炎の原因である可能性が示唆されています。

[Klebsiella oxytocaは抗菌薬関連非出血性大腸炎と因果関係があるのか]
Klebsiella oxytocaが非出血性の抗菌薬関連下痢症の原因となるかどうかについての報告もあります。

Role of Klebsiella oxytoca in antibiotic-associated diarrhea.
Clin Infect Dis. 2008 Nov 1;47(9):e74-8. PMID: 18808355

371例の連続症例のうち15例にKlebsiella oxytocaが単離されました。しかしながら以下の4グループにおいて、Klebsiella oxytocaと非出血性大腸炎との関連性を見つけることはできませんでした。また抗菌薬使用で下痢を発症したグループ①において、非出血性大腸炎ではKlebsiella oxytocaは単離されませんでした。


下痢症状あり
下痢症状なし
抗菌薬
使用あり
[グループ①]
107人、平均68.3
C.difficile12人(11%)
■非出血性腸炎89
Klebsiella oxytoca0
■出血性腸炎18
Klebsiella oxytoca4(4%)
[グループ②]
93人、平均67.1
C.difficile0人(0%)
Klebsiella oxytoca1人(1%)
抗菌薬
使用なし
[グループ③]
60人、平均62.4
C.difficile2人(3%)
Klebsiella oxytoca5(8%)
[グループ④]
111人、平均62.9
C.difficile0人(0%)
Klebsiella oxytoca5(5%)

この報告ではKlebsiella oxytocaは、非出血性抗生物質関連下痢症の原因ではない可能性が示唆されています。

[まとめ]
Klebsiella oxytocaは抗菌薬(特にペニシリン系薬剤)を使用した際に起こり得る、出血性大腸炎の原因微生物である可能性が示唆されている。
Klebsiella oxytocaはペニシリン系薬剤に自然耐性を有するため、例えばアモキシシリンなどを長期間使用する溶連菌治療などにおいては出血性大腸炎に留意する必要がある。
Klebsiella oxytocaによる出血性大腸炎が疑われた際は、ペニシリン系抗菌薬だけでなく、NSAIDsの使用も中止した方が良いかもしれない。

現時点ではKlebsiella oxytocaが非出血性大腸炎を引き起こすかどうかは不明である。