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2012年11月11日日曜日

喫煙リスクと禁煙補助剤の効果


喫煙が体に悪そうなのはごくごく当たり前の認識のように思います。私自身、数年前に禁煙しましたが、それまでは120本程度喫煙しておりましたし、禁煙の難しさも十分わかっているつもりです。
実際にどの程度喫煙のインパクトがあるのかというと、つい最近、日本人におけるデータがBMJに掲載されました。1)この研究は広島・長崎で実施された日本人を対象とした前向きコホート研究です。対象患者は27311名の男性及び、40662名の女性で1963年から1992年まで観察されました。最初の喫煙状況が確認できてから1年後の死亡を200811日まで解析し、プライマリアウトカムは過去の非喫煙と現時点における総死亡です。その結果はなかなか衝撃的でした。タバコを吸い続けた人はその全般的な死亡リスクは非喫煙者と比べて
 ■男性:RR 2.21 (95%CI 1.97 to 2.48)
 ■女性:RR 2.61 (95%CI 1.98 to 3.44)
また平均寿命は約10年ほど短くなると示唆されました。平均余命は男性で8年、女性で10年減少という結果です。さらに35歳までに禁煙することでこれらリスクを大幅に回避できる可能性も示唆されており、喫煙リスクと禁煙動機付けには大変参考になる報告といえそうです。
そしてほぼ同時期にイギリスからも同様の報告がありました2)喫煙未経験者と比較して、ベースライン喫煙者では12年間の死亡率が約2.8倍増加しmortality rate ratio of 276 (95% CI 271281)ベースラインで1日当たり10本未満吸う女性でさえも、12年におけるの死亡リスクは2倍で、さらにこの研究でも喫煙者は少なくとも10年間の寿命を喪失し、40歳前の禁煙で喫煙継続による死亡リスク90%、30歳前の禁煙で死亡リスク97%が回避可能という可能性が示唆されました。
このような研究から少なくとも30代での禁煙が望ましく、そのまま喫煙をし続けると喫煙をしない人に比べて10年くらい寿命が短くなるかもしれないということが否定できない可能性があるということが分かります。
では高齢なってからの禁煙はもう遅いのかという問題がありますが、60歳以上の患者で
非喫煙者に比べて喫煙者では、全死因による死亡リスクが83%高くなり、また元喫煙者は喫煙歴のない人に比べて死亡リスクが34%高かったが、喫煙をやめることでリスクが減少するというメタ分析もあります。3)
喫煙をする本人はもちろんですが、間接喫煙による他人への影響も忘れてはいけません。
中国でのコホート研究では17年間、間接喫煙にさらされると
CHDリスクRR2.15(95%CI 1.00-7.66)
■虚血性脳卒中RR2.88,95%CI 1.10-7.55
■肺がんRR2.0095%CI 0.62-6.40
COPD RR2.30(95%CI 1.06-5.00)
■総死亡 RR1.72(95%CI 1.29-2.20)
肺癌には有意差がつきませんが死亡リスクの相関は用量依存を認めるとされています。
  ここまでくると禁煙の重要性があたらめてわかるかと思います。ただ実際に禁煙するにはどうしたらよいのでしょうか。私個人的には「気合で禁煙」をお勧めしています。ちなみに余談ですが「禁煙すると体重が増えますか?」という質問を受けたことがありますが、その答えは「増える可能性が高いです!」ということです。適当に言ってるわけではないではありませんよ!12ヶ月間で禁煙を達成した人の体重変化をメタ分析で検証した報告がBMJから出ているのです。4)禁煙成功12ヶ月後の平均体重増加は45kgという感じです。ちなみにニコチン置換療法・バレニクリン:気合で禁煙の全てで体重は増加しています。だいたい2カ月を超えると体重は増える傾向にあるようです。
 そんなわけで禁煙には体重増加の可能性があるわけですが、やはり喫煙のリスクのほうが高そうです。なんとか気合で禁煙したいものですが、難しいことのほうが多いでしょう。ニコチン置換療法、いわゆるニコチンパッチ製剤とかニコチンガムみたいなものだと思いますが、個人差も多いのかなという印象です。私個人的にはこれで禁煙はできませんでした・・。
 ニコチン置換療法のエビデンスについて少し「Minds」でコクランレビューを調べてみると・・。
■NRT製剤全体のコントロールに対する禁煙のRR1.5895CI1.501.66
■ニコチンガム1.4395 CI: 1.331.53, 53試験)
■ニコチンパッチ1.6695 CI: 1.531.81, 41試験)
■ニコチン吸入剤1.9095 CI: 1.362.67, 4試験)
■ニコチン舌下錠/ロゼンジ2.00(95 CI: 1.632.45, 6試験)
■ニコチン経鼻薬2.02(95 CI: 1.493.73, 4試験)
商業的に利用可能なすべてのNRT製品(ガム、皮膚貼付剤、鼻腔スプレー、吸入薬および舌下錠/ロゼンジ)は禁煙を試みる人々の禁煙の可能性を増大し、NRTは状況にかかわらず、禁煙率を50%~70%引き上げるという結論のようです。5ただその後の禁煙維持が達成できているかどうか大きな問題です。ちなみにMindsを検索するときの個人的なお勧めはグーグル検索ボックスに、“疾患名”+“Minds”で検索するとピンポイントでヒットする可能性が高いです。私のパソコンではMinds内での検索スピードがやや遅いのでこちらのほうが効率が良い場合が多いです。
 経皮ニコチン置換製剤が本邦ではポピュラーな方法ですが長期的な治療継続の成功率が良いようです。6この研究では成人喫煙者568名を対象して、プラセボ対照ランダム化比較試験で経皮的ニコチンパッチによる長期治療(24週間)と標準治療(8週間)の禁煙効果を比較しています。その結果、長期治療群で標準治療群に比べ、24週時点の禁煙率および禁煙継続率が高かったという結論です。さらに治療脱落も低く脱落からの復帰も多いことが示唆されています。喫煙再開までの期間も短いという結果でした。長期療法vs短期療法の結果は以下の通りです。
■禁煙成功率31.6% vs. 20.3%; OR1.81 [95% CI, 1.23 to 2.66]; P = 0.002
■長期的な禁煙率41.5% vs. 26.9%; odds ratio, 1.97 [CI, 1.38 to 2.82]; P = 0.001
■継続的な禁煙率19.2% vs. 12.6%; odds ratio, 1.64 [CI, 1.04 to 2.60]; P = 0.032
■脱落リスクhazard ratio, 0.77 [CI, 0.63 to 0.95]; P = 0.013
■脱落からの復帰hazard ratio, 1.47 [CI, 1.17 to 1.84]; P = 0.001
■喫煙再開までの期間hazard ratio, 0.50 [CI, 0.35 to 0.73]; P < 0.001
 近年バレニクリンという経口禁煙補助薬が市場にでましたが、一過性の意識消失の副作用が問題となり、服用中は原則、自動車の運転ができないこととなっています。


 そんなバレニクリンではありますが、実際の効果はどの程度なのでしょうか。ここではややハイリスクな患者を想定して臨床疑問をPECOで定式化してみましょう。
P:禁煙をしたいと思う心血管疾患既往のある喫煙者に
E:バレニクリンの投与は
C:プラセボと比べて
O:禁煙成功率は上昇するか?
みたいな感じでしょうか。今回もpubmed Clinical Queries 使ってみましょう

検索ワードはやや不適切かもしれませんが「varenicline  Cardiovascular Disease」で行きます。治療効果を見たいのでできればランダム化比較試験を検索したいところです。検索結果はこんな感じです。(20121111日)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=(Therapy%2FNarrow%5Bfilter%5D)%20AND%20(varenicline%20%20Cardiovascular%20Disease)

上から5つ目のEfficacy and safety of varenicline for smoking cessation in patients with cardiovascular disease: a randomized trial.がよさそうです。7
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20048210
この試験は35歳~75歳の714人の安定した心血管疾患を有する喫煙者を対象にバレニクリンとプラセボにランダム割り付けを行った2重盲検比較試験です。プライマリアウトカムは9週から12週の禁煙達成率です。統計解析はintention-to-treatですが追跡率は82.8%とやや脱落が多い印象です。禁煙治療の難しさが反映されているのでしょうか。患者背景に大きな違いが無く、妥当性はまずまずのようです。プライマリアウトカムの結果は以下のようです。
バレニクリン群:47.0
■プラセボ群:13.9
■dds ratio, 6.11; 95%信頼区間4.18 8.93

少し結果を詳細にみていきましょう。総対比は約6倍バレニクリンのほうが達成率が良いという感じです。絶対差では4713.933.1
ここからNNT1/0.331 =3.02NNT=4人と計算できます。禁煙をしたいと思っているこの研究の対象患者がバレニクリンを飲むと4人に1人は禁煙が成功するという結果で、3人は無駄にバレニクリンを飲んだみたいなことになっています。NNT=4という数字はごくごく一般的に考えれば驚異的な数値ですが、禁煙達成を考えた場合4人に1人という数字をどう受け止めるか、意外と効果ないなあみたいな気持にもなります。さらに結果の続きを見ていくと
死亡リスク:バレニクリン0.6% プラセボ1.4%; difference, -0.8%; 95% CI, -2.3 to 0.6と有意な差は出ませんでした。
心血管リスクも同様にバレニクリン0.5% プラセボ6.0%; difference, 0.5%; 95% CI, -3.1 to 4.1と差はありません。
またこの試験では52週まで観察を継けており、禁煙維持率を見ていきますと、バレニクリン群は12週で54.1%ですが、24週で34.9%、52週で27.9%とほぼ半分に減ってしまいます。それでもプラセボ群とは有意な差はありますが、プラセボ群でも52週の禁煙維持率は15.9%です。要するに気合で禁煙しても15%以上は禁煙できる可能性がしかも、52周維持できる可能性があることを軽視すべきではありません。バレニクリンという薬剤には先ほども述べた意識消失という副作用以外にも今回の対象患者にとってはあまりよろしくない副作用が指摘されているのです。

 先ほどのPubmed 検索ワードはそのままにレビューを検索してみます。」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=systematic%5Bsb%5D%20AND%20(varenicline%20%20Cardiovascular%20Disease)
上から4つ目にCMAJのメタ分析が検索されます8
14のランダム化比較試験における喫煙者8216名を対象にメタ分析を行い、バレニクリンと心血管リスクについて評価しています。評価者バイアスへの対策は2名の評価者を置くことで対応しています。プライマリーアウトカム:虚血性あるいは不整脈による全心血管イベント(心筋梗塞、不安定狭心症、冠状動脈再建、冠動脈疾患、不整脈、一過性脳虚血発作、卒中、突然死、または心血管イベント関連死、あるいは鬱血性心不全)です。
結果はバレニクリンはプラセボに比べて重大な心血管イベントが多いということでした。
■バレニクリン:1.06% [52/4908]
■プラセボ: 0.82% [27/3308
Peto odds ratio [OR] 1.72, 95%CI 1.092.71; I2 = 0%
異質性バイアスも極めて低く元論文はランダム化比較試験。これは軽視できない結果です。先ほどの禁煙達成効果、その費用、そして意識消失リスクや、この心血管イベントリスク、それらを踏まえると禁煙にバレニクリンを使用すべきかどうかという問題が見え隠れします。もちろん対象患者による熟慮は必須でしょう。問題なのはただ漫然とバレニクリンで禁煙を試してみろというルーチン作業はいささか問題があるかもしれません。

[参考文献]
1) Impact of smoking on mortality and life expectancy in Japanese smokers: a prospective cohort study BMJ2012;345:e7093
2)The 21st century hazards of smoking and benefits of stopping: a prospective study of one million women in the UK The Lancet, Early Online Publication, 27 October 2012
3) Smoking and All-Cause Mortality in Older People: Systematic Review and Meta-analysis Arch Intern Med. 2012;172(11):837-844. doi:10.1001/
4) Weight gain in smokers after quitting cigarettes: meta-analysis BMJ 2012; 345 doi: 10.1136/
5) Cochrane Database of Systematic Reviews 2008, Issue 1. Art. No.: CD000146
6)Effectiveness of Extended-Duration Transdermal Nicotine Therapy: A Randomized Trial Ann Intern Med. 2 February 2010;152(3):144-151
7)Circulation. 2010 Jan 19;121(2):221-9. Efficacy and safety of varenicline for smoking cessation in patients with cardiovascular disease: a randomized trial.
8)CMAJ. 2011 Sep 6;183(12):1359-66. Risk of serious adverse cardiovascular events associated with varenicline: a systematic review and meta-analysis.

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