以下の内容は私の地元で開催されました、感染制御セミナーの内容を基に作成しております。記事の内容に関しましてはできる限り出典や原著論文を確認しておりますが、背景エビデンスが十分に確認できていないものもありますのでご了承ください。また誤り等ございましたらご連絡いただければ幸いです。
■環境表面からの感染経路が重要です
環境表面に何らかの理由で病原体が付着します。これは病原体に感染した患者が触った環境表面やくしゃみ等の飛沫が環境表面に付着することで起こりえます。このように病原体で汚染された環境表面へ他の健常者の手指が触れると病原体が手指に移動します。その手指が鼻空や結膜へ触れることで病原体が体内に侵入していきます。ここで気になるのがウイルスの環境表面での生存期間です。環境表面の凹凸でも違いがあるようです。
RSウイルス 凹凸表面:1時間 平滑表面:7時間
パラインフルエンザ
凹凸表面:4時間 平滑表面:10時間ライノウイルス 凹凸表面:1時間 平滑表面:3時間
インフルエンザ 凹凸表面:8~12時間 平滑表面:24~48時間
環境表面で生存している期間は感染源になりえますのでその接触には十分注意が必要です。
具体的には高頻度接触表面へ配慮が重要です。たとえばドアノブ、ベッド横、電灯のスイッチ等です。
■手指の洗浄・消毒の意外な落とし穴
一般的にはアルコールによる手指の消毒が行われますが、手指が肉眼的に汚れた時や、ノロウイルス、芽胞形成性菌(クロストリジウムデフィシル等)への暴露等では石鹸を使用した手洗いを行うと思いますが、ハンドソープ詰め替え用ボトル、要注意です。厚生労働省の院内感染の留意点によれば消毒剤においても「部屋に備え付けの手指消毒液のボトルは、注ぎ足し、詰め替えによる連用はしない」ほうが良いといわれていますので空ボトルを滅菌乾燥してから再利用する場合を除き、当然ハンドソープも詰め替え連用は避けるべきです。
実際にハンドソープやシャンプーの詰め替えボトルから緑濃菌が検出されるケースもあるそうです。どの位の頻度で緑膿菌などの細菌が検出されているかは不明ですが、緑膿菌入りのシャンプーで頭を洗っている可能性もあるかもしれませんね。
■MRSAはどこから来たのか
ご存じの通りメシチリン耐性黄色ブドウ球菌ですが、このMRSA一体どこから来たのでしょうか。1960年代はMRSAは単一のクローン由来でしたが、2004年までに世界中で6つの主要クローンが発生したとされています。1)2)これは世界中でMRSAは6つの種族が伝播に伝播を重ねてばらまかれているということです。従いましていま目の前のMRSAは単にMSSAがその場で耐性を獲得したものではなく伝播について百戦錬磨のつわものなのです。3)
参考文献にも挙げましたが、以下の論文がそれを示唆しています。
Staphylococcus aureus poststernotomy
mediastinitis: Description of two distinct acquisition pathways with different
potential preventive approacheshttp://jtcs.ctsnetjournals.org/cgi/content/full/134/3/670
心臓手術前に鼻腔のサンプルを取得し黄色ブドウ球菌が陽性であった1432人での心臓手術患者で術後の縦隔炎17件を対象に手術部位の黄色ブドウ球菌と鼻腔の黄色ブドウ球菌をパルスフィールド電気泳動法を用いて遺伝子的に同等かどうかを比較しています。MSSAでは9例中7例が手術前の鼻腔のMSSAと手術部位感染のMSSAで一致しましたが、MRSAでは8例中8例が鼻腔と手術部位で一致しませんでした。また8例全ての手術部位感染のMRSAは同一のものでした。これはすなわちMRSAは患者=患者間の伝播をしており外部からの感染経路を経ている可能性が示唆されます。患者が保有しているMSSAが突然変異したわけではないのです。だからこそ手洗いが重要なのです。まとめますと、未保菌者(入院時)→別の患者からの伝播→保菌→MRSAを発症しやすい状況→発症 という経過をたどります。
■HBVワクチンの重要性
針刺しによる感染率は以下の通りです。4)
* HIV 0.3%
* HCV 1.8%
* HBV 1~62%
講演ではざっとHIV0.3% HCV3% HBV 30%とすれば覚えやすいという感じでした。HBVの感染リスクが高いわけですが、あるアンケート調査によれば5)HBVに感染した医療従事者のほとんどが針刺しをしておらず、その医療従事者の3分の2がHBV感染患者をケアしたことさえ覚えていないという状況でした。
2001年の曝露後対応のCDCガイドライン* HCV 1.8%
* HBV 1~62%
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5011a1.htm
によれば、HBVは環境表面に1週間以上生き続けるといいます。(Lancet 1981;1:550-1からの引用)皮膚のすり傷等から侵入する可能性が十分あるのです。無自覚のHBV暴露から身を守るために全ての医療従事者にはHBVワクチン接種が必要であるということです。
■妊娠中のインフルエンザワクチン
妊婦はインフルエンザに罹患すると重症化しやすく死亡率が高いといわれています。妊婦におけるインフルエンザワクチン接種は非常にベネフィットがあると報告されています。6) 妊娠中の母体に不活化インフルエンザワクチンを接種することにより確定診断されるインフルエンザの発生数は生後 6 ヵ月以下の乳児で 63%減少し、母親と乳児で,熱性呼吸器疾患全体の約 1/3 を予防することができたとして、母体へのインフルエンザワクチン接種は,母親と乳児の双方に大きな利益をもたらすと結論付けています。
■インフルエンザの感染経路
インフルエンザは飛沫感染をします。感染患者のくしゃみ等の飛沫から感染を起こします。2009年に新型インフルエンザパンデミックが発生いたしましたが、その当時あるアメリカ人女性30人のグループが中国を旅行していたそうです。移動のほとんどがバス利用です。そのうち1名がインフルエンザを発症しましたが、旅行を継続した結果、感染が拡大しました。その詳細を後ろ向きコホート研究で調査すると2m未満の距離で2分以上会話をした16人中9人でインフルエンザを発症。会話をしなかった14人は同じテーブルで食事したにもかかわらず全てインフルエンザを発症しませんでした。7)移動中のバスでは十分な喚起が行われていた状況でした。この報告はインフルエンザウイルスが2m未満の距離で飛沫感染を起こす可能性が高くなることを示唆しています。
インフルエンザは特定状況下で空気感染も起こしえます。先ほどの中国の事例はバス空間内は十分な換気が行われていましたが、それが行われなければどうでしょうか。
54人を乗せたジェット旅客機は、エンジン故障のため、離陸を試みている最中に3時間も地上に待機してしまいました。ほとんどの乗客が飛行時間遅延の間そこにとどまっていたことになります。
72時間以内に、乗客の72%が咳、発熱、疲労、頭痛、のどの痛み、筋肉痛のインフルエンザ症状を発症しました。飛行機の換気システムは、遅延時に動作不能であり、これはインフルエンザが密室状況で空気感染することを示唆しています。8)
ではインフルエンザの感染力はどの程度なのでしょうか。基礎再生産率Roをいう指標があります。:一人の感染者が、誰も免疫を持たない集団に加わったとき、平均して何人に直接感染させるかという人数を表しています。目安としてはインフルエンザは約2~3、ジフテリア6~7、百日咳12~17、麻疹12~18程度といわれているようです。当然数値が大きいほど感染力は強くなります。2009年のインフルエンザH1N1のRoは日本において2.3だそうです。
■ノロウイルス
ノロウイルスの感染症の経過を確認します。潜伏期間は1日~2日、症状は感染後2日~3日、その後4週間程度持続感染します。一般的に症状が治まってから48時間は職場復帰しないほうが良いそうです。症状が無くなっても糞便中にはウイルスが排泄され続けます。
ノロウイルス、できれば感染したくありませんが非常に感染力が強くウイルスが10個~100個程度でも感染を引き起こすといわれています。ただここで興味深い報告があります。9)
ウイルス性胃腸炎で免疫を調べるために、12人のボランティアを対象にノロウイルスを投与しました。6人で嘔吐下痢が発症したが6人で胃腸炎はありませんでした。27~42ヶ月後に再度ノロウイルスを投与すると、以前に病気を発症した6人は、胃腸炎を発症。以前に発症しなかった6人ではやはり胃腸炎を発症しませんでした。
さらにその後4〜8週間後にノロウイルスを投与すると胃腸炎症状を発症したグループでも発症しなかったという報告です。
この結果が意味するものは以下の3点です。
○ノロウイルスによる既感染は長期免疫を与えない。○ノロウイルスによる既感染は短期免疫を与える可能性がある。
○ノロウイルスにもともと感染しない人がいる。
したがいましてノロウイルス感染患者のケアはノロウイルスに感染し治癒間もない短期免疫保持者が当たることがいい、なんて意見もあるそうです。
感染対策への取り組みはプライマリケアにおいてもまた院内の感染制御にも薬剤師が関われることができる分野だと思います。今後もエビデンスに基づいた感染制御・感染対策のあり方を模索したいともいます。
[参考文献]
1)
Antimicrob Agents Chemother 2004:48:2637
http://aac.asm.org/content/48/7/2637.abstract
2)
Microb Drug Peeist 2001:7:349
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3323240/
3)
J Thorac Cardiovasc Surg
2007;134:670-676
4)
CDC MMWR June29,2001/Vol.50/No.RR-115) Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HBV, HCV, and HIVand Recommendations for Postexposure Prophylaxis
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5011.pdf
6) N Engl J Med 2008; 359:1555-1564
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0708630
7) Lack of Airborne Transmission during Outbreak of Pandemic (H1N1) 2009 among Tour Group Members, China, June 2009
http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/15/10/09-1013_article.htm
8) Am J Epidemiol 1979; 110: 1-6
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/463858
9) N Engl J Med. 1977 Jul 14;297(2):86-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/405590
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