[お知らせ]


2013年10月25日金曜日

大規模臨床試験SAVORに思う。

手元にサキサグリプチンに関する講演会の案内が届きました。都合上参加できないのですが、あわせて欧州糖尿病学会におけるSAVOR試験の報告を、まとめたパンフレットがついていたので読んでみて思う…。

[サキサグリプチンはプラセボに比べて優れた薬剤か?]
SAVORDPP4阻害薬であるサキサグリプチンの安全性及び有効性をプラセボと比較した臨床試験です。あらためて原著論文を今読んでいます。
対象患者はHbA1c16.5%~12.0%の2型糖尿病患者の中でも40歳以上で心血管疾患を有する患者、または55歳以上の男性もしくは60歳以上の女性で心血管リスクを有する患者16492人でその平均年齢65.1歳でした。平均BMI30を超え、かなりハイリスクな糖尿病患者を対象にしていたことが分かります。この試験は心血管死亡、非致死的心筋梗塞、非致死的虚血性脳卒中の複合アウトカムを検討しており、このようなハイリスク患者が対象となっているにも関わらず、その効果はプラセボと同等と言う結果でした。
O
サキサグリプチン
8280
プラセボ
8212
ハザード比
[95%信頼区間]
心血管複合アウトカム
613
7.3%)
609
7.2%)
1.00[0.891.12]
(危険率P=0.99

この試験結果は20139月にスペインで開催された欧州糖尿病学会で報告されました。それに基づいたメーカー作成の資料を見ると、サキサグリプチンは「心血管イベントの非劣性を証明」と見出しをつけています。

臨床試験で検証すべきアウトカムは事前に仮説を立てます。薬の効果を検証しているので、この場合サキサグリプチンがプラセボに比べて優れた薬剤かを検証するのが常識的に考えて妥当だと思います。
「仮説①:サキサグリプチンは心血管イベント抑制においてプラセボよりも優れた薬剤である。」
統計的にこの仮説が有意(偶然ではない。95%信頼できる仮説である)であるという事を示したい場合、ちょっとややこしいのですが、以下のような仮説を否定することで示します。
「仮説②:サキサグリプチンは心血管イベント抑制においてプラセボと同等である」
プラセボと同等であるという仮説を否定することでプラセボよりも優れた薬剤であるという仮説を採用するのです。否定される仮説、この場合仮説②を帰無仮説、それに対立する仮説①を対立仮説と言うのでした。
ちなみに危険率P値は帰無仮説が成立する確率を示しており、従って、この試験を常識的に解釈すれば、P0.99ですから、仮説②が成立する確率は99%という事になり、仮説②を棄却できず、
仮説①は保留されることになります。この場合「サキサグリプチンは心血管イベント抑制においてプラセボよりも優れた薬剤であるかどうかは分からない」となります。

[サキサグリプチンのプラセボに対する心血管イベントの非劣性を証明?]
メーカーの言うところによれば「心血管イベントの非劣性を証明」となっています。意味するところは「サキサグリプチンは心血管イベント抑制においてプラセボよりも優れた薬剤であるかどうかは分からない」と同じような気もしますが、だいぶ印象が異なります。非劣性とは治療群が対照群に比べて、少なくとも劣っていないかを検証するデザインで、通常は両方とも実薬を用いることが多いと思います。例えばサキサグリプチンはメトホルミンにくらべて心血管イベントが少なくとも劣っていない=メトホルミンに非劣性、と言うような感じです。心血管イベントの非劣性とは聞こえがいいですが、何と比較しているのかが問題です。対照はプラセボなんですよ、この試験。「サキサグリプチンのプラセボに対する優越性は認められなかったものの非劣性が証明された」というのは、「効果はプラセボよりも優れてないかもしんないよ、でもさ、少なくともプラセボとおんなじ効果という事だね。」という意味不明な負け惜しみを言っているだけに聞こえます。

この試験では安全性に対して
仮説①:サキサグリプチンはプラセボに比べて心血管イベントリスクが高い。
という対立仮説に対して帰無仮説は
仮説②:サキサグリプチンはプラセボに比べて心血管イベントリスクは同等である。
と言う感じになっています。
P0.99ですから99%の確率で仮説②が成立することになり、棄却できません。すなわちサキサグリプチンはプラセボに比べて心血管イベントリスクが高いかどうかは分からないと言う結果になり、サキサグリプチンは少なくともプラセボに比べて心血管イベントリスクは高くないという解釈になっています。メーカーが強調しているのはこの部分です。仮説①をよく考えるとプラセボよりも心血管イベントリスクが高いという仮説が前提となっており、そうなると、もはやこれは薬ではない気もします。ましてや糖尿病治療の真のアウトカムである心血管リスクがプラセボよりも高くなるという仮説を設定すること自体…。サキサグリプチンを服用すればHbAc1の低下が期待できることはわかりますが、血糖を下げるだけなら、いくらでも安い薬が存在しますし、より有効性が期待できる可能性のある薬剤が存在します。

[サキサグリプチンは本当に安全な薬か?]
そればけならば、まだましかもしれません。この試験では当然有害なアウトカムも報告されています。主要なものを以下にまとめます。

O
サキサグリプチン
8280
プラセボ
8212
ハザード比
[95%信頼区間]
心不全による入院
289
3.5%)
228
2.8%)
1.27
[1.071.51]
重度の低血糖

177
2.1%)
140
1.7%)

P0.047
総死亡

420
4.9%)
378
4.2%)
1.11
[0.961.27]

心不全による入院は統計的に有意に増加しています。これに対してメーカーのパンフレットでは血中NT-pro BNP濃度による層別解析のデータを持ちだして、ややこしな言い訳をするとともに心不全による死亡は増加させていないと締めくくっています。入院リスクを増加させるけど死亡は増やさないから、血中NT-pro BNPが低ければそれほど心配はいらないよ、という風にも受け取れる記載ですが、まあ一応パンフレットには「慎重に検討する必要がある」と結論しています。

心不全による入院というアウトカムはその重症度が加味されておらず、軽症例や無症候性を見逃している可能性もあり、リスクの過小評価を行っている可能性があります。また死亡は増やさないと言っていますが、そんなことはこの試験からは分からないという可能性が高いです。

Xの法則と言うのがあります。ある頻度のイベントを検討する際に、最低どれくらいの症例が必要かを簡易的に決める法則です。100人に1人の副作用を検討するには症例として300人必要という感じです。したがって10000人に1人の割合で発生する副作用の検討には30000人の症例が必要なのです。この試験の症例は16492人ですから検出できる副作用は約5500人に1人、すなわち0.02%以上の頻度で起こる副作用のみです。対象患者の平均年齢から考えても心不全による死亡リスクを検出するには症例が不足している可能性が十分に考えられ、ランダム化比較試験ではその検出に限界があると考えられます。その程度の頻度なら問題ないのでは…という事はこの薬に限ってはあり得ません。何せ有効性がプラセボと同等なんですから。またこの報告では以前より懸念されていた膵炎の副作用に明確な差は無いとしていますが、この法則に当てはめてみれば、そんなことはこの試験からは分からないという事がお分かりいただけるでしょう。膵炎リスクに関しては過去に因果関係を示唆した報告があります
(参考)DPP4阻害薬(およびGLP-1作動薬と急性膵炎リスクの関連(症例対照研究)
Glucagonlike Peptide 1-Based Terapies and Risk of Hospitalization for Acute Pancreatitis in Typ 2 Diabetes Mellitus. JAMA inten Med.2013;()6 doi:10.1001

当然ながら重度の低血糖はサキサグリプチンで多く報告されました。メーカーパンフレットによれば併用薬別の解析を持ち出してややこしなことになっていますが、何はともあれ、有効性に関してはプラセボと同等の有効性の薬剤ですから…。また重度の低血糖は死亡リスクに関連するなど軽視できない副作用です
(参考)重症低血糖で心血管リスクは有意に増加
Severe hypoglycemia and cardiovascular disease: systematic review and meta-analysis with bias analysis BMJ 2013;347:f4533 PMID:23900314
(参考)重症低血糖と死亡リスクは有意に増加
Association of Clinical Symptomatic Hypoglycemia With Cardiovascular Events and Total Mortality in Type 2Diabetes: A nationwide population-based study. Diabetes Care. 2013 Apr;36(4):894-900 PMID:23223349
そして総死亡リスク、これは有意差こそついていないものの増加傾向にあることが示されています。これが本当に安全な薬なのか、メーカーはきちんと説明すべきでしょう。

[この試験の結果をどう活用すべきか]
メーカーパンフレットによればサキサグリプチンの高い安全性が期待できるころを示したものであると言える、としているのですが、僕の考えはだいぶ異なります。ただ少なくともDPP4阻害薬に示唆されていた心血管イベント抑制効果は怪しいものとなったことが明確にわかります。
(参考)DPP4阻害薬と心血管疾患の関連を検討したメタ分析
Dipeptidyl peptidase-4 inhibitors and Cardiovascular risk : a meta-analysis of randomized clinical trials Diabetes Obes Metab.2013 Feb;15(2):112-20PMID:22925682
Meta-Analysis of Effect of Dipeptidyl Peptidase-4 Inhibitors on Cardiovascular Risk in Type 2 Diabetes Mellitus Am J Cardiol. 2012 Jun 14[Epub ahead of print]PMID:22703861
したがって、サキサグリプチンを含むDPP4阻害薬を積極的に使用すべき根拠は不明確となった点は非常に重要です。サキサグリプチンに関しては心不全による入院リスクという有害アウトカムが見え隠れしています。さらに重度低血糖や増加傾向にある死亡リスク…。サキサグリプチンの高い安全性どころか、リスクベネフィットのバランスがとれておらず、積極的に使用すべきではない根拠として重要である論文と言えましょう。


メーカーによるSAVORを用いたプロモーションが動き出しています。本当に安全性の高い薬剤なのか冷静に考えるとともに、糖尿病の治療は血糖値を下げるだけではなく、真に必要な有効性は心血管イベント抑制効果、そして新薬の高いコストを考慮に入れたとき、本当にこの薬剤が患者にとって必要なのか、僕は常々考えたいと思います。高い薬を飲んで心不全入院リスクや低血糖が増えて、心臓病も減らせないのなら、安くて比較的心血管イベント抑制を示唆されている薬を飲んで、余ったお金で温泉でも行った方が良いと思うのです。また、そもそも薬は必要か、糖尿病とはなにか、基本的なところで、その問いを重視したいと思います。

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