[お知らせ]


2013年6月14日金曜日

ドネペジルとマクロライド系抗菌薬の「併用注意」を考える。

この“「併用注意」を考える“シリーズは今回で3回目です。

毎回、抗菌薬との併用ネタですが、今回はアルツハイマー型認知症治療薬のドネペジルとマクロライド系抗菌薬のなかでもCYP3A4阻害作用を有するクラリスロマイシンとの併用、そしてそれら個々の薬剤リスクも含めてまとめていきたいと思います。

[添付文書から分かること]
クラリスロマイシンの併用注意の項目にはドネペジルとの併用に関して特に記載はありませんが、CYP3A4で代謝される薬剤に関して注意喚起がなされています。クラリスロマイシンはCYP3A4を阻害する薬剤として有名ですが、ドネペジルは主としてCYP3A4及び一部CYP2D6で代謝されると添付文書に記載があります。ドネペジルの併用注意の項目にはイトラコナゾール、エリスロマイシン等として注意喚起がなされています。臨床症状として「ドネペジルの代謝を阻害し、作用を増強させる可能性がある」という、まあおよそ想像できる範囲の記載しかありません。添付文書から相互作用について分かることはこれが限界です。

[PubMedで調べてみよう]
実際にドネペジルの血中濃度が上昇するとどのようなリスクが想定されるのでしょうか。口渇流延や消化器症状などはもちろん、重大な副作用として除脈等の心臓への負担が懸念されます。PubMedclinical queriesを使って、実際に報告があるか、調べてみました。臨床疑問のPECOは下の表のような感じです。
Patient     (どんな患者に)
高齢でドネペジルを服用している患者に
Exposure    (何をすると)
クラリスロマイシンの投与は
Comparison  (何と比べて)
CYP3A4に影響しない抗菌薬に比べて
Outcome    (どうなるか)
心臓イベントリスクはどうなるか
疑問のタイプ (治療・診断・予後・副作用)
副作用に関する疑問=「Etiology

キーワードに「donepezil」「macrolide」カテゴリーは「Etiology」、Scopeを「narrow」にして検索すると、なんと1件のみしかヒットしませんでした。
Use of clarithromycin and adverse cardiovascular events among older patients receving donepezil :a population-based,nested case-control study.
20027月から20103月までにドネペジルと抗菌薬(クラリスロマイシン、エリスロマイシン、アジスロマイシン、セフロキシム、モキシフロキサシン、レボフロキサシン)を投与された、66歳以上の人口ベースのコホート17712例を用いたコホート内症例対象研究の報告です。症例(ケース)は除脈、失神、または完全房室ブロックにより入院した患者で59例、対照(コントロール)はケース1例に対して5例を年齢、性別、居住地等でマッチングしているようです。
結果はドネペジルを服用している高齢患者にクラリスロマイシンを使用しても、CYP3A4阻害作用の低い他の抗菌薬と比べて除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院に明確な差は無いという事でした。抗菌薬ノンユーザーとの比較はないのですが、クラリスロマイシンの使用とアジスロマイシンの使用を比較してもオッズ比に有意差はありません。
■オッズ比:0.6795%信頼区間0.281.63
また、セフロキシムやレスピラトリーキノロンとの比較でもリスクとの関連は見られなかったとしています。しかしながら、たとえCYP3A4に影響しないとしても、キノロンやアジスロマイシン自体に心血管リスクが報告されているので、この比較自体はちょっと微妙ですが、比較的安全なセフロキシムとの比較でも明確な差は出なかったようです。ただ、症例の数が59例と少ないことも踏まえれば、この報告のみではドネペジルとクラリスロマイシンの併用は安全と言い切ることは難しそうです。

[マクロライド系抗菌薬と心血管リスク]
マクロライド系抗菌薬は一般的にQT延長や心室性不整脈などの報告があり、心疾患のある患者では「慎重投与」となっています。近年マクロライド系抗菌薬の心血管リスクに関する報告が続いています。主な結果を簡易的に下の表にまとめます。いずれもノンユーザーとの比較です。
(※)注意:以下の報告での抗菌薬の用法用量は本邦と異なります。またいずれも海外での報告のため、潜在的なリスクはそのまま日本人に当てはまらない可能性があります。詳細は原著で確認をお願いいたします。

(マクロライド系抗菌薬と心血管リスク)
抗菌薬名
アウトカム
結果
[95%信頼区間]
出典
アジスロマイシン
心血管死亡
発生率比:2.85
[ 1.13-7.24]
(1)
アジスロマイシン
心血管死亡
ハザード比:2.88
[1.794.63]

(2)

総死亡
ハザード比:1.85
[1.25- 2.75]
クラリスロマイシン

COPD急性増悪患者での心血管イベント
ハザード比:1.50
[1.131.97]

(3)
市中肺炎患者での心血管イベント
ハザード比:1.68
[1.182.38]
(1)N Engl J Med 2013; 368:1704-1712
(2) Engl J Med 2012; 366:1881-1890
(3)BMJ2013;346:f1235

このようにマクロライド系薬剤、特にアジスロマイシンやクラリスロマイシン単独でも心血管リスクの報告があります。一方、ドネペジルにも除脈や心ブロック、QT延長や心筋梗塞、心不全が重大な副作用としてあげられています。

[ドネペジルの心臓への負担はどの程度か]
つい先日、認知症に対するコリンエステラーゼ阻害薬の総死亡や心筋梗塞を検討したコホート研究の結果が報告され、いずれもリスクが減少という結果で、少々驚きました。
The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.
前回はこの結果を研究の妥当性も含めてどう解釈したらよいのか、少しまとめました。

ドネペジルの添付文書には重大な副作用として以下のような記載があります。
「重大な副作用:失神、徐脈、心ブロック、QT延長、心筋梗塞、心不全」
「失神(0.1%未満)、徐脈(0.1~1%未満)、心ブロック(洞房ブロック、房室ブロック)、QT延長、心筋梗塞、心不全(各0.1%未満)があらわれることがあるので、このような症状があらわれた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。」
実際に失神や徐脈、それに伴う重大な有害事象はどの程度なのでしょうか?
Syncope and its consequences in patients with dementia receiving cholinesterase inhibitors: a population-based cohort study.
この研究は人口ベースコホート研究 で、20024月~20043月までにおいて、カナダオンタリオ州のヘルスケアデータから81302例を対象(平均年齢:80.4歳、男性37.538.8%)としています。そして、中枢性コリンエステラーゼ阻害薬の使用(19803例:ドネペジル▶13641例、ガランタミン▶3448例、リバスチグミン▶2714例)と非使用(61499例)を比較し、失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診、永続的なペースメーカーの設置、大腿骨頸部骨折による入院の4つのアウトカムを検討しています。徐脈から失神を起こし、永続的なペースメーカ-を設置せざるを得なくなることや骨折リスクというのは高齢者において重大なアウトカムだと思います。添付文書の「重大な副作用」を定量化するための貴重な報告です。

調節した交絡因子はアウトカムごとに少し異なっており、おおむね以下のとおりです。
▶失神による医療機関受診、徐脈による医療機関受診:年齢、性別、抗不整脈薬の使用、冠動脈疾患、大動脈弁狭窄症、心房細動、永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
▶永続的なペースメーカーの設置:永続的なペースメーカーや植え込み式除細動器の設置歴
のある患者を除外
▶大腿骨頸部骨折による入院:年齢、性別、大腿骨頸部骨折既往歴、骨折に影響のある薬剤使用(ホルモン補充療法、ビスホスホネート剤、ラロキシフェン、サイアザイド利尿薬、ステロド、ベンゾジアゼピン、抗けいれん薬、抗鬱薬、抗パーキンソン病薬、抗精神病薬

結果を下にまとめました。
アウトカム

E群
1000人年)
C群
1000人年)
結果
(調整ハザード比;95%CI
失神による受診
31.5
18.6
1.76(1.57-1.98)
徐脈による受診
6.9
4.4
1.69(1.32-2.15)
ペースメーカー
4.7
3.3
1.49(1.12-2.00)
大腿骨頸部骨折
22.4
19.8
1.18(1.04-1.34)
失神や大腿骨頸部骨折頻度は年間、1000人当たり20例~30例ですからなかなか、侮れないなという感じです。骨折に関してはC群でも約20例ですから80歳前後の高齢者では潜在的にハイリスクであることも分かります。メイン解析ではありませんが、傾向スコアマッチング解析も行われているようで、こちらでもすべてのアウトカムでリスクが有意に上昇するという結果でした。

[クラリスロマイシンとドネペジルの併用]
ポイントを整理していきます
■クラリスロマイシンとドネペジルの併用を検討した症例対照研究Drugs Aging 2012 Mar 1;29(3):205-11によればCYP3A4への影響が少ない他の抗菌薬と比べてクラリスロマイシンはドネペジル服用患者の除脈、失神、または完全房室ブロックによる入院リスクを増加させるかどうかは不明である。ただしこの研究では症例の数が59例と少なく、それがゆえ有意な差が出なかった可能性が高いく、安全とは言い切れない
■クラリスロマイシン単独にも心血管リスクの報告がある。BMJ2013;346:f1235。また添付文書上では心疾患のある患者は慎重投与である。
■ドネペジル単独にも除脈、失神リスクの報告があり添付文書にも記載がある。除脈から失神を起こし、永続的なペースメーカーの設置や大腿骨頸部骨折リスクが有意に上昇するという報告Arch Intern Med.2009 May 11;169(9):867-73があり、その頻度もあなどれない。
CYP3A4を介した薬物動態から予想すると、併用によりドネペジルの血中濃度は上昇する可能性が高い。

以上をまとめると、想定される有害アウトカムの重大性から、特に80歳前後の高齢者において、心疾患を有する患者や不整脈治療中の患者ではドネペジル服用中のクラリスロマイシン併用は可能な限り避けるべきかもしれません。ドネペジルは認知症を改善するわけではない薬剤なので、そのリスクは慎重に評価したいと思います。

2013年6月10日月曜日

認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は患者QOLを改善しますか?

ドネペジルの添付文書には
「本剤の投与により、徐脈、心ブロック(洞房ブロック、房室ブロック)、QT延長等があらわれることがあるので、特に心疾患(心筋梗塞、弁膜症、心筋症等)を有する患者や電解質異常(低カリウム血症等)のある患者等では、重篤な不整脈に移行しないよう観察を十分に行うこと。」
との記載があり、心筋梗塞、心不全患者には十分な注意喚起がなされています。コリンエステラーゼ阻害薬にはこのような心血管リスクも懸念されますが、その心筋梗塞、そして、総死亡を検討したコホート研究がEur Heart J.に掲載されました。認知症の真のアウトカムを考えるきっかけになる貴重な報告です。

[アルツハイマー病にコリンエステラーゼ阻害薬を使用するとで寿命は延びるか?]
【文献タイトル・出典】
The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease.
【論文は妥当か?】
研究デザイン:スウェーデンにおけるコホート研究
[Patient]
Swedish Dementia Registryからアルツハイマー型認知症またはアルツハイマー型との混合型認知症患者7073例(41歳~99歳:平均年齢79歳)
[Exposure]中枢性コリンエステラーゼ阻害薬の使用(5159例)
[Comparison]非使用(1914例)
[Outcome]心筋梗塞および死亡の複合アウトカム、心筋梗塞発症、死亡
■傾向スコアマッチングにより以下の患者背景を調整後、患者背景は同等
性別、年齢、混合認知症の診断、認知機能、居住、生活環境、ホームケア、心筋梗塞既往、脳卒中既往、狭心症既往、降圧剤の使用、抗うつ薬使用、抗精神病薬使用、抗糖尿病薬使用
▶マッチング後のE群1676例、C群1676
■調節した交絡因子は以下の通り
ベースライン時の性別、ベースライン時の年齢、心血管疾患や脳卒中(CVD)、抗高血圧薬、混合認知症の診断、ベースライン時のMMSEスコア
■追跡期間:中央値503
【結果は何か?】
追跡期間中74例が心筋梗塞を発症571例が死亡
■心筋梗塞発症と死亡の複合複合アウトカム
▶調整ハザード比0.66, 95%信頼区間0.56-0.78
■心筋梗塞発症
▶調整ハザード比: 0.62, 95信頼区間0.40-0.95
■総死亡
▶調整ハザード比: 0.64, 95信頼区間:0.54-0.76

結果は死亡、心血管イベントいずれも減少という結果でした。さらに用量依存的な関連も示唆されたとしています。高用量群(ドネペジル10 mg, リバスチグミン6 mg, ガランタミン24 mg)では非使用に比べてさらにリスクが低下ということのようです
■心筋梗塞▶HR: 0.35, 95% CI: 0.19-0.64)
■総死亡  HR: 0.54, 95% CI: 0.43-0.67)
ちなみにメマンチンではいずれのアウトカムにおいても有意な差はなく、いずれも15%~22%ほどリスク増加傾向という結果でした。

[傾向スコアマッチング]
この論文の統計解析では傾向スコアマッチング解析という手法が用いられています。コホート研究では、ランダム化比較試験と異なり、患者背景の偏りをフェアにするためのランダム化(無作為化)ができません。そのような状況で交絡因子の影響をできる限り排除するために、この傾向スコアマッチングを行うことで患者背景をそろえることができます。ただし、そろえることが可能な交絡因子は既知のもののみでランダム化比較試験のように未知の交絡因子までは調整できず、ここに限界があります。
患者背景の差異に示されるP値はあまり参考にはなりませんが、マッチング前後で有意差が消えているのがお分かりいただけるでしょう。
交絡因子とは、比較している介入、この報告ではコリンエステラーゼ阻害薬、以外の要因でアウトカムが影響を受ける因子のことです。たとえばE群でC群にくらべて喫煙が多ければ、コリンエステラーゼ阻害薬の使用の有無にかかわらず、E群の死亡リスクは高くなる可能性があります。そのためこの喫煙の有無で結果を調整しなければ、薬剤の影響だけでなく、喫煙による死亡リスク上昇という可能性が出てきてしまいます。

認知症の進行抑制という効果で登場したコリンエステラーゼ阻害薬、服薬アドヒアランスなどは不明ですが、観察研究といえど、死亡リスクや心筋梗塞発症リスクを減少を示唆したということは個人的にはやや驚きでした。ただ、交絡因子、傾向スコアマッチングいずれにおいても喫煙の影響が加味されていない可能性があります。死亡に影響を与える因子は年齢や喫煙有無、糖尿病等も大きいのではないでしょうか。この論文の解析では喫煙が調整されていない可能性があり、死亡に関してはこの影響も軽視できません。
また傾向スコアマッチングで背景因子をそろえたとしても症例1例に対してコントロール1例を割り当てる1:1マッチングの際にもとの患者背景とのギャップが生じることが有ります。背景因子をそろえるということは、一般集団から偏っている群に背景をそろえていくということにもなりかねず、研究の内的妥当性が向上しても、それと引き換えに外的妥当性が低下するといえるのではないでしょうか。

[認知症におけるイベント減少、死亡リスク減少がもたらすもの]
論文の妥当性に関しては今までの内容が僕の意見ですが、この報告には妥当性云々よりも実はもっと重大な問題が有ります。認知症を改善するわけではなく、寿命を延ばすことそのものについて考えてみたいと思います。
下のグラフがEur Heart J. 2013 Jun 4. [Epub ahead of print] PMID:3735859の結果です。上が心筋梗塞、したが死亡に関する生存曲線です。いずれも有意差が出ています。


 認知症の早期発見や薬物治療で患者本人のQOLが改善するのでしょうか。この文献は薬物治療で認知症患者の心血管イベント抑制や延命効果を示唆していました。それが何を意味するのかをよく考えなくてはいけないと思います。死亡リスクが減る、死亡が先送りされたその時間をどう生きるか、この生存曲線はこのとてつもなく難解な問題を提起するのです。認知症を治癒させることのない薬剤、認知症を抱えながら、この時間をどう生きればよいのか。死亡リスクが減るか、ということよりも、むしろどう生きるかということもまた問題とすべきではないでしょうか。コリンエステラーゼ阻害薬、ドネペジルでは最近ジェネリック医薬品も販売が開始されましたが、その先発薬価は高額です。このような高額な薬剤を使用して、認知症が治るわけではなく、認知症は確実に進行します。そしてこの報告で寿命が延びる可能性が示唆されました。


認知症を苦にして日々生活することが、そしてそれすら認識できなくなった末期状態、もはやこの医療介入にQOLという言葉は相応しくないと思うのは僕だけでしょうか。認知症の真のアウトカムとはどういうことなのか、しばらく考えたいと思います。少なくともこういった薬剤を服用することでQOLという言葉は軽々しく使用するべきではないと思います。

2013年6月7日金曜日

EBMの入り口

[Clinical question臨床疑問]
僕たちが日常業務で遭遇するClinical question臨床疑問は2種類あるといいます。(1)日々なんとなく疑問に思うことは多いですが、その疑問が一般的に、おそらく当たり前のことなんだろうというものほど、ヒトは思考停止してしまいがちです。糖尿病といわれている人たちに血糖降下薬を服用させると何が起こるのか。低血糖リスクは軽視できないけど、それに気をつけてしっかり血糖値をコントロールすることが大切なんだと、学部時代なんとなく学んだ薬物治療の教科書を思い出して、しっかり薬を飲んで食事を気をつけましょう…。みたいな。
 ある意味、これが思考停止そのものでした。とある地元の糖尿病研究会のセミナーの中でメーカー主催では珍しくACCORD試験の紹介がありました。この当時、僕はまだEBMそのものをしっかり勉強していたわけではないのですが、大変衝撃を受けたのは記憶しています。
 糖尿病では血糖値が高い、だから下げましょうという判断をとりあえずカッコに入れ、判断停止することで、思考停止を避けることができます。そして、ここから疑問が生まれるのです。糖尿病の患者さんに血糖降下薬を投与すると…

前置きが長くなりましたが「疑問」は大きく分けると以下の2種類があるそうです
■背景疑問(Background questions
■前景疑問(Foreground questions

[Background questions背景疑問]
背景疑問とは治療や病態等における一般的な知識に対する疑問です。糖尿病の例では
▶どのような人で糖尿病になりやすいのか
▶何が糖尿病のリスク因子となるのか
▶どのように糖尿病を発症するのか
▶なぜ糖尿病では血糖値が高くなるのか
のように基礎的な知識に対する疑問です
このような疑問は5W1H WhoWthatWhenWhereHowwhy)で定式が可能であるといわれています。このような一般的な背景疑問を知ったうえで個別の事象や状態に関する様相(前景疑問)が見えてくる、すなわち一般的な事を知らずに患者個別の疑問を解決することはできないというわけです。したがって動物実験などの基礎的研究の結果は背景疑問を解決するために必要な情報で、とても重要な知識なのです。ただそれをいきなりヒトに対して当てはめるのは理論が飛躍しすぎています。背景知識だけを知っていても患者個別の疑問を解決するには至りません。

[Foreground questions前景疑問]
勉強の多くは背景疑問への知識取得に費やされます。そして知識の取得や経験とともに疑問のウエイトは前景疑問が占めてくるようになります。背景疑問が整理できてくると、この患者における問題は何か、というような患者個別の前景疑問にたどり着くことができ、ここからやっとEBMのファーストステップが始まります。よく練られた前景疑問はしばしば4つの“成分”を有しているといわれています。

①対象となるヒトの状況や人口集団、あるいは患者個別の問題
②主な介入、暴露、検診、予後因子、治療
③介入や暴露に対する比較対照
④臨床的な成り行き(結果)

①の対象となるヒト、すなわちpatient、あるいはpopulation,
②の介入internentionあるいは暴露exposure
③の比較対照comparison 
④臨床的な成り行き=アウトカムoutcome
英語の頭文字をとって、前景疑問の4要素を「PICO」とか「PECO」と呼びます(2)

P: patient▶どんな患者に
E: exposure▶どんな治療、検査、介入を行うと (※)
C: comparison▶何と比べて
O: outcome▶どうなったか

(※)Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th edではinternentionの“I”を用いて「PICO」と表現しています。僕は日常的に「PECO」を使用していますが、PICOPECOもその意味合いは全く同じことと認識しております。

このように4つの成分で患者個別の問題を整理すること、すなわち治療や予防、診断や予後などに関する今必要な知識を答えることが可能な質問(疑問)へ加工するという、患者の問題を明らかにするための「問題の定式化」がEBMのファーストステップです。ここからスタートです。

[いつ、どのように疑問を提起するか]
いつ、どのように疑問を提起するかは個人の知識量、経験などに左右されてきますが、僕のように知識0の場合はたとえ背景疑問がまずまず整理されてきても、やはり疑問だらけです。ただ重要なのは、無意識に知っているつもりになっていること、これが問題で、EBMの入り口に入れない最大の要因です。何を「知っている」のか、何を「知らない」のかを明確に区別する必要があります。薬のリスクや副作用に関して、検診や予後に関して、治療や医療介入、そして予防について、日常業務において、疑問が生じる場面は多数ありますが、それを知らないこととして拾い上げることができれば、問題を定式化することが可能です。当然、すでにその明確な答えを得ている場合には拾い上げる必要な無いのですが、情報が日々アップデートされる中で、常に疑問のアンテナを張り巡らしていたいと僕は思います。

では冒頭の例を、PECOで定式化してみると、糖尿病患者に血糖降下剤を投与すると…。
Patient     (どんな患者に)
2型糖尿病患者に
Exposure    (何をすると)
血糖降下薬を投与すると
Comparison  (何と比べて)
服用しない場合にくらべて
Outcome    (どうなるか)
血糖値は下がるか?
死亡リスクは減るか?
幸せになれるか?








[アウトカム]
患者のアウトカムとはその患者さんの成り行き、みたいなことである治療によってその後、結局どうなったか、のような結果の意味合いで使用されることが多いと思います。ある治療が患者さんにどのような影響を及ぼしたのか、という事ですが、上の例ではたとえば経口血糖降下薬による治療やインスリンによる治療を行えば血糖値が下がることは分かります。これは背景疑問に対する知識の一種だと言えるかもしれません。
▶なぜ糖尿病患者に血糖降下薬を投与すると血糖値が下がるのか…背景疑問
▶糖尿病患者の血糖値を下げると患者はどうなるのか…前景疑問

前景疑問を定式化したさいのアウトカムをどのように設定するか、この例では「患者はどうなるのか」という事をいったい何を物差しにして定量的に評価するのか、という事です。アウトカムには2種類あることは何度も触れてきました。真のアウトカムと代用のアウトカムです。多くの場合、血糖値は代用のアウトカムでした。

臨床疑問に対するアウトカムはどのように設定すればよいのでしょうか。その治療が本当に患者のためになり、健康的な生活を続けることができるのであれば、患者さんは多くの場合で幸せな人生を送ることができるはずです。だからPECOで定式化した際の”O”は本来「幸せになれるか」で設定しなくてはいけないのだと思います。しなしながら「幸せ」というのはヒトそれぞれの主観であり、これを一律に定量的な指標で示すのは困難です。そのために、定量化が可能な死亡リスク、等の人生における重大な転機というのをアウトカムにせざるを得ないのです。この定量化が可能な重大な転機を真のアウトカムと呼ぶことが多いです。ただ、死に対するヒトの価値観もまたそれぞれです。長生きはしたくない、そう思えば死亡リスクというアウトカムは真のアウトカムでは無くなります。患者さんが幸せになれるかどうかという前提ありきの真のアウトカムです。血糖値が下がることに人生最大の喜びを感じるのであれば、血糖値でさえも真のアウトカムになり得るのです。

実際の目の前の患者の真のアウトカムを考えると実に悩ましいことばかりです。総合感冒薬で風邪が早く治るわけでもないし、副作用リスクだってある、そうは言っても患者さんが「この薬を早く飲めば風邪の症状がひどくならずに済むんだ、いつもそうなんだ」と…。

[PECOからステップ②情報収集戦略へ]
PECOで定式化できたら、整理した疑問は以下の4種類に分類することで、それを解決するための情報収集戦略を立てることが容易になります。

①治療の疑問…ランダム化比較試験
②診断の疑問…横断研究
③予後の疑問…コホート研究
④副作用の疑問…症例対照研究、コホート研究、症例報告、ランダム化比較試験等

疑問のタイプに合わせて必要な研究デザインを絞ることができるのです。情報収集戦略については、いつかまた機会がありましたら、まとめてみたいと思います。まずはPECOより始めよ。EBMの入り口は、たくさんあるのに、なかなか気づかない、僕自身まだまだ気づいていないことだらけかもしれません。

[参考文献]
(1)Straus SE et al ed.Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th ed

(2)ACP J Club 1995;123(3):A12-A13

2013年6月5日水曜日

初心忘れるべからず。そして時々の初心も

[初心忘れるべからず]
学び始めたころの謙虚な気持ちを忘れずにという世阿弥の言葉には続きがあります。
■是非とも初心忘れるべからず。
■時々の初心忘れるべからず
■老後の初心忘れるべからず。

老後には老後の初心があるという最後のフレーズにたどり着くには僕はまだ未熟すぎますが、薬剤師がEBMEvidencebased Medicine)を実践するとはどういう事なのか、自分なりに模索を続けてまいりました。EBMを学び始めたころの初心も大事にしていきますが、これから進むべき道の中で、その時々の初心を大事にしていきたいなと思います。最初の初心を大事にしながら、それにとらわれず、時々の初心も大事にしたい。そんなふうに考えていますが、やはり基本に立ち返ることは大事なのでしょう。自戒をこめて、EBM、その初心に帰りたいと思います。

[EBMに対する誤解]
僕が今更EBMとは何か、みたいなことを語るのもどうかと思いますし、僕自身が語れるほど、EBMについて何かを知っているわけではありません。すでに多くの著名な先生方が情報を発信されている通りです。Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th edには以下のような記載があります。
Evidence-based medicine (EBM) requires the integration of the best research evidence with our clinical expertise and our patient’s unique values and circumstances
「EBMには我々医療者の臨床専門知識と患者さんの個々の価値観やその環境に最良の科学的根拠を統合することが求められる」
このような意味合いで使用されているかどうか、やや不明確ではありますが、世の中にはすでにEBMという言葉が広く普及してきていると感じています。

EBMは学問的な事ではなく、いわゆる行動指針であり、医療を円滑に行うためのツール、道具であるといった方が良いのかもしれません。薬剤師が医療を行う上でのスキルとなるものには様々なものがあります。薬剤師によるフィジカルアセスメントは今やその花形といえましょうか。ただ「聴診器を知っている」と「聴診器が使える」との違いはかなり大きいです。EBMも同様に「EBMを知っている」のと「EBMが使える」には大きな差があるといえます。

EBMはいまだ多くの誤解を受けていることも多いのではないかと思います。EBMは単に論文データに基づいたアセスメントではありません。こういうエビデンスがあるからこうやった、というのはEvidencebaised Medicine、すなわち 根拠によりゆがめられた医療と表現できます。そしてEBMが単に、論文データをアセスメントすることとしてとらえれば、EBMに基づいた医療」なる医療があるという誤解を生みだします。書籍のタイトルにも「EBMに基づいた~」のような専門書が書店に並んでいることがあります。たとえ多くのエビデンスを評価しても、それを患者にどう使えばいいか分からなければ良いアウトカムを生みだすことは難しいかもしれません。

例えば一般内科病棟において、朝の回診にて、入院患者から上がった疑問をカンファレンスで取り上げ、文献検索を行い、その結果を医療チームにメールで送信し知らせた群と、通常通り治療した群において、死亡やICU入室、入院期間、再入院に明確な差は出ませんでした。
Impact of facilitating physician access to relevant medical literature on outcomes of hospitalised internal medicine patients: a randomised controlled trial.
Evid Based Med. 2011 Oct;16(5):131-5. PMID:21949275

多くの薬剤師が情報を仕入れる情報源としてはおそらく、インターネット、医療従事者向けの情報サイトや薬局に毎月送られてくるような月刊誌ではないでしょうか。このような情報は、その妥当性を見極めるのも困難なほど、加工されていることがほとんどで、研究の結果のみが分かりやすく記載されていることが多い印象です。そしてその結果をただ患者さんに伝えるだけでは、きっと何も変わらないのだと思います。

情報が提示した結果と、今目の前の患者の状態にはギャップが存在します。そこをどのように埋めていくかという作業が必要なんですが、対象患者、介入、比較対照、結果、要するに情報のPECOが見えないと、ギャップを埋めるのに必要な研究結果と実臨床との隔たりの度合いが見えてきません。そして、インターネットに掲載されている学術情報や薬局に送られてくるような月刊誌の多くはこのような情報の吟味を行うには不十分すぎるデータしか掲載されていないのが現状です。

[EBM、時々の初心]
なにはともあれEBMの基本は5つのステップに尽きると思います。
ステップ①converting the need for information into an answerable question
              :PECOによる問題の定式化
ステップ②tracking down the best evidence with which to answer that question
              :情報収集
ステップ③critically appraising that evidence for its validity and appliciability
              :情報の批判的吟味
ステップ④integrating the critical appraisal with our clinical expertise and with our patient’s
unique biology, values and circumstances :情報の患者への適用
ステップ⑤evaluating our effectiveness and efficiency in executing steps 1–4 and seeking ways 
 to improve them both for next time:一連のステップの評価
Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th ed
エビデンス、いわゆる論文データは情報収集した情報のうちの外部エビデンスの一つにすぎないという側面が忘れ去られていることも多いのではないでしょうか。だからエビデンスがなければEBMなんてできないというのもまた誤解なのです。情報を患者に適用するにあたり、エビデンス、患者さんの病状を含めた周囲を取り巻く環境、患者さんの思い、そして医療者の臨床経験の4つの要素を統合するBMJ 2002;324:1350)という事が重要なのですが、エビデンスの統計的データのみが独り歩きしている、そんな風に感じてしまうことも多いです。

確かに統計的データは、薬剤効果やリスクの度合いを定量的に共有するうえで、とても有用な情報で、僕自身、それを活用しながら薬剤師のEBMを模索してきました。ただエビデンスそれ自体はあくまで判断材料の一つであり、それが独り歩きすることの無いように、情報をどう取り扱うかを意識してきました。薬剤師にとって、エビデンスと実臨床をつなげるためのツールとしてEBMは強力な武器になると考えていますが、単に論文の統計的データをそのまま横流しするだけではエビデンスと実臨床はつながりません。エビデンスと目の前の患者のギャップという壁に挟まれて、断片的情報となり、患者のアウトカムに届かないという事は今まで見てきたとおりだと思います。エビデンスの批判的吟味(研究方法妥当か、結果は何か、それは役に立つか)、そして情報の患者さんへの適用という部分があらためて大切なんだと先に紹介した論文が物語っている気がします。情報は知っているだけではだめなのだと、あらためて痛感させられます。

時々の初心…。「■PECOによる問題の定式化 ■情報収集■情報の批判的吟味 ■情報の患者への適用 ■一連のステップの評価」これ以上でもこれ以下でもない気がします。なにはともあれEBM5つのステップ、そしてPECOから始めよ。そのためにどうすればよいのか…。
「知らざるを知らずとす」知らないことを知らないと知るということから始めないと、EBMの最初のステップにたどり着けない気がします。高血圧の人の血圧を下げるとどうなるか…知らない、というところからのスタートです。


この世界で当たり前という認識、そういったことをいかに「知らない」と認識できるか、ここが大きな分かれ道のように感じています。血圧や、コレステロール値や血糖値のような代用のアウトカムに対するヒトの価値観、リスク態度はどのように形成されてきたのでしょうか。正常という値を目指すことが正しいという認識はどのように形成されてきたのでしょうか。そしてヒトはそれをなぜ正しいことであり、重要なことであると当たり前のように信じ続けるのでしょうか。血圧や血糖値、コレステロール値が高いことが悪いことのような、そんな認識が一般化しているこの世界で、血圧を下げることが「正しい」とかコレステロール値は「重要である」というのを、思考停止せず、判断停止してみるとまた違った世界が見えてきます。知らざるを知らずとす…。僕は専門知識や背景知識がないだけに、多くのことを知らないという事が幸いしてか、そこから見えた景色があまりにも衝撃的でした。そしてとても新鮮でした。