[お知らせ]


2014年10月10日金曜日

薬剤師のEBMから継続的な学習手段として

以下、未熟な段階での理論であり、思考の整理として、メモとしてまとめたものです。

[現状と背景]
薬剤師の臨床能力、それは豊富な知識と実臨床で培われてきた経験に他なりません。経験が占めるウエイトはやはり大きいと思います。しかしながら薬剤師の職場は非常にバリエーションに富んでいます。保険薬局の現場では、主に受ける処方箋発行医療機関の患者特性をもろに受けますし、病院ではその施設規模で実際に行われる医療の幅が広く、診療科の有無も大きく影響しますよね。
眼科の処方箋を主に受ける保険薬局と、内科の処方箋を主に受ける保険薬局、あるいは皮膚科、精神科…僕自身は保険薬局勤務経験の中でほぼすべての科を経験させていただきましたが、現実的には実臨床での経験には偏りが出てきます。病院薬剤師でも同様かと思います。施設規模でできる医療とできない医療があります。
その様な状況の中で実際の経験が臨床能力向上に寄与するというのはもちろんそうなのですが、経験ができない状況ではもはやその能力を鍛えることが不可能なのでしょうか。スキルアップのために毎回転職するわけにもいきませんよね。特に保険薬局では地域に根差した活動を継続的に行う意味でも人事異動と言うのには僕自身相当の違和感がありました。
大学病院勤務で一通りの経験を積むことができる職場に勤務していれば何も悩む必要は少ないかと思いますが、経験できるスキルが限られてしまった職場環境という状況の中で、臨床能力を鍛えるにはどうすればよいのか、僕は考えています。

[スクリプト理論]  
スクリプトは、ある典型的状況で人間が想起する一連の手続きを表現する方法です。(Shank & Abelson,1977)ある典型的状況で人間が想起する一連の手続きを表現する台本のようなものをスクリプトというそうです。ヒトは社会生活で必要な知識をスクリプトの形で記憶にため込むと言われています。例えばレストランでの食事をするという行動では…
①レストランに入る
②ウエイターが来る
③メニューを手渡される
④メニューを見て注文する
⑤ウエイターが注文品を持ってくる
⑥食事をする
⑦お会計をする
⑧レストランから出る
というシナリオが台本化(≒スクリプト化)されているのです。高級レストランでまごつくのは高級レストランでの食事というスクリプトが存在しないからと言えましょう。ヒトは経験からスクリプトをため込むことで社会生活を円滑に営むことができるのです。

[薬剤師のEBMにスクリプト論を応用する]
単に臨床医学論文を知識習得のために「学ぶ」というスタンスで読むのではなく、実臨床でどのように活用できるのか、という思考が大切です。その手順として論文を読む際は、通常の批判的吟味に加えて、

①論文のPECOから臨床現場を想定する。
②付け加えるべき疫学・臨床情報を検索し同様に整理する。
③想定された患者に対してどういった臨床判断を行うかをスクリプト化する。
→これを「薬剤師の臨床判断スクリプト」と呼ぶことにします。



ため込んだ「臨床判断スクリプト」と類似した症例に遭遇した際に必要なスクリプトを引きだすことで迅速なEBM実践(これを「薬剤師のEBM」の一概念として、特に薬剤の有効性・安全性の定量的推定を行うことから“薬剤効果推論”と呼ぶことにします)が可能となる。

[薬剤師の臨床判断スクリプトの構成要素]
臨床判断という一連の流れをスクリプト化するに当たり以下の要素が必要となります。
・論文情報から想定できる患者の臨床症状や背景因子と介入効果(疫学的・統計的データ)
・薬理学・病態生理学・薬物動態学・製剤学等の薬学的知識を駆使した介入の安全性有効性予測
・基礎実験から得られた知見から臨床上想定しうる影響

→臨床判断を想起する具体的なイメージをスクリプト化
→実臨床で遭遇した症例に対して「薬剤効果推論」

[学ぶスタンスの論文の読み方に見える問題点]
知識として蓄えることに終始。知識をどのように引き出し、実際の現場状況と結合させるべきかわからず、迅速なEBM実践の大きな障害となる。系統的な薬剤効果の推論が難しい。(付け加えるべき論文情報が整理されていない)

[臨床判断スクリプトを活用した薬剤師のEBM]
※論文の結果が適用できる場面を想定し付け加えるべき情報や示唆から一連の臨床判断行動をスクリプト(=臨床判断スクリプト)として蓄積していく

目の前の症例と頭の中にスクリプトされた症例の関連性を吟味
EBMのステップ1と2に相当。情報収集はスクリプト化されているため、うまく頭の中から引き出せるかが肝要→個々個人で使用しやすい簡易データベース[ブログやノート等]を作成していることが望ましい)
関連性があるならばスクリプトを適用してみる
医師の治療方針や目の前の症例と「スクリプト」のギャップを考慮
薬剤の有効性・安全性を推定(薬剤効果推論)
処方提案・疑義照会等の臨床判断
EBMのステップ3と4に相当)
一連の流れの再評価
自身の経験を付け加えスクリプトのブラッシュアップ
最新情報を付け加えながら繰り返すことでより高度なスクリプトの生成へ
EBMのステップ5に相当)

[長所・短所]
・“薬剤効果推論”を行う臨床判断スクリプトを用いた薬剤師のEBMは薬剤師の臨床経験を補うスキルとして有用ではないか
・各薬剤の考え方使い方をスクリプト化して頭の中にファイルすることで情報の整理と活用が迅速に可能
・学生のうちからスキルを鍛えることも可能ではないか
・論文抄読会から薬剤効果推論を行うためのカンファレンスへ
・なぜ継続して論文を読まないといけないのかに対する以下の示唆
→日常業務で遭遇しうる「重要な問い」にアンダーラインを引くこと
→より高度なスクリプトの形成のために
・スクリプトに依存した判断というバイアスが生じる可能性がある。
スクリプト化の段階で多面的に評価する必要がある


なかなかうまくまとめられませんが、今後煮詰めていきたいと思います。

2014年10月4日土曜日

言語学と医療

言語学と言っても、様々ですが、以下はソシュール言語学からの示唆ではあります。
フェルディナン・ド・ソシュール(18571913)。僕は彼についてその多くを知りません。スイスのジュネーブ大学で一般言語学という講義を行っていたこと、物の名称に関する興味深い示唆を見出したこと。ただそのようなことを、思想書の中からかいつまんで得た知識のみを有しているにすぎません。近いうちに読みたいと思っていますが、丸山圭三郎さんの「ソシュールの思想」すら読んでいません。だからシニフィエがどうとかシニフィアンがどうとか、共時態と通時態とか、そういったことを、えらそうに語る資格もありませんし、その本質を理解しているともいえません。

ただ僕がソシュールの思想に大変影響されたのが、モノの名称に関する示唆です。例えば、日本語で兄と弟という2つの言葉があります。要するに兄弟には年上と年下という2つの概念が存在しますよね。日本人なら当たり前すぎる言葉ではありますが、ご存じ英語ではbrotherであり、原則的に兄と弟を区別しません。Sisterも同様に、姉と妹を区別しません。もちろん英語話者では全て“双子”で生まれてくるわけありませんし、当然ながら2人の子供がいたら、双子でない限りにおいて、どちらかが年上であり、一方は年下であるはずです。僕らは英語を習う時、あまりそのことを意識させられないまま学んでいます。だがしかし、言語の種類によって、その言語話者が有する認識に応じて、目の前の事物の分類の仕方が変わるというのはものすごいことだと思うのです。

例えばこの世界のあらゆる事物を砂漠のようなただの砂地に例えれば、コトバと言うのはその砂をすくう網のようなものであって、網の目の大きさや形によって砂に描かれる模様が異なるように、おおよそコトバによって切り取られる世界の見方が変わるのです。

病気と言われるような現象も診断基準といようなというコトバによって単なる身体不条理という現象から疾患を切り取るように、本来“あれ”と“これ”の病名の間には境界がない連続帯なのだと思います。咽頭炎と喉頭炎と副鼻腔炎のように言葉をあてがうことで、上気道の炎症という現象をカテゴライズし、概念化し、認識し、治療を考えます。

どうも医療においては身体不条理という現象を言語化し、さらに医療者は医療言語へ変換し、治療を組み立てるという流れの中で、言語学的視点がとてもフィットするように思うのです。

[コトバの差異性]

他者と比較できないような感情表現。こういった感情表現はまた難しいように思えます。物事の認識は他者との比較により物の価値が産み出されるのです。すなわち、”大きい”という価値観は”小さい”が存在しているからこそ概念化されるわけです。言葉は差異の体系であるがゆえに、対立概念のない現象を具体的に概念化し名指すことは困難であることが往々にしてあります。たとえば僕らは猫そのものについて学ぶことはなく、僕らは猫とは、ネズミじゃないもの、犬じゃないもの、虎じゃないもの、ライオンじゃないもの。そういうふうに学んできました。

また、とある治療の価値を見出すには、他の治療との比較が必要ですが、現在、巷にあふれ、容易にアクセスできる医療情報においては、果たして比較妥当性の高いもの同士をしっかり検討したものがどれほどあるのだろうかと思います。

[コトバの恣意性]

 コトバはその存在と同時に世界の見え方を変えていきます。「やまねこ」という言葉が生まれると同時に、「ねこ」たちは「ねこ」と「やまねこ」に分節されます。言葉はそれが話されている社会に共通な、経験の概念化、あるいは構造化であり、例えば外国語を学ぶことはすでに知っている概念の新しい名前を知ることではなく、今までとは全く異なったカテゴリー化の新しい視点を獲得することに他なりません。事物をそれぞれの言語社会に属する人々が、その生活体験を通じてどのように概念化してきたのか、そういったことが垣間見えます。

 言語次第で現実の連続帯がどのように不連続化されていくか、その区切り方にみられる異なり方の問題は、例えば日本語で分節できない感情表現、すなわち「言葉では表せない気持ち」のような。これは個人の主観的な問題ではなく、その人のリアルな現象のはずなのですが、言語化できないためにリアルさを共有できません。医療においてはなんだかわからない症状と変換されてしまう恐れを孕んでいます。

[曖昧なまま受け入れる事の困難さ]

目の前の連続帯に切れ目をいれカテゴライズする、二項対立に価値を見いだす、言葉はこの二つの性質をもちます。すなわち言葉の恣意性と差異性です。本来、言葉の恣意性と差異性は僕らの言語表現を縛ります。言葉は価値を相対化し、物事をカテゴライズすることを可能にしましたが、言葉を使えることで、むしろ人は何事も感情を伝え、物事を区別し、概念を共有できると錯覚します。言葉を使う限りにおいて、曖昧さを受容することは困難なのだといえます。


今目の前の身体不条理に病名をつけてもらわないと不安なように、あらゆる身体不条理は病名によりカテゴライズされ、治療が最適化できると考えがちです。でも実際のところ、感染性胃腸炎なら、そこには吐き気と下痢症状という現象があるだけです。その原因がノロウイルスだろうとロタウイルスだろうと、そんなことはあまり重要ではないのですが、ノロウイルスであると診断されることの方をヒトは求めます。現象に切れ目を入れることで医学は発展してきました。ただそれは切れ目を入れる必要があるかどうかとは、また別の問題を孕んでいる気がしてなりません。

2014年10月1日水曜日

西アフリカで流行しているエボラウイルスの致死率及び感染能力

以下の論文、現在も西アフリカで猛威を振るうエボラウイルス感染症に関する貴重な報告です。全文がフリーで公開されており、一読の価値があります。

Ebola Virus Disease in West Africa - The First 9 Months of the Epidemic and Forward Projections.

西アフリカ5か国、ギニア、リベリア、ナイジェリア、セネガル、シエラレオネにおいて、2014914日までに4507例のエボラウイルス病(EVD)が確認されており、2296例が死亡している。症例数、死亡者数は確かに高く、国のデータベースに含まれていない研究室での診断例や診断されないまま埋葬されたEVD疑いのある症例など、診断や治療から回避されてしまった症候性症例も多数存在する。

この流行は201312月にギニアから始まり、WHO2014523日に急速なEVDアウトブレイクを通知した。88WHOは流行が公衆衛生上の国際的懸念を要する緊急事態であると宣言した。最初のケースから9か月経過した9月中旬までに、多国籍企業や多部門の感染拡大阻止のための努力にもかかわらず、感染症例や死亡例は毎週、いまだに上昇している。流行はギニア、リベリア,シエラレオネの3国においていまだ拡大している。感染者への医療提供や感染拡大阻止のための管理措置実施の大きな課題に直面している

エボラウイルスは主に症候性感染者の体液の接触により拡散される。感染拡大は、早期診断、接触者の追跡、患者の隔離とケア及び感染制御、安全な埋葬により阻止される。西アフリカにおける流行以前において中央アフリカでのEVD発生は、多くが森林地帯で、その規模や地理的に拡散が制限されていた。過去の最大規模の発生はウガンダでグル、マシンジ、およびムバララの地区で発生した。200010月から20011月から3カ月間にわたり425例が発生し、この発生は、国際的な支援を得たうえで、地域の保健医療サービスを介して提供された感染拡大を最小限に抑えるための介入によって制御された。

この報告は9か月間にわたる、ギニア、リベリア、ナイジェリア、シエラレオネにおける流行の臨床的、人口統計的特徴をまとめたものである。

[臨床的・人口統計的特徴]
発熱(87.1%)、疲労感(76.4%)、食欲不振(64.5%)、嘔吐(67.6%)、下痢(65.6%)、頭痛(53.4%)腹痛(44.3%)。特異的な出血症状はまれであった(15.7%)が原因不明の出血(18%)

全体
死亡
回復
オッズ比
発熱
1002/1151
(87.1)
746/846
(88.2)
256/305
 (83.9)
1.34
(0.921.95)
疲労感
866/1133
(76.4)
633/829
(76.4)
233/304
(76.6)
0.94
(0.681.28)
食欲不振
681/1055
 (64.5)
498/778
(64.0)
183/277
(66.1)
0.92
(0.691.23)
嘔吐
753/1114
(67.6)
566/816
(69.4)
187/298
 (62.8)
1.19
 (0.891.59)
下痢
721/1099
(65.6)
555/813
(68.3)
166/286 (58.0)
1.42
(1.061.89)
頭痛
553/1035
(53.4)
407/757
(53.8)
146/278
(52.5)
1.03
 (0.781.36)
腹痛
439/992
(44.3)
311/715
(43.5)
128/277
 (46.2)
0.85
(0.641.13)
胸痛
254/686
 (37.0)
196/488
 (40.2)
58/198
(29.3)
1.53
(1.072.20)
194/655
(29.6)
150/462
(32.5)
44/193
(22.8)
1.74
 (1.182.61)
嚥下困難
169/514
(32.9)
138/375
 (36.8)
31/139
 (22.3)
2.22
(1.413.59)
結膜炎
137/658
(20.8)
109/465
(23.4)
28/193
(14.5)
2.03
 (1.293.29)
45歳以上
350/1378
 (25.4)
299/1021
(29.3)
51/357
(14.3)
2.47
(1.793.46)
医療従事者
158/1429
(11.1)
112/1067
(10.5)
46/362
(12.7)
0.86
(0.601.27)
※詳細は原著参照
リスクファクターとして45歳以上、下痢、結膜炎、呼吸困難、嚥下困難、混乱、見当識障害、昏睡、原因不明の出血、歯茎の出血、鼻血、注射部位出血、膣からの出血


[致死率(Case fatality rate95%信頼区間]

4か国
ギニア
リベリア
ナイジェリア
シエラレオネ
全症例
70.8
(68.672.8)
70.7
(66.774.3)
72.3
(68.975.4)
45.5
(21.372.0)
69.0
(64.573.1)
入院例
64.3
 (61.567.0)
64.7
(60.168.9)
67.0
 (62.071.7)
40.0
(16.868.7)
61.4
(56.166.5)
医療従事者
69.4
 (62.175.8)
56.1
(41.070.1)
80.0
(68.787.9)
NC
68.4
(55.579.0)

[感染拡大能力]

ギニア
リベリア
ナイジェリア
シエラレオネ
Ro値平均
[95%信頼区間]
1.71
(1.442.01)
1.83
(1.721.94)
1.2
(0.671.96)
2.02
(1.792.26)
倍加時間(日)
[95%信頼区間]
17.53
(13.1826.64)
15.78
 (14.417.37)
59.75
 (13.27)
12.84
(10.9215.66)
R値平均
[95%信頼区間]
1.81 (1.602.03)
1.51 (1.411.60)
1.38
(1.271.51)
倍加時間(日)
[95%信頼区間]
15.7
(12.920.3)
23.6
 (20.228.2)
NC
30.2
(23.642.3)
Ro:基礎再生産数
1 人が何人に感染させるかを示す。季節性インフルエンザで1.72.0、麻疹では1218と言われている)
R:実効再生産数
(集団の全てがその感染症に免疫がないとは限らない場合、あるいは集団が移動・移住などをして、定常状態ではない場合において、その全感染可能期間において、一人の患者が何人に感染させたか)

[潜伏期間]複数日数での暴露
全国
ギニア
リベリア
ナイジェリア
シエラレオネ
11.4±NA
10.9±NA
11.7±NA
NC
10.8±NA



対策に変化がないと仮定すると、2014112日までに確認されると推定される累積症例数は、ギニアで5740例、リベリアで5000例、シエラレオネで5740例と全体で2万例を超えると予想される。