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2013年3月18日月曜日

病気の早期介入というものを考える


(注意)以下の内容は個人的な主観も含まれています。認知症における現在の治療に関するガイドラインを否定するものではありませんし、特定の薬剤の効果を否定するものでもありません。

検診などのスクリーニングによる病気の早期発見、その思わぬ落とし穴を以前「病気の早期発見と5年生存率にまとめてみました。疫学的観点からスクリーニングによる病気の早期発見には負の側面もあるかもしれない、そう思うと結論しました。今回は病気の早期介入について、アルツハイマー型認知症を例に、考えてみようかと思います。

厚生労働省のホームページ「認知症対策」(http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/)には“認知症はどうせ治らない病気だから医療機関に行っても仕方ないという人がいますが、これは誤った考えです。認知症についても早期受診、早期診断、早期治療は非常に重要です。”と記載があります。

アルツハイマー型認知症の治療薬として、有名なものがドネペジルという薬剤です。この薬剤は認知症のなるべく早い時期に投与を開始して、服薬を継続することでアルツハイマー型認知症患者の認知機能や独立性をより長く持続させることができるとメーカーもその早期介入の重要性を強調しています。(http://www.aricept.jp/about/benefit.html
軽度及び中等度アルツハイマー型認知症患者への早期介入は臨床試験でもその認知機能低下(MMSEスコア)を有意に改善できるとした報告も示されています。

僕はアルツハイマー型認知症患者への早期薬物介入が間違っているとは全く思いませんし、それ自体を否定する気もありません。ただ何でもかんでも早期介入には少し違和感を覚えるのです。早期介入すべきかどうかは多種多様な価値観の中で判断されるべきであって、認知機能スコアが有意に低下しない(ここで強調したいのはスコアが低下しないだけで、決して改善しているわけではない)という情報のみで薬が効くと判断され投与されてしまう一種の思考停止を問題視しています。

アルツハイマー型認知症のもう少し前の段階、すなわち記憶力は低下しているが、他の認知機能障害はあらわれておらず、日常生活にも支障をきたしていないという状態を軽度認知機能障害(mild cognitive impairmentMCIと呼ぶことがあります。この時期にドネペジル等のコリンエステラーゼ阻害薬を投与しても認知症への移行を抑制できるかどうか明確な形で示せてはいません。Russ TC, Morling JR. Cholinesterase inhibitors for mild cognitive impairment. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Sep 12;9:CD009132. PubMed PMID: 22972133
早期介入は本当に良いアウトカムをもたらすのか、この結果をみるといろいろ考えさせられます。本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬は現在このMCIに適応を持ちません。

もう少し、このテーマを考えていきたと思います。たとえばドネペジル等のコリンエステラーゼ阻害薬が、軽度認知症に効果があるとしましょう。この場合の効果とは「認知機能や身体機能をスコアで評価した点数の下がり具合」と考えていいと思います。事実多くの認知症治療薬の有効性とはこのような指標で評価されています。このスコアの下がり具合が、薬なしと比べて緩やかであれば効果あり、という感じで有効性が決定づけられています。ここで大事なポイントは認知機能や身体機能をスコア化した点数が改善しているわけではないのです。これは何を意味しているのか、個人的に重要なポイントだと思います。

ここでは前提として、薬剤を投与することで認知症の進行がかなり抑制され、最終的に末期症状への到達が先送りされて、寿命が延びたと仮定します。薬剤を軽症アルツハイマー型認知症から投与した場合と、全く投与しなかった場合を以下の表で整理します。時間の経過は便宜的に示したもので実際の臨床経過ではありません。

時間の経過
治療なし
軽度認知症から薬剤投与
1年目
認知症の診断・投薬なし
認知症の診断・投薬開始
2年目
 
 
3年目
認知症末期
 
4年目
死亡
 
5年目
 
認知症末期
6年目
 
 
7年目
 
死亡

これは本当に極端な例だと思います。症状の経過も例として示しているだけです。また、おそらく薬剤を使用してもここまで延命できるか定かではありませんし、それならそれ自体で薬剤の効果はそれほど期待できないことになります。もし延命できるのだとしたら、それは素晴らしい薬剤のような気もしますが、認知機能は改善しないことをもう一度思い出してください。上の例では薬剤を投与しない結果、認知症はある一定のスピードで進行し、やがて死に至ります。一方、薬剤を投与した人は認知症の進行が抑制され、認知症末期状態が先延ばしされ、末期に至っても病状はゆっくり進行し、ゆっくりと死が訪れます。要するにこれは認知症の期間が長引いていることに注目したいところです。もちろん死亡する原因のすべてが認知症によるものとは言えませんし、少し理論の飛躍があるのかもしれませんが、病気の期間が延びているという点は軽視できないものではないかと思います。通常の慢性疾患の治療薬の真のアウトカムである、死亡は減るか、とか、脳卒中が減るか、とか心筋梗塞が減るかのような、あるイベントの先延ばし効果とは全く意味合いが異なるのです。

治療に当たっては多種多様な価値観の中で薬剤が必要かどうかを検討すべきで、早期から薬を飲めば認知症の進行が抑えられる、といういかにも薬を飲んだほうがいいというような面だけを強調すべきではないのかもしれません。もちろん患者本人のみならず、その家族や介護者も含めた検討というのは重要です。

症状スコアという主感的な評価項目というのもまた難しい問題です。血圧や、血糖値等のデータは数字で定量的に把握できて大変わかりやすいのですが、症状スコアは個人の感情や評価が入り混じり、時にプラセボ効果というものが大きく影響してきます。逆に考えれば症状スコアは薬の本当の「実効性」を示している可能性もあり、プラセボ効果を含めた有効性そのものを見ている気もします。認知症に薬剤が必要か、早期から服用する必要があるのか、単一のデータやグラフだけでなく、もっとわかりやすい形で議論されるべきテーマではないでしょうか。

日本の平均寿命は世界的に見ても長寿であり、少子高齢化は進んでいきます。長生きすればするほど、認知症リスクは増加し、高齢者が増えれば認知症有病率は増加します。日本において認知症が増加するというのは何も驚くことではなく、これは日本の人口動態そのものを反映しているに過ぎない可能性が高いのです。

冒頭紹介した厚生労働省の認知症対策のペーhttp://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/
には「アルツハイマー病では、薬で進行を遅らせることができ、早く使い始めると健康な時間を長くすることができます。”と書かれています。」との記載があります。確かに薬剤の効果があるのなら健康寿命を一定期間延長することは可能かもしれません。物忘れ、これは日常生活の中でだれしもが経験することです。物忘れから軽度認知機能障害、そして軽度認知症から、中等度、重度と進行していくなかで、決定的なクリティカルポイント(※)が存在しません。このような疾患では早期スクリーニングにを行う明確な理論的根拠が失われている可能性もあります。認知症と正常の境目、それを便宜的に決めつけることは、治療を行う上で必要なことなのかもしれませんが、それを早めることにより何がも足られるのか…。“不健康寿命”も延長するかもしれないという側面を僕は考えたいと思います。認知症への医療介入、これは「人の死」というものと向き合う重要なテーマです。

(※)疾患の自然経過の中で治療により治癒が比較的容易な時期と治癒が見込めない時期の境目(参考:「病気の早期発見と5年生存率」)

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