ケースコントロール研究を簡単に一言でまとめますと、語弊もあるかもしれませんが、だいたいこんな感じです。「ある要因への暴露と対象疾患の関連を調べるのに、疾患を有する人(ケース:症例)と疾患を有しない人(コントロール:対照)を比較して要因への暴露の有無を調べる」という研究デザインです。
ランダム化比較試験やコホート研究に比べて費用が少なく済む場合が多く、経済的であり、また試験期間もコホート研究に比べて短くて済む場合が多いようです。人間集団を対象とした研究においては関連の有無を検討する際、このような観点からまず臨床的観察の次のステップとしてケースコントロール研究が行われることが多いようです。特に有害事象の検討には倫理的観点から意図的にランダム化するランダム化比較試験の実施は困難であり、観察研究がその重要なポジションを占めますが、費用や時間のかかるコホート研究はある程度、要因への暴露と疾患の関連性が判明している状況で開始されることが多く、まずはケースコントロール研究で関連があるかどうかを検討することが一般的です。
薬剤師が実践するEBMの一つとして個人的に勝手に提唱している「患者に少なくとも害を与えない薬物療法のアセスメント」には、“薬剤の暴露と副作用の関連を検討”することが重要となってきます。実際、副作用をアウトカムに設定したランダム化比較試験は前述したとおり、まずデザインされません。コホート研究やケースコントローでの報告が重要となってきます。コホート研究は薬剤に対する暴露の有無が、その後、副作用発症するかしないか、発生率を比較検討できるので試験の構造的にはランダム化比較試験に似ており(もちろんランダム化はされていませんが)概要を理解しやすいのですが、ケースコントロール研究はとても重要な研究であるものの、副作用の発生率を直接見ることもできず、なんとなく概要をつかみずらいのが個人的な感想です。自分自身あやふやではありますが、自分の勉強も兼ねて、今回はケースコントロール研究について少しまとめてみます。間違い等ござましたらご連絡いただければ幸いです。
[ケースコントロール研究のデザイン]
ケースコントロール研究の論文を読むには、まずはどのような疾患を研究対象としているかを把握することが大切です。たとえば肺癌とタバコの関連を検討した論文であれば、まずは肺癌という疾患を扱っているというところをしっかり押さえます。
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肺癌あり(ケース)
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肺癌なし(コントロール)
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喫煙あり
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80人
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20人
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喫煙なし
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20人
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80人
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肺癌のある非人=これがケース(症例)です。そしてそれと比較するための肺癌の無い人=これがコントロール(対照)です。
そしてケース、コントロールそれぞれの群で喫煙ありがどの程度か、喫煙無がどの程度か、暴露割合を検討するのがケースコントロール研究の核心です。
上の図の例で行くとケースの暴露割合は80/100で80%コントロールの暴露割合は20/100で20%となります。繰り返しますが肺癌の発生率を比べているのではなく、煙草への暴露率を比較していることになります。疾患の発生率を比較するランダム化比較試験やコホート研究とこの点で大きく異なることに注意してください。コホート研究やランダム化比較試験は暴露(介入)と非暴露(非介入)を比べて疾患の発生率を比較しているのです。
[ケース(症例)はどのように選ばれるか]
たとえば肺癌と煙草の例を続けて使用すれば、ケースは肺癌患者です。ただ、既存の肺癌患者ではなく新規に発症した肺癌患者を対象とすることが多いです。既存症例は何らかの理由で死亡を免れた特殊な症例に偏っている可能性があるからです。これを既存/新規バイアスといいます。リスクファクターと考えられる因子が生き残った患者だけに特徴的な因子であればそれは延命因子である可能性もあるということです。
[コントロール(対照)はどのように選ばれるか]
コントロール群は地域住民や入院患者など様々なところから選ばれます。
■近隣コントロール:ケースに対して居住地が一致するような人たち
■ランダムダイアル法:電話番号(地域別)により抽出
■友人コントロール法:ケースの申告した友人をコントロールとして使用
■院内コントロール:ケースの入院している同じ病院から入院患者を選ぶ
コントロールの特性が母集団とかけ離れていないか注意が必要です。特に入院患者の特性は地域住民の特性とかけ離れていることが多く十分注意が必要だといわれています。通常、ケースとコントロールは年齢や性別など個別の条件をそろえるマッチングを行うことが多いです。
[ケースコントロール研究のリスク推定(関連は存在するのか)]
これまで述べてきたようにケースコントロール研究ではランダム化比較試験やコホート研究と異なり疾患の発生率が算出できないために相対リスクを求めることができません。その代わりにオッズ比という指標を用いて関連を推定することができます。
オッズ比とはある事象が起こる確率と起こらない確率の比です。たとえば宝くじが当たる確率が10%としましょう。当たらない確率は90%ですからオッズ比は10%/(100%-10%)=0.11となります。オッズ比は相対リスクと同じように関連を示す指標として使用できます。要因と疾患の関連がなければオッズ比は1となり、要因への暴露が疾患の増加と関連すれば1よりも大きくなり、逆に疾患が減少すれば1よりも小さくなります。
以下の例をもとに肺癌は喫煙と関連するのか推定します。
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肺癌あり(ケース)
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肺癌なし(コントロール)
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喫煙あり
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80人
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20人
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喫煙なし
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20人
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80人
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この例ではケースにおいて喫煙への暴露割合は80%でした。
ケースにおける要因へのオッズ比は80/20=4
またコントロールでは喫煙への暴露割合は20%でした。
コントロールの要因へのオッズ比は20/80=0.25
したがってこの研究でのオッズの比は4/0.25=16となります。
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肺癌あり(ケース)
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肺癌なし(コントロール)
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喫煙あり
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a人
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c人
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喫煙なし
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b人
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d人
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簡単にケースとコントロールのオッズ比を公式化すると
オッズ比=a×d / b×c となります 80×80/20×20=16となりますね。たすき掛け比なんて呼ばれています。
もう一度先程の例を使います。
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肺癌あり(ケース)
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肺癌なし(コントロール)
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喫煙あり
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80人
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20人
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喫煙なし
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20人
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80人
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オッズ比は16となり肺癌は喫煙者で多いという結果になりました。しかしながら肺癌の原因は喫煙だけなのでしょうか。たとえば喫煙者はコーヒーの消費量が多かったり、アルコールの消費量が多かったりするかもしれません。コーヒーやアルコール消費量がコントロールに比べてケースで多かったとしたら、コーヒーやアルコールという要因への暴露も肺癌発症へ関連してくるかもしれません。当然ケースの方が年齢が高くてコントロールの方が年齢が低かったら年齢も関係してくるかもしれません。このように調べている要因だけが原因なのか、それとも調べている他の原因の交絡によるものなのかということが重要となります。この例ではコーヒーやアルコール摂取量、年齢が交絡因子となります。
オッズ比は通常このような交絡因子を調整した調整オッズ比を用いるここが多いです。ただ全ての交絡因子を調整するのは不可能で、そこが観察研究の限界といえます。
[実際に論文を読んでみよう]
では実際に副作用リスクを検討したケースコントロール研究の論文を見てみましょう。以下はGLP-1作動薬とDPP4阻害薬の急性膵炎リスクに関するケースコントロール研究です。
PP4阻害薬は低血糖など副作用の比較的少ない薬剤ではありますが、本邦発売当時より、海外にて急性膵炎の報告がありました。その後、本邦でも症例が報告され、添付文書にも注意する旨が追記されています。シタグリプチンの添付文書には、重要な基本的注意の項目に「急性膵炎があらわれることがあるので、持続的な激しい腹痛、嘔吐等の初期症状があらわれた場合には、速やかに医師の診察を受けるよう患者に指導すること」と記載があり重大な副作用としても記載があります。ちなみにその頻度は不明となっています。国内症例は現時点で10例にも満たないので発生頻度としてはかなりまれではありますが、海外では死亡例も報告されており軽視できません。
抄録のみで拾える情報をもとにこの研究デザインと概要を見ていくことにします。ケースコントロール研究でまず把握すべきことは対象患者における疾患の有無です。この論文ではMain Outcome MeasureはHospitalization
for acute pancreatitisと記載があり急性膵炎による入院の有無となります。次に把握すべきは暴露の有無です。GLP-1–based therapies such as exenatide and sitagliptinと記載がありGLP-1 関連薬、すなわちGLP-1作動薬とDPP4阻害薬の使用の有無の割合を調べていることになります。疾患の有無、暴露の有無、まずこれを抑えます。
ここまで把握できたら対象患者を詳しく見ていきます。対象患者はケースとコントロールの2群です。ずばりParticipants Adults with type 2 diabetes mellitus aged 18 to 64 years. We
identified 1269 hospitalized cases with acute pancreatitis using a validated
algorithm and 1269 control subjects matched for age category, sex, enrollment
pattern, and diabetes complications.と記載があります。まとめると以下の表のようになります。
ケース(症例)
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コントロール(対照)
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急性膵炎で入院した1269人の2型糖尿病患者(18歳~64歳:平均年齢52歳、57.45%が男性)
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年齢、登録方式、性別、糖尿病合併症などでマッチさせた対照群1269人
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コントロールは年齢、登録方式、性別、糖尿病合併症などでマッチングされていることが分かります。
暴露に関しては当然ながら
■Exposure:DPP4阻害薬またはGLP-1作動薬を投与
■Comparison:DPP4阻害薬またはGLP-1作動薬を投与しない
という感じになります。そしてプライマリアウトカムは前述の通り急性膵炎による入院です。結果はケースとコントロールそれぞれから薬剤の使用(暴露)割合を求め、この研究のオッズ比を求めています。ただ、急性膵炎はDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬という因子以外にも様々な要因で発生することが分かっています。高トリグリセリド血症、アルコール摂取量がケース群、コントロール群で偏っていると、交絡による影響が生じてしまいます。この研究では高トリグリセリド血症、アルコール摂取量やたばこ、肥満、胆道・膵臓癌、嚢胞性繊維症とメトホルミン使用で交絡を調整したうえでオッズ比を算出しているようです。したがって結果は調整オッズ比adjusted odds ratioで示されています。
結果は以下の通りです。
■30日以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて急性膵炎による入院が有意に増加する
オッズ比:2.24(95%信頼区間1.36~3.68)
■30日以降~2年以内のDPP4阻害薬またはGLP-1作動薬の使用は非使用に比べて有意に上昇する。
オッズ比2.01(95%信頼区間1.37~3.18)
いずれの使用期間においても薬剤の使用は入院リスクと関連するようです。特に急性膵炎発症リスクの高い患者さん、たとえばアルコール摂取量が多い人、トリグリセリドが高めの人、喫煙者ではより注意が必要かもしれません。このような情報を踏まえて、服薬指導、医薬品情報提供業務を個別の症例ごとに臨機応変に対応できると良いかもしれません。
論文自体、バイアスを考慮するとさらに批判的吟味もできますが、このように有害事象を検討した報告はあまり批判的吟味に深入りするとリスクを過小評価しかねないという点と、そもそもこの例においては発生頻度が低いことは重々承知していますので、むしろリスクを多めに見積もるという意味でも結果をそのまま受け入れることのほうが重要ではないかなと思います。観察研究は内的妥当性にこだわるよりもむしろ、結果そのものを受け入れて、薬剤管理指導における副作用リスクの警戒レベルの設定に活用すべきだと思います。
[薬剤師のEBM]
エビデンスと言えばランダム化比較試験やそのメタ分析が注目されることが多いと思いますが、薬剤師が実践するEBMというものを考えたとき、観察研究のエビデンスを用いた薬剤の副作用アセスメントというのはかなり重要なのではないかと最近思います。薬剤師は薬を処方するわけではないので、有効性を検討したランダム化比較試験よりもむしろ副作用を検討したケースコントロール研究やコホート研究のほうが実際に活用の機会が多いのではないでしょうか。
副作用を検討した観察研究をどう臨床に用いるべきか、次の課題が見つかると共に、薬剤師のEBMがほんの少し見えてきた気がします。
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