※注意※
血圧を下げるといわれている健康食品を例に、僕の健康食品の考え方使い方を自分の思考整理を兼ねて、医療従事者向けにまとめていきます。一般の方向けのお話ではありません。異論もあるかと思いますが、これは僕なりのEBMの一つの形です。
[健康食品の情報をインターネットで探すのはやめたほうがいい]
健康食品についての情報はインターネット上でもあふれんばかりに存在し、いったい何が正確な情報なのか良くわからないことになっています。グーグルで健康食品、血圧というキーワードだけでも370万件以上ヒットします。また医薬品もそうですが、製造メーカーのパンフレットの情報を鵜呑みにするにも問題です。製造メーカーのパンフレットはメーカーの都合のよい情報が一見わかりやすく、実はその妥当性を考えようとした時にとても分かりにくく書いてある、そんな感じです。僕ら薬剤師はプライマリケアにおいて、医療機関へ受診する前の段階での健康相談にかかわることも多いと思います。今回は血圧を下げる健康食品についてどのように情報を評価して、それを活用しながら、どう患者さんに接すればよいのか考えていこうと思います。
[仮想症例]
あなたはドラックストア勤務薬剤師です。夜も10時を回ったころ、品出しに一生懸命なあなたに、以下のような患者さんが声をかけてきました。
45歳男性。最近血圧が高いと健康診断で指摘された。血圧は146/96mmHg。その検査値に異常はなく、とりわけ健康に不安がないが…。「最近、血圧が少し高いんだけど、何か血圧に良い健康食品はないかな?」とやっぱり不安そうです。
PECOで整理してみます。
P:45歳の血圧高めの男性(146/96mmHg)
E:健康食品の服用で
C:服用しない場合と比べて
O:血圧は下がるか?今の不安な状態が解消されるか?幸せになれるか?
[血圧を下げることは手段であって目的ではない]
血圧を下げると謳った健康食品は多々ありますが、その血圧を下げるという情報をどう扱うかというのが重要なポイントです。まず、血圧を下げるというのは手段であって目的ではないという前提を情報を提供する医療者は十分に認識していないといけません。血圧が高い状態が続くと何が問題かという思考を常に持っていないと、健康食品の真の効果という観点から情報を吟味できなくなってしまいます。血圧を下げるのは脳卒中などの発症リスクを下げ、健康寿命を延ばすこと、一般的にはそのように考えられると思います。健康食品であってもその真の効果というものを常に考えることは重要です。ちなみに「血圧が下がった」というのを代用のアウトカム、「脳卒中が減った」というのを真のアウトカムという言い方をすることもあります。高血圧ガイドライン2009年版には「収縮期血圧10-20mmHg,拡張期血圧5-10mmHgの低下により相対リスクは脳卒中で30-40%,虚血性心疾患で15-20%それぞれ減少することが明らかにされている。」と記載があります。
[血圧が下がったというのは何と比べているのか]
健康食品にありがちなデータ開示方法にベースラインと比較して有効であった、というような投与前後を比較したデータをグラフにして開示することが多々見受けられます。要するに健康食品を食べる前と後を比べているんですね。健康食品を食べる前と健康食品を食べた後を比較して血圧が下がったというのはもしかしたら健康食品じゃなくても下がったんじゃないか、と文句をつけたくなります。このようにプラセボ効果を検討していない報告はほとんど参考になりませんし、このような情報を患者に提供しながら、血圧が下がる健康食品です、なんて説明するのはあまりセンスがいいとは思えません。
[誰でも血圧が下がるわけではない]
まず重要なのは血圧が下がるという情報はいったい何を対象として得られた情報なのかということです。多くの健康食品の作用や効果の可能性は動物を対象とした基礎研究から得られたものです。ラットやマウスで血圧が下がった成分が人でも同様の効果を示すかどうかは全く別問題です。そもそも研究対象が生物ではなく、試験管内での実験レベルのこともあり、そのような研究をあたかも人でも効果のあるように謳っていることだってあり得ますので情報の取り扱いには十分注意が必要です。たとえば、ネット上で「赤ワインに認知症予防効果!」…みたいなのは気をつけたほうがいいです。これはある新聞記事に掲載されていたマウスに関する研究のようですが、その元記事すらたどりつけないような状態です。だいたい、マウスの認知機能と人の認知機能を一緒にされても困りますよ。
また、たとえ人を対象にした研究でも、どんな人を対象にしているかということは健康食品のような比較的効果が得られにくいもの考えるときに重要なポイントとなります。カルシウム拮抗薬などのような医薬品であればかなり強力に血圧を下げるので、ある程度多くの人に対して血圧を下げる効果を期待できますが、健康食品は医薬品のように劇的な改善効果を示すものは少ないと考えられます。したがってどんな患者で血圧が下がったのかということが重要な情報となります。実際にナットウキナーゼという健康食品の文献を見ながら、その降圧効果と実際にこの情報をどう取り扱えばよいかを考えてみたいと思います。
[ナットウキナーゼという健康食品で血圧は下がりますか?]
ナットウキナーゼとは納豆に含まれている血栓溶解作用のある酵素の一種です。実験室レベルでは人口血栓溶解作用が認められているようです。本来は血液凝固を発生させにくくして、血栓予防の可能性を売りにした健康食品です。このナットウキナーゼに血圧を下げる効果が報告されています。この論文は全文が無料でダウンロードできますので参考にしてみてください。
【文献タイトル・出典】
Effect of Nattokinase on Blood Pressure:A randomaized
Controlled Trial
【論文は妥当か?】
研究デザイン:ランダム化比較試験
[Patient] 20歳~80歳で収縮期圧が130mmHg~159mmHgの患者86人(過去6か月以内に降圧薬を服用していたり、心血管疾患の既往や糖尿病、癌、COPD等の疾病を有する患者、妊娠中の女性等を除外)平均年齢46.5歳~47.6歳、女性43.2%~53.8%、BMI25前後
[Exposure] ナットウキナーゼカプセル1日2000FU (44人)
[Outcome]8週後の収縮期圧及び拡張期圧(血圧は3回計測した平均値)
■患者背景は同等か?▶現在喫煙者は介入群で多い。9.5%vs18.2%(P=0.247)
▶アルコール摂取は対照群で多い。64.3%vs59.1%(P=0.620)
■盲検化されているか?:2重盲検
■intention-to-treat解析されているか?:されていない。解析は試験完遂者のみ。
■追跡期間:8週
■追跡率:介入群88.6%(39人/44人)対照群81%(32人/42人)
【結果は何か?】
■8週後のベースラインからの血圧変化は
[E群]
▶SBP 145.0mmHg⇒131.8mmHg (-13.2mmHg)
▶DBP 94.7mmHg⇒89.0mmHg
(-5.7mmHg)
[C群]
▶SBP 143.6mmHg⇒135.9mmHg (-7.7mmHg)
▶DBP 94.0mmHg⇒91.2mmHg
(-2.8mmHg)
■8週後の血圧変化量はE群でC群に比べて有意に低下する。
▶収縮期圧:-5.5mmHg(95%信頼区間‐10.5~‐0.57mmHg)
▶拡張期圧:-2.84mmHg(95%信頼区間‐5.33~‐0.33mmHg)
【結果は役に立つか?】
試験からの脱落が加味されていないため、その結果は少し割り引いて考えた方が良いかもしれません。患者背景は統計的に有意な差は出ていませんが、ランダム化の結果に過ぎないのでP値はあてになりません。介入群で喫煙率がやや高く、それでも血圧が下がったという点は興味深いです。
この試験の対象患者のような軽度高血圧患者に対して血圧を下げた方がいいのかどうかは、やや微妙です。実際、収縮期圧が140~159mmHgの軽度高血圧患者に降圧治療を行ってもプラセボに比べて総死亡や冠動脈疾患、脳卒中、心血管イベントに有意差がないとする報告があります。まあもちろん対象年齢や基礎的な背景は十分考慮する必要がありますが、この程度の血圧であればそもそも下げるべきか良くわからない、ということになっているわけです。
Diao D, Wright JM, Cundiff DK, et.al Pharmacotherapy
for mild hypertension. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15;8:CD006742 PMID: 22895954
要するに、あくまで血圧降下という代用のアウトカム改善でしかない可能性が高いのですが、医薬品ではなく健康食品であることを踏まえると、血圧という数値が気になる健康志向の人に対してお薦めするのはいいのかもしれません。数値が下がれば安心だという患者さんにはこのような健康食品を摂取することは意味のあることだということになります。ただ重要なのは先にも述べたとおり誰でも血圧が下がるわけではありません。対象患者である[Patient]は重要な情報です。血圧が160mmHg以上ある場合BMIが30以上ある方、降圧薬を服用中であるとか、糖尿病の治療中であるとか、心血管疾患の既往がある患者では効果があるかどうかなんてわからないわけです。この場合お薦めすることは避けるべきだと思います。またナットウキナーゼはアスピリンとの併用で脳出血の危険を示唆した報告があり、抗血栓療法を受けている患者でも避けた方が良いと考えられます。
Chang YY,et al Cerebellar hemorrhage provoked by combined use of nattokinase and aspirin
in a patient with cerebral microbleeds.Intern Med.2008;47(5):467-9 PMID:18310985
もう一つ、この研究でプラセボでも血圧は下がっていますよね。見てお分かりのとおり投与前後の比較を検討した情報はあまり参考になりません。
最終的に収縮期圧はプラセボに比べて5mmHgほど下がる可能性が示唆されたわけですが、どうでしょうか。ナットウキナーゼは1か月分で2000円くらいでしょうか。コスト面も考慮したいですね。
[ラクトトリペプチドの効果]
もう一つ、血圧を下げる健康食品として有名なものにラクトトリペプチドがあります。「カルピス酸乳」の発酵過程で、乳たんぱく質のカゼインから得られるVal-Pro-Pro(VPP)、Ile-Pro-Pro(IPP)の2種類のペプチドが、血圧を上昇させるアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害する作用があることがわかり、これを「ラクトトリペプチド」と名づけたそうです。
ラクトトリペプチドは高血圧を是正するが正常血圧を下げることはなく、比較的安全な成分で健康的な食事とライフスタイルに有用といわれています。
Boelsma E,Kloek
J. Lactotripeptides and antihypertensive effects: a
critical review. Br J Nutr.2009 Mar;101(6):776-86
PMID:19061526
しかしながら、実際にヒトで降圧効果を検討したランダム化比較試験ではその明確な有効性はあまり期待できないようです。
Engberink
MF,Schouten EG,Kok FJ et al Lactotripeptides show
no effect on human blood pressure: results from a double-blind randomized
controlled trial. Hypertension.2008
Feb;51(2):399-405. PMID:18086944
Jauhiainen
T,Niittynen L,Orešič M, et al Effects of long-term
intake of lactotripeptides on cardiovascular risk factors in hypertensive
subjects. Eur J Clin Nutr. 2012 Jul;66(7):843-9. PMID:22617279
[患者さんはなぜ健康食品を摂取したいと考えたのか]
健康食品の相談を受けたとき、最も重要なのは患者がなぜ健康食品を服用したいと考えたのか、ということです。健康食品や医薬品に対する関心はとても重要ですが、服用する患者さん本人へ関心を向けること、視点をフォーカスすることは大変重要です。体調に何か不安なことがあるのか、健康診断の数値が心配なのか、ものすごく健康志向なのか、様々な思いがあると思います。この思いを分析すること、これは健康食品の効果やその妥当性を分析することよりも大切です。悩みに隠れた重大な疾患のトリアージも必要ですし、健康診断の結果に示された数値の意味というものの取り扱い方も重要です。たとえば中性脂肪が高いといわれましたが、なにか良い健康食品はありますか?みたいな状況で、中性脂肪が高いというものを放置しているとどんなリスクがあるのか、そういったことを妥当な根拠に基づいて説明する必要があります。「中性脂肪が高いと動脈硬化が進んで、将来心筋梗塞や脳梗塞なんかを起こしちゃいますよ・・・」というのはあくまで生理学的根拠に基づいた仮説ですよね。まあ実際そういうことも起こり得ないとは言い切れないのですが、どの程度起こしやすいかが、重要で「起こり得ないとは言い切れない」という思考停止は避けたいものです。
実際中性脂肪が150mg/dlを超えると健康診断上は高いと指摘されますが、この150という数値がどれほど危険かというと、デンマークの研究ですが中性脂肪が88.5mg/dL未満の人と比べると、150~300mg/dLの人たちは心血管リスクや死亡などのハザードリスクは2倍~2.5倍という感じです。ただし、これは88.5mg/dl未満に人を基準にしたリスクで、日本人に多い88.5~177mg/dLを基準にすると明確な差はなくなってきます。
Nordestgaard
BG,Benn M,Schnohr P et al Nonfasting
triglycerides and risk of myocardial infarction, ischemic heart disease, and
death in men and women JAMA. 2007 Jul 18;298(3):299-308
PMID:17635890
さらに日本人は心筋梗塞は欧米に比べて潜在的リスクが低いですから、それほど神経質に下げなくてもよい可能性が高いわけです。話題が血圧からそれましたが、どんな状況で、何のために、健康食品を摂取したいのか、その状況をほっといたらどの程度のリスクがあるのか、それは健康食品で何とかなるレベルの話なのか、そういった視点から妥当な根拠に基づいて健康食品を取り扱うことが重要なんだと思います。ある症状にAという成分が効くとして、だからAはその症状におすすめです。じゃなくてその症状そのものにフォーカスしないといけません。
[健康食品のエビデンス]
最後に、これは僕もそうなのですが、薬剤師のなかには健康食品に含まれる主成分の薬理作用に興味のある方が多いと思います。この成分には抗酸化作用があって、それがこうなって動脈硬化を抑制する働きがある…なんて夢のある話でついつい興味をそそられてしまいます。僕だけでしょうか。でも薬理学的知見はそれ以上でもそれ以下でもなく、とても大事な話なのですが、実際に患者さんが健康食品を服用することで、どうなるのか、という問いの回答にはならないということを忘れてはいけません。真のアウトカムである臨床評価を薬理学、生理学的知見で行うことは多くの場合不可能で、それには実際にヒトで検討した臨床試験が必要であり、そのような報告を吟味しつつ、患者さん個別の状況に合わせた健康食品の取り扱いが大切なんだと思います。ただ健康食品は臨床試験もまともに行われないのが普通で、妥当性の高いエビデンスなんて見つからない!なんてことの方が多いと思います。それでいいんです。まともなエビデンスがないならば、その健康食品の効果は分からない、ということが分かるわけで、何も恥じることなくわからないということを患者さんに伝えるべきだと思います。
[ポイントの整理]
■血圧のコントロールは手段であって目的ではない。
■血圧が下がったという情報はどんな患者を対象とした情報なのか。
■血圧が下がったという情報は何と比較したものなのか。
■健康食品のコストと有効性の関係を考慮せよ。
■患者はなぜ健康食品を摂取したいと考えたのか、最も重要なのはこの問いである。
■健康食品の取り扱いにもEBMの手法を活用できる。
■健康食品の薬理学的知見は真の臨床評価に結び付かない。
■“ある症状”に効く健康食品に注目するのではなく、その“ある症状”そのものに注目せよ
■エビデンスがない=どうしようもないではなく、わからないということが分かるということである。
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