[仮想症例]
あなたはドラックストア勤務薬剤師です。夜も10時を回ったころ、品出しに一生懸命なあなたに、以下のような患者さんが声をかけてきました。
50代女性。「うちの母が最近物忘れが多くなってきているように感じるんだけど、本人は病院には行きたくないって言うんです。物忘れにイチョウがいいとか聞いたことがあるんですが、どうでしょうか」今現在ご本人80歳近くになるのに病院にもかかっていなくてそのほか健康に気になっているところはないそうです。
これは難しいテーマです。
[認知症の前段階]
認知症の原因は主にアルツハイマー型認知症によるものが多いですが、そのほかには脳血管性認知症やレビー小体型認知症などがあります。軽度認知機能障害Mild cognitive impairment(MCI)は認知症の全段階といわれており、記憶力は低下しているが、他の認知機能障害はあらわれておらず、日常生活にも支障をきたしていないという状態をいいます。コリンエステラーゼをこの段階で使用しても明確な効果は分からないというメタ分析があります。
Russ TC,Morling JR. Cholinesterase inhibitors for mild cognitive
impairment.
MCIの時点での医薬品による介入はあまり意味がない可能性が高い、ということは前提知識として抑えていおきたいポイントです。また認知症の進行を抑えるということは認知症の経過が長くなることを意味しており、ベースラインでの認知機能や薬剤介入、患者さんの環境や価値観なども含めて慎重に検討しなくてはいけません。
[イチョウ葉エキスは認知機能を改善するのか]
イチョウ葉エキスは、イチョウの葉からフラボノイドやテルペノイド等の有効成分を抽出したもので、特に脳血管循環の改善効果を示唆する報告があることから認知症への効果が期待されています。まずは2009年に報告されたイチョウ葉エキスが加齢に伴う認知機能低下を抑制できるかを検討したランダム化比較試験を見ていきます。
【文献タイトル・出典】
Ginkgo biloba for preventing
cognitive decline in older adults: a randomized trial
【論文は妥当か?】
試験デザイン:ランダム化比較試験
[Patient] 72歳から96歳の3069人(平均年齢79.1歳、男性54%、通常の認知機能を有する2587人とMCI患者482人)
除外された患者は、ワーファリンを服用中、認知機能の障害や認知症のためにコリンエステラーゼ阻害剤を服用中(メマンチンは研究当時承認されていない)、三環系抗うつ剤、抗精神病薬、または重大な精神または中枢性コリン作用を有する薬剤を服用中、ビタミンEの400IU以上の服用、出血性疾患の既往、過去10年以内にうつ病治療で電気けいれん療法による入院;、パーキンソン病の診断または抗パーキンソン薬を服用、肝機能検査の結果または血清クレアチニンから甲状腺異常が疑われる人、低いベースラインビタミンB12値、低ヘマトクリット値イチョウ葉エキスにアレルギーを有する人。
[Exposure]イチョウ葉エキス120mgを1日2回投与(1545人)
[Comparison]プラセボ1524人
[Outcomn]▶Modified Mini-Mental State Examination (3MSE)の経時変化
▶Alzheimer Disease Assessment Scale (ADAS-Cog),
▶記憶力,注意力,視覚空間構成能力,言語能力,実行機能のZスコア
■患者背景は同等か?▶同等
■盲検化されているか?▶2重盲検
■intention-to-treat解析されているか?▶されている
■サンプルサイズは十分か?▶
■追跡期間▶6.1年
■追跡率▶99.9%(3069人/3072人)
【結果は何か?】
■Zスコアの結果は以下の通り(イチョウ葉エキスvs プラセボ)
▶記憶力:0.043;(95%
CI 0.034-0.051) vs 0.041;(95%
CI, 0.032-0.050)
▶注意力:0.043;(95%
CI, 0.037-0.050) vs 0.048;(95%
CI, 0.041-0.054)
▶視覚空間構成能力:0.107;(95% CI, 0.097-0.117) vs 0.118;(95% CI, 0.108-0.128)
▶言語能力:0.045;(95%
CI, 0.037-0.054) vs 0.041;(95%
CI, 0.033-0.048),
▶実行機能:0.092;(95%
CI, 0.086-0.099) vs 0.089; (95%
CI, 0.082-0.096).
いずれも有意な差はありませんでした。またさらに、3MSEとADAS-Cogの変化率においてもMCIの有無にかかわらず有意差は認められませんでした。
【イチョウ葉エキスは認知症発症を抑制できるか】
JAMA2009年の報告はMCIの有無にかかわらず,イチョウ葉エキスは高齢者の認知機能低下に影響を及ぼさない可能性が高いという結論でした。この報告がJAMAに掲載される1年前にも同じ被験者を対象としたイチョウ葉エキスに関する報告が同じくJAMAにありました。こちらは2009年の報告と全く同じ患者を対象に認知症の発症がイチョウ葉エキスで抑制できるかどうかを検討しています。
Ginkgo
biloba for prevention of dementia: a randomized controlled trial.
論文のP、E、Cは先ほどのランダム化比較試験と同様です。アウトカムは全認知症およびアルツハイマー型認知症の発症を検討しています。結果は
■全ての認知症:ハザードリスク1.12 (95% CI, 0.94-1.33; P = .21)
■アルツハイマー病:ハザードリスク1.16 (95% CI, 0.97-1.39; P = .11).
とイチョウ葉エキスの投与で認知症への進行抑制効果は認められませんでした。むしろ増加傾向にあったという結果です。
さらに2012年にランダム化比較試験がLancet
Neurol.に報告されています。ここでは簡単に論文を確認していきます。
【文献タイトル・出典】
Long-term use of standardised ginkgo biloba extract for
the prevention of Alzheimer's disease (GuidAge): a randomised
placebo-controlled trial
【論文のPECOと結果】
試験デザイン:ランダム化比較試験
[Patient]フランスにおいてプライマリケア医を受診した記憶に関する訴えを有する患者70歳以上の患者2854例
[Exposure]イチョウ葉エキス120mg 1日2回群1414例
[Comparison]プラセボ1406例
[Outcomn]少なくとも1回分の治験薬またはプラセボを投与された登録者のアルツハイマー病への転換
追跡期間5年において、アルツハイマー病の診断はイチョウ葉エキス群:61人(1.2/100人年)、プラセボ群:73人(1.4/100人年)
▶ハザード比:0.84, 95%
CI 0.60—1.18; p=0·306
有害事象は
■死亡:イチョウ葉エキス群:76人 プラセボ群:82人
ハザード比:0.94, 95%CI 0.69—1.28; p=0·68
■脳卒中:イチョウ葉エキス群:65人 プラセボ群:60人
リスク比1·12, 95% CI 0·77—1·63; p=0·57
出血性イベントや心血管系イベントも両群で有意な差はないものの、プラセボと比較して、イチョウ葉エキスの長期使用は、アルツハイマー病の進行リスクを減らすことはできなかったという結論でした。
[結局のところイチョウ葉エキスは効果があるのか]
ここで複数の臨床試験をまとめて分析したメタ分析の論文を見てみます。
Weinmann
S, Roll S, Schwarzbach C et al Effects of Ginkgo biloba in dementia:
systematic review and meta-analysis. BMC Geriatr.2010 Mar 17;10:14. PMID:20236541
12週~52週、イチョウ葉エキスを用いた9つの臨床試験を統合しています。認知機能の変化スコアのSMDは、-0.58,(95%信頼区間-1.14; -0.01, p = 0.04)でプラセボに比べてイチョウ葉エキスが有意に改善しているようですが、その差はごくわずかです。また日常生活動作においては明確な差はなかったとしています。SMD = -0.32, 95% 信頼区間0.66; 0.03, p = 0.08。この論文の結論としてはイチョウ葉エキスはプラセボに比べて有効かもしれないとしていますが、研究間の異質性が高いことや、元論文がランダム化されていない試験も含まれており、メタ分析としての妥当性もあまり高くないようです。
これらの臨床試験の結果から、「軽度認知機能障害あるいは通常の認知機能を有する高齢者において、イチョウ葉エキスが認知症やアルツハイマー型認知症の発症を抑制するかどうか不明で、さらに認知機能の低下を訴える患者においてもその進行を抑制するかどうかもわからない。ただ明確な有害事象は少ない可能性が高い」ということがいえるかもしれません。イチョウ葉エキスは健康食品であり食品として取り扱うべきで、イチョウ葉エキスが認知症症状を改善したり、進行を遅らす効果はほとんど期待できない可能性が高いと思われます。
[物忘れが多いという相談にどう対処すべきなのか]
物忘れが気になって…、医療機関を受診すべきかどうか…、冒頭述べましたようにMICに対するコリンエステラーゼ阻害薬は明確な効果は不明です。また認知症と診断された状態において薬剤で進行を抑制することが本当に患者にとって良いことなのか、難しい問題です。(参考)病気の早期介入というものを考える
これまで3つのランダム化比較試験と、1つのメタ分析を見てきました。イチョウ葉エキスの有効性は明確には規定しがたい。これが僕の結論です。認知機能はスコアでの評価が主体なので、これは人によっては効果があるかもしれませんが、どの程度か、可能性としては低いと考えられます。ただ、イチョウ葉エキスが効くかどうかということよりも患者さんの満足度を考慮したいと思います。いつも思いますが、エビデンスは判断材料の一つでしかありません。エビデンスを用いること、これは、単にこの症状にはこれがお薦めです、みたいな思考停止からの脱却と、患者さんとのかかわり方を模索するうえでとても重要なアクションだと考えてています。
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